不出来な兄と比べられる屈辱【エドガー】
夕方、王宮に帰り着くと父上の側近が俺を出迎えた。
父上が俺を呼んでいるとか。
毎度のことながら執務室ではなく食堂に。
なぜ父上は俺を執務室に呼んでくれないのだ。
平民混じりは何度か呼んだだけでなく、公務まで任せたことがある。
あんな奴に出来て俺に出来ないわけがないというのに!!
俺に任せてくれれば、もっと早く正確に公務は終わり、父上だって母上と過ごす時間が増える。良いことづくしじゃないか。
食堂には父上だけでなく平民混じりまでもがいる。
黒い液体を飲む平民混じりは俺を見ては何の興味もないようにすぐ、本を読み始めた。
何でこんな奴がいるんだ。父上が呼んだのか?
卑しい平民混じりと同じ空気を吸うなんて具合が悪くなりそうだ。
「エドガー。今日のことで私に報告することがあるのではないか?」
質問の意図が読めない。
──まさかヘレンとのことがバレたのか!?
そんなはずはない。ヘレンとの関係は上手く隠している。誰にもバレるわけがない。
「お前が勝手に雇わせた教師だが。とある女子生徒に脅迫紛いな手紙を送り付けたそうだな?」
あぁ。そのことか。
「みたいですね。私もまさかあのような異常性の持ち主とは思いませんでした」
「みたいですね、だと?この愚か者が!!」
父上は何を怒っているんだ?
俺は何も悪くないだろ。
「よく調べもせずにあのような者を雇わせた己の罪を理解していないわけではあるまい」
「罪?私が悪いと?お言葉ですが父上」
「公私混同するなといつも言っているはずだ。公務中は陛下と呼ぶようにと。少しはディルクを見習ったらどうだ」
まるで俺が平民混じりなんかに劣っているみたいな言い方。
慈悲で生かされているだけの泥棒猫の母親から産まれた地べたを這いつくばるしか能のない平民混じりなんかが、俺より上にいるわけがない。
運良く第一王子に産まれただけで、お前なんて望まれて産まれたわけじゃない。
立場を弁えない人間がここにもいたか。
物心つく前からずっとこの国の王になるため、俺がどれだけの時間を費やしたと思っている。
惨めったらしく生きてきた分不相応な害虫。
「お言葉ですが陛下。私とて騙されたのですよ。あんな男だと知っていれば」
「エドガーには何を言っても無駄ですよ。理解していませんから」
「そのようだな」
平民混じりの言葉に同調するように父上はうなづいた。
俺をバカにしたような二人の態度。まるで俺に失望したかのように父上は、俺を見なくなった。
平民混じりと向かい合う。
おかしい。俺にはあんなに真っ直ぐと目を向けてくれたことはなかった。
俺にないのだから当然、平民混じりだってない。
なかった……はずなのに。
今!!父上は俺ではなく平民混じりを見ている。
「ディルク。お前はあの教師の処分はどうするべきだと思う」
「辞めさせればいいのでしょう!」
そんな簡単なこと、平民混じりなんかに聞かなくてもいい。
教師の立場からヘレンをいじめる連中を退学にさせる作戦が台無しになったが、余計なことを喋られるよりかはマシだ。
金を持たせて、ついでに女も何人かあてがってやれば満足するだろ。
「辞めさせる前に話を聞くべきではありませんか。どういう経緯で赴任してきたのか。エドガーの強い推薦だと私は聞いていますが、素性調査もロクにしていない教師を雇わせた理由が気になります」
「それもそうだな」
「教師として評判が良いと聞いたからです!!」
くそ。ふざけるなよ。平民混じりのくせに俺のやることにケチをつけるな!!
