果たすための約束
状況の理解が追いつかない騒ぎを聞きつけた他の教師に説明をし、気を失った教師を連れて行ってもらった。
顔面蒼白で泡を吹いたまま目を覚ます気配はない。
教師は処分が決定するまで自宅謹慎になるはず。
手紙の有無を確かめるため女子生徒にも話を聞くことになるだろうけど、学園長室に呼び出せば、その子は格好の的になる。
事を穏便に済ませるには女子生徒に送られた手紙を私が受け取り、それを私が提出すること。
そんなことが誰にも気付かれずに出来て、頼れる人物は一人だけ。
シャロンは小さく頷き、了承してくれた。
──ほんと、シャロンにはいつも迷惑をかける。
立場を利用し、関係を迫った教師のおかけで今日は臨時休校となり速やかに帰宅が命じられた。
あの子は同じ家だから一緒に帰ろうと誘ってくるけど、シャロンがそれを許さない。
「ジーナ令嬢は殿方とお帰りになればよろしいではありませんか。アリーは親友である私と寄り道するんだから。ね?」
「そうね。実は行ってみたい店があるの。付き合ってくれる?」
「もちろん。何ならエスコートしてあげるわ」
冗談っぽく差し出された手を掴んだ。優しく手を引いてくれた。
手馴れてる。そこら辺の男子よりも、よっぽど紳士。
ディーへの伝言はカルに頼んで、私達はそのままデートという名の寄り道に出掛けた。
行ってみたい店があるなんてのは、ただのでまかせ。
あの子と並んで歩きたくなかっただけのこと。
湖が綺麗な公園に行くと、人は少なくデートにはもってこいの場所。
「ねぇシャロン。私、嫌だからね」
誤って湖に落ちないよう立てられた柵にもたれて、揺れる木々を見上げるシャロンを見た。
シャロンは小さく首を傾げた。
「私のためにシャロンが死ぬのだけは嫌なの」
「ぷっ、あはは!何を言うかと思えば。もしかしてセツナちゃんの誕生日会でのこと言ってる?あれは万が一、アイツらに負けた場合よ。そんな心配しないで。今のとこは順調なんでしょ?」
余裕を見せる涼しい顔。
万が一の未来にならないように、みんなが頑張ってくれている。
でも!!もしも、その万が一が来てしまったら、シャロンは私の前からいなくなる。
想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
過去の私と違って、今シャロンがいなくなったら冷静ではいられない。
声が枯れるまで泣き続けて、私を心配する声も慰めてくれる言葉にも耳を傾けず、シャロンがいない現実を受け入れらずに、胸に空いた穴を埋めるかのように後を追ってしまうかも。
自らの意志で死を選択することが愚かな行為だとしてもだ。
「ちょ、アリー!本気で泣いてるの!?もう!私が泣かせたみたいじゃない」
自然と涙が零れる。
今はまだ、シャロンは死んでいないのに張り裂けそうな胸の痛みに耐えられなかった。
そこにいるのに、名前を呼んでも返事をしてくれない。
まるで眠っているかのように穏やかな顔をしているだけ。体は冷たくて、言葉を交わすことはおろか、二度と声が聞けないのだと絶望の底に叩き落とされる。
あたふたしながらハンカチを探すシャロンに抱きついた。
ふわりと香るのは香油。甘い匂いが主流の香水をあまり好まないシャロンが唯一、香油は付ける。
「お願いだから死なないって約束して」
抱きしめる力を強めた。背中に回した手は情けなくも震えている。
おかしなものね。こんなにも大切に想うのに、前世ではあの子を親友に選んでしまうなんて。
「私にとってアリーが死ぬことは、私が殺されることよりもずっと怖い。だから私は命を懸けるの」
「そんなの!私だって同じよ……」
「アリー。私にはあんな連中が雇ってる魔法使いよりも、もっと強い魔法使いが守ってくれてるのよ」
「でも、シャロンは……」
殺された。
信じられないほど呆気なく。
もしかしたら暗部よりも強い魔法使いがいるのかもしれない。
「ねぇアリー。そろそろ離してくれない?」
「嫌よ。約束してくれるまでは」
「ん〜。わかった。約束するから」
「絶対よ。約束を破ったら許さないからね」
「はいはい。わかったわかった。から、離れて。早く」
「私に抱きしめられるのは嫌なの?」
「泣き虫なアリーは嫌。私の親友アリアナ・ローズは、気高く美しく、淑女の鏡なんだから」
力づくで離された。
柄のないシンプルなハンカチで涙を拭いてくれる。
なんだか小さな子供になった気分。シャロンも同じことを思ったのか、子供をあやしてるみたいと笑う。
そんな無邪気なシャロンの笑顔は一瞬にして消え去った。
どう例えたらいいのか。苦虫を噛み潰した以上に、渋い顔。
呪いの呪文でも呟いているのか、怨念のようなものがシャロンの口から飛び出ている。
あの子が後を追ってきたのかと振り向けば、お手本のような笑顔の仮面を付けた男性がいるだけ。
知り合い……なのよね?あの男性と。
「入り口に馬車を停めております」
ボニート家の御者。あんな顔だったかしら。
「はぁ。アリー。うち寄ってく?第二王子のことでわかったことがあるの」
「迷惑じゃなければ」
「美味しいお菓子を食べながら話しましょ」
御者の横を通り過ぎて、ふと視線を後ろに向けると、感情のない冷たい表情が私だけを捉えていた。
怖いわけではないのに、心臓が握り潰されるかのように痛い。