生まれて初めての……
耳にこんな小さな穴が開いただけで風通しが良くなったようにスースーする。
つい、触ろうとしてしまう手は不自然なところで止まった。
──触ったらダメなのよね。
私がこんなに苦労したのに、ディーは涼しい顔で自分でサッと開けた。
失敗することなく綺麗に安定している。
その行動にはバルト卿も驚いていた。
人の目を気にして装飾品を付けることもなく、王族とは程遠い地味な服装ばかりしていたディーが、迷いなく穴を開ける。
言葉を失うほど衝撃。
ディーは私の選んだピアスを付けてくれることになり、面白みはなく無難ではあるけど星の形。
どんな暗闇に飲み込まれても、数多の星のように国を照らす存在。
人々の希望。
平等に手を差し伸べてくれる優しい存在。
意味は言わずに購入して、見られながらプレゼント用に包装してもらおうとすると、そのまま貰うと。
宝物のように両手で包み込むディーが無邪気な子供に見えてしまう。
専用のボックスに入れて、同じ日に付けようとお願いされた。
ディーの甘えるようなお願いが余程珍しいのか、バルト卿は今起きてることが現実か夢か、わからなくなってきている。
「ダメ、かな?」
不安そうに聞かれた。
視線が合わない。自信がないかのように宙を彷徨う。
断る理由なんてなく、約束を交わした。
そのときの笑顔が本当に可愛くて、些細なことで喜んでくれるディーの素直さというか、純粋さに心が洗われる。
帰り際、少しだけバルト卿と話がしたいと時間をもらう。
「申し訳ありませんバルト卿。私は私欲のためにディーと婚約し、彼を王にしようとしています」
「なぜそれを私に?」
「ディーがバルト卿をとても信頼しているから」
全てを話せるわけではないけど、ディーを選んだのは愛ではなく情なのだと告白した。
誠実な人を騙したくない。この告白が自分のためであり、多少なりとも罪悪感を減らすためのものであると、自分でも薄々感じている。
それがいかに最低な行いであるかを承知しながらも。
バルト卿は「やはり優しいお方だ」と呟いた。
──優しい?
「そこでバルト卿にお願いがあるのですが。ディーが王座に就いた暁には、王宮騎士に戻りディーを守って欲しいのです」
カルの実力は信じている。それでも、守ってくれる人が多いに越したことはない。
幼少期からずっと傍にいて、誰よりも信頼されていた誇り高き騎士。
彼のような人がいてくれるだけで、私も安心する。
「アリアナ様はどうするのですか。私にはまるで、王妃の座を退くと聞こえます」
その質問には答えられず微笑んだ。
バルト卿はそれ以上は何も聞かなかった。
ただ、騎士に戻ることは考えてくれると。いくら戻りたくても、ディーが望んでくれなければ再び王宮に足を踏み入れることはない。
わかっているのに。ディーがバルト卿を待っていてくれていることを。
今の陛下になら多少の無茶なお願いは聞いてもらえる。
それこそ、バルト卿を王宮に戻すことだって。
それをしないのは、バルト卿に大切な人がいるからだ。
守りたい人は人を弱くして、時には弱点にさえなってしまう。
失って欲しくない。切実な願いだ。
自分と関わりさえしなければ王妃に目を付けららることもない。
平穏無事な日々を過ごせる。
気のせいだろうか。バルト卿はディーと私、二人を守りたいと、そう言ってるようにも聞こえた。
私が王妃で在り続けると断言すれば、バルト卿も戻ると誓ってくれるのだろう。
それを口にしてしまえば強制になってしまうから。出かかった言葉を飲み込み、何も聞かないでくれた。
「ディー。お待たせ」
待っていてくれるディーの後ろ姿に胸が熱くなる。
「もういいの?」
「ええ。ありがとう」
話してみてわかった。バルト卿は騎士を辞めた今でもディーを大切に想ってくれている。
陰謀が渦巻く王宮で力のないディーが生活するのは苦しい。せめて陛下が皆と平等に接してくれていれば……。
そんな強い思いが伝わってくる。
完全に王宮から離れてしまったバルト卿は王宮内がほんの少し、変わったことをまだ知らない。
ディーとはたまに会っているみたいだし、いずれ話すだろう。
見送りに出てきてくれた二人に頭を下げて、遅くなる前に家路へ急ぐ。
寄り道することを事前に報告していなかったから、きっとニコラは心配している。
ディーは私とバルト卿が何を話していたかは聞かない。
私のことを信じてくれているみたいで、何だかくすぐったい気分。
横に並んで歩いてると手が当たる。こんなことで意識してしまうなんて。
今日は幸せオーラをいっぱい浴び続けたら、だから……。手を繋いでしまうのであって、私が繋ぎたいからとか、そんな下心があるわけじゃない。
手を繋いで歩くなんていつ以来だろう。あの子が来る前に一度だけ、お母様と庭を散歩したのが最初で最後。
あの日と同じように自然と口角は上がり、嬉しさが隠しきれない。
ディーは嫌がる素振りなんてなく、耳が真っ赤。
釣られて私の顔も少し赤くなったことを、ディーは知っているのだろうか。