テストの終わりと、お出掛け
マリアンヌ様は護衛を待たせているからと帰って行った。
公にしていないといってもクラウス様の婚約者であることは事実。いくらマリアンヌ様が強くても護衛が付くのは当然。
私としてはもっといて欲しかったけど、あまり長居しすぎると怪しまれる。クラウス様に頼まれて私の呪いを解いたのなら、すぐにでも帰ったほうがいい。
長居は無用。
頭ではわかっていても、もっと話をしたい気持ちもある。
マリアンヌ様を見下すような発言をしたあの子は、魅了香の毒牙にかかっていない他クラスの男子生徒から軽蔑な眼差しを向けられた。
天使でいたいのなら八つ当たりなんてみっともない真似はせず、現実を受け入れるべきだったのに。
あの子は自分の容姿が周りから愛されることをよく理解している。だからこそ性格が大事になってくるんだ。
いくら可愛くても、性格の悪い人間を好こうとは思わない。
あの子の天真爛漫さは貴族のお堅いイメージとは正反対。それ故に心動く者も多数いた。
化けの皮が剥がれていくのを見るのが楽しい。
「ところでさっきの……。ほら、シャロンが何か言ってた生徒。彼は誰?」
「あらあら。記憶力抜群のアリアナ様にも覚えられない人がいるのね」
「もうシャロン」
「冗談よ。彼はマルーナ男爵子息」
「…………ん?待って彼は」
もっとふくよかだった。
顔もまん丸として、体型も……さっきの彼とは真逆。
言われてみれば目元や、所々、体のパーツは似ているけど性格はあんな感じではなかった。
あの子を好きなのは変わらないけど、自分の意見をハッキリ言えるタイプではない。他人の言葉に同調するだけ。
いつもオドオドして他人の顔色ばかり伺う。
「恋の力は偉大ですね。たった数日で人をあんなに変えてしまうのですから」
カルは感心しながらも驚いていた。
あの子に似合う男になるために懸命にダイエットをして成果が出てようだ。
痩せたことにより自信を持ち、伯爵令嬢であるシャロンにあんな失礼な態度を取ったんだ。どうしてあの子の周りは、立場を弁えない男しかいないのかしら。
勉強会で勉強していたのは、私とシャロン、カルとテオ、ウィンター令嬢とリリス令嬢。
他の生徒も何人かやっていたけど、私達のグループに加わることはなかった。
あの子とあの男は勉強なんてやるつもりはなく、呑気にお喋りするだけ。
成績が下がろうが私には関係ない。
きっとあれは余裕の表れなのよね。勉強をしなくても上位を狙えるという。
くだらなくも、楽しい勉強会は幕を閉じ、迎えたテスト当日。
シャロンは過去最高に解けたと大はしゃぎ。
普段とのギャップに可愛らしさ抜群。
取り繕った貴族らしさはなく、飛び跳ねながら私に抱きつく。
加減をしてくれないからちょっと苦しかったけど、背中に手を回して抱きしめながら心からの「おめでとう」と伝える。
一方あの子はほとんど解けなかったらしく、廊下に張り出された順位はとても面白いことになっていた。
成績下位常連のあの子がついに、最下位を取ってしまったみたい。
ちゃんと勉強さえしていれば、いつもみたいに下位だけど、いい笑い者になることはなかったのに。
ただの最下位ではなく、アカデミー始まって以来の最低点数での最下位。
私の順位はいつもと変わらない。
こういうとこで堂々と学年一位を取ってしまうとこも、あの男の不快を買っていたのね。
──でも仕方ないわよね?取れてしまうんだから。
わざと間違えるなんて、それこそ淑女失格。
期待を裏切りたくないからこそ、結果を出したくて努力を怠らない。
私をそういう人間にしたのは貴方達よ。
テストも無事に終わり、お疲れ様会をやろうとシャロンに誘われ、放課後に遊びに行くことになったのだけど……
「なんか緊張するね。二人だと」
