偽りと真実【ディルク】
新たに作られ運ばれた料理は食べる気なんて起きない。
毒が入っていなくても、気分じゃなかった。
陛下は僕の料理が揃うまで手を付けず待ってくれている。
──先に食べて出てくれればいいのに。
親らしい態度がおかしくて笑いたくなる。
幸いなことに、食べない理由があるため僕の態度を咎める人はいなかった。
監視の中で作られたとはいえ、ついさっき毒入りの料理が出されたばかり。
早く時間が過ぎればいいのに、デザートなんてあるから席を立てない。
静寂の空間を作らないようエドガーと王妃が絶えず喋り続けるも、陛下は僕から視線を外さない。
こんなにも苦痛な食事は初めて。
僕としては、第一王子としてしか陛下と話すつもりもなく、こちらから声をかけることはない。
ようやく食事の時間が終わり、解放されると内心で喜んでいると王妃付きの侍女が恐れ多くも発言の許可を求めた。
さっきの毒の花に関する話題なら僕には関係なく、速やかに退場しようとした。
「ディルク殿下がエドガー殿下に対して、殺すと脅しておりました」
彼女だったのか。いたの。
近くに人がいて聞かれていることは知っていた。
大方、エドガーが隠れて待機させていたんだろう。
何もなければそれで良し。何かあれば弱味を握れる。
最初から全部を聞いていたのに、会話の前後を省いて僕の不利となることだけを簡潔に伝えるのは要領が良い。
「まぁ…!!なんと恐ろしいこと」
王妃は口元を両手で隠しながら大袈裟に驚いて見せた。
陛下は事実かどうかを確かめるために僕に問いた。
嘘でもなければ隠すつもりもない。
「本当です」
発言の事実を認めれば使用人は「恐ろしい」や「野蛮」などと僕を否定する。
アリーと再会する前までは僕自身の評価をずっと気にしてた。
僕のせいで母上が悪く言われるのは耐えられなかったからだ。
そんな弱い自分を切り捨てるときがきた。アリーの隣に立つに相応しい人間になるためにも、この王宮で使用人に好き勝手させるわけにはいかない。
彼女の発言には悪意しかないことを証明しよう。
「アリアナ・ローズは一人の人間です。彼女の人生は彼女だけのもの。それを王族ということだけで自分のものだと主張するエドガーに釘を刺しただけのこと」
「何だと?エドガー。それは本当なのか」
「それは……」
頼りにしていた最高権力を持つ陛下を敵に回せば、エドガーに明るい未来はない。
最終的に王位継承を決めるのは陛下。
怒りを買わないように必死に言い訳を考える。
「ブランシュ辺境伯は娘と孫を溺愛してると風の噂で聞きました。良かったねエドガー。僕が辺境伯に告げ口するような卑怯者でなくて」
このことが知られたらエドガーは屈辱にまみれた殺され方をする。最大限の痛みを与えられながら、惨めに助けてくれと泣き叫ぶ。
僕なら心臓を一突きだから、そんなに苦しまずに逝ける。その代わり後悔する一瞬の時でさえ与えない。
未遂とはいえ王族を殺しかけた罪は重く、第一騎士団団長が直々に出向き料理人を丁重に王宮の外に連れ出した。
今回の不祥事の責任は自分にあるとでも言うようにセシオン団長は僕に謝罪をする。
二度と同じことが起きないよう毒花も毒草も全て処分すると告げた。
王妃には口出す権利もない。人の命を奪う花を育てていたのだから、むしろ厳重注意さえないことに感謝するべき。
団長クラスと会うことは僕にはあまりなく、いい機会だし一つだけ聞いておこう。
団長同士はプライベートでも仲が良いと聞く。
「ソール団長は立場を利用して女性騎士に関係を迫っているようですが、ご存知でしたか?」
「誰がそのような妄言を……!?」
セシオン団長の圧は強く、王妃には耐えられなかったようで侍女に支えられながら退室。
心当たりのあるエドガーは情けなく怯えた目をしていた。
「ヘレン・ジーナ子爵令嬢がエドガーから聞いたと言っていました」
「エドガー!!お前は彼の目を失明させただけでなく、くだらぬ噂で名誉を傷つけようとしたのか!!?」
「ち、違います!私は決してそのようなことは」
「つまり彼女が勝手にエドガーの名前を使ったってことか。だとしたら大問題だ。陛下、すぐにジーナ子爵令嬢を捕らえたほうがいいのでは」
「事情を聞いたほうが良さそうだな。セシオン。至急、ソールに連絡を」
「かしこまりました」
「お待ち下さい!!あの……私が言った、と……思います」
随分と歯切れの悪い告白。
ジーナ子爵令嬢が尋問されて余計なことまで喋られるより、素直に認めてこの件を終わらせたほうがいいと思ったのか。
ソール団長を陥れるつもりはなく、話の流れでついそんなことを言ってしまったと後悔している割に謝罪の言葉はない。
