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貴重なお土産

 ──アルファン公爵が私に会いに来た?


 それは……何かの間違いではと聞きたい。


 記憶を探っても接点が見つからなかった。


 息子のテオと仲が良いからといって父親の公爵が出てくるのはおかしすぎる。


 落ち着いて状況を整理しよう。


 私とテオは友達。アルファン公爵と侯爵は友達……?かもしれない。


 事業の話なら、当主でもなく、家督も継げない私を同席させる必要はないはず。


 私にして欲しいこと、或いは望むことがあるはずがないんだ。


 地位も名誉も持つ天下の公爵様が、たかが侯爵令嬢に何を望むというの。


 本人に直接聞くとしても、どう言い回せばいいものか。


 いつまでも立ってる私にアルファン公爵は、座らないのかと聞いた。


 むしろこんな恰好で座ってもいいのかと聞きたい。


 これ部屋着よ?公爵どころか家族以外の前に現れていい恰好ではない。


 家族の前に部屋着で現れたら、貴族らしからぬと叱責を飛ばされるけど。


 不快に思うことなく普通に接してもらえるのは助かるけど、私の恥ずかしさが消えるわけではなかった。


 せめて何か羽織りたい。


 人当たりの良い笑顔に負けて座ることにした。


「実は君にこれを渡したくてね」


 小さな小瓶に液体が入っている。水?


