俺の所有物【エドガー】
「おい占い師!!お前の言う通りにしているのに何もかも失敗続きだ!どう責任を取ってくれる!!」
ヘレンとデートをしていたとき、目に見えない何かに誘われるように路地に入っていくと、仮面で顔を隠した男が水晶玉の前に座っていた。
風格からして占い師であることはすぐにわかる。
大通りではなく誰も足を踏み入れないような路地裏で商売になるのかという俺の心の読んだ占い師は、俺達のように迷い込んでくる客がいるのだと言った。
占い師はずっと北の大陸に住んでいて、とある事情で色んな国を転々と渡り歩く、旅人のようなものらしい。
占い師は未来が視えるのだと言った。
バカバカしすぎて付き合う気にもなれなかったが、忍んでいた俺の正体を見破り、俺が王座に就き、その隣には王妃としてヘレンがいると言い当てた瞬間、コイツは本物だと直感したんだ。
次の国に移ろうとする占い師を俺の専属として雇い、王宮に招き入れた。
王宮には俺だけのフロアがあり、そこの使っていない部屋に住まわせてやっている。
俺専属の使用人は俺に仕えるためだけに産まれてきた存在で、一人分の食事をここまで運ばせても父上に報告することなく黙って俺に従い続ける。
占い師の姿を見せるわけにもいかず、扉の前に置かせているが、別にいいだろう。
旅をしていたんだ。床に置いた物よりももっと汚い物を口にしていたに違いない。
マヌケな隣国の私生児も俺が占い師を連れて来たことに気付く素振りはない。
「おい!聞いているのか!!」
占い師は四六時中仮面を付けていて素顔を見せようとしない。そのせいか、何を考えているのか全く読めなかった。
かろうじて性別が男であるということだけはわかる。
「落ち着いて下さい、殿下。失敗したのは私のせいではないはずです」
「何だと」
「殿下の作戦の邪魔をしたのは、私ですか?」
そう言われると違う。
勉強会で邪魔をしたのは平民風情を装った隣国の私生児の婚約者。
アカデミーから退学者を出す邪魔をしたのは教師自身。
苛立ちが募って、そんな簡単なのこともわからなくなっていたのか。
「殿下。まずは教師の口封じをしなければなりません」
「口止め、ではなく?」
「人間。追い詰められたら自分だけは助かろかとする生き物。生かしておくのは殿下の不利益が生じるだけです」
「それもそうだな。よし。すぐにでも暗殺させに」
「殿下自らの手で殺すのです」
「何っ!!?」
誰がそんな危ない橋を渡るものか。
そういうのはゴミ共の仕事。高貴な存在に生まれたこの俺が、するようなことではない。
「殿下。もし暗殺者がターゲットを殺さなければどうなると思いますか?殿下は一生、その者達の言いなりとなるのですよ?未来の国王陛下となるお方が、たかが一人二人殺したから何だと言うのです?大事なのは貴方様の未来ではないのですか」
「た、確かにそうだな」
占い師の言い分は最もだ。
金で簡単に裏切る奴らに任せるよりも、この手で確実に殺し、この目で死んでいく瞬間を見届けるのが最善。
この占い師を味方につけた俺の判断は正しかったわけか。
「だが、どうやって殺す?滅多なことをすれば、俺が疑われる」
教師が死んで得をするのは言い寄られている女生徒か俺のどちらか。
「毒を使えばいいのです。これは私の故郷の毒です。解毒剤のない新種の毒ですので、殿下が疑われることはありません。今後のことを話し合いたいと、家に行って下さい。一滴で充分に効果はあるので残りは取っておくといいでしょう。また必要になるかもしれませんし」
「俺が王になったらお前には最高の地位と一生遊んで暮らせる金を恵んでやる」
「いいえ。私は全てが上手くいくように導いてるだけなので。そのようなものは私には不要です」
異国の人間のほうが賢いようだ。
俺が王になったほうが国は栄える。
俺のために犠牲となる命が出るのは必然。
俺に足りなかったのは、占い師のような理解者。
さっそく、自宅謹慎を命じられた教師の家に瞬間移動で向かった。
俺の部屋から外に抜け出せるよう魔道具を設置している。いくらマヌケと言えど、流石に魔法使いが王宮内にいたら俺の計画がバレるかもしれない。
魔法使い共のために用意してやった屋敷につくと、簡潔に話して飛ぶように命令した。金に群がるハイエナは、せいぜい俺のために役立っていればいい。
瞬間移動は便利ではあるが、一発で目的地につかないのが難点。魔力が低いから仕方ないと言い訳をされたが、だったら魔力を鍛えればいいだけのこと。
私生児でさえ高い魔力を持っているのだろう。
だったら腐っても貴族であるコイツらも魔力を上げることは出来るはず。
こっちは高い金を払って雇ってやってる主人だぞ。
それなりの誠意を見せるべきだ。
教師の家には特定の女子生徒の盗み撮り写真が何枚もあり、一日の行動をまとめたノートまで。
ここまで徹底した執着愛の持ち主なら、振られて自殺しても疑問を持つ者はいない。
今の状況で、国に留まるのは危険だと説明し五十万リンを出せば目の色を変えた。
あの女もコイツみたいに扱いやすいバカだったはずなのに……!!
視線が金に釘付けになった瞬間に毒を入れた。
興奮したまま喉を潤すようにカップに手に取り、一口飲んだ。カップを置くと、目をカッと見開き泡を吹きながら動かなくなる。
待機させていた魔法使いに教師の筆跡を真似させ、遺書を書かせた。
短く簡潔に。
家中を探して俺の不利益になる物がないか確認した。
よし。ないな。
俺の痕跡を消して、あとは死体が見つかるのを待てばいい。
「そうか。殺してしまえばいいのか」
邪魔な奴らは皆。
目が覚めた気分だった。頭の中は爽快。
生意気な伯爵令嬢も、俺を選ばなかった公爵家の連中も。
それが正しい行いなんだ。
誰も俺を咎めることも罰することも出来ない。
俺はいずれこの国の頂点に立つ。何をしても許される存在。
国民はこの俺の私物。生かすも殺すも全ては俺次第。