被害を受けたのはソール団長で、本人に言わなければならないことではあるが、上辺だけの謝罪さえもエドガーはしないだろう。
その逆で正直に罪を認めたのだから褒めるべきだと、態度が言っていた。
図々しさと呆れるほどの勘違い。王妃の血を色濃く受け継いでいるな。
王宮騎士は王族の所有物ではない。彼らは人間で、心がある。
エドガーはわかってない。
過去に王宮騎士の信頼を失い、ソール団長の名誉を故意に傷つけようとしたエドガーをこの先、命を懸けてまで守る騎士はいないだろう。
ソール団長は身分関係なく、好かれている。人望が厚いんだ。
僕も尊敬している一人。
突き付けられる現実に腐ることなく真摯に立ち向かう姿はカッコ良い。団長に任命されなければ、カルと一緒に僕の護衛騎士にやって欲しかったぐらいだ。
項垂れる陛下はエドガーだけを残し全員に出て行くよう指示した。
言われなくても出て行く。
ここは家族が集まる場所でら僕は彼らの家族ではない。
僕の家族は母上だけ。
──もしも、叶うなら……家族になって欲しいのは……。
入り口を塞ぐように立つ使用人。
いつもそうだ。僕の行く道に誰かが立っていたら僕がその人を避けなくてはいけない。
僕は端を歩くのがお似合いだと言いたいんだ。
「僕の母は没落した不名誉な元貴族ではあるけど、僕はリンデロンの名を持つ。君達が僕の道を塞ぐ理由を教えてくれないか?」
「「も……申し訳ございません!!ディルク殿下!!」」
僕を見下したまま言い訳をしようものなら、この名を持つ者全員を侮辱することになる。
侮辱罪に問われたくない彼女達は平民混じりの卑しい僕に許しを乞うしかない。
僕はエドガーと違って心が広いから、これしきのことで目くじらを立てたりはしない。形だけでも謝罪してくれるのであれば許すのが人の上に立つ者の務め。
何も食べなくてお腹空いてきた。何も食べず部屋にこもっているであろうクラウスにも声かけて遅めのご飯を食べた。
「王妃様は本当に知らなかったんでしょうか。毒の性質に」
「そうなんじゃない。本人が言ってたんだし」
そんなことはないだろうけど。
何年か前、偶然見てしまった。
あの花を使って王妃が人を殺すとこを。
王宮に不慣れだった僕は迷ってしまい、誰にも見つからないようこっそりと移動としていると、王妃の部屋の前にいた。普段なら覗き見なんてしないのに、その日はつい、扉の向こう側を覗いてしまったんだ。
国母と呼ばれる人の部屋は豪華で、僕達に与えられた素朴な古臭い部屋との差は歴然。周りにいた侍女の着ているものや身に付けているアクセサリーでさえも、一般貴族が持つ物とは輝きが違う。
新人だったのか。侍女が王妃に、温度を間違えた熱い紅茶を出してしまった。
火傷はしなかったものの、割れたカップと飛んだ飛沫で汚れたドレス。
王妃の怒りを買う条件は揃っていた。
部屋に飾っていた毒花を新しく淹れた紅茶に浮かべ、侍女に飲ませた。
その次の日だった。
王妃付きの侍女が死んだと大騒ぎ。死因は毒殺。彼女を殺しても得をする人間はいるわけでもなく自殺として処理された。
前日の失敗を気に病んでのことと誰かが言えば、「きっとそうだ」と、別の誰かが同調する。
僕にはあまり関係のないことだったから意見しなかったが、あれは自殺じゃない。王妃が殺した。
花入りの紅茶を飲ませる王妃の顔は歪んでいて、確信を持っていた。
侍女は必ず死ぬと。
そしてその毒はいずれ、母上に向けられる。侍女は実験台にされた。
陛下に助けを求めたところで動いてくれる保証はなく、それなら僕が守ろうと決めたんだ。害をもたらさない虫けらのような存在だとアピールして、僕達親子への関心を薄めていった。
どうせ何も変わらない。当時、王妃が殺した事実を告げても今回のようにシラを切られて終わり。
僕は人を殺したのと同じだ。我が身可愛さに侍女の命を軽んじた。
そんな自分が情けなくて恥ずかしくて。
数少ない守りたい人のためにカラに閉じこもった。
「浮かない顔だな。気になることでもあるのか」
「いや……何でもない」
今回のことで危険物は取り除かれる。外部から手に入れるにしても陛下が直々に現物を確認することとなった。
騎士団の護衛の目はより光る。
王妃の関係者が僕や母上に近づくことは難しくなった。
それだけでも僕の命が危険に晒された甲斐はあったかな。
これで大人しくしてくれるなら陛下の目の前で毒入りスープを飲ませようとはしない。
食べ終えた食器はクラウスが洗浄魔法で綺麗に洗ってくれて、テレポートで棚に戻してくれた。
便利だな。魔法って。