くしゃみとアルミとデートの日
「「Ah-ah-achoo! 」」
突然の轟音に目覚めた。俺は突然のことに、本能的に布団に頭から包まり、起きたばかりの頭の中で必死に唱える。
「大丈夫…大丈夫…。この布団に包まれている限り、『敵』は俺のことを見つけられない。気づかれる筈がない。
この布団の中にいる限り、俺は絶対に無敵だ。」
冴えてきた頭で考えが纏まってくると、次は安心から笑みが溢れてくる。
だが、何者かの鈍い足音が近づいてくるにつれて、その安心は不安に変わっていく。
「大丈夫…俺は大丈夫…
…うわっ!?」
突然、全身を包んでいた布団がひっぺがされ、全身が朝の冷たい空気に晒される。
接近する足音の主は、鼻声の少女だった。
「いつまで寝てるの『ああああ』!!
約束は11時でしょ!!
もう昼過ぎよ!!」
「やめろ!俺の護身布を返せ!!」
俺の全身を守っていた被膜はくしゃくしゃにされ、無残にも彼女の傍らに打ち捨てられていた。
「何度言えば分かるの!!いい加減、防災用アルミ保温シートで寝るのをやめなさい!!」
「ふざけるな!!これで脳波を遮断しなければ、思考を辿られ就寝中に襲われるだろうが!!」
「この病人!!こんなに固くて蒸れるもので寝てるから、いつまでも病気が治らないのよ!!」
口の減らない生意気なこの女は「青梅 雨子」といい、何らかの機関の密命を受けて俺のことを監視している。
彼女は「幼馴染みの腐れ縁」などとのたまい、決して認めないものの、俺には特別な智慧があるから、裏に張られた陰謀の糸の存在が判るのだ。
「そんなことより今日は『デート』の約束よ!!
はやく顔を洗って着替えなさい!」
俺は渋々起き上がり、促されるまま身支度を始める。
準備を終え、外で待っている奴の顔を見ると、完全にマスクとゴーグルに覆われていた。
「おっそい!!」
「うるさい、さっき起きたばかりだ」
「ただでさえ寝坊してるのに─あ、待って─へっくし!!」
唐突な轟音に俺は身を縮めた。
「だからいつも言ってるだろ、その音波奇襲をやめろ」
「ちが…へっくし!!
今日は花粉が…へっくし!!!
すごく多くて…えっっくし!!!」
青梅子は肩に掛けた鞄から吸入薬を取り出し服用する。可哀想に、彼女は軽い気持ちから始めた吸入薬により、もはやそれなしでは呼吸もままならないほどの薬物中毒にされたに違いない。
「…ふぅ、やっぱり杉は根絶するべきね。
さあ!行きましょ!!」
持病が落ち着くと、何事も無かったかのように、彼女は大手を振って駅に向かって歩き出した。
「行くったって、どこへ行くんだよ」
「ふふ…言ったでしょ?『デート』だって!
まずはコーヒーでも飲みに行きましょ!!」
「なるほど、喫茶店か。悪くないな。」
二人で電車に乗り込み、繁華街で降りる。
お洒落な通りにあるこざっぱりとした建物で青梅子が止まった。
どうやらここがお勧めの店のようだ。店内に入ると、なるほど人気店らしく満席のようで、待合室のような場所のソファを勧められた。
仕方なく待合室に座っていると、青梅子が紙コップに入ったコーヒーを持ってきた。どうやらサービスらしい、新商品の試飲とかだろうか、中々気の利いた店だ。
「金合歓 亜細亜様」
そうこうしているうちに俺の名前が呼ばれた、どうやら席が空いたようだ。
「よし、行くぞ青梅子」
「そのあだ名やめてって何回も言ってるよね。
それに、私はここで待ってるよ。
あんた一人で行っといで」
「え?」
青梅子に背中をグイグイと押され、あれよあれよと狭い部屋に通された。
部屋で待ち構えていたのは、柔和