 毒ではないはず。こんな堂々とした暗殺はないだろうし、そもそも私を殺す理由もない。


 知らぬところで恨みを買っていなければ、だけど。


 疑問や不審が顔に出ていたのかアルファン公爵は


「聖水だ。どんな傷もたちまち癒してしまう聖なる水」

「そのような貴重な物!頂けません!!」

「貰ってくれなくては困る。これはお詫びなのだから」


 アルファン公爵は立ち上がり、アカデミーで起きたいつかの出来事を深く詫びた。


 あれはあの男子生徒が悪いのであってアルファン公爵が責任を感じることではない。


 だってアルファン公爵がそうしろと指示をしたわけでもないのだから。


 過ぎた過去。私もさほど気にしてはいなかった。


 まともな人間なら嫌がらせをするように、黒い花を置いたりはしない。


 私のことが嫌いで、消えて欲しいと願いがこもっていたのかも。


 この段階で私が死ねば、あの男が王座に就く未来はなくなる。


 私の無念を晴らすようにディーがあの男の悪事を全て公表するから。


 ただ利用するだけの捨て駒に計画を話す必要はなく、彼らは可憐で儚いあの子を守るための正義の行いだと信じて疑わない。


 お詫びの品が聖水ってことは傷のことをテオから聞いていたのね。


 謝罪は口実。アルファン公爵は何がなんでも私に受け取らせるつもりだ。


 受け取るだけじゃない。飲む所まで見届ける気でいる。


 何も悪くないアルファン公爵に頭を下げさせ続けるのは罪悪感しかない。


 蓋を開けて一気に飲み干す。自分ではわからない変化もニコラの表情から大体わかった。


 侯爵に殴られた痕が薄くなった。アルファン公爵は眉をひそめ独り言を呟いた。


「普通の傷なら一本で治るのだが……。侯爵令嬢の顔を本気で殴るなど、どこの命知らずだ」


 ──そこの侯爵です。


 直接見たわけでもない傷の具合を想定して二本持ってきてくれたらしいけど、一本で治らなかったことは完全に予想外だったみたい。


 これぐらい薄くなれば三〜四日あれば痕は消える。


「遅れて申し訳ありません」


 メイド長に連れられたあの子は、私の真似をするかのように礼儀を弁えていた。


 侯爵令嬢になるために練習していたのだとしたら、その作法にはどんなに甘く見積もっても及第点もあげられなかった。


 お辞儀の深さが足りない。顔を上げるのが早すぎる。


 何より呼ばれてもいないのに図々しく来れた神経を疑う。


 このような恰好で……と言う割に、しっかりと外行きのドレスを着てフルメイク。


 急いで来た感はない。


 キラキラした視線は聖水に向けられている。


 メイド長が部屋の外から私の怪我が治る瞬間を見ていたのね。それですぐあの子を呼びに行った。


 大人数で支度をしたに違いない。


 女の私が叩いた傷なら一本で充分。


「彼女は?」


 侯爵ではなく私に聞いた。


「我がローズ家で面倒を見てあげている居候のヘレン・ジーナです」

「君か。話は聞いている」

「公爵様が私の!?わぁ、嬉しいです」

「ローズ家に世話になっているにも関わらず、私の息子を下級貴族と決めつけた無礼者」


 随分と棘のある言い方。


 アカデミーに通う貴族が公爵家の名前すら知らないことは大問題。あってはならない。


 褒めてもらえると思い込んでいたあの子は顔を引きつらせた。


 私はアカデミーの出来事をいちいち報告していない。どうせあの子が、自分に都合の良いように話しているだろうから。


 それに今回のように失態……彼らに言わせたら些細なミスを自分から言うタイプでもない。


 寝耳に水だった侯爵は驚きが隠せないでいる。


「お前が告げ口したんだな!!?なんと卑怯な奴だ!!」


 アルファン公爵に非礼を詫びるよりも先に、客人の前で責め立ててくるとは。


 反論をするつもりはなく、むしろこの状況を上手く使おうと思った。


 さりげなく殴られた頬に手を添えて顔を背けた。


「侯爵。亡き親友の娘を預かり大切にする思いはわかるが、彼女を責めるのは些か間違いではないか?私は息子から直接聞いたのだ。ついでに言うが私は先程、初めまして、と言ったはずだが?まさか忘れてしまったのか?それならもう当主の座を明け渡したほうがいい。そんなザマでは到底務まらないだろう」

「言わせておけば……!!」

「どうした?文句は聞いてやるぞ。それとも自分より身分が低い者にしか強くいけないのか?とんだ見栄っ張りの小物だな」


 私が口を挟む余裕がない程に侯爵を追い詰めていく。


 現公爵家当主の圧は強すぎる。シャロンとは違った凛々しさに息を飲む。


 神々しいというか、まさに人の上に立つべきお方。


 我が家の当主とは雲泥の差。いや、比べることさえおこがましい。


「ボニート家の売買を禁止したようだが、それはなぜだ?」

「あそこの娘が私に無礼を働いたんだ!伯爵如きの令嬢がだ!!」

「シャロンの名誉のため申し上げておきます。そのような事実は皆無です」

「私が嘘を言っているでも言うのか!!?」

「少し静かにしていくれないか」


 睨まれた侯爵はテーブルをドン!と叩いて偉そうにふんぞり返った。


 余計なことを言うなと命令している。


 あの程度の脅し、怖くはない。


 口を開いて……でも、すぐに閉じるとアルファン公爵は不思議そうだった。


 過ぎたこととはいえ、シャロンを侮辱し冒涜した言葉を私が口にするなんて無理だ。


「もういい」


 呆れたような声だった。


 再びシャロンへの暴言をこの世に出すぐらいなら嘘つき呼ばわりされることなんて、どうってことない。


 私の名誉よりシャロンの名誉のほうが大切。


 侯爵は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。アルファン公爵が味方になったのが心強く感じている。


「口にするのもおぞましいほどの言葉でも浴びせられたか?」


 ──わかって……くれた?


 会ったばかりの私の想いを察してくれて。


 それは泣きたくなるほどに嬉しいことだ。


 ゆっくりと目を伏せて肯定した。


 テオの誠実さは父親譲り。素敵な父親がいて羨ましい。


「アリアナ嬢。ディルク殿下に伝えてくれるかな。アルファン家は貴方の強力な盾となる、と」

「もちろんです。アルファン公爵様」


 私の触れたくない話題から逸らしてくれた。


 外見だけでなく中身まで完璧だと、モテないわけがない。


 公爵夫人はアルファン公爵のさりげない優しさをいくつも知っている。


 外見ではなく内面に惹かれた公爵夫人、元男爵令嬢はアルファン公爵の愛情を惜しみなく受けるたった一人の女性。

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