新たなる脚本家
「全員すごいですね。お嬢様にクビにするって宣言されたのに、今まで通りあの女の世話ばかり焼いて」
見るに耐えなくなった二人を放って部屋に戻りニコラの紅茶で一息ついた。
恥ずかしげもなく即興で演じられる勇気は讃えてる。
脚本家は恐らくメイド長ね。悲観ぶるのは侯爵の趣味じゃないし、長兄や次兄が媚びを売るような話を考えるはずもない。夫人ならもっと過激に、恥ずかしいを通り越して笑ってしまいたくなる内容になる。
絶妙にセンスがなく、私の良心につけこもうとするのはメイド長のやり方。
劇を間近で見て、本気であれを面白いと思っているのかしら?
少なくとも私はつまらない。あれを何度も見せられるのは苦痛。ストレスが溜まる一方。
「お嬢様?」
「え?あぁ、そうね。きっと侯爵が助けてくれると思ってるんじゃない」
「自分の保身しか考えない侯爵様に?」
「誰も彼も自分のことが大好きなだけよ」
「貴族もそこに仕える人間もめんどくさいですね」
なんてボヤいているけど、そんなめんどくさい家で貴女も働いているのよ、ニコラ?
そんなことは思うだけにして、「そうね」と一言を返した。
使用人からしたら侯爵が自分達をクビにするはずがないとタカをくくっている。
それもそのはず。
屋敷を追い出せば、使用人は皆、侯爵の命令で私を冷遇してきた事実を言いふらす。侯爵令嬢である私への仕打ちとして非難はされるものの、命令に逆らえなかったと泣きつけば同情を誘える。
お金欲しさに率先してやっていた証拠はなく、デタラメだと主張したところで侯爵の性格を知っている貴族がどちらを信じるのかは火を見るより明らか。
民衆からしてみれば事の真意などどうでもよく、退屈がしのげればそれでいい。
上級貴族の醜聞はお酒の肴にうってつけ。
私としては、そうなれば侯爵の評判が地に落ちていいのだけれど。
侯爵からすればお茶会の一件で激しく王族から睨まれているのに、これ以上立場を悪く出来ない。侯爵という権力を利用して好き放題やってきたツケが回ってくる。
今更気にしたところで充分に醜態は晒している。それを夫人や長兄が指摘しても聞く耳は持たないだろうけど。
侯爵は自分が一番でありたい。その下に家族や結婚相手、友人がいるのが当然だと思い込む。
使用人のしたことを許すつもりはないけど、謝りに来るのならちゃんとした紹介状は書いてあげるつもりだったのに。
たかが侯爵令嬢の私の言葉を信じる者がいなくても、未来の王妃の言葉としてなら目を通してくれる。
ニコラの言う通り貴族とは面倒だ。階級が上ということだけで嫌いな相手の機嫌を取り続けなければならないのだから。
ディーからの手紙で、ローズ家の取り巻きのほとんどが私を慕ってくれていると知った。
侯爵と一緒になって私を陰で笑っていたのは立場を弁えてのこと。
弱い家門は本音を隠して強者につくしかない。
私がディーを選び、アルファン公爵家がディーを支持した。
穏やかな湖に投げ込まれた石からか生まれた波紋は大きくなり、貴族達は嫌いな相手に媚びへつらう必要がなくなる。
そのことを知って、屋敷で彼らと顔を合わせた日のことを思い出す。
いつも不思議に思っていた。帰る際に見送りに行くとなぜか彼らは侯爵や長兄ではなく私を見て悲しげな目をしながら深く頭を下げる。
なぜ私なのか。話の席に同席したわけでもなく、挨拶を交わす程度の間柄だというに。
今になってその意味がようやくわかった。
こんな家で暮らさなければならない私の身を案じていたこと。私に聞かれていなかったとはいえ陰口を叩いて嘲笑ってしまったこと。
心配してくれていた。言葉に出来ない謝罪をしてくれていた。
私はあまりにも多くのものに恵まれていたのだ。
「私は愚かね。目先の愛なんてものに囚われて周りの親切に一つも気付かなかったなんて」
「そ、そんなことはありません!!アリアナお嬢様ほど素晴らしい人はいません!お嬢様の素晴らしいとこを全てお伝えしましょうか!?」
「いえ……。遠慮するわ」
このニコラの輝く目。一日だけでは終わらない。
「あ!もうこんな時間」
窓の外は陽が沈みかけて綺麗な夕焼けが浮かんでいた。
長居をしすぎたと慌てて出て行こうとするニコラを呼び止めた。
「暇なときでいいの。時間もかかっていいわ。だからね。感想を……聞かせて欲しいの」
悪役令嬢の物語を強引に押し付けたにも関わらずニコラは、読んでみたかった本だと言ってくれた。
「お嬢様。あんな卑怯な女に負けないで下さいね。万が一にもお嬢様が危険な状態に陥ってもロベリア家が絶対にお嬢様をお守りしますから」
「それは心強いわ。ありがとう」
「それにアルファン公爵家もきっと……」
「この国の二大公爵家が私の味方に?贅沢ね」
「お嬢様にはそれだけの魅力があるんです!」
「そう……。ありがとう、ニコラ」
人からの善意を否定するのではなく受け入れる。だってご機嫌取りではなく、本心から言ってくれているのだから。
本をギュッと胸に抱いたニコラは夕食を持ってくると部屋を出た。