お揃いと願いが叶うミサンガ
更に数日が経つ。
耳の穴は安定して、ようやくピアスを付けることが可能になった。
アカデミーでは派手すぎなければ装飾品を付けることは許可されている。
耳にかけた髪が落ちないようにピンで留めた。普段は留めないけど今日は特別な日だから。
門の前でシャロンと待ち合わせをして、両耳にお揃いのピアスを付けているのを確認した。
シャロンも今日だけは髪を耳にかけている。新鮮味があっていい。
ディーは私と選んだものとは別の、少し前に流行ったデザインのピアスを付けていた。
それはソフィア様から頂いた物らしい。
似合っていると褒めると、頬を赤らめて小さく喜んだ。
「まぁ!アリアナ様とシャロン様のピアス。お揃いなんですね」
ウィンター令嬢は目を輝かせながら叫んだ。先に登校していたあの子に聞こえるような大声で。
友達同士でお揃いの物を付けるのはよくある。
私達のように二つ一組の物を二人で付けるのはあまりいない。というか私達が初めて。
「お二人の仲の良さは特別ですものね」
「ディルク殿下が嫉妬してしまうのではないですか」
「大丈夫ですよ。ディーは心が狭くありませんから」
あの男への嫌味はしっかり届いた。
笑顔が引きつって、自分とディーを比べる発言をした私を疎ましく思っている。
──心が狭い自覚はあったのね。
自分の短所は見て見ぬふりするばかりじゃなかった。それを治すわけでも、改善するわけでもなく、私を殺すことに全力を尽くし、あの子を愛することだけを考えていたくせに。
「みんなにはこれをプレゼントしたくて。ミサンガと言って他国の人に教えてもらったんです」
「アリアナ様がお作りに?」
「ええ。これが切れるまで肌身離さず身に付けていると願いが叶うみたいです」
ミサンガは作る色によって意味が違うらしく、私は彼女達と友情を育んでいきたいから黄緑の糸を使って作った。
作り方は簡単で、一晩で全員分を作り終えた。
流行りものを作りたいわけではなく、私が仲良くしたい人だけに配る。その中には当然、あの子は含まれない。
優しくするのも、尽くしてあげるのも、一度きりで充分。
「僕達にも頂けるのですか」
異文化に興味津々のテオは物珍しそうにミサンガを見つめる。
全身から欲しいオーラが溢れ出ていた。
「ごめんね。殿方にはあげないことにしてるの」
「そうですか」
噂の元を作りたくはないのだ。なりふり構っていられないあの子は、手当り次第に適当な噂を流すだろうし。
「でも。私の侍女が作った物ならあげられるわ」
「ニコラの?いいの!?本当に!?」
テオはニコラに山ほどのプレゼントをあげるのに対し侍女となったニコラは、テオの評価や世間体を気にして何もあげられないでいる。
ロベリア公爵家の三女であることも、テオの婚約者だったことも紛れもない真実なのに。
自分は一介の侍女であると線を引く。
ニコラはあれだけの品物を貰っておいてお返ししないのも気が引けていた。
ニコラは黒い糸でミサンガを作った。黒色は魔除の意味が込められている。
テオは何を願うのか。
聞いてはいけない。願いとは、その人の特別な想い。他人が干渉したら叶わなくなってしまうかも。
騎士のカルにもお守りはある。小さな巾着の中に音のならない鈴を入れておくと、傷を請け負ってくれると昔から言い伝えられているとか。
私の護衛を任された四人の騎士にも持ってもらった。
言い伝えは言い伝え。ただの迷信に過ぎないけど、私の傍にいて私を守る役目がある以上は例え迷信だろうと縋りたい。
だってあの男は私を取り巻く全ての人間を殺してでも、以前の私を取り戻そうとする。
愛に飢え、目の前に吊るされた愛情のために愚行に走る哀れで可哀想な女。
そうなるよう仕向けたのは貴方達だと知れて良かった。
私に呪いをかけたのがその証拠。手段を選ばず私の婚約者の座を奪い取ろうとする。
足元をすくわれるヘマをしないとしても、目に見えない攻撃をされるのは堪える。
「あの皆さん!私も皆さんにお渡ししたい物が」
紙袋から取り出したのは有名な職人が手がけたガラス細工の置き物。
おかしいわ。この職人は二年先まで予約が埋まっている。これだけ大量に作ってもらえるはずがない。
──まさか侯爵が作らせた!?
