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緊急事態?

「アリアナ様?そのお怪我は一体……」


 テオと雑談しながら入ってきたカルは一目散に駆け寄って来た。


 非力でひ弱なあの子にこんな傷痕を残せるわけがないと推測し、あの子を好いている長兄がやったのかと疑問を口にする。


 静かに首を横に振ると、テオが「侯爵…」と、小さく呟く。


 シャロンやカルには思い当たる節があるらしく、そっちの可能性のほうが高いと犯人を当ててくれた。


 私は告げ口はしてないし、侯爵にやられたとも告白はしていない。


 そんな卑怯なことをするまでもなかった。


 二人が優秀すぎるために真相に辿り着いてしまっただけのこと。


 もちろん、明確な解答は避ける。そっちのほうがより真実味が増す。


 あの子の悪巧みも阻止出来て、体調が万全でなくとも来て良かった。





 ※ ※ ※




 久しぶりの授業だったけど遅れることなくついていけた。


 アカデミーに通うのはこれで二回目。


 授業内容は把握しているとはいえ、今世では習っていない内容を完璧に知っていたら流石に怪しまれる。


 シャロンにノートを借りたことにしてその場は凌いだ。


 朝の一件以来、大きな騒ぎもなく平和に時間が過ぎた。今度こそディーは公務のため休み、クラウス様はそんなディーの雑談相手をしているとカルが教えてくれる。


 夜にこっそりと会ったことを知らないカルは、もう何日も私達が会えていないことを気にして、寂しい想いをしているのではと心配してくれていた。


 そうか。カルは私がディーを好きで、ディーを選んだと思っている。


 ───違うのに。私がディーを選んだ理由は……。


 胸が痛む。罪悪感から。


 今日の授業は午前中までで、お昼過ぎには屋敷に帰り着く。


 病み上がりの私をショッピングに誘うのを遠慮した彼女達とは、また後日、休みの日にでも出掛けると約束した。


 何やら使用人が慌ただしい。まさかもうヨゼフが帰ってきた?だとしたらなんという早業。


 道のりは長く、数時間で戻って来られるずはないんだけど。


 門まで出迎えてくれたラジットはニコニコしていた。


 顔の筋肉が崩壊していそうなぐらい、それはもうにこやか。


 不気味さなどなく、雲ひとつないような青空を連想させる爽やかさ。


「どうしたの?」


 この問いかけが正解だったらしい。


 クスクスと笑うラジットは夫人が丹精込めて育てた庭園が灰と化したことを教えてくれた。


 陽が昇りきる前にもう一人の暗部が報復のために燃やしたとか。


 色鮮やかの花々は美しさを失い、灰となり風に吹かれどこかに舞っていった。


 あまりのショックに夫人は寝込んでしまい、侯爵は犯人探しに躍起になっている。


 面倒になる前に適当に別の犯人を用意すると言っているから心配はないはず。


「そうだラジット。聞いてたとは思うけど、午後からシャロンが来るから」

「初耳ですよ。私は普段から聞き耳を立てているわけでないので。それに嫌でしょう?四六時中盗み聞きをされるなんて」

「いいえ?」


 予想外の答えだったのか、ラジットは何もない所で躓き、顔から転びそうになったのを小さな竜巻が体を宙に浮かせた。


 咄嗟だったのに反応が早い。


 すぐに立ち上がったラジットは発言の真意を確かめた。


「だって聞かれて困る会話はしてないし、どうしても聞かれたくないときは予めお願いするわ。聞かないでって。ラジットだって嫌でしょ?最初から盗み聞きされてるなんて決めつけられるの。私は貴方を信じているのよ。そんなことしないって」

