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愛してください!〜前世で元親友と元婚約者に殺されましたが、今世の親友と婚約者と共に復讐します〜  作者: あいみ
第二章

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その後の侍女の行方【sideなし】

 ローズ家を追い出された侍女は雑に詰められた荷物を持って宛もなくフラフラと歩いていた。


 実家になど帰れるわけもない。


 侍女には友人と呼べる者もおらず、必然と誰にも助けを求められない状況に陥った。


 退職金として五千リンを渡されたが、これで一生暮らせるわけではない。


 偽名が使え、住み込みで働ける職は下町ぐらいだ。針子としてならやっていけるかもしれないが、この指では恐らく採用はされないだろう。


 厄介者を雇ってくれる物好きがいるわけもなく。


 誰もいないのに、多くの視線に見られている気がして精神的不安に駆られる。


 皆が自分を嘲笑っている。大きく揺れる黒い影に底知れぬ恐怖を感じだ。


 侍女はこうなった経緯を考えた。


 アリアナの侍女となるべく連れてこられたはずなのに、アリアナには断られ、あろうことか名字も持たない平民にその座を奪われた。


 その後も解雇されるわけでもなく、屋敷で働き続けた侍女の前に天使のような愛らしい令嬢が現れた。


 使用人にも分け隔てなく接し、時には仕事を手伝ってくれたヘレンを女神の如く崇めるのに時間はかからない。


 子爵令嬢。たったそれだけのことで運良く侯爵令嬢として生まれたアリアナからいじめを受けていると聞かされたときには怒りで目の前が真っ暗になった。


 家族を失い、親戚からは引き取りを拒否され孤児院に捨てられそうになった可哀想なヘレンを笑顔で迎えなかったどころかいじめるなんて……。


 侍女が憧れていた侯爵令嬢のイメージとアリアナは正反対。


 許せないと思った。


 心優しく慈悲深いヘレンは侍女にだけは辛い思いを打ち明け、それでも誰にも内緒にして欲しいとお願いをしてきた。


 なんて健気だろうか。彼女こそ!侯爵令嬢に、いや……この国の王妃に相応しい。


 だが理想と現実は違異なるものである。


 身分だけで悪女アリアナが王妃になるのが耐えられなかった侍女は、使用人の立場を利用してアリアナを陥れる虚偽の噂を流した。


 ヘレンから聞いたいじめや嫌がらせの数々も誇張して、とにかく孤立するように。


 使用人達は侍女の言葉を疑うことなく、いとも簡単にヘレンの味方になったのだ。


 これは正義の裁きで、アリアナは裁かれて当然の罪人。


 ヘレンだって喜んでくれていた。それなのに……見捨てられた。助けてくれなかった。


 ──なぜ?なぜ?なぜ!!!??