コイツの態度は明らかに変わった。それは明らか。
召使いに道を譲るような愚図だったのに今では逆に、召使いが道を空けるようになった。
卑しく汚らしい平民混じりを、まるで王族のように扱う。
平民の血が流れている時点でコイツは王族ではない。
「とある風の噂で聞いた事実と異なるな」
「どういうことだディルク」
「あの教師は教員資格は持っているけど、一度も教鞭を取ったことがなく、確か教師に成り立てだとか」
「ほう……?教鞭を取ったことがない教師なのに、良い教師だと評判があったのか?エドガー?」
「それは……」
何でそのことを知ってるんだ。教師の経歴は上手く改ざんした。教師と繋がりのある奴らにも大金をバラまいて口裏を合わせるよう命じた。
密告もさせないため誓約書を書かせ、連中の家族を金で雇ったクズ共に見張らせ人質にも取っている。
──絶対にバレるわけがない。
俺が王座に就くこと以上に大事なことはないのに、誰も彼も俺の思い通りに動かない。
「もういいエドガー。下がれ。それよりディルク。アリアナ嬢とは上手くやっているか」
「そうだ……。それがおかしいんだ!!!!」
「エドガー?」
「なぜアリアナは会ったこともない兄上を婚約者に選んだのですか!?兄上は私だけでなくヘレンにも、殺すと脅している!アリアナのことも脅したんじゃないんですか!!?」
はは…そうだ。そういうことだったのか。
納得がいった。バカではないあの女がなぜ俺には目もくれず、平民混じりを選んだか。
男と女の力の差は歴然。
暴力女と暴力男。お似合いの二人ではあるが、俺とヘレンの幸せのためにも、あの女は一度俺の婚約者にならなくてはいけない。
この仮説は真実だ。その真実を父上に話した。
その上で平民混じりから王位継承権を剥奪し、王宮から追い出したほうがいいと助言もした。
「エドガー」
いつもより低い平民混じりの声。閉じられた本の音は、この空間の音を全て吸い込んだかのように静寂になった。
「僕のことはいくらバカにしても聞き流すよ。でも……僕のアリーに対する想いを否定し侮辱するのは許さない」
立ち上がった平民混じりはいつもより大きく見えた。
これは幻だ。
気持ちを落ち着かせても、見えるものは変わらない。
まさか……この俺が平民混じりへの恐怖が拭えない?
恐怖しひれ伏すのは平民の役目。
つまりこの、平民混じりの役目だ!!!!
身分も立場も弁えず、王族の一員であるかのように振る舞う無礼者は極刑が相応しい。
国のトップに立つ父上なら俺の考えを理解してくれる。
王宮で暮らしたければ、身分に合った立ち振る舞いを心がけるべきだ。
俺達、真の王族が施しを与えてやっているのに、それ以上を望むなど。
「ディルク。近いうちにアリアナ嬢を招待したらどうだ」
何を言っているんだ。
そうじゃないだろ。俺はこの国でたった一人の次期国王だ。
その俺を脅迫なんて許されることじゃない。
罰を与えなくてはいけないんだ!平民混じりの母親に見せつけるように。平民は平民らしく薄汚れた馬小屋で生活するのがお似合いだ。
父上は最も高貴な血筋でありながら、隣に立つに相応しい母上ではなく、貴族名簿から名前を除名された下民以下の女に現を抜かすなんて。
「アリーに会いたいときは私から会いに行きます。わざわざ足を運んでもらう必要はありません」
「陛下!!兄上とアリアナの婚約を正式に認めるわけではありませんよね!?明らかに不正が行われているのに……」
「エドガー!そこまでお前がアリアナ嬢を好いているのなら、秋までに振り向かせてみろ。出来なければ二度と二人のことに口を出すな。いいな?」
「っ……はい」
秋だと。もうあまり時間がない。
どこで狂ったんだ。俺の計画は完璧だった。
誰にも愛されないあの女を愛するふりをすれば、俺に逆らわない傀儡人形の完成だったのに。
父上は俺ではなくこの平民混じりの味方をするってことか。
──今まで散々無視していたくせに……!!
そんなゴミみたいな奴が俺より上にいるなんてふざけるな。
取り戻してやる。
俺のものを奪った平民混じりを殺してでも。