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答えてはいけない

「もうこんな時間か。随分長居してしまったな」


 出された紅茶には一切手をつけていない。アルファン公爵は紅茶が好きと聞いたことがあったけど、嘘だった?


 それとも好みのものでなかったとか。だとしても、アルファン公爵のような礼儀正しい人が何も言わずそのままなんておかしい。


 ニコラの淹れた紅茶ではないみたいだし、確認することでもないか。大人の事情かもしれないし。


「私の手土産はお気に召さなかったかな?」


 ポツンと置かれた聖水。


 私としては傷が薄くなってくれただけでも有難いけど、アルファン公爵としては今ここで私に使い切って欲しいみたい。


 使わずに持っていて、あの子にあげろと言われても面倒。私が飲みやすいように空気を作ってくれた。


 頭も察しも悪いあの子だけが状況を飲み込めないでいる。侯爵と長兄は飲むなと必死に訴えてくるも、私は魔法使いじゃない。正確に他人の心を読むなんて芸当は無理だ。


 その醜い傷を早く治せ、と私なりの解釈が正しいかもしれない。


 きっとそうだ。体面を気にする人達なのだから。


 アルファン公爵に今一度、感謝をして聖水を飲んだ。


 出かかった声は飲み込みながらも、私への怒りは隠されることはない。


 自分が貰えると信じていたあの子は、私が聖水を飲んだことに目をパチパチさせた。


 メイド長に耳打ちする内容は聞かなくても想像はつく。


 自分の聖水を私が取った。そう言っているよね。


「また必要になればいつでも言ってくれ。聖水はまだあるからね」

「いいえ。貴重な聖水を二本も分けて頂いたのです。これ以上は頂けません」

「気にしなくていい。貰い物なんだ。むしろ貰ってくれると助かる。怪我なんてしょっちゅうするわけでもなく、減らないんだ」

「でしたら陛下に献上するというのはどうでしょう」


 魔法が使えない我が国で、怪我を癒す聖水があれば王家の威厳は保てる。


「あの方も聖水は持っている」

「そうでしたか」


 聖水を持ちながらもディーには使ってくれなかったのね。


 あんなにも苦しんでいた愛する息子を放置してまでも、守りたかった愛。


  「では……治療所で使うのは」

「治療所?」

「はい。アルファン公爵は下町に小さな治療所を建てたと聞きます」

「アリアナ嬢。それは誰に聞きた?」

「誰?……っ」


 しまった。そのことはまだ公になっていない。


 去年の秋に治療所を作り、利用者からお金を取るわけでもなく、まさに平民のための治療所。


 大きな怪我や病気を無償で診てくれる小さな治療所は国中で有名になり、どこかの記者が来年の春にアルファン公爵家の所有であると突き止め新聞の一面を飾ることとなった。


 アルファン公爵は功績が欲しいわけではなく、困っている人のためにと開業した。自分が責任者だと名乗り出なかったのも慈善事業は貴族の義務で困っている人に手を差し伸べるのが当たり前だと思っているからだ。


