侯爵家の変化
試験が終わると色んなことが一気に起きた。
ヨゼフが帰ってきたのだ。四人の使用人を連れて。
肌の色の違いから異国の人が混じってる。
彼らはブランシュ辺境伯の孫である私に仕える喜びがあった。
侯爵家の使用人がたった四人なんて少なすぎると激怒するも、先に彼らが今の侯爵家の内情を調べ、それに適した人数を補充するという形。
元使用人達には私の書いた紹介状を渡し、出て行くよう命じた。
雇い主が侯爵。使用人の裁量は女主人である夫人の仕事。
本来なら私が口出すことではない。本来なら。
使用人入れ替えの詳細は前に話した通り。
これまでの無礼を詫びて仕事をちゃんとするなら、ここに残ることを許可してあげたのに。
彼女達は何も変わらない。変わろうとさえしなかった。
「私はこんな連中に金など払わんぞ!!お前が勝手に雇うなどと口にしているのだからな!!」
そう言うと思ったわ。
侯爵はそういう人だから。
「給料のことはご安心下さい。旦那様が毎月今の倍、支払ってくれると約束してくださいました」
ヨゼフの言葉に使用人の表情は明るくなり、みんな喜んだ。
素朴な疑問だけど、なぜ彼らはあんなに喜んでいるのかしら?
ブランシュ辺境伯は仕事のしない使用人に給料を払ってくれるほど優しくはないことを知っている。
使用人を全入れ替えなんて前代未聞なこと、何の説明もなしに承諾を得れるはずもなくヨゼフは目に余る行動の数々を報告したに違いない。
ブランシュ辺境伯はお喋りな人ではないからこそ話せる。
メイド長の手癖が悪いこと、使用人が仕事をしないこと。
それらは胸の内に留めてくれるだろう。
「お、お嬢様!!」
メイド長の声は震えていた。
今更ながらに私の本気度をわかってくれたみたい。
プライドが高く、私なんかに頭を下げて謝ることを極端に嫌うメイド長が深く頭を下げ詫びた。
クビになりたくないパフォーマンスなんかで許してあげるほど今の私は優しくない。
具体的に何に対しての謝罪か聞いた。
ふんわりとした中身のない謝罪なんて、謝罪とは言わない。反省しているのなら誠意だけでなく、何が悪かったのか述べてもらわないと。
心当たりが多すぎるのか、いくら待っても次の言葉は出てこない。
それとも何も悪いことをしていないと思っているのか。
他の使用人も上辺だけの謝罪で全てを有耶無耶にしようと思っていたようで誰もが視線を逸らしたまま。
──あらあら。本当に反省しているのかしら?
「もういいじゃないアリアナ!みんな反省してるんだから許してあげようよ!」
罪な使用人を庇う優しいお嬢様を演じるあの子の評価はうなぎ登り。
涙を流すほど感動することでもないのに、どこからか「聖女様」みたいと聞こえた。
聖女の意味をまるでわかってない。
あの子は奇跡を起こしたわけでも、何かに貢献したこともなければ、身分を笠に着て好き勝手生きてるだけ。
もし慈悲に溢れているって意味なら、私だって聖女と呼ばれなければ割に合わない。
無能な使用人のために紹介状を書いただけでなく、次の働き口を潰すなんて大人気ない真似をしてないんだから。
「いいえ。ヘレンお嬢様。私共を心配してくれるお言葉、感激致しました」
あの子が心配したのは貴女達ではなく、自分を崇め称えてくれる存在がいなくなることだけ。
新しく雇った使用人が同じように女神やら聖女やら褒めてくれるなら、それでいいと思ってる。
メイド長はあの子の言葉に勇気を貰い、背中を押されたように私と向き合い、再び深く考えを下げる。
「私の監督不行届によりメイド達がお嬢様にご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ごさいませんでした。これからは私共々、心を入れ替え精一杯、仕えさせて頂きます」
あくまでも貴女の罪はそれだけだと言いたいようね。
盗みに関してはシラを切り通すつもりなのか。私の物ではないし、いいんだけど。
ガタガタと風が窓を叩く音がする。
ラジットの怒りが頂点に達したら強風は窓を突き破りメイド長を襲う。
────やめてあげてねラジット。
可哀想ではないけど、メイド長が死んだら手間が増えるだけ。それにラジットの仕事も。
他の使用人も勤務態度だけを反省する口ぶり。
ああ。ラジットの顔がどんどん怒りに侵食されていく。
彼らはこんなにも反省しているのだから追い出すのは可哀想だと必死に庇う。あの子に同調するように長兄と次兄も。
「では、こうしましょう。新しく来た彼らは私専属の使用人とします。元からいる使用人にはこれまで通り、侯爵家の使用人として給料は侯爵が支払って下さい。それなら彼らを辞めさせることもないですし。侯爵はどうしても、辞めさせたくないんですよね?彼らを」
給料が上がらないことに不満はあるものの、追い出されなかっただけでもマシだと口を開けることはなかった。
この流れだとニコラや料理長達の給料を支払わないと言いそうね。
侯爵の性格を熟知しているヨゼフなら、そのことも含めてブランシュ辺境伯に報告しお願いしているはず。
「ヨゼフ。ブランシュ辺境伯は新しい使用人だけの給料を払うと言ったの?」
「いいえ。ニコラと私、そしてお嬢様の料理を作る料理人だけです」
「そう。わかったわ」
人数があまり多くないから役割を振り分けられる。
わざと遅刻させる御者の代わりが見つかって助かった。
私専用なら仕事内容はとても簡単。
部屋の掃除はニコラがやってくれる。ヨゼフは執事長だから私だけに構ってる余裕ない。
新しく来てくれた使用人のうち一人は御者。馬車の手入れも仕事に含まれる。これで不運な事故に襲われることはなくなった。
二人は私が使う部屋の掃除。元からいる使用人じゃ完璧に綺麗にはしてくれない。
最後の一人は料理人。異国の料理はとても興味がある。
飲み物はコーヒーというものがあり、甘い物との組み合わせがベストとか。
「アリアナ!なぜそうも父上に反抗するのだ!自分のしてることを理解していないのか!?」
長兄のキツい睨みから私を守るように立ったのはラジットではなく、ウォン卿だった。
「恥ずかしくはないのか。妹をそのように追い詰めて。アリアナ様は間違ったことは言っていないはずだが」
ウォン卿とラード卿の登場により部が悪くなり、簡単に背を向け行ってしまった。
あの子も侯爵も後を追うように走っていき、残された使用人達も、それぞれの持ち場へと戻る。




