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俺の愛する者【エドガー】

 ──くそっ!!何がどうなっているんだ。


 あの女の婚約者には俺が選ばれるはずだったのに。よりによってあんな私生児なんかに俺が得るはずだった座を奪われるなんて。


 何かがおかしいのはわかる。


 あの女にとって俺以上に、運命の相手がいるはずがないのに。


 そもそも計算高いあの女が、会ったこともない私生児を選ぶのか?だが、誰かに唆されたにしても、私生児なんかが王座に就くことを望む奴はいない。


 利益が求められない。


 ではやはり、あの女が自分で選んだということか?


 高貴な血筋の俺ではなく、卑しく汚らしい私生児を。


 屈辱だ!!


 愛するヘレンの顔に傷をつけた暴力女に、この俺がご機嫌取りをしなければならないなど、ありえない!!


 本来ならアイツが俺に跪き頭を垂れながら懇願すべきなのだ。俺の婚約者にして欲しいと。


「どうしたのエド?怖い顔して」

「いや。何でもない」


 ヘレンと愛し合う貴重な時間に、あんな女のことを考えるのは無駄だったな。


 この愛らしい表情も声も、全てが俺のものだと思うだけで気持ちが高ぶる。


 大体、純血を守らなくてはいけないなんて考えが古いんだ。どうせ将来、結婚する者同士、何をしたって問題はない。


 胸元ばかりではなく、首筋に俺のものである印を付けられたらどんなにいいか。


 魅力香で抑えているとはいえ、俺のヘレンがあんなゴミ共に見られているなんて不愉快だ。


 ヘレンは将来、俺の妻となる次期王妃なのだと公表したいが、そんなことをしたらヘレンに嫉妬する女共に何をされるかわかったものじゃない。


 特に最近、調子に乗ってきているシャロン・ボニート。暴力女の親友に選ばれたからとヘレンを見下しやがって。


 魔法使いから貰った音消しの魔道具の効果が切れると愛し合う時間の終わり。


 ヘレンの声を誰にも聞かせたくないから使っているが、効果時間が短すぎる。


 魔道具ではなく音消しの魔法を使える人間がいないか聞けば、あんな高度な魔法が使えるのは才能に溢れ魔力に余裕がある王族ぐらいだと。


 隣国の王太子も私生児。しかもアイツの母親は生粋の平民。


 朝早くに起きてパンを焼き、売るのが仕事。


 ふん。だが隣国の国王は頭がおかしかったのだろう。平民なんかが作った汚いパンを好んでいたらしい。


 どんな病気を持っているかもわからない手で触ったパンを王族が口にするなんて、想像するだけでおぞましい。


 そんな頭のおかしい父親と常識のない母親からまともな人間が生まれるわけもなく、あんな出来損ないの息子が誕生したわけか。


 俺のように全てが完璧な王子が生まれなくて、国民はさぞ嘆いたことだろう。


「ヘレン。あの女。夜はどうだ。悪夢に苦しんでいるか」


 呪いをかけたはずなのに近頃、衰弱するわけでも、休学するけでもなく、以前と同じように元気な姿しか見ない。


 ──呪いにかかっていないわけがない。


 夜中に、笑ってしまうような悲鳴を上げたと言っていたし、数日部屋に閉じこもっていたのも事実。


 魔法使いの言葉が嘘でないなら、あの女の呪いは一生解けない。


 俺が持つ魔道具で緩和するしか、救われる方法はなかったのに。


 そうだ。あの女は俺に縋るしかなかったんだ。


 俺の前に跪き泣いて懇願し、みっともなく地べたに這いつくばって縋ることこそが、あの女の役目。存在価値。


 俺に歯向かい、あろうことか平民混じりの私生児なんかと比べるなど万死に値する。


 あの女は昔からそうだ。


 俺よりも賢いと知識をひけらかし、王族の俺より自分のほうが偉いのだと立場を弁えることもしなかった。


 たかが侯爵令嬢の分際で!!


 あの女は腹黒い。王妃になったらその地位を利用し権力を振りかざすに決まっている!


 それなのに父上は、あの女の婚約者に選ばれたほうが王太子となり、次期国王になるとぬかした。


 あんな女にそれほどの価値があるものか!!


 家族にも愛されない惨めな女なんだぞ!!


