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クラウス様の婚約者

 あの子もあの男も放っておいて勉強に集中してると、向こうが騒がしくなってきた。


 勉強を騒ぐことと勘違いしているのか。だったらこんなとこに生徒を集めないで欲しいわ。


 人だかりで何をしているのかよく見えない。


 騒ぎを起こしたのはあの子の十八番だし、元凶はあの子ね。


 気にしてると、見に行っていたウィンター令嬢が何があったのか教えてくれた。


 平民の女性が入ってきて、イラついているあの子が鬱憤を晴らすかのように上から目線で物を言っている。


「ここはエドが私達、アカデミーに通う貴族のために用意してくれた場所よ。わかったら早く出て行きなさい!!」


 やけに強い口調。ここまで聞こえてく。


 勉強は静かな空間でするのが好きで、事態を収めに行くと、人と人の間から平民の女子が見えた。


「シャロン!」

「アリー!」


 同時に名前を呼んだ。


 シャロンのこの反応。まず間違いない。あの女性は……。


 私が知っていたことに一瞬驚きはしたものの、私の事情を知っているから動揺はすぐに収まった。


 あの子は自分の言ったことが正しいと、最初から事の経緯を勝手に説明してきた。


 言い分は間違っていない。ここは貴族のため、もっと正確に言えば私を捨て駒にするための舞台。


 こうしてハッキリ目にすると彼女は平民のようだ。


 兄のおさがりを着回してるような少し大きめの服。スカートではなくズボンを履いている。髪は手入れされているものの男性のように短い。


 何も知らなければ私も平民だと決めつけてしまう。


 金銭面に余裕のない平民は上の姉兄からおさがりで衣類を貰うことで出費を抑える。


 たかが服一着と貴族は言うけど、その一着を買えない人だって大勢いるのだ。


 あの男が彼女の素性を知っているわけでもないけど、平民という理由で無理やり追い出せば、崩れかけている僅かな人徳も失われてしまう。


 あの男にとってチヤホヤされることは何者にも勝る快感。人気のためなら大嫌いな平民にさえ優しく接する。


 余計なことを喋られる前に彼女の正面に立ち、あの子の完全なる無礼を詫びた。


 伯爵のシャロンが彼女のことを知っているとなるとあの男に不信感を抱かせてしまう。だから私一人で。


 私なら知っていても何もおかしくはない。


「何をしてるのよアリアナ!平民に頭を下げるなんて。侯爵令嬢にあるまじき行動よ!!」

「黙りなさい。この方は隣国の王太子、クラウス・フリッツ様の婚約者、マリアンヌ・ユフィール公爵令嬢よ」


 クラウス様には婚約者がいる。相手の顔は誰も知らない。


 マリアンヌ様は“女”という肩書きを好まず、女だからスカートを履かなければならない古い考えを嫌う。


 髪は短すぎたらいけない。丁寧な言葉使いに上品な立ち振る舞い。


 “女”というだけで色んなことを制限されるのは納得がいかないと、長い髪を惜しまれながらも自分で切ったのだ。


 風になびく淡い黄色い髪は安らぎをくれていたと、クラウス様がディーに話していた。


 一流デザイナーが仕立てたドレスは友人に全てプレゼント。袖を通す機会もなく、クローゼットに閉まっておくのは忍びないからと。


 マリアンヌ様は女を捨てたわけではなく、女らしさにこだわるのをやめただけ。


 凛として品がありシャロンとは別のカッコ良さがある。


「貴族の方だったんですね。それなら言ってくだされば良かったのに」

「言わせなかったのは貴女でしょ?」


 愛くるしい外見に惑わされず、しっかりとあの子の本性を見抜いたマリアンヌ様は伸びてきた手を払って、まるで汚い物に触れたかのようにハンカチで手を拭いた。


 マリアンヌ様は敵と味方をハッキリと分ける。


 王妃とは国王と共に国を作るのが仕事。他人を見極める目は必要不可欠。


 一度でも敵と認識されてしまったら信用と信頼を得るのは不可能。


 多分、私の第一印象は最悪。ここまで悪目立ちするまで放っておいたんだから。


 自業自得よね。


「ねぇ貴女。ここにアリアナって生徒がいると思うんだけど」

「え?あ……私がアリアナです」

「じゃあ貴女がパトリシア様の娘ね!」

「お母様をご存知なのですか」

「私の母様が友だ……知り合いで、よくパトリシア様のことを聞いていたの」


 友達から知り合いに言い直した。


 他国に知り合いがいたなんて私は聞いてない。


 内緒にしてたってことは私には言いたくないから。だとすればそれは子供の頃の話。


「同じ公爵家同士、仲良くしましょう」

「同じ?私は侯爵ですよ」

「どうして?アリアナ・アルファンでしょ?」


 それはどういう意味なの。


 私は侯爵の娘じゃない?


 アルファン公爵は夫人一筋で不義を働くわけがない。それはお母様にも言えること。


「パトリシア様が言っていたらしいの。ブランシュ辺境伯と先代公爵は友達で、辺境伯のほうから婚約を持ちかけたんだって」


 そういうこと。あくまでも婚約。


 結婚したわけでも、不義を働いたわけでもなかった。


 安心するにはまだ早い。


 アルファン公爵やブランシュ辺境伯を敵に回すような発言はないにしても、噂というのはどこでどんな風に事実が捻じ曲がるかわからない。


「もし父とパトリシア様が本当に結婚していたら僕とアリアナ様は双子の姉弟になっていたかもしれませんね。その場合、僕は弟かな。上に姉兄がいる生活も悪くはなかったかも。アリアナ様もそう思いませんか」

「そうね」


 私が兄という存在を毛嫌いしていることがバレていて、弟と言ってくれた。


 そうだ。私はもう兄という生き物に失望している。


「いや、でも。アリアナ様のような優秀な方が姉だと比べられてプレッシャーに潰されてしまうかもしれません。なので、今のように友人のまま一番です」


 マリアンヌ様は賢い方で、テオのフォローから私の不安を読み取った。


「待って。確か母様がこうも言ってた。婚約の話はあったけど当時の公爵には心に決めた人がいるからって、パトリシア様が辺境伯を説得したって」


 アルファン公爵の片想いってそんな昔からなんだ。


 シャロンだけが驚くタイミングが遅れて、この中で唯一、そのことを知っていたに違いない。


 お母様の株が一気に上がった。


 貴族の結婚なんて政略結婚が当たり前で、そこに愛なんてものはほとんどない。


 貴族令嬢に生まれた人は自分の意見や想いに関係なく、無理やり結婚させられる。


 お母様もそうなるべき人間だった。ましてや相手が公爵家なら尚更、家のために親の言葉に従うべきもの。


 それなのにお母様はアルファン公爵の一途な想いが実るようにと、結婚まで話を持っていかせなかった。


 元々、アルファン公爵を好きでなかったのも断った理由の一つかもしれない。


 この話題に長く触れていてもメリットはなく、マリアンヌ様かなぜ私に会いに来たのかを聞いた。


 ただ会うだけならアカデミーの前で待ち伏せればいい。


 マリアンヌ様は小さく笑った。


「パトリシア様のことを聞きたかっただけ。話に聞くだけの人だったけど、私の憧れだから。ということで!二人で話しましょ」

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