 その素晴らしい行いは平民の間で大きな話題となり、平民達は勘違いした。


 全ては公爵家が支持するあの男の慈悲なのだと。


 アルファン公爵があの男を支持していたのは間違いなく、噂を訂正するつもりはなく手柄は譲った。


 そのおかげもあってか、全国民があの男の素晴らしさを口にするようになる。


 鋭い眼光は私を捉えたまま。


 ──この場を切り抜ける方法がない。


「私です!私が小公爵様から聞いたのをお嬢様にお伝えしました」


 ニコラ……。


 庇ってくれるのは嬉しいけど、その言い訳は苦しい。


 治療所立ち上げはアルファン公爵と数人の家臣しか知らない。公爵夫人にさえ秘密にしていた。


 息子の元婚約者が知っているはずもない。


「そうか。納得した。責める言い方をしてすまなかった」

「いえ……」


 ニコラの嘘に乗ってくれたのは私が真実を話せないとわかり、追求をしないでくれた。


 この短期間に私は何度、アルファン公爵に助けられているのだろうか。


「そうだアリアナ嬢。聞きたいことがある。ヨゼフは辞めたのか?」

「なぜです」

「これまで私が来ると、いつも扉の近くで待機しているんだが今日は姿が見えない。もし辞めていれば私が雇おうと思って」

「残念ながら休暇中なだけです」

「本当に残念だ。アリアナ嬢。うちの使用人五人とヨゼフを交換してくれないか」

「アルファン公爵様は五人で釣り合うとお考えで?」

「フ……。いや。では全員と交換ではどうかな」

「大金を積まれてもお断りします。ヨゼフは私のなんですから」

「パトリシアといい、君といい。絶対にヨゼフを手放さいな」


 まるで最初からわかりきっていたような笑み。


「お母様?」


 この二人に接点があるなんて聞いたことがない。


「パトリシアの結婚祝いの品も高価な物にしたんだがな」

「祝い品?そんな物、受け取ってないぞ!!」

「お前ではなくパトリシアに贈った物だからな」

「お二人はその……友達だった……のですか?」


 地雷でも踏んだかのようにアルファン公爵の笑顔が影った。


「昔ちょっとね。剣術大会で容赦なく叩きのめされただけだよ。はは……」


 当時を思い出し、笑い声が乾いている。


 容赦なく、とはつまり、完膚なきまでにってことか。


 大会に出ているほとんどの人が、忖度をしたかもしれないのにお母様だけが手を抜くことなく全力を出したのだろう。


 大会に出るということは、アルファン公爵には剣術の才能があるということ。一概に忖度したとも言い切れないか。


 周りの反応が目に浮かぶ。


 言葉を失い絶句状態。会場はシンと静まり返ったことだろう。


 お母様は実家にいた頃の話をあまりしてくれなかった。


 何となくその理由がわかったかも。


 あのブランシュ辺境伯の娘。お淑やかのはずがない。


「あ、あの……!お母様の昔のこと、もっと聞かせてもらえませんか」

「その様子じゃパトリシアは話してくれないらしいな。いつでもうちに遊びに来なさい」

「よろしいのですか?」

「私が知るヨゼフの若気の至り(かこ)も教えよう」

「嬉しいです!」


 ヨゼフもヨゼフで過ぎた過去を教えてくれるつもりはなく、いつしか聞くことはやめた。


 お母様からはちょっとヤンチャしてたとは聞いていたけど、話そうとするといつもヨゼフの邪魔が入った。


 何かしらの危険信号が反応しているとしか思えない。


 立ち上がったアルファン公爵はニコラと目を合わせた。


「息子との婚約を本当に破棄していいのか」

「はい。というか、してくれていると思ってました」

「息子は次期当主として生きてきた。そんな息子が初めてワガママを言ったのは君との婚約だった。その次は隣国への留学。そしてディルク殿下への支持表示。恩着せがましい言い方かもしれないが全て君のためだ。それでも君は……。率直に聞こう。テオドールのことはもう好きではないか」


 その質問は私でさえ避けてきた。どんな答えが返ってきても私にはどうすることも出来ないから。


 好きだったとしてもニコラは復縁を望まない。


 嫌い……なんてことはないけど、もしそうなら私はテオのために何かしてあげられるわけじゃない。せいぜい恋を応援する程度。


 ニコラはまるで愛おしい人を見ているかのように微笑みながら本音を口にした。


「小公爵様のことは好きです。でも……一番ではないから。私が一番に想うのはアリアナお嬢様だけ。きっと小公爵様は二番で(それで)いいと言うに決まってる。私にはそれが辛いから……」


 好きな人が一番を望むことのない現実。

 それを作り出す自分自身。


「よくわかったよニコラ。婚約は破棄しよう」

「お心遣い感謝致します」

「私が君にしてあげられるのは、こんな些細なことだけだ」


 アルファン公爵と話していて、ずっと引っかかっていたことがあった。


 帰る前にそれだけは確認しておきたい。


「アルファン公爵様はニコラがここで働いているとご存知だったのですか」

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