選んでくれたから【ディルク】
──アリーは今日、喜んでくれていただろうか。
勝手に押しかけて迷惑をかけていたらどうしよう。
アリーは僕に手伝って欲しいなんて頼まなかったし、行くべきではなかったかもしれない。
直接、手伝いをお願いされたわけでもなかった。役に立ちたかっただけ。
アリーのために僕がしてあげられることは、そう多くない。
自己満足の行動は迷惑だろうに、嫌な顔一つしないで受け入れてくれる。
──アリーの優しに甘えすぎだな。
時が過ぎて一人反省していると、浮かない顔をしたカルが呼びに来た。
最近の陛下は家族みんなで食事をすることにこだわる。
行きたくはないけど陛下の命令を断れる立場ではない。
母上は側室だからと毎回遠慮する。王宮を出歩けば立場を弁えていないなどと、陰口を叩かれるばかり。
そしてそれは息子である僕への口撃でもあり、少しでも僕を守ろうとしてくれる母上なりの優しさ。
窮屈な生活を強いられるために王宮に迎えられたわけでもないだろうに。
母上の部屋にはクラウスがかけてくれた魔法のおかけで限られた人間しか出入り出来ないようになっている。
無理に入ろうとすればカウンター魔法が発動する仕組み。
王宮の騎士よりも信頼出来る。
「兄上。少しよろしいですか」
大嫌いな僕を待ち伏せしてでも話しかけてくるなんて、よっぽど焦っているのか。
カルを遠くに下がらせてエドガーと向き合った。
「なぜ私の邪魔をするのですか」
「何のことだ」
「アリアナです!私がアリアナを好きだと知っていて、婚約者の座を譲ってくれないのはなぜかと聞いているのです」
それは初耳だな。僕はてっきりジーナ令嬢に気があるのだと思っていた。
「それに!!私の妻となったほうがアリアナにとっても幸せです」
僕もそう思っていた。
王妃の息子であるエドガーのほうが後ろ盾もあり、未来のことを考えたらどちらの手を取るべきか一目瞭然。
それでも……。
「アリーは僕を選んだ。僕のほうが幸せにしてくれると思ったからだろう?」
「アリアナは私のものです!!出会ったあの日から!!」
「エドガー。恋愛は個人の自由だ。とやかく言うつもりはない。だが……前にも言ったはずだ。アリーに手を出すなら容赦はしないと。そしてこれが最後の警告だ。次にアリーをもの扱いしてみろ。僕がお前を殺してやる」
卑しい平民混じりと見下しバカにしてきた僕から与えられる恐怖から逃げるように後ずさる。
僕はアリーの復讐の手伝いはしたい。そのために王になると決めた。
でもねアリー。僕には君の名誉を守ることのほうが重大なんだ。
今回のことで計画に支障をきたすようなら潔く謝るし、軌道修正だってしてみせる。
僕の価値はアリーの役に立つことでしかない。
遠くで待ってくれていたカルに声をかけて食堂に行くと、忙しい陛下のほうが先に座っていた。王妃は新しく買ったアクセサリーを自慢して陛下の興味を引こうとするも、努力の甲斐も虚しく相槌一つも貰えない。
──前までの陛下なら面倒ながらにも一言二言は返していたのに。
違和感だらけの空間。
僕には関係のないことだから、見て見ぬふりをする。
毎日身に付ける物でもないのに、頻繁に買うなんて無駄遣いもいいとこ。
お金は無限に湧き出るものでもないのに。
王妃としてある程度の身なりは整えなくてはならないが、いらない物を買っていいというわけではない。
お金が余っているなら生活の苦しい民のために使うべきだ。
欲求を満たすための浪費なんて、みっともなくて下品。
外見だけを取り繕ってもいずれはボロが出る。
遅れたことを詫びて、陛下の許しが出るまで立っていると時間差でエドガーも来てそのまま席に座った。
「エドガー。皆を待たせたことに謝罪もないのか?」
「父上?」
「ディルクは謝れたというのに」
ただでさえ先程の件で腹を立てているのに、僕と比べられたことによりエドガーの怒りは頂点に達してしまう。
見えないように膝の上で握りしめられた拳はエドガーの怒りの表れ。それを表に出さないのは流石だ。
