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大掃除

 ラジットが戻ってくる頃にはこちらも終わっていた。


 あの子は正式に私に謝罪をして、盗みの件は不問に。


 屈辱にまみれ、震える声で嘲笑っていた私に頭を下げる姿は痛快。


 泣きながら盗んだ理由を話した。


 見たことのない可愛いヘアピンに、つい魔が差してしまった。ちょっとの間だけ借りて盗むつもりではなかったと。


 勝手に持って行った時点で盗むつもりだったんでしょ。もっとマシな言い訳はつけないのかしら。


 全面的に自分が悪かった感を醸し出す。


 素直に非を求めたあの子に、並みの貴族ではああは出来ないと使用人達は感動していた。


 人の物を盗んだのだから謝るのは当然。そんな特別なことではない。


「ふん!どうせお前がヘレンに見せびらかして盗るように仕向けたのだろう。そんなにヘレンを悪者に仕立て上げて何が楽しいのだ!!?」

「まぁ…!ではヘレンお嬢様はアリアナお嬢様に嵌められたと言うことですか!?」

「お可哀想なヘレンお嬢様」


 流石の私もそろそろキレてもいいかしら?感情を抑えるのにも限界がある。


 私があの子を羨ましがらせて何の得があるの。


 しかも盗られるように仕向けたですって?


 侯爵にプライドがあるように、私にもプライドがあるとは思わないのかしら。


 侯爵令嬢である私が第一王子から貰ったプレゼントを、子爵令嬢に奪われる屈辱がわからない訳でもないはずなのに。いえ、侯爵の場合、本当にわからなかったのかも。


 それなら今の発言にも納得する。


 遠巻きにあの子を慰める言葉がかけられる。


「お嬢様は悪くない」とか「何があっても味方です」とか、加害者であるあの子がまるで被害者のような口ぶり。


 侯爵家に仕える使用人がまともな判断も出来ないほどレベルが低いなんて。


 侯爵は彼らをどういう基準で選んだのかしら。


 能力ではなく自分をおだて何でも言うことの聞くことを前提にしているとしか思えないわ。


 立場を弁えられない使用人はいらない。


 メイド長と侍女だけを処分するつもりだったけど仕方ないわね。


 名字を持たない平民が、しかも使用人が貴族に楯突くなんてあってはならない。


 これまで家のことに口を出してこなかったのは私の仕事ではなかったから。


 そもそも好き勝手させすぎたのがいけなかった。


 侯爵にとりあってもらえなくても私なら上手く対処出来たはずなのに。


 愚かだった自分がバカらしい。


 最初からこうしていれば、肩身の狭い思いをしなくて済んだ。


 彼女達をこんな風にしたのは私のせいでもある。だからこそ、責任を取らなければ。


「ついでですし。メイドと執事も全員入れ替えましょう。あぁ、当然ですがヨゼフは残ってもらいます。新しく来た執事の教育もありますので」

「何をふざけたことを」

「貴女の専属侍女にも辞めてもらうわ」

「いい加減にしろ!!そんな権限、お前は持ち合わせていない!!この家の当主は私だ!!!!」

「あります。まず侍女ですが、私の物を盗もうとしただけでなく嘘をついて責任転嫁しようとしました。理由はそれだけで充分でしょう?次に他の使用人ですが、私の記憶によると彼らは侯爵が直々に連れて来たんでしたよね?それが理由です」

「私が連れて来たからどうだと言うのだ。私が稼いだ金で給料を支払っているんだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」

「だからですよ侯爵」


 息苦しさを緩和するため窓辺に立ち夜風に当たった。


「私への贈り物を偽り勝手にその子にあげた侯爵が選んだ人選を信用出来るとでも?小侯爵も手を貸して同罪なので、小侯爵のお友達の紹介もお断りです」

「アリアナ!!いつからそんな令嬢らしからぬ口の利き方をするようになったの!?貴女の父と兄なのよ!」

「夫人。頭ごなしに怒鳴るだけなら黙ってて下さい。貴女とは話していません」


 使用人の全入れ替えは案外簡単だけど、真っ当な人がローズ家で働いてくれるかどうか。悪目立ちをしつつあるこんな家に望んで来る人がいたら奇跡。


 かと言って私を監視する侯爵の息のかかった使用人は以ての外。


 仕事を完璧にこなしてくれるなら無愛想でも、陰口でも叩いてくれていい。


 今働いている使用人はそもそも、与えられた仕事さえこなせていない。これではただの給料泥棒。


 掃除は目につくとこだけを綺麗にし、あまり人が寄らない場所は埃が被ったまま。


 よりにもよって侯爵家に仕える使用人が敢えて手を抜くなんて、侯爵家を舐めているとしか思えない。


「お嬢様。しばらく休暇を頂けないでしょうか」

「許さんぞヨゼフ!貴様には仕事があるだろう!!」

「許可するわ」

「ありがとうございます。旦那様の元へ足を運んで参ります」


 ヨゼフは私をお嬢様と呼ぶ。お母様のことはパトリシア様。そして旦那様と呼ぶのは……ブランシュ辺境伯。


 まさか報告するの。彼らの隠された罪を。


 長きに渡りローズ家の裏切り。真実を知っても尚、口を噤まなければならない苦しさ。


 よく耐えてくれていた。私に止める権利はない。


「お嬢様。私は旦那様に使用人の紹介をお願いしてくるだけです。旦那様はとても人望が厚く、他国にもお知り合いは星の数ほどいらっしゃいます。すぐに……とはいきませんが、なるべく早く帰ってきますので」

