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欲だらけの人間【ディルク】

 夢だったアリーとの放課後デートが実現した。


 バルト卿に会いに行っただけだし、デートと言うのはおかしいかな。


 僕にとっての父親みたいな存在であり、僕の師であるバルト卿を、いつかはアリーに紹介したかった。


 タイミングが難しかったのと、どうやって誘えばいいのかがわからずに時間はかかってしまったけど。


 アリーからしたら僕の過去なんて興味ないだろうし、僕の恩師を紹介したって困らせるだけ。


 僕は嬉しいんだけどね。

 アリーにとって大切な人を紹介されるのは信頼された証。


 ──人の価値観はそれぞれだし、アリーの迷惑になってなかったらいいな。


 今回はカル達が気を利かせて二人にしてくれたおかげで、大好きな人に尊敬する人を紹介出来た。


 突然だったにも関わらず戸惑う様子もなく、もっと早くに紹介しておけばと後悔する。


 母上は僕の耳を見ても驚くことはなく、小さく笑いながら自分のピアスを片方だけくれた。


 女性物ではあるけど男が付けてもさほど違和感のない無難なデザイン。


 アリーとお揃いの物を付けるなら持ってるだけでいいと気を遣ってくれたけど、最初から片耳には母上のピアスを付けるつもりでアリーには片耳用を選んでもらった。


 マザコンとか笑われても僕は気にしない。


 この世界で愛情を持って育ててくれるたった一人の親を大切に想うのは当然。


 いつの日か、両手いっぱいに貰った愛情を返していけたらと思う。


 一度には無理だから、時間をかけて少しずつ。


「ありがとうクラウス。アリーの呪い、完全に解けたみたいだった」

「ふふ、そうだろう。マリアンヌの特殊魔法程、役に立つものはない」


 誰かがクラウスはミステリアス王子だと言っていたが、こんなにもわかりやすく顔に出るクラウスのどこがミステリアスなのか。


 彼女との婚約は政略結婚だと聞いていたが、クラウスは彼女をとても愛している。


 彼女、マリアンヌ様だけがクラウスを見下すわけでも憐れむだけでもなく、ありのままのクラウス・フリッツを見てくれたたった一人の女性。


 私生児だとか、王族だからとか、そんな言葉を使ったことは一度もない。


「貴方はクラウス・フリッツで、それ以上でも以下でもない」と生きていくことへの肯定。


 そのときクラウスがどんな顔をしていたのか、僕には想像がつく。


「ディルク。お前はアリアナ嬢に何も言わないのか。愛して欲しいのだろう?」


 棚から本を選ぶのを中断して振り向いたクラウスは真剣で、嘘や誤魔化しは通用しない。


「アリーは僕を好いているから婚約者に選んだわけじゃない。エドガーを王にしたくなかった。それだけだ」


 自惚れるつもりはない。


 多分……きっとアリーは、この先一生誰かを好きになったりはしないのだろう。


 あの日、僕を選んでくれた。それだけで本当に嬉しかった。


 だから真実を教えてもらったとき、全てに納得して、アリーの力になれるならと協力を約束した。


 蔑まれるだけの人生だった僕なんかが、アリーの役に立てるのなら。こんな幸せなことはない。


「欲がないな。お前は」


 クラウスは以前のように暗殺者が忍びこめないように防御魔法の結界を張ってくれた。


 僕に悪意を持つ者が扉に触れると強い衝撃に吹き飛ばされる。命までは奪われないが、気絶する痛みの後、数日は寝込むらしい。


 殺そうとしてくる相手に容赦をしてやる必要はないと、最初は殺すためのトラップだったのをどうにか説得してレベルを下げてもらった。


 不満そうだったけど僕の部屋の前に死体が転がるのは良い気分ではないと納得してくれる。


 まだ寝る時間には早いが、クラウスは部屋に戻った。


 背を向けたままヒラヒラ〜と手を振りながら瞬間移動を使う。


 いいな魔法。あれがあれば、すぐにアリーを助けに行ける。


 泣いているアリーの涙を拭いに行けるのに。


「欲ならあるんだよ」


 そこにはいないクラウスに呟く。


 欲深い人間だよ僕は。


 アリーに愛して欲しい。


 アリーに僕だけを見てほしい。


 エドガーのことなんて考えて欲しくない。


 王位継承争いも、復讐も忘れて、隣国で静かに暮らすことが出来ればどれだけいいか。


 全部を上げるとキリがない。数え切れない欲望が渦巻く。


 それら全てを押し込んで隠すのはアリーの負担になりたくないから。


 二度も君を失いたくない。


 僕は僕の全てを懸けてアリーを守ってみせる。


 アリーを守るためなら母上の命を簡単に切り捨ててしまえると思える自分が最低だった。


 お腹に僕を宿したときから毎日欠かさず愛を囁いてくれて、僕のことをずっと愛してくれた。


 アリーと母上が天秤にかけられたとき、僕は迷わずアリーを選ぶ。


 この手の中には守りたい人が沢山いるのに、全員を守れないことは痛いほどわかっている。


 零れ落ちた命は拾えない。だから前世の僕に残された道は復讐だけだったんだ。


 もう来ないであろうカラスを迎えるために窓を開けた。


「君は一体誰なんだ」


 あれからあらゆる記録を読み直したけど、登場するのはドラゴンと初代陛下のみ。カラスの存在をほのめかす一文もなかった。


 それじゃあ辻褄が合わない。過去の出来事を知っているのは過去にいた人物だけ。


 まさかいるのか。


 アリーと同じように過去から戻ってきた人間が。


 まさかね。そんなことあるわけがない。


 ドラゴンの力で回帰出来るのは一人だけ。その一人はアリー。


 もしも本当にアリー以外にそんな人間がいるとしたら、何か特別な力を使ったことになる。


 可能性だけで言えばクラウスが第一候補。


「クラウスなら僕に打ち明けてくれるはずだから、違うんだろうな」


 疲れているんだ、きっと。


 今日はもう寝よう。


 まだまだ沢山、やることがあるんだ。休めるときに休んで、備えておかないと。


 今夜は良い夢を見られそうな気がする。

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