謝罪したくないエドガーの気持ちを汲み取った王妃が「そんなことより」と遮った。
はは……。陛下は自らの非も認められないような者を本気で次期国王にしようとしていたのか。
こんな奴にアリーは…………。純粋に愛されたかっただけの彼女を私利私欲のために利用した。
許されるはずもなければ、許していいはずもない。
「殿下。お席にどうぞ」
カルに背中をそっと押されて我に返った。
料理が冷めてしまうと、子供じみた理由でエドガーへの助け舟は出された。
アリーの料理が食べたい。僕なんかのために一生懸命作ってくれたあの日のお弁当は、本当にすごく美味しかった。
本人は失敗したからと言っていたけど、慣れないことをやり遂げる姿を想像するだけで胸がキュンとする。
僕の好きな物を教えたら作ってくれるかな。
いやいや。それはまだハードルが高い。作ってくれるだけでいいじゃないか。
僕はそれだけで幸せなんだから。
だらしなく緩む見られないように俯いていると、音を立てながら食器が置かれる。
顔を上げると給仕は僕に尽くすことが嫌そうな顔を隠すつもりもなかった。
位置的に陛下からは見えない。僕が告げ口しないのを確信しているからこその暴挙。
汚い物を見るその目は、給仕をしてやるのだから有難く思え、と傲慢。
彼は一体、誰の推薦で王宮に勤めているのか。最低限の仕事さえ出来ない者が働けるほど、単純な場所ではない。
運ばれてきたスープ料理には花びらが添えられていた。
この花は一般的には知られていないが毒があり、少量でも口に含めば数時間後には手足が痺れ、目眩と吐き気に襲われ苦しみながら死に至る。
料理人が毒のことを知らなかった可能性もなくはないが、僕の花だけが違うことから、確実に僕のことを狙っている。
一口飲めば数時間後に僕は死ぬ。そうなったらアリーを苦しめてしまう。
自分のせいで僕が死んだと。
殺されることよりも、そっちのほうがずっと苦しい。
だから僕はこんなとこで死ねない。
「どうしたの?全然進んでいないようだけど。王宮の料理はどれも絶品よ。冷めないうちに食べたらどうかしら」
だよね。この花は王妃の庭園で育てられているもの。
花を入れさせた犯人は王妃。
薄っぺらい仮面は剥がれ、早く死ねと本音が垣間見える。
僕が死んだら自分達が疑われると欠片も思っていないのが不思議だ。
王宮のほとんどが僕の敵であるけど、黒幕の正体なんて考えなくてもわかる。
──僕の死が事故で片付けられるとでも思っているのか?
第一王子を疎ましく思い、この世から消し去りたい人物は限られる。
今更誰に何と思われても僕は気にしない。料理に手をつけないでいると、陛下が自分の皿と取り替えるよう指示を出した。
王妃にとって予想外の出来事だったらしく、以前にも注意を受けた僕の身分を見下す発言をした。
「そんな卑しい平民混じりに出された食事を陛下が口にするなど……!!」
「何が問題ある?私もディルクも手はつけていない」
「ですから……それは……」
毒が入っているからだとは口が裂けても言えない。
エドガーが口を挟まないのは、この件に関与していないから。
火の粉が飛んでこないよう黙っている卑怯は流石。
目が泳ぎ口ごもる王妃を不審に思った陛下が僕の食事を調べさせた。
毒はすぐに検出され、料理人が全員呼び出される。
「それで?私の息子を殺そうとした反逆者は誰だ?」
冷たく言い放たれる言葉と、一度も向けられたことがないであろう冷たい視線。
僕を心配する想いと、怒りは本物。
彼らもまた王妃に命じられたと口は割らないだろう。
毒があるなんて知らずに、料理の見栄えと華やかさのために王妃の庭園から花を摘んだ。
そういうことにしておけば無断で花を盗った罪で、王妃によって王宮を追い出される。その後はキルマ侯爵家が雇ってくれる。
僕の予想通りに事は進み、次から料理を作る際には数名の騎士の見張りがつくこととなった。
今から代わりの料理人を探す時間はなく、今日のところは彼らが再度、ちゃんとした料理を作ることとなった。
厳しい見張りの中、下手なことをすれば首が飛ぶ緊張感を持ちながら。