「やっぱりヨゼフは頼りになるわ」

「もったいなきお言葉。私は早朝すぐに出発致しますので、お先に失礼します。お嬢様もすぐにお休みくださいませ」

「認めんぞ。認めんからな!!誰が来ようともこの屋敷で働くことは許可しない!!!!」

「侯爵の許可は求めていませんので。どうぞご安心を」

「お前は一体何様のつもりだ!!」

「私の名誉を侮辱した彼女達をクビにする権限は私にあるはずですが?」

「それがどうした。お前は侯爵令嬢だろう。淑女ならば一度や二度の陰口ぐらい笑って聞き流したらどうなんだ!」


 何を言っているのか意味がわからない。


 身分の高い令嬢は使用人に冷遇されるのが当たり前だとでも言いたいの。


 侯爵の望み通り、ずっと聞き流してあげていたわ。


 いずれ侯爵に認められ本当の家族になれたら、彼女達は態度を改め変わってくれると信じていたから。


「なんだその目は。この家の当主は私だ!!黙って私に従っていろ!!」


 醜い本性が見え始める。


 コゼット卿を含めた騎士団員は侯爵の横暴さ、宥めることもせず侯爵の肩を持つ長兄に唖然としていた。


 誇り高きローズ家の騎士団長が寄ってたかって妹を悪者扱いする。


 早朝でも真夜中でも、ローズ家の危機となれば、どこだろうと臆することなく駆け付ける誇りを持った、そんな彼らの憧れを踏みにじった。


 目の前で起きているのが現実でないと物語るのは、窓から吹き抜ける冷たい夜風。


「ローズ家は盗っ人の使用人を雇っていると噂になってもいいのならお好きにどうぞ。それとヘレン。言っておくけど、貴女の侍女は解雇するわよ。文句はないわよね?ディーからのプレゼントを盗んだのだから」


 むしろ優しいぐらいだわ。


 正式に第四騎士団が介入すれば侍女の実家は没落は免れない。ただ平民になるだけでなく、今日を生き抜くのもやっとな下町の中で最も最悪な環境、スラムで一生奉仕させることも出来た。


 それをせずに指を切り落とし追い出すだけなんて慈悲に溢れていると思うのだけど。


「あの侍女が解雇されるのはわかりますが、これまで献身的に尽くしてきた私達にはあんまりではありませんか!?」

「尽くす?誰が?誰に?」


 頬に手を添えて首を傾げた。記憶を辿るも私は尽くされたこともない。


 その逆で、冷遇され見下され。バカにされていたはず。


 ラジットが聞いた今日一日の私への陰口を全て口にすれば、俯く者、視線を逸らす者。恐怖に怯える者。


 それぞれわかりやすく自白してくれる。


 聞かれているとは思わないから、思ったことを口にして私を笑い者にしていた。


「主人を冷遇し虐げようとする使用人なんていらないわ。心配しなくても貴女達を追い出すのは新しい使用人が来てからよ。でも、そこの侍女は今すぐに追い出させてもらうわ」

「そんな……!!」

「コゼット卿。追い出して」

「お嬢様!ヘレンお嬢様!!助けて……!!」


 コゼット卿の手を振り払いあの子の足にしがみつく。ここで見捨てられ実家に帰ったところで勘当される。


 あの指では次の働き口など到底見つからない。


 仮に見つかったとしても、地面を這いつくばって物乞いをしなければ給料も食事も与えられないような劣悪な環境が待ち受ける。


 楽で贅沢な仕事しかしてこなかった侍女からしてみれば、他で働くなんて無理だ。


 雑用でも何でも、ここに残れるよう便宜を図ってもらおうと必死。


 派手に動くから止血した指からまた血が流れる。包帯が赤く滲み、一滴ポタリと落ちた。


 ラジットが侍女の首根っこを掴みコゼット卿に差し出した。


「アリアナ様の心優しいご配慮により本件には目を瞑りました。私が騎士団長として仕事をする前に、アリアナ様の目の届かぬ場所に追いやって下さい」


 “我慢の限界に達し、首をはねる前に追い出せ”

 直訳した意味に気付いたのは、あの子を除く全員。


 コゼット卿と騎士に腕を掴まれたまま引きずられるように連れて行かれる。


「貴女達の推薦状は私が直々に書いてあげるわ。仕事はロクにしないのに貴族令嬢への陰口に精を出し、与えた仕事も満足にこなせない。忘れっぽく虚言癖があり、我が物顔で屋敷を仕切りたがる立派なメイドです、ってね。約束の時間にわざと遅らせる素晴らしい御者と歳頃の令嬢の体に許可なく触れる優秀な執事のことも書いてあげるから。だから安心してね?貴女達。あ!忘れるところだったわ。屋敷の物を勝手に売り捌いて掃除をしてくれるお手本のようなメイド長の分も書かないと」


 メイド長の悪行は単独で行われていた。ここの給料だけでも充分なのに、お小遣い稼ぎにかなりの数の美術品を持ち出しては売っている。


 私には損害ないし、本物の貴族である彼らなら偽物にすり替えられても見分けはつくはず。


 結果、気付きもしなかったけど。本を読んでいればもしかしたら、巧妙に作られた贋作だと見抜けたかもしれないのに。


 空っぽな頭に知識を詰め込まないから使用人なんかに舐められる。


 証拠が欲しいと言うなら、これまでにすり替えられた物のリストはある。それを提出したらクビどころではずされない。


 誰にでも平等で優しい私は、例え、使えない使用人でも、個人の恨みから未来を潰したりはしない。


 あの男を含めた六人だけは例外。許す許さないではなく、()()()()


 晴れやかな気分。これならどんな悪夢を視ても平常心を保っていられる。


 空気を入れ替える簡単な方法は、いらないものを捨てて掃除をすることだった。

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