表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

その男、サイーバ・イマン

J市のとあるコンビニエンスストアでは、一人の外国人が働いていた。彼の名前はサイーバ。


父祖から受け継いだファミリーネームはイマンといい、母国語で「自由の闘士」とても言うべきだろうか。


彼の母国には、イマンという名の奴隷が所有者への叛逆を先導するという内容の、古い英雄譚があった。


そんな名前を持って生まれたからだろうか。彼、サイーバ・イマンは常に笑みを絶やさず、優しい人格者で、誰からも好かれ、慕われる存在だった。


そして現代日本において、サイーバは古代のイマンのように、奴隷同然の苦役を強いられていた。


「おいサイーバ!!昨日来たバイトな、あいつガキの癖に生意気だったから一日で追い出したから」


店長が突然言い出した言葉に、サイーバは面食らった。


「えっ、じゃあ、あしたから、シフトはどう、する?

一週間で、二人も辞めた。」


サイーバは猛勉強の末に身に着けた、慣れない言葉で問いかける。


「あ?そんなの決まってるだろ。

お前が穴埋めするんだよ。

今日の夜勤終わったら、続けて早番だからな。」


店長はさも当然といったように、眉ひとつ動かさず告げる。

彼はサイーバのことを同じ人間として見ていないような態度をしていた。


「そんなこと気にしてるより、いい加減敬語くらい使えるようになれ土人」


「そんな。ただでさえ、もう一ヶ月、休んでない、デス。

きょうも夜勤明けなのに、朝から出てゴザイマス。

やっと休めると、思った、でも」


「でももクソもねえだろ、誰のおかげで働けると思ってんだよ、お前みてえな不法移民がよ!!」


そう、サイーバは不法就労者であった。

そのため真っ当な職に就くことはできず、雇ってくれる経営者がいれば、どんな悪条件でも仕事も場所も選ばず働くしかなかった。


だが、いくら貧しい母国から来て、忍耐強いサイーバでも、今回ばかりは我慢の限界が来た。


温厚なサイーバは拳をわなわなと握りしめ、静かに漏らす。


「……ないで…ざる」


「ああ!?いまなんつった!?」


「働きたくないでゴザル!!!」


その瞬間、景色が暗転した。

サイーバは店長に裏拳をくらい、鼻血を流しながら地に倒れ伏していた。


「もういっぺん言ってみろ!!

お前のボロアパートに、明日にでも入管の職員が押しかけて、めでたく強制送還だ!!」


サイーバの思考が固まる。


「それは…それだけは…」


「嫌だろ?じゃあ俺に感謝して働け。

あ、床を汚したからきれいにしとけ。それと、明日の早番の給料はナシだ。それで許してやる。

じゃ、俺はそろそろ上がるから。

レジが帳簿と1円でも合わなかったら〆るから、覚悟しとけよ。」


「…はい」


店長が帰ったあと、コンビニ内に流れる陽気なCMソングをバックに、サイーバはひとりモップで血を拭いていた。


滲んだ視界が晴れてくると、モップに自分の歯が絡まっているのに気付いた。


ふと、故郷の母親を思い出した。サイーバの母国では、子供の歯が抜けると、それを川に流して成長を願う風習があった。


歯を流した後はいつものように、子供たちで川遊びをする。サイーバの故郷の川は泥に濁り、ボウフラやヒルなどが棲む、お世辞にも綺麗とは呼べない小川だ。


だが、J市の川より、藻や虫が湧かないようコンクリートで流れが整えられ、ビルの光が水面に映える綺麗な川より、思い出の中の故郷の川のほうがずっと美しく思えた。


気付くとサイーバは泣いていた。声も上げずに、静かに。


「おや、どうしました?」


いつの間にか店内に客が入っていたようだ。

サイーバは勤務中であったことを思い出し、即座にいつもの笑顔を作る。


「イ、いらっしゃいマセ」


だが、くしゃくしゃになったサイーバの顔で笑みを浮かべようとしても、酷く歪んだ恐ろしい顔にしかならなかった。


客は穏やかな笑みを浮かべ、優しい口調をしていた。


「いえ、私は客ではありません」


「え?」


「あなたを救いに来たんです。

あなたは優れた資質を持っている。

不法移民だろうと、不法就労者だろうと、関係ない。

ここで燻っているべきじゃない。」


サイーバには訳が分からなかった。まだ勉強していない日本語の言い回しか何かなのだろうか。


「あなたは、こんな仕事をしているべきじゃない。

今すぐ資金を作って、独立したいのでしょう?」


確かに、サイーバには、自分のコンビニを作るという夢があった。

しかし、今のサイーバの状況では、夢物語でしかない。


「金さえあれば、ブローカーを辿って永住ビザだろうと国籍だろうと手に入ります。

あなたに必要なのは纏まった金と、変化です。

我々なら両方提供できる。」


「あなた、ナニ言ってるのでゴザル?」


「サイーバ・イマンさん。

あなたを《健康優良児》と見込んで、ひとつ仕事を頼みたい。


報酬は破格。この仕事であなたの人生は変わる。


なに、簡単です。このエリアに住む病弱な劣等遺伝子を淘汰する、


ただそれだけのことです。」


この日、《健康優良児》サイーバ・イマンが誕生した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 安価をちゃんと実行してるところ [気になる点] 続きがないこと [一言] 続き描いてくれ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