「わからないの。だってアリアナに近づこうとすると騎士が邪魔するし」

「平民混じりが勝手に派遣した連中か」


 王宮騎士は王族を第一に考え、王族のためにその身を捧げるべき存在。


 いくら命令だとしても、あの女はただの侯爵令嬢。貴族にすぎないんだぞ。


 守る価値なんてない。


 むしろヘレンを守るべきだ!こんなにもか弱いヘレンが、あの女と一つ同じ屋根の下で暮らしていると思うと……。


 ヘレンの可愛さに嫉妬していじめているに違いない。健気なヘレンはそれを誰にも言えずに苦しむ。


 大人しく親の言いなりになっていれば良かったものを。あの女は何を勘違いしているのか、自分こそが国一番の淑女だと思い込んでいる。


 ハッ!ヘレンへの気遣い一つもまともに出来ないような女が淑女だと?笑わせる。


「ねぇエド。私ね、不安なの。もしかしたら私、エドと結婚出来ないんじゃないかって」


 涙声。


 泣いている顔を俺に見せまいと、背中に寄り添うヘレンはいじらしい。


 自分の感情を押し隠せるヘレンこそ、国の、いや!世界一の淑女じゃないか。


 アカデミーの生徒もヘレンと距離を置き、あまつさえ侮辱してくる。


 父上があんなふざけたことさえ言わなければ、真実の愛で結ばれた俺達がこんな苦しむことはなかった。


 くそくそくそ。


 俺が真に愛しているのはヘレンだけなのに、それを公に出来ないなんて。


 俺と離れている間、ヘレンがどれだけ寂しい思いをしていることか。想像するだけで胸が張り裂けそうだ。


 きっとヘレンも同じ思いに違いない。


 世界中に俺達より不幸な恋人は存在しないだろう。


 愛し合う者同士が試練に立ち向かわなければ結ばれないなんて。それでも俺はヘレンのために歩みを止めるわけにはいかない。


 ヘレンを幸せにしてやれるのは俺だけなのだから。


「それに私……怖いの。ボニート令嬢が私のこと……」


 ヘレンは話してくれた。


 ずっと胸の内に秘めていた過去の、ユースリーショップで何があったのか。


「ヘレン……。何をそんなに怯えることがある?その平民は貴族であるヘレンの身代わりになったんだろう?ならばそれは光栄に思うはずだ!平民如きが貴族の役に立てたんだからな」


 平民なんてゴミクズ、生まれてくる価値もない。そんな奴らに平民らしい役割を与えてやっただけ。


 むしろ誇りに思ってもいいぐらいだ。


 他ならぬヘレンの罪を“被らせてもらった”のだから。感謝こそされ、恨まれる筋合いはない。


 平民如きがヘレンの役に立つことは喜ばしいことではあるが、腹立たしくもある。


 俺も見たことのない初々しいヘレンを、ゴミ同然の平民がその目に映した。


 どんな手を使ってでもその平民を捜し出し、両目を抉り殺してやりたい。


 だがそうか。


 あの伯爵令嬢には、そんな当たり前の常識は通用せずヘレンを脅していたのか。


 ──なんて卑劣な奴だ!!


 あの女も伯爵令嬢も、ヘレンが子爵令嬢だから見下しているのか。


 たかが身分だけでヘレンをいじめるなんて最低の奴らめ。


 もっと早くに俺に相談してくれれば庇ってやれたのに。俺に心配をかけまいと、俺の負担にならないようにと、俺を気遣ってくれるなんて、ヘレンは優しすぎる。


 魔道具の効果が切れるまで、まだ時間がある。

 ヘレンの不安を少しでも減らしておきたくて、時間の許す限り深く愛し合った。


 体の隅々まで、骨の髄まで俺の愛を染み込ませてやらなければ。


 恥じらいつつ、純情な乙女のように何度も俺の名前を呼ぶ。


 体が熱い。


 このまま二人だけの時間を永遠に過ごしていたいのに、時間は無情にも過ぎていく。


「大丈夫だヘレン。お前のことは俺が必ず守ってやる」


 効果が切れ、ガラクタとなった魔道具を捨てて、名残り惜しくも身なりを整える。


 あの女のいる屋敷に帰るのが怖いらしく、震える手を包み込んだ。


「俺達の幸せのために邪魔者は全員、排除しよう」

「うん……!!私、エドを好きになって本当に良かった」


 部屋を出る前にもう一度キスをした。


 ヘレンと過ごす時間はいつもより短く感じてしまう。

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