侯爵家の権力を使ったんだ。
呆れて怒る気にもならない。
彼女の作るガラス細工はとても繊細で、制作にも時間がかかる。それでも数年単位で待つのは、それだけの価値があるから。
それを無理やりに作らせただけでなく急かしたせいもあり、作りがやや荒い。製作者もこの出来には納得していないはず。
これではレプリカと言われても仕方がない。
職人としてのプライドを深く引き裂かれただろう。作るように脅迫されて、完成した物を取り上げられ、第三者の手に渡る。
卑劣で最低な人達。
受け取ってくれと言わんばかりの笑顔。彼女達の迷惑も顧みないとこが嫌われる原因だって、どうしてわからないの。
「遠慮しないで下さい。これ有名な職人が作ったんですよ」
だから?と空気が流れる。
そのお金は貴女じゃなく侯爵が支払った。貴女は作ってくれるようワガママを言って、予約して待ってる人達を無視して自分の都合で急がせただけ。
そんな物を喜んで受け取る人がいるわけもない。
それにあの子からのプレゼント。絶対裏がある。
「それでですね。次の休みにお茶会を開くので、その……参加してくれますよね?」
「仲の良い殿方を誘えばよろしいのでは?」
シャロンが一歩前に出た。
氷のように冷たいシャロンの笑顔はまさに悪女。
私はどんなシャロンも好きだし、何ならもっと見下す感じがあってもいい。
「ねぇジーナ令嬢。覚えておいて。私には何をしてもいいし何を言ってもいい。でもね、アリーに何かしたら許さないから。絶対。これは脅しじゃないわよ」
まだ癒えてない頬の傷に手を添えて、また耳元で囁いた。
持っていたガラス細工を落としてしまうほど衝撃を受けていた。
「こ、この悪女!!ヘレンに何を言ったんだ!!」
取り繕うことをやめたシャロンの目は完全なる敵意が感じられる。
たかが伯爵令嬢。そう割り切ることは簡単なのに、誰にも発言を許さない雰囲気に男子生徒は情けなく俯き黙り込んだ。
あの男も今回は空気を読んであの子を庇う真似はしなかった。
容赦なく追い詰めようとした矢先、新人教師が入ってきた。
四十代の、いかにも権力に媚びへつらうって感じの大人。
何も見ていないのに震えるあの子を見ては、シャロンに謝罪をするよう怒鳴りつけた。
シャロンにキツく当たれとあの男から命令されているのね。仮にそうじゃないとしても、か弱いあの子を睨むシャロンは悪女で、ならば当然、悪者はシャロン。そう決めつけた。
──教師の風上にも置けない。
ああ……良かった。ラジットにこの教師のことを聞いてもらってて。
あの男をただ依怙贔屓するだけなら、こんな早くに切り札を使うことはなかった。
「どう足掻いても僕とお前は結ばれる運命なんだ。わかったら早くこの愛を受け入れろ。僕はアカデミーの教師だ。お前を退学させるぐらい訳ないんだぞ」
「な、何を……」
「これはある女子生徒に新任の教師から送られてくる手紙の内容です。彼女の名誉のため名前は伏せますが、彼女から相談を受けていました」
嘘だけど。
教師としてか、大人としてか、文面を間違えないように声に出して読んでくれたおかけで、あの男の手先を一人正当な理由で処分出来る。
狙われた女子生徒は一年生で、お茶会に誘われたことがある。
私と女子生徒に面識がある以上、教師には私の言葉が嘘であると言い切れない。
「この新任教師は先生のことですよね?」
アカデミーの教師はここ数年変わらない。唯一、この教師が赴任してきただけ。
「教師の立場を利用して生徒を傷つけようとするなんて。このことは学園長に報告させて頂きます」
「ま、待て!証拠は!?送った証拠もないのに教師を陥れようとするなんて、私生児の婚約者らしい愚考だ」
教師のくせに生徒の差別発言。
加えて王族侮辱罪。
私は教師という職に就く人に尊敬の念を抱いていた。
貴族だけではあるものの、何百何千の生徒に正しいことを教える聖職者。
中には間違ったまま大人になる生徒もいるけど、ほとんどは全うに育つ。
この教師たった一人のせいで、私の教師の職に対する評価は地に落ちた。
私とディーへの侮辱に、シャロンとカルが睨み付けると教師は顔面蒼白になりながらドサッと倒れ気を失った。
──何、今の。
睨まれたぐらいで気を失うほど小心者なら、大勢の前でディーを私生児だとバカにするわけがない。
この二人が何かをしたのは間違いないのに、肝心の二人も何が起きたのかわかっていない。