 ゆくゆくは王妃付きの侍女となるはずだったのに。


 王宮で暮らす日を夢見ていた。今よりもっと贅沢な暮らしが出来ると期待していた。だから率先してアリアナの罪を広めたのだ。


 荷物を地面に叩き付けて頭を掻き毟る。


 信じていたのに裏切られた気持ちでいっぱいだった。


 追い出すにしても、せめてもの情けで十万リンを持たせてくれなければ割に合わない。


 いいや!追い出される理由なんてなかったはず。


 侍女は確かにアリアナから手紙を貰ったのだ。それがなぜだか侍女の筆跡へと変わった。


 護衛にあたる騎士団長の正体が魔法使いであると知らない侍女がその謎を解けるわけもない。


 種を明かせばとても簡単なこと。


 侍女の筆跡を真似た文字を一時的にアリアナの字に見えるようにしていただけ。


 クロニアの特殊魔法の恩恵を受けたラジットにも同じ魔法は使える。ただし何かと制限がつく。


 偽装する時間が短く、今回の手紙のように小さな物にしかかけられない。


 こんな時間では宿も空いておらず侍女は人気のない路地で夜を明かすことにした。


 眠ってる間に荷物を盗られないようギュッと抱いて体を丸める。この退職金だけが侍女の命を繋ぐ。


 国境を超え他国に行けば普通に暮らせるかもしれない。貴族ではなく平民として。


 見下してきた平民と同等の生活を強いられるのは恥であり屈辱。


 ウトウトし始めると寒さからか切られた指が痛む。


 眠れない。今後の不安に目が冴える。これから待ち受けるのは人間としての扱いをされない、ずっと見下してきた平民よりも更に下の生活を強いられることだろう。


 誰でもいい。救って欲しいと願う。


 唇を噛み締め、上を眺めていても手を差し伸べてくれる人はいない。


 このままひっそりと死んでいくのかと恐怖していると、ふと思い出した。


 無慈悲にも指を切り落とした団長は言っていた。


 ボニート伯爵の家には指のないメイドが働いていると。


 希望の光が指した気がした。


 王宮騎士団長がなぜ伯爵家の使用人事情を知っているのか疑問に思うこともなく駆け出した。


 希代の悪女なんて噂されているが、侍女は気にしなかった。


 そんな評判の悪い家で働きたがる人間がいるはずがない。仕方ないから侯爵家で専属侍女だった自分が働いてあげようと、何とも上から目線。


「ルル・ストリム男爵令嬢。十年前の代金を貰い受けに来たぞ」


 闇夜から突如現れた透き通るような黒髪をした男、クロニア。


 薄い紫色の瞳が妖しく光る。


「貴方から何か買った覚えはないわ!!」

「お前に似ず美しい義妹を殺すよう依頼しただろ?」

「ま、まさか貴方……!?」


 忘れもしない。


 ローズ家に仕える数週間前。父親が訳のわからないことを言った。


 義妹を紹介する。


 侍女は義妹の顔をよく見たことがあった。


 いつも明るく愛くるしい笑顔で名前で呼んでくれていた洗濯係の平民。


 男爵家当主があろうことか平民の使用人と不倫をした挙句、娘とそう歳の変わらない義妹。


 それが意味するのは一つだけ。父親は侍女が生まれて間もなく裏切り、こっそりと子供を育ていた。


 平民と半分でも血同じが流れていることが許せなかった侍女は、自ら平民街に足を運び義妹を暗殺してくれる者を探した。


 貴族殺しは罪が重い。捕まれば最後、家族や友人にまで危険が及ぶ。いくら大金を積まれても首を縦に振る者はいなかった。代わりに情報をくれた。


 殺したい相手の名前を書いた紙を風に飛ばすだけで誰かが手をくだしてくれると。侍女はその日の内に実行し、義妹は翌朝には階段から足を滑らせ亡くなっていた。


 ──あれは事故ではなかった……?


 クロニアは侍女の首を締め上げた。足が宙に浮いてしまうほどの力。


「冥土の土産に良いこと教えやる。お前、捨てられたんだよ」

「あ゛っぁ…がっ……」

「美しい義妹とソバカスだらけの姉。どちらが大切にされるかなんてわかるよな?」


 クロニアの言葉にショックを受けたか、死が目前まで迫っているからか、抵抗していた手から力が抜ける。


 ローズ家で働けるよう必死に口聞きしてくれたのは、体よく追い出したかったから。美しくない。それだけのことで……捨てられた。


 父親が大切にしたかった娘は自分ではなく義妹。


 涙を流す侍女の目に酔っ払いの貴族が映る。


 まだ天に見放されていなかった。必死に手を伸ばすも気付く様子もなく呑気に笑い合っている。


 ここは目眩ましの結界の中。姿など誰にも見られない。


「命の対価は命。義妹を殺した代金はお前の命だ」


 蒼い炎が侍女を包む。服から順番に灰となり、皮膚がドロドロに焼け落ちる痛みは叫ばすにはいられなかった。


 音消しの結界も張っているため苦痛の声は届かない。


 侍女の死は決定していたのだ。ボニート家に行くと決めた瞬間から。


 生かされる方法はあった。


 指のないメイドのことを聞いて、それでも惨めに平民以下として生きていくのなら、猶予は与えた。


 代金は死ぬ直前でも支払える。要はクロニアが手を下すことに意味があるのだ。


 必死の命乞いに大金を払う者もいた。見逃す最低ラインの一万リン。


 クロニアの気まぐれで依頼者の寿命は延びる。

 現に侍女は今日まで生きている。生かされていた。クロニアの気まぐれによって。


「人間は美しいものに惹かれる習性がある。醜いものは醜い元に集まる。だからお前は醜いあの女に心酔した。まぁ、この世で一番美しいのは俺のお嬢だけどな」


 屈託のない笑顔。少年のようにキラキラしていた。


 こんな状況でなければ、ときめいてしまう。


 肉の焼けるいい匂いのあと焦げ臭い匂いが充満する。


 ボロボロに崩れていく体。死ぬまで、死にたいと思うような激痛に襲われる。


 目眩しの結界の中では獣に近い悲鳴が響く。


 それを近くで聞くクロニアはただ、命尽きるのを待つだけ。


 死にたくないと溢れる涙さえ、すぐに蒸発して消える。


 人の形が完全に崩れ去ると、積もった灰を風で飛ばした。


 追い出された侍女が行方を眩ませたところで不思議ではない。どうせとうの昔に父親から捨てられてしまっているのだから。


 一週間、早ければ三日後にでも侍女のことは忘れるだろう。ヘレンはそういう人間だ。


 洗浄魔法で体の隅々まで綺麗に洗った。


 これから帰るのは全てを捧げた主君が待つ屋敷。汚いものを触れた状態で足を踏み入れていい場所ではない。


 クロニアにとって主君の存在はそれほどまでに大きい。

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