最低の侮辱
「エドが言ってたのよ!その人は昇給のために他人の功績を横取りしたって!!それにねアリアナ。その人……団長の立場を利用して部下の女性騎士に体の関係を迫ってるんだって。そこの騎士さんも、その人に純潔を奪われたんじゃないですか?」
ようやく口を開いたかと思えば、聞くに絶えない侮辱。
あの子の発言はルア卿を心配する口ぶりではあるものの、辱めるのが目的。
ルア卿が震えているのは、ありもしないラジットとの肉体関係を思い出しているからではなく、直属の上司であるラジットを陥れようとするあの子をどうにかしたいから。
騎士は決して私情で人を斬ったりはしない。
奥歯を噛み締め我慢する姿に、私の怒りも込み上げてくる。
休暇中でなければウォン卿は、躊躇わずあの子の首をはねただろう。
暴力では何も解決しなくても、立場をハッキリとわからせる卑劣な手段でもある。
「あ!でも、女性なのに副団長なんてちょっと信じられないよね。体格も力も全部、男性に適うはずもないのに。もしかしてそこの人が副団長に任命されたのって……」
──無理だ。
そう思った。
侮辱の域を超えている。
騎士になるために、副団長に選ばれる実力を得るために、ルア卿が毎日、どれだけ辛く過酷な特訓をしてしたことか。
副団長になるために団長達を誘惑し、身体の関係を持ったと下衆な勘繰りをするなんて。
ルア卿だけでなく、団長達にも失礼だわ。
他人の努力を嘲笑っただけでなく、否定するなんて性根が腐りきっている。
行動に起こす前に頭の中でイメージした。
足を一歩、前に出した勢いで侯爵のように握りしめた拳を……。
どうやら気性の荒さは侯爵譲りらしい。
自分の言ったことが正解だと喜ぶあの子を見る私の目は冷めている。
女の私の力なんて侯爵と比べたら弱いけど、二度とバカなことが言えないようには出来るはず。
殴られるあの子なんかよりも、ルア卿の心の傷のほうがずっと痛い。
ギュッと拳を固く握ると、私の後ろから水が飛んできて、それがあの子にかかり全身ずぶ濡れ。
何が起きたのか。振り返ればすぐにわかった。
シャロンがバケツの水をかけた。シャロンの優しさを感じたのは汚れたほうではなく新しい綺麗なほうをかけたこと。
「どうしたんですか皆さん。ボーっとして。私達は掃除の手伝いに来たんですよ?早く汚れを落とさないと」
それが何を意味しているのかは考えるまでもない。
「私が汚いって言うの!!!??」
「違うの?」
「なんて失礼な人なの!?」
「だって汚らしいことばっかり言ってるから」
「事実を言っただけじゃない!!」
「女が男に勝てないってのは貴方の空想でしょ。少なくとも私は同年代の男には負けないわよ?」
これ以上ない説得力。
その通りなのだから仕方ない。
「信じられないなら証明してあげようか?ああ、何なら。小侯爵様と戦ってあげてもいいわよ。あんな偽物の騎士に私が負けるはずないし」
「な、なんて無礼な人!!カストお兄様を……!!」
シャロンの言葉は的を得ている。
カスト・ローズは名ばかりの騎士。実力はあるにしても、シャロンよりは格下。
このままでは負けると判断したあの子は、すぐさま別の方法で反撃する。
「エドの友達である私にそんな暴言。許されると思ってるの!?」
「あ……」
シャロンは驚き、しまったという顔をした。
──ああなんて……わざとらしい演技。
いつもこの家で突然行われる寸劇は見る気にはなれないのに、シャロンが加わると展開が読めなくなり最後まで見たい。
「私は優しいので、私のことを刺してあまつさえ侮辱した貴女を許してあげます。それ相応の謝罪をしたらですけど」
つまりは土下座と慰謝料。
自分のことには無関心だったラジットはすぐにでも風魔法であの子を切り刻んでしまいそう。
ここで出しゃばったらシャロンの気分を害してしまうと、どうにか耐える。
「アリーの言ったことをまるで理解していないのね」
呆れたシャロンはあの子から私に視線を移した。
「友人さえもステータスってことなら私は貴女よりもランクが上なんだけど。だって私、王太子妃、いいえ。次期王妃、アリーの親友だし。第二王子のお友達の貴女じゃ話にならないわ」
心の中で賞賛の拍手を送った。
「ヘレン。貴女は殿下の言葉だけを信じているようだけど、それが必ずしも真実とは限らないのよ。次からは証拠もないのに聞いたことだけをそのまま口にするなんて愚かなことはやめなさい」
「だって……エドは王族だもん…間違ってるわけ……。それに!!誰もその人のことを否定しないのは事実だからでしょ!!?」
「それは違うわ」
陛下直々に箝口令が敷かれたからよ。誰も真実が語れないのを良いことに、ないことばかり言いふらすなんて。
過去に何かあったかなんて、事件を目撃していた人達にしかわからない。
あの子のように無知で自分の信じたいものしか信じないタイプにしか通じない嘘。
あの子の口が軽いって長年一緒にいてもわからなかったんだ。
ラジットにはあの男を問いただす権利が生まれた。その原因を作ったのは他ならぬあの子。そしてあの男。
どれだけ見苦しい言い訳をしようと、ここにいる全員が証人。
公な裁判は無理でも、あの男がラジットに頭を下げさせることは可能。
「どうして私の味方をしてくれないのよ!!私はアリアナと違って何も持ってないのよ!?」
「え?殿下の友達ってステータスがあるじゃない」
ニッコリと笑うと、猫被りをやめて近くにあった真っ黒に汚れた雑巾を投げ付けてきた。
既に汚れているし顔に当たらなければいいか、なんて思ってるとディーが前に立って庇ってくれた。
「ジーナ令嬢。僕は今、とても機嫌が悪い。優しいアリーの手を汚すぐらいなら僕がお前を殺す」
雰囲気がガラリと変わった。
隠されていた牙は鋭く、あの子では到底太刀打ち出来ない。
なるべく事を荒立てないのがディーの特性でもあったのに、ハッキリと敵意を向けるなんて。
ここに居場所がないあの子は髪や服から水をポタポタと落としながら逃げるように出て行った。