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まだ見ぬ祖父祖母からの贈り物

 アカデミーは休みなのに、いつもの感覚で早く起きてしまった。


 悪夢を視なくなったこともそうだけど、以前と比べて心がスッキリしてる。


 体が軽い。穏やかだ。


 昨日のうちに屋敷内は更に少し変わった。


 ヨゼフが執事長を辞めて私専属の執事となってくれた。これからは侯爵家の仕事の手伝いはしないと断言。


 侯爵から給料が支払われないのに、侯爵家のために何かするのはお門違い。いずれ家を継ぐ長兄と、サポートする次兄がやればいいだけ。


 そもそも一家の大黒柱でありながら侯爵は偉そうにしているだけ。お金を稼ぐ才能が皆無。


 無駄に高いプライドと運良く上級貴族に生まれたおかけで、自分は偉いのだと勘違いしている。


 実際、偉いとは思う。身分だけは。


 それ以外は人として最低。一から教育を受け直さなければならないレベル。


 あとは内緒で教えてもらったことだけど、私はダイヤモンド鉱山を所有していた。これはブランシュ辺境伯からの誕生日プレゼント。十歳のときの。


 子供では管理が難しいからと、これまではヨゼフが代理で管理してくれていた。


 採掘したダイヤモンドは一流の……ロベリア家が見つけた一流の職人によって加工される。


 大粒のダイヤモンドを加工したアクセサリーは高値だけど、小粒のダイヤモンドを使った物は平民でも買えるようにしてあるのだ。


 ──昔、さりげなくヨゼフに案を求められたのはそういうことだったのね。


 買う人によって求めるダイヤモンドは違う。同じアクセサリーでもダイヤモンドの色だけが違う物を販売したりして、まさにお客様のための店として繁盛しているとか。


 利益は全て私のもの。いつの間にか私を店のオーナーに抜擢してくれていた。

 知っているのは店の店長だけ。萎縮させないためにも店員には秘密。


 下手をすればローズ家の財産よりも私の貯金のほうが遥かに多い。


 他国の王族や貴族が常連となり、特に高価な物を買ってくれる。それらはブランシュ辺境伯の名前があってこそ。


 私のことは伏せられているものの、そのダイヤモンド鉱山は元はブランシュ辺境伯のもの。当然、信頼と信用がある。


 前世で鉱山を手にしていなかったのは、ブランシュ辺境伯との繋がりが完全になかったから。


 今回のようにヨゼフが一度でも顔を見せに行けば、そのまま所有証明書を預けてくれた。


 ──会ったことのない私のために、色々と準備をしてくれていたんだ。


 会いに……行ってもいいのだろうか。顔も知らない祖父祖母に。


 「いい天気ね」


 今日の予定は何もないし、下町探索にシャロンを誘おうかな。


 その前に新しい使用人達に挨拶に行かなくちゃ。


 印象を良くするためと、私のために働いてくれる人達には優しくしたい。


 廊下は目を細めたくなるぐらい綺麗になっていた。こんなに眩しく見えるのは初めて。


 これがプロの仕事。


 「おはようございます。お嬢様」


 私を見ると作業をとめて深く頭を下げて挨拶をしてくれた。


 彼らは私を主と認めてくれているのがよくわかる。


 次は厨房に向かおうとすると、視界に侯爵達を入れてしまった。


 私を見るなり不機嫌そうに舌打ちをされる。


 貴族なら感情を隠すべきでは?私だって我慢してあげているのだから。


「もう出掛けるというのにまだ着替えてないのか!!」


 一体何のことやら。


 振り向いても、いるのはラジットとルア卿だけ。隣にいるニコラはちゃんと着替えているし。


 まさか私に言った?


 まさかね。


「アリアナ。早く準備をしろ」


 今度は長兄が言った。私の名前を呼んだ。


 出掛けるという意味もわからなければ、従うつもりもない。


 無視して行こうとすれば、あろうことかメイド長が私の道を塞いだ。


 反省もせず懲りもしない。


 彼女は一体、どういう立場からこんなことをしているのか。


 心を入れ替えるといったことを忘れているわけではない。そもそも侯爵家に仕える使用人がわざわざ私の前に姿を現すことがおかしい。


「皆様はお嬢様と外食をするために待っていたのですよ!?それなのに……」

「行ってきたらいいんじゃないの?」


 私には関係のないことなのに、恩着せがましく言われた。


 外食?あぁ、そういえばそんなこと言ってたわね。


 私を愚かでバカな操り人形にするべく、嫌々甘やかしてあげようってアレね。


 予期せぬアカデミーの休校。確実に私に予定がないから無理やりにでも連れて行ける。


 知らせが届いてすぐ計画したようだけど、そんな面倒臭い家族行事に時間を使うなんてもったいない。


 私の時間は私のために使うと決めている。


「それに私。誘われてないから」


 そう答えると心底驚いたように侯爵達は互いを見た。


 大嫌いな私を、例え計画のためだと頭では理解していても誘うような優しい人間はいない。


 自分ではない誰かが声をかけるだろうと、確認もしなかった。


 私としては最高だ。行かずに済むのだから。


 事前に誘われていたとしても、嘘ついて断っていたけど。


「駄々をこねるのもいい加減にしろ!!お前一人のせいでどれだけ迷惑を被っているのかわからないのか!?」


 全くわからない。


 私に構うことが時間の無駄だと言うのなら、早く行ってしまえばいいのに。


 彼らにとって、私のいない空間が楽しい時間であるように、彼らのいない空間が私にとって楽しい時間でもある。


「お嬢様。本日のご予定ですが、アルファン公爵様にお会いになられますか?」


 私専属になってくれたヨゼフは、私のスケジュール管理、これまで通り鉱山の管理とお店の運営を任せてある。


 私が口出しするより、ずっとやってきたヨゼフのに任せたほうが色々と上手くいく。


「約束してないけど、急に行ったら迷惑じゃないかしら?」

「大丈夫ですよ。公爵様は寛容でいらっしゃいますので」


 昔からよく顔を合わせていたからこそ、言えること。


 一度しか会ったことのない私にも、アルファン公爵の人望が厚い理由がよくわかる。


 力があるからこそ、自身の発言には責任を持っているし、そもそも権力を振りかざす横暴さもない。


 お手本とすべき貴族の姿。人の上に立つのに相応しい。


 ヨゼフの提案したようにアルファン公爵の家に行き、ヨゼフの過去を聞くのも面白そうだけど私はシャロンと親睦を深めたい。


 ──今でも充分深まっているけど。


 私の知らないシャロン。知らなかったシャロン。


 全部を知りたいと思うのは欲張りなのだろうか。


 何だか私ったら、シャロンに恋する乙女みたいね。

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