ディーの照れた笑顔は何度見ても可愛い。
誰の発案なのか、私とディーのデートを計画し、実行に移された。
私もディーと出掛けるのは嫌いじゃないし……うん。だから、その……嬉しい。
今日はディーが紹介したい人がいると連れて来られたのはフラワービジュ。
扉にはまだCLOSEの札がかけられたまま。
「お待ちしておりましたよ。殿下」
後ろから突然、声をかけられ驚く私をよそにディーは、見たことのない柔らかい表情を浮かべていた。
体格の良い大柄な男性の威圧感は強く、思わず息を飲んだ。
「紹介するよアリー。彼は元王宮騎士団長のバルト卿。今は引退して、先日、ビジュの店員と結婚したんだ」
「初めまして。アリアナ様のお噂はかねがね」
「どのような噂かお聞きしてもよろしいものですか」
「殿下の前ではちょっと……」
わざとらしく視線を逸らすお茶目な仕草につい笑ってしまった。
一見、怖そうなのにこんな可愛らしい一面もあるんだ。
バルト卿は店の中に入れてくれて、髪をバッサリと切った店員がハーブティーを用意してくれた。
落ち着く良い香り。
「それで?アリーの噂っていうのは?」
カルやクラウス様と話すときとはまた違った雰囲気。それだけでバルト卿が特別な存在だとわかる。
「あくまでも噂、ですからね?」
念を押すように「噂」を強調する。
「アリアナ様は計算高く、上級貴族に媚びを売るのが上手い。下級貴族と平民にも良い顔をして点数を稼いでいる、と」
当たってる。正確すぎて誰が発信源なのか考えるまでもない。
「まさかそんな噂を信じてるわけではないよね?」
たかが噂。(本当のこと)
それも私の。ディーが怒ることではないのに、ムスッと口を尖らせる。
「だから貴方の前で言うのは嫌だったんです」
「質問の答えは?」
「心配しなくても私は自分の目で見たものしか信じません。それに噂の出処も……まぁ、あれですし」
バルト卿は唯一、私がディーの初恋の相手だと知っている人物。
王宮を去ったあともディーのことは気にかけていたし、私の噂が流れ始めたときから、それとなく出処を探っていたらあの子に辿り着いた。
ローズ家の居候がなぜか、その家の令嬢の悪意ある噂を流す。
私を悪女として処刑するとき、根も葉もない噂だったとしても、そういう人間だったと頭の片隅に記憶されていれば私の死は正当化される。
言わば噂は下準備。
「それと。私はアリアナ様は、誰に対してもお優しい方だと思っていますよ」
「優しい?私が?」
「相手が平民だからと偉ぶることもなく、失敗した店員にさえ笑って大丈夫だと言った。そんな貴女が噂通りの、人を見下すはずがない」
「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが、私はそういう人間でした」
素直に認めるとバルト卿は「違う」と否定した。
「媚びを売ることは誰でもやっています。ここで問題視されるのは貴女が下級貴族や平民を見下していたかです」
直球で聞かれると悩む。
私は、私の評価のために彼らを平等に扱っているけど本当は見下し優越感に浸っていただけかも。
バルト卿の力強い瞳に嘘は通用しない。
誤魔化しの回答は信用を失うだけ。
「本当にお優しい方ですね。大体の貴族はこの質問をすると即答するんですよ。そんなことないと。アリアナ様だけです。真剣に悩んで、自分自身と向き合うのは」
ぎこちない控えめな笑顔。
ディーはむせるほど驚いて、でもすぐに
「仏頂面のほうが似合うね」
なんて言った。
昔馴染みの人と会うとディーは饒舌になって、私の知らない昔話に花を咲かせる。
不思議と寂しい思いはなくディーが楽しそうだったり、嬉しそうだったりすると安心した。
あの王宮にも心を許せる人がいたのだと。
少なくともディーは独りではなかったのだ。