変化する雰囲気
ついにきてしまった。勉強会が。
殺伐とした空気……ではなく、和気あいあいとして、みんなお喋りに夢中。
豪華な食事に無駄にお金のかかった内装。
──どこが勉強会よ。これじゃただのパーティーじゃない。
王族の財力を自慢したいのか、こんな大規模なパーティー、もとい、勉強会を開けるのは自分の力なのだと誇示したいのか。きっと両方ね。
あの子の噂がアカデミーでいくら広がろうが、こうして本人を前にし言葉を交わせば、男女問わず愛らしさにやられる人が続出。
アカデミーは貴族が通う学校。今のうちにあの子の人脈を広げておきたいあの男の策略が読み解ける。
私が心配することでもないけど、あの子は少しでも勉強をしたほうがいい。せめて成績が真ん中ならいいけど、下から数えたほうがいいなんて笑えない。
実際、愛嬌だけで乗り切っていた。
私達は趣旨に従い、作られたスペースで教科書を開く。ホールはこんなにも広いのに、勉強するスペースは狭い。
私が部屋に閉じこもってた間、シャロンとカルの関係が少しだけ変わった。
お互い敬語はなくなり、カルはシャロンを「シャロン」と呼ぶ。他の令嬢も「ボニート令嬢」から「シャロン様」に。
シャロンは自分で、令嬢という柄ではなく名前で呼んで欲しいとお願いした。
確かにその辺の貴族子息と比べるとシャロンはカッコ良い。もう本当にプロポーズしたい。
「あの、ボニート令嬢」
他クラスの男子生徒が数人、固まってあの子をチラチラ気にしながらシャロンを呼んだ。
お馴染み、あの子の虚言癖を信じ込んでる。
シャロンがあの子を嫌っていて、助けを求められないようないじめを受けているとポロっと零したのね。
そんなバカげた妄想は、あの子がアカデミーで刺された事件のおかげで真実味を帯びてきた。
シャロンがやっていない証拠がない以上、私達が庇っても逆に信ぴょう性を高めるだけ。
顔を上げたシャロンのオーラは禍々しかった。苦手科目の勉強を邪魔されると機嫌が悪くなる。
「何かしら?」
ドスの効いた声と鋭い目付き。
あの子の前でカッコつけたかった彼らは冷や汗をかきながら「何でもない」と逃げた。
常に成績上位をキープするシャロンは、こうして苦手から逃げずに努力しているから。
あれしきのことで逃げるようじゃ、彼らの将来はたかが知れてる。
「ねぇアリー。これなんだけど。問題の意味がよくわからなくて」
「シャロンは人の気持ちとか、そういうのダメだもんね」
「無縁の世界で生きてきたからね。淑女目指せとか、貴族令嬢らしくとか、強制されたこともないし」
貴族の義務は果たすけど、基本は自由がモットーのボニート家。
縛られるものがないからシャロンもボニート伯爵も、窮屈な貴族社会でも伸び伸び生きている。
私はそんなシャロンが羨ましかったんだ。
「ボニート令嬢は淑女の風上にも置けない!!」
──…………誰だろこの人。
全校生徒の顔と名前は把握してるけど、こんな人は記憶にない。
転入生ならシャロンが教えてくれているはず。
教師でないことは間違いない。
「身分が下というだけで、いたいけなヘレンを襲って、心が痛まないのか」
「は?」
絶対に人がしてはいけない目。
カルが空気を読んで口を挟まないなんてよっぽど。
わざと大きな音を立てて教科書を閉じたシャロンは、ゆっくりと立ち上がり男子生徒の耳元で何かを囁いた。
すると顔から血の気が引いた。
言葉だけで他者を陥れようとするシャロンの姿を見て、他の生徒がザワつき始めた。
このままではシャロンの評判がもっと悪くなる。
本人は他人からの評価なんて気にしてないけど、私はやっぱり嘘の噂で名誉が傷つくのは嫌。
二年生全員がいるこの場で、シャロンの無実が証明されれば今後、あの子のことに関してシャロンが巻き込まれることはないはず。
私の心配と不安を察してくれた。
めんどくさいな、という意味なのか、深いため息をついたシャロンを不謹慎だと男子生徒達は口を揃えて言う。
「少し静かにしてくれないかな。勉強に集中したいんだ」
テオの言葉に誰もが口を閉じた。シャロンに募る不満をとめてくれた。
お膳立てをされたシャロンは頬を掻きながら、あの子と向き合った。
まるでシャロンが暴力でも振るうと決めつけたように、あの子の前に数人の生徒が立ちはだかる。
バカね。シャロンが本気出したら貴方達なんて盾にすらならない。
だってシャロンのほうが強いんだから。
特に何も言わず、自分を取り囲む生徒をグルリと見渡した。今度は私がシャロンの思いを察する番。
唯一の目撃者である、ウィンター令嬢の名前を呼んだ。視線が一斉に彼女に飛んだ。
注目される緊張から震える体。ゆっくりと歩み寄って、背中をさすって私は味方だと安心させるように微笑むと、頭から煙を出しながらパニックを起こした。
引かれる笑顔じゃなくて、心からの笑顔のつもりだったのに。
──笑顔の練習しよ……。
「取り込み中ごめん。彼女と話していい?」
「ええ」
邪魔者の私は数歩離れた。ウィンター令嬢は落ち着きを取り戻したようにシャロンの質問に答えていく。
次はあの子への質問。
さっきまでの穏やかさが嘘のように厳しい表情。
あの子が嫌いと隠すつもりもない。
「どこをどうやって刺されたんでしたっけ?」
念入りに打ち合わせをしているだろうから、こんなとこでボロは出ない。今のとこはおかしな点も矛盾もない。
決められたことを覚えるだけなら誰でも出来る。それこそ、あの子にだって。
質問内容を想定していたように細かく話し、途中であの日の恐怖を思い出したかのように泣きながらも、懸命に説明する。
その姿に多くの生徒が同情した。
膝から崩れ落ちそうになるあの子を優しく支えるあの男の姿は、まるで恋人同士。
「最後に確認ですが、本当に私を見たんですか」
「しつこいぞボニート令嬢!!その髪色を見間違えるはずがないだろう!!」
ディーがいないからって態度が大きい。
「あ、あの……。シャロンは犯人じゃないと思います」
どこからか聞こえてきたか細い声。
完全不利なシャロンを誰が庇ったのか。糸のように細い声に聞き覚えはない。
誰が発したのか探していると、声の持ち主は先程よりも大きな声でもう一度、犯人はシャロンではないと断言しながら前に出た。