護衛騎士、帰還
「アリアナ様。本日より護衛に復帰致します」
ヨゼフが連れてきた四人は気を利かせてくれて、屋敷内を見て回る。
入ってはいけない場所や侯爵達の部屋を確認しておきたいそうだ。
初日から仕事熱心なのはいいことだけど、長距離移動で疲れているだろうし、まずは体を休めてもいいのに。
早く仕事をしたいと意気込んでいる。
ウォン卿には陛下への報告のあと、すぐに戻ってこれなかったことを謝られた。
一週間の休暇は陛下からの気遣いであり、誰が悪いわけでもない。
休暇が終わったら終わったで、王宮騎士としての仕事をセシオン団長から仰せつかった。
代わりを引き継いでいるのがラジットであることから信用はしていて、軽い気持ちで引き受けた。
業務内容はシンプル。ディーに剣術を教えること。
バルト卿とセシオン団長は同期であり、バルト卿の解雇に不当性を感じていながらも大きすぎる権力に口を閉ざしてしまう。
今でも二人に交流はあり、バルト卿が直々にセシオン団長にお願いをした。ディーに剣を教えてくれるように。
過去の負い目があるセシオン団長は断ることはなく、最近、仲の良いウォン卿とラード卿が剣の師に選ばれた。
あの男にバレないようにだから毎日ではなく、夜の遅い時間にこっそりと。
もし見つかったらラジットと同じように視力を奪われるかもしれない。
最悪の場合、王宮から追い出されるかも。
欠片の信用もされないほど、あの男は騎士の間で煙たがられている。最低限の礼儀を尽くしてくれているのは、あの男が王族だから。それ以上の理由はない。
その二人が私の護衛に付いてしまったら、誰が教えるのかしら。手紙で聞いてみよう。
「ウォン卿。頭を上げて」
「ソール団長。後は我々が引き継ぎますので。……団長?」
ラジットは何を考えているのか、護衛はこのまま自分達がやるから帰っていいと言い出した。
直属ではないとはいえ、上司に逆らうことは一般的には許されるものではない。
それでもウォン卿は私の護衛は自分の仕事であり、いくら団長といえど譲れないと言い切った。
王宮騎士が侯爵令嬢の護衛の座を懸けて口論する姿は、傍から見たらどうなんだろ。私としては少し面白いけど、私が間に入っても止まるはずもない。
ラジットがいてくれたら私にとっては都合が良いけど、あくまでもラジットはウォン卿とラード卿が戻ってくるでの引き継ぎ。
どちらに残って欲しいとは、軽々しく言えない。
ラード卿とルア卿のバトルも勃発していた。
こちらはルア卿がかなり有利。同性ということもあり、どこに行くにもニコラが気を遣わなくていいと力説。
確かにその通りだ。ちょっと勝ち誇るルア卿は可愛い。
「では!四人全員が残るというのはどうでしょう」
これしか方法が浮かばない。
それなら、と納得してくれたはずなのに、今度はどちらが私達の護衛に当たるかで揉め始めた。
──もうやだ。心折れそう。
人数が増えれば人と部屋、それぞれの護衛が出来る。
ディーからのプレゼントを置く部屋にはクラウス様から貰った魔道具で私以外は入れなくした。
私と私の部屋。どっちを守るか。
ニコラの部屋も守ってもらわなくては。テオからのプレゼントを私と同じ部屋に置いたほうが安全だと言っても、盗られても大丈夫なんて強がる。
──そんなはずないわ。
婚約を破棄したとはいえニコラがテオを愛しく思っていた事実が簡単に消えるわけがない。
仮にそうでなくても、あれらは全てテオがニコラのために選んで買った物。他人が易々と触れていいはずもない。
手癖の悪い使用人を残すのだから、出来る限りの対策はしておかないと。
「ゴホン!」
埒が明かない状況を見兼ねたヨゼフは大きく咳払いをした。
「お嬢様の護衛はもちろん、お嬢様が召し上がる料理を守るのも務めだと思われますが」
侯爵の雇った料理人の悪評はヨゼフの耳にも入っていて、何をしでかすかわからない。
料理長達の料理と比べると味は落ちるらしく、不満を漏らしているとラジットが言っていた。
可哀想なことにそれが彼らに聞かれてしまい、こちらも厨房で不満大爆発。
わざわざ雇われに来てやったのに、って、荒れまくっている。
このままにしておくと料理長達に被害が及ぶ。
類は友を呼ぶ。とは、まさにこのこと。
侯爵の最低な人間の元には、最低の人間が集まってくる。
出来る男ヨゼフは違うわね。私だけでなく、私が大切にしてる人、私を大切に想ってくれている人への配慮が完璧。
お母様が実家から連れて来ただけはある。
ヨゼフの妙案により、週の始まりから四日はラジットとルア卿が護衛。残り三日はウォン卿とラード卿があたることとなった。
ニコラの持つ高価な物は問答無用で私の部屋で保管。扉を開ける際の指紋認証はニコラの指紋も登録してもらえるようクラウス様に頼んでみよう。
「ヨゼフ。ウォン卿。ラード卿。おかえりなさい」
彼らは私のために戻ってきてくれた。
確証もないのに確信していた。
だって彼らの目はカルがディーを守ろうとする目と、バルト卿がディーを見る目と、全く同じ。
自惚れでもいい。ウォン卿とラード卿は私に騎士の忠誠を誓ってくれた。
それは同情や哀れみなんかじゃない。
人の想いを疑わず信じようと思えたのは、きっとディーのおかげ。