どちらの令嬢が 【sideなし】
それは突然だった。
何の連絡もなくアルファン公爵はローズ家にやってきたのだ。
今までなら最低でも一週間前に先触れを出していた礼儀やマナーを重んじるのに。今日に限って突然やってきた。
侯爵は公爵にコンプレックスを抱いている。
同年代にも関わらず、公爵は頭が良く、整った顔立ちから女性にも人気で、失敗をしたこともない。忠誠心の高さから陛下からの信頼も厚い。
いつだって誰かの憧れの的である。
結婚した今でもそれは同じ。
第二王子を友人に持つアリアナ。第二王子の専属騎士に任命されたカスト。
ローズ家こそが王族に最も近い家門であるはずなのに、アルファンという巨大な壁は越えられない。
「こんな時間にどうしたんだ?珍しいじゃないか」
「私とお前が大の仲良しだと言いふらしているらしいな」
「言いふらすなんてそんな。事実だろう?」
「フっ……。では、大の仲良しの私が来た理由ぐらい察してくれるのか」
小バカにしたように笑う公爵。
怒りが込み上げてくるものの何とか冷静さを保つ。
公爵が過去に訪れたときはエドガーに関することだった。
ならば今回もそうに違いない。
そのときにはカストも同席していた。
つまり公爵は現状のエドガーの情報を知りたい。
すぐに使用人にカストを呼びに行かせた。
どんなに陛下からの信頼が暑くても、エドガー本人と交流が全くない公爵はこうして情報を得る。
プライドの塊でもあるエドガーを屋敷に呼ぶつもりのない公爵は、侯爵を最大限に利用すると決めていた。
今までは。
「アルファン公爵。このような恰好で失礼します」
息を切らせたカストは一礼して部屋に足を踏み入れる。
「訓練終わりか。団長ともなると忙しいのだな」
「いいえ。公爵と比べたら私なんて」
「そこは素直に、ありがとうございますと言っておくのが普通だ。それと小侯爵。君は何をしに来たんだ?」
正面に座ったカストはマヌケ面を晒す。
公爵が来たと知らせを受けたカストは、望まぬ現状を打開する算段をいくつか思いついた。
公爵を利用すれば生意気になってきたアリアナを躾直せる。
そんな邪心だらけでこの場に同席していることが見透かされているかのよう。
「私と話があったのでは」
「今のアルファン家はディルク殿下を支持している。エドガー派と呼ばれる君達と何を話すと言うのだ?」
公爵がため息をつくと、自室の窓から公爵家の馬車を見たニコラがドタドタと走ってきてはノックもなく入ってきた。
無礼だと叫びたい侯爵は、公爵の前で取り乱すことを恥だと思い、心の広い主であるかのように振る舞う。
そんなことには関心を持たないニコラは部屋の中を見渡しては、安心したように座り込んだ。
「誰か探しているのかい」
さっきまでと違い、公爵の声は優しい。
女性が地べたに座り込むのを良く思わない公爵は自然と手を差し出した。ニコラも自然と手を取る。
これがテオドールならニコラは手を取らなかっただろう。
「お見苦しいとこをお見せして申し訳ありません。テオドール様もご一緒なのかと焦ってしまいました」
「息子が一緒だと困ることでも?」
「いえ……。まぁ…はい」
公爵が止めてくれたおかけで毎日プロポーズしに来るのはなくなったが、会うたびにプレゼントをくれるようになった。
一介の侍女が持つには高価で、でも、派手ではなく、ニコラの好みに合ったアクセサリー。
もちろんアクセサリーだけではない。花束やお菓子も選ぶ。
テオドールが持ってくるお菓子は悔しいことに美味しすぎて、おやつタイムに食べすぎてしまいニコラの体は重くなる。
体重が増えたからお菓子はいらないと言ったところで、テオドールはきっと聞き入れてくれない。
愛情の押し付けではあるものの、ニコラがまた食べたいと思う気持ちを見抜いているから。
侍女になると決めたあの日からテオドールへの想いには全て蓋をした。アプローチばかりされるといい加減キレたくなる。
ニコラの静かなる怒りは公爵に通じ、次回から手ぶらで伺わせると約束した。
「ところでニコラ。君の主人は忙しいかな?」
「すぐに呼んできます!」
どんなバカでも、もうわかる。
公爵はアリアナに会いに来た。
「なぜ、けっか……あの子に?」
「説明する義務があるのか?侯爵」
流石の侯爵も公爵相手には怒鳴り散らしたりしない。
出来るわけがなかった。
アリアナが来るまで数分もかからない。
公爵の耳に入ってくる噂。人当たりが良く誰にでも平等。まるで教科書のお手本のような淑女。
だがそれは、裏を返せば人形と変わりない。媚びを売るだけの欲まみれの象徴。
貴族なら打算で動くことのほうが多い。公爵はそういう生き方を否定するつもりはなかった。
テオドールから聞いた人柄。笑顔が可愛らしく、大切な人を守るために立ち上がる勇敢な令嬢。
完璧な淑女でありながらも本心から他人を思いやれる、同じ上級貴族として見習う点ばかり。
親バカではないが、テオドールには次期公爵として厳しく育ててきた。そのテオドールにそこまで言わせる、これまで会ったことのなかった侯爵令嬢。
どちらのアリアナ・ローズが現れるか公爵は楽しみだった。