三択
その日の夜はいつにも増して静かだった。風もなく穏やかで、月と同じように星が暗闇を照らしてくれている。
とある部屋から鼻歌交じりに人が出てきた。
窓に映った自分の姿を見ては、頬に手を添えて幸せそうなため息をつく。
うっとりした顔で分不相応のネックレスを首からさげ、指輪をはめて、折りたたんだドレスを数着持ったあの子の侍女を取り囲んだ。
「何をしているのかしら?それは私がディーから貰った物よね?なぜ勝手に持ち出しているの」
「お、お嬢様!?」
「答えなさい!」
未だ状況が飲み込めない侍女は、ただただ混乱している。
勝手に騎士団を屋敷内に入れたことに激怒した長兄は侯爵同様に私に殴りかかろうとしてきた。
事前に説明をしておいたおかげでコゼット卿が長兄を止めてくれる。伸ばした手は私に届かずじまい。
面白いことに長兄は騎士としてのプライドは人一倍高い。
次期侯爵として甘やかされ育てられ、その身分があったから早い段階で騎士団長に就いた。まぁ、当然のことながら実力もあった。実力なんて認めたくないけど。
冤罪で私を苦しめ、見せしめに、殺した。
こんな男に騎士道を語って欲しくない。
許可なく騎士団を私物化した私を問い詰めようと必死な姿は滑稽。笑わないようにわざとらしく咳払いをした。
コゼット卿は騎士の役目を果たすためにここにいる。私情で騎士団を動かし私を殺した貴方とは違うのよ。
全員が自分の部屋から出る気配がないことを確認してもらい、ラジットに騎士舎に走ってもらった。
ローズ家の使用人の中に盗っ人がいると伝えてもらうために。
コゼット卿が長兄にここにいる事の重大性をわからせている間、他の騎士が侍女を取り押さえる。
「誤解です!!私はアリアナお嬢様にここにある物を好きなだけ持って行っていいと……」
「私が言ったの?」
「いえ。手紙を貰いました」
取り押さえている騎士は「はぁ?」と顔をしかめながらも見合わせる。
誰も信じていない。
当然だ。婚約者から貰った物を、私の専属侍女でもない赤の他人にあげるはずがないのだから。
貰った手紙を一応、見た。
忙しいヨゼフの手を煩わせることでもないのだけれど、ヨゼフは筆跡鑑定の資格を持つ。
手紙を書いた人物を特定するなど朝飯前。
「これはその侍女が書いたものですな」
「そんな……!!確かにアリアナお嬢様からです!最後には名前だって……」
「どこにお嬢様の名前が書かれてあるのか教えて欲しいものです」
全員に見せるように手紙を突き出し、ゆっくりとその場で回った。
内容はとても簡潔。
いつも頑張ってるからご褒美よ。ディーからのプレゼントを好きなだけ貰ってちょうだい。
「ち、違う…。そんなはずない」
「いい加減にしなさい。盗みを働いた上に嘘までついて私のせいにするつもり?」
「待ってよアリアナ。ルルはきっと嵌められたのよ。だから大目に見てあげて?ね?」
貴女はこの侍女を庇いたい。庇うことで天使のように慈悲深い姿を見せつけたいだけ。
打算まみれの茶番劇。
杜撰すぎる内容に涙の一滴も出てこない。
「どうして?私の大切な物が盗まれそうになったのに許してあげなくちゃいけないの?」
「だから嵌められたんだってば」
「誰に?貴女の専属侍女を陥れて得をする人間がどこにいるの」
心のどこかでは私だと思っていても、証拠はない。
下手に発言して自分達の計画が暴かれることを恐れて口を開かなくなった。
あんなにも味方でいてくれた侍女を切り捨てる判断をするのが早い。
貴女がない頭を使って知恵を絞り出しても無駄なの。
いらないもの、邪魔ものは捨てることにしたから。
私の評判を落とし、真実を曇らせてしまう侍女はいらない。
雇い主が侯爵だろうと私には裁く権利がある。
しつこく私からの手紙だと主張する侍女に呆れながらラジットは言った。
「アリアナ様。この件は我ら第四騎士団にお任せ下さいませんか」
私が頼んだのは騎士団の手配と手紙の改ざん。
この発言は予定にはない。ラジットが敵でないとしても真意を確かめないと。
「身内のごたつき故にソール団長の仕事を増やすわけにはいきません」
「いいえ。これは第四騎士団が介入すべき事案でございます」
「と、言いますと?」
「ディルク殿下からの贈り物。すなわち王族が関与している窃盗事件です」
確実に侍女を追い出せるよう手を貸してくれているのね?
それなら全力で乗らせてもらうわ。その船に。
「参考までに聞かせてくれませんか。罪人がどうなるのか」
「身柄を連行したのち、取り調べをします。今のように嘘を繰り返す悪質な輩は拷問へと切り替わります。真実を話すまで、眠らせることなく時間もわからず光が差すことのない地下で永遠に」
不気味に笑うラジットに背筋がゾクリとした。
死なないように、死ねないように、細心の注意だけ払う。
一気に顔が青ざめた侍女は足の力が抜けてその場に座り込んだ。指を噛みながら体は震える。
拷問を受ける自分を想像してしまい恐怖に取り憑かれてしまった。
「ですが、そうならない方法もあります」
思いがけない朗報にパァっと明るくなった。
絶望に突如として訪れる希望に縋るのが早い。
「指を切ってしまえばいいのです。そうすれば騎士団の介入はなくなりますから」
「あ…あんまりだわ!!ルルに罪人になれと言うの!?」
「罪人でしょう?彼女は」
私が答えるとあの子は侍女を強く抱きしめた。
「ルルは私がこの屋敷に来てからずっと付いてくれた侍女なのよ!いくらアリアナでも勝手なことしないで!!」
「お嬢様……」
「ヘレンお嬢様はなんて優しいお人なのかしら」
「それに比べてアリアナお嬢様は相変わらず冷たいわ」
「シッ!聞こえるわよ」
「ソール卿。その侍女を連行して下さい。もしかしたら余罪があるかもしれません」
なぜ私がずっとこの家に仕えていた貴女ではなくニコラを専属侍女にしたかわかる?
それはね、貴女の目が上級貴族に憧れキラキラ輝いていたからよ。男爵家の侍女にとってこの家の何もかもが美しく映っていたのかもしれない。
それだけなら良かった。誰だって人は、自分にはないものに憧れる。
でも侍女は、憧れが強すぎた。
宝石やドレスを見る度にうっとりとして、遠回しの話術で欲しいと強請ってくる強欲さ。
いつか盗みに手を出すのはわかりきっていた。
そんな危険人物を好きで傍に置く愚行はしない。
「待ってってば!ルルは本当に良い子なの!!」
「良い子は人の物を盗んだりしないわ。お願いします、ソール卿」
「すぐに人を呼びます」
懐から取り出した正方形の紙。息を吹きかけると鳥の形へと変化した。
それって魔法じゃ……。大勢の前で見せていいの?
「これは王宮騎士の団長・副団長のみに与えられる連絡手段です」
クラウス様が王宮に住まわせてくれるお礼にとくれた魔道具。
紙の鳥に伝言を吹き込み、窓から飛ばそうとした瞬間、侍女は罪を認めた。
泣きながら床に頭を擦り付け許しを乞う。その割にネックレスも指輪も外さない。
床に放り投げられたドレスはヨゼフが拾ってくれた。
苦痛の続く拷問より指一本失うほうがリスクは低いと思っている。
──私がそんな甘いわけないでしょう?
廊下が汚れるのを懸念したラジットは一時的に傍を離れることを告げ、侍女と外に向かった。
掃除はメイドがやるから気にしなくていいのに。わざわざ移動するなんて手間。
ラジットの気遣いは私に対してのみで、ディーから貰ったプレゼントを保管する部屋の前を罪人の血で汚したくないと言うのが本音。
ここがただの廊下で、私に関係する物がなければ容赦なく剣を抜いていた。
誰も立ち去ろうとはせず二人が戻ってくるのを静かに待つ。
ただ待っているのもつまらない。もう一つの問題も片付けておかないと。
「貴女はどうするの。ヘレン?さっきの答えをまだ聞いていなかったでしょ」
「さっき?」
数時間前の出来事をもう忘れていた。
今からでも家庭教師をつけてあげたほうが、あの子のためでは?
遅すぎるけど、知識の足しにはなる。
脳内お花畑なんて優しいものじゃない。
私が心配するのもおかしな話だけど、王妃になってどうするつもりだったの。
国王陛下に愛されるだけが王妃の仕事ではないのよ。
王妃にだってやるべきことは沢山ある。
あぁ、そうか。他人にやってもらうのか。
貴女は座って微笑むだけでいい。難しいことも何もかも代わりの誰かにやらせてしまえば、毎日が贅沢三昧。
手元に置いておく人は決して逆らうことのない使い捨ての駒だけ。
正真正銘、お飾りの王妃。
でも安心して。私はそんな楽させないから。
その頭で考えて、自分の答えを探させてあげる。
「指切りか地下牢か謝るか。さぁ、どれがいい?」
とびきりの笑顔を向けた。