「アイツが貴女様を気にかける理由がよくわかりました」


 暗部はリーダーを除けば、同じ教会で育った家族のようなもの。信頼関係というものが特に厚い。


 その家族が私をシャロンと同格に見ているからこそ、ラジットも私に最大限の礼儀を払う。


 優しい人の周りには優しい人が集まるっていうのは、どうやら本当のようね。


 いつまでも制服でいるわけにもいかず、着替えて、ディーに手紙を出し終えるとちょうどシャロンが尋ねてきた。


「王宮騎士の団長とこんなとこで会えるなんて感激です。ですが女同士の話があるので外で待っていて下さいませんか」


 あれをシャロンの言葉で直訳すると「早く出て行け。盗み聞きはするな」になる。


 命令されるのが嬉しいのか、風の速さで退室した。


 私とシャロンを同格に見ていてくれても、やっぱりシャロンこそが主みたいね。


「ねぇシャロン。彼、自分が暗部だってバラしてきたけど貴女の指示?」

「まさか。ラジットの判断でしょ。あ、名前は聞いた?」

「ええ。あの顔も魔法で変えてるってことも」

「ローズ家の暗部は」

「そっちは教えてくれなかった」

「レイウィスよ。ここに配置した暗部の名前」

「意地悪ね。そのレイウィスも変身魔法かかってるんでしょ」

「あら。それでもわかりやすいと思うわよ。レイウィスはアリーのこと本当に大切に想っているんだもん」

「ここで私を大切にしてくれるのはニコラとヨゼフ。あとは料理長達だけよ」

「あと一人いるわ。頑張って思い出してね。みんなの憧れ、アリアナ様」

「だからそれはやめて」


 シャロンの持ってきてくれたお菓子をつまみながら、前世と今世の出来事を照らし合わせていく。


 ディーを選んだことにより大まかなことは変わるのは仕方ないにしても、ほとんど全部が変わるなんておかしい。


 誰かが意図的に動いているみたいだ。


 私の不安を読んでシャロンは、そのことも調べてくれる。


 試験前、臨時の勉強会なんてものはなかった。


 絶対になかった。しかも二年生だけなんて。


 王族の権力と新しく採用された新人教師を買収して異例の勉強会を開催を決定した。


 だから私に呪いをかけたのね。精神が参って塞ぎ込む私にどうやって取引を持ち掛けるのかが不思議だったけど謎が解けた。


 学校行事なら確実に私が参加すると踏んだ。そこで呪いを弱めたりして私に縋らせようとした。


 しかもその教師。あの男の推薦だとか。かなり評判が良いらしいけど怪しい。経歴詐称をしてるかもしれないから、徹底的にシャロンが調べてくれる。


 救いようのないクズ。


 あの子のことだ。あの男にもっと強力な呪いをかけるように泣きつくはず。


 みっともなく心身共にボロボロになるように。


 理由はどうあれ私があの子の顔に傷痕をつけたことに変わりない。


 どんな悪夢だったとしても耐えてみせる。私の大切な人は誰一人として死なない。


「でねアリー。その勉強会には参加したほうがいいって。クラウス様が。私もそう思うわ。いくらバカとは言っても油断はしないほうがいい」

「もちろんそのつもりよ」


 これ以上の醜態も弱みを晒せない。


 シャロンと話していると時間の感覚をハッキリと取り戻し、明日が休みなのだと気付いた。


 シャロンにはついでに今日も休めばよかったのになんて言われるけど、私とあの子の傷を思い出してすぐに察してくれた。


 言葉足らずではなく悪意を持って言葉を省くあの子を一人で行かせたら、私の不名誉な噂がアカデミーだけでなく貴族社会へと流れ込む。


 それを阻止するために私は這ってでも行かなくてはいけなかった。


 シャロンが帰る際、長兄が送ると言い出す。


 自分の噂をかき消したい下心満載。シャロンをターゲットにするんじゃなくて好みの女性を利用すればいいじゃない。


 まさか長兄はシャロンを好きなんて……ないわよね?嫌よ絶対!


 人を好きになるのは自由だけど私の親友(シャロン)だけは絶対に許さない。


「申し訳ありません小侯爵様。私には想いを寄せる相手がいますので誤解されるような行動はしたくないのです」


 まるでフラれると思っていなかったのか固まった。


 どれだけ自意識過剰なの。甘やかされて育つと図々しさのレベルは上限を軽く超えてくる。


「じゃあねアリー。また明日」

「ええ。また……明日?」


 何か約束してたかしら。


 意味もなくシャロンがあんなこと言うはずないから私も笑顔で見送る。


 シャロンを迎えに来た御者から、扉が閉まっていく僅かな間に冷ややかな視線を向けられた。


 薄い紫の瞳はとても珍しく、いくら記憶力が乏しい人でも一度会っていれば忘れない。


 シャロンの姿が完全に見えなくなると笑顔をやめた。


 昼間のうちにニコラに買っておいた物でかなり早めの夕食を摂る。


 団欒の邪魔をするつもりはなく食堂は使わない。


 新しく雇った料理人が、舌の肥えた侯爵達を満足させられる料理を作れるかは私には関係ない。


 文句を言って辞められたら堪らないから期待の味に達していなくても我慢して食べるしかなかった。


 食事を済ませて本棚から数冊本を取って読んでいると、集中力を削ぐ勢いで部屋の扉が叩かれる。


 あの男なら事前にラジットが知らせてくれる。


 そもそもラジットが止めることもせず大人しく扉を叩かせる人物がいるとすれば……。


「お嬢様!おくつろぎ中すみません!至急!応接室までお願いします!!お嬢様にお客様が!!」

「落ち着いてニコラ」


 まだ遅い時間とは言い難いけど、夜に訪ねてくるのはカルしか思い浮かばない。


 こんなに血相を変えるなんてカルではないんだろうけど。


 私の客人なら待たせるわけにもいかない。部屋着のままだと失礼で着替えようとすると、そのままでいいとニコラに腕を引かれた。


 ヨゼフがいたらニコラを鎮めてくれるのに。


 応接室に着くとニコラは、私の乱れた髪を直し服を整えてくれる。


 一呼吸置いて「お待たせしました」と中にいる人に声をかけ扉を開けてくれた。


 冷たい沈黙だけが流れる空間でその人は一際目立っている。


 深い緑色をした髪。鋭い目付きをしているのに雰囲気は柔らかく、組み替えた足の上に組んだ両手を乗せて侯爵に圧をかけるようにソファーに深く腰掛けていた。


 フェリクス・アルファン公爵。


 遠くから後ろ姿だけを見たことはあるけど顔を拝見するのは初めて。侯爵と年齢は近いはずなのに若々しいというか、素敵な歳の取り方をしている。


 色気も充分にあり、未だに女性に言い寄られることがあるとか。夫人一筋の公爵の心が揺れ動くことはない。


 パーティーや夜会も夫人と出席出来ないなら参加しない徹底ぶり。


「初めまして。アリアナ・ローズ嬢」


 威圧の消えた笑顔はテオとそっくり。

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