善導的人道派雑誌
「それで『ああああ』、カウンセリングはどうだった?」
「・・・」
『鷹巣メンタルクリニック』からの帰り道に、青梅子が尋ねてきた。
無論、俺は騙されて診察に連れてこられた身だ、情報開示する筋合いはない。
いくら幼馴染みとはいえ、この女は信用できない。
隙あらば俺の弱みを握り、意のままに扱おうとしているのだろう。
「また薬が増えたんだって?
ちゃんと鷹巣先生の言うこと聞かないとだめだよ」
病状を聞き出そうとする青梅子の顔は、マスクとゴーグルに覆われ表情が伺い知れない。不気味だ。
「さて、診察も終わったしどこかへ買い物でも行きますか!!
こんな機会でもないと、あんた街になんてでないでしょ?
どこか行きたいお店ある? 」
「じゃあ・・・コンビニ」
「繁華街まで来てそれか、ひきこもりめ・・・
まあいいでしょ、行きますか!」
青梅子は駅前の手近なコンビニに目星をつけ、さっさと歩き始めた。
「それで、何をご所望なの?
コンビニでないと手に入らないものなんてある?」
「今日は16日だ」
「・・・それが?」
「つまり、日本を代表する善導的人道派雑誌『月刊文化フォビドゥン』の発売日だ」
そう言いながら、俺はコンビニの自動扉をくぐる。
店内には外国人の店員が一人だけ、忙しそうに駆け回っている。
休日の昼下りだというのに、ワンオペで回しているようだ。
俺は迷わず目的の書棚へ向かい、『月刊文化フォビドゥン』を手に取る。
俺の数歩後をついてきた青梅子は、おずおずと俺の手元を伺い、表紙を読み込んでいた。
『文化フォビドゥン』の表紙は、誌内のおもだった記事のタイトルが羅列された、質実剛健なものだ。
飾り気のない硬派な雑誌らしい出で立ちで、信頼感がある。
今月号は、
【SNSをやるやつは馬鹿!承認欲求に支配された脳味噌スカスカの生ける屍】
【ファミレスは豚の餌場!全チェーン格付けランキング】
【増加の一途の不法移民!平和を脅かす土人共は全員直ちに強制送還せよ!!】
社会に警鐘を鳴らす、挑戦的なタイトルが並んでいる。
既得権益に疑問を持ち、挑戦と批判的精神を忘れないこの雑誌を、俺は長年愛読している。
青梅子は表紙を一通り読み終わると、そっと呟いた。
「これって、俗に言う『コンビニで買うのに最も勇気の要る雑誌』じゃない・・・?」
「世間について、最新の情報を仕入れておくのは大事だ」
「それは分かるけど、何でよりにもよって『フォビドゥン』なのよ。
もっとマシな媒体はいくらでもあるでしょうに」
「テレビや新聞は、巨大な権力に諂うフェイクニュースばかりだ。
その点、弱小出版社の『フォビドゥン』には何も失うものがない。信頼に足る情報源だ」
「単純に取材力がないから変なこと書いてあるだけじゃ・・・」
「自分の知識だけで物事を捉えようとすれば、独善的で歪んだ思考と認知に陥ってしまう。
信頼できる情報を定期的に見て、価値観をアップデートしなきゃいけない」
「そこまで分かってるのになんで『フォビドゥン』に行っちゃうかなあ・・・」
肩を落とす青梅子をよそに、俺は黙々と雑誌を読み進めた。
しばらくして、途中にある定期連載の漫画『カポエイラー・ジョゼ』に目が留まる。
南米の奴隷達が格闘技を使い自由を求める、人道派格闘漫画だ。
その時、何者かの視線を感じた。
ふと後ろを見ると、主人公の『ジョゼ』にそっくりな店員がこちらを見ていた。
手にモップを持ち、丁度俺のいる辺りを掃除しにきたようだ。
だが俺は、『ジョゼ』似の男から何か凄絶な雰囲気を感じていた。
この男は、俺に悪意を持っている。
おそらくは、俺を集団で付け回している"奴ら"の一員・・・
店員を殴り倒すためにそっと鉄下駄に手をかけようとしたその刹那、青梅子が俺の服を引っ張る。
「ねえ『ああああ』、もしかしてそれ全部立ち読みするつもり?
店員さんこっちガン見してるし、やめたほうがいいって」
「ああ、そうだな」
俺は『フォビドゥン』を閉じ、書棚に戻す。
「あ、褒めそやしていた割りに買うわけじゃないのね」
「家にこんな雑誌置いておきたくない」
「気持ちは分かるけど、あんたの考えてることはやっぱり分からない」
「帰ろう」
俺が踵を返し帰ろうとした時、青梅子の眼が鋭く光った。
今まで聞いたことのないほど冷淡な声で、彼女は言った。
「待って」
俺は咄嗟に身構え、青梅子を見る。
遂に正体を表したか、もしやこの女も"奴ら"の仲間なのでは・・・
そんなことを考えていると、青梅子は書棚に近づき、『文化フォビドゥン』を手に取る。
彼女が見つめる表紙には、あるタイトルの記事があった。
【花粉症は"公害病"!!日本を杉まみれにした戦犯政府は花粉症患者に賠償金を!!】
青梅子はむんずと雑誌を掴むと、そのまま最短距離でレジへ向かい、購入した。
まさに早業、息をのむ間もなかった。
帰り道の彼女は今日一番の朗らかな笑みをたたえ、上機嫌にしていた。
「いやあ〜、この雑誌を誤解してたよ!
まさかこんな善導的人道派雑誌だったなんて!!」
彼女は鼻歌を歌いながら、スキップしそうな勢いだ。
「ん?『ああああ』、なんで私から距離を置いているのかな?」
「『月刊文化フォビドゥン』を家に置いてるやつの友達だと思われたくない」
「??」
青梅子は少しの間首を傾げていたが、また跳ねるように帰路をゆく。
すると、雑誌のページの隙間から、一片の紙が落ちてきた。
青梅子の5歩後を付かず離れず歩いていた俺は、その紙片を何気なく拾う。
それは、なんの変哲もないただの非核三原則のビラだった。
ただひとつ普通の非核三原則のビラと違うのは、裏に書いてある、何かの名前を示すと思われる文字列。
そこには、『黴菌人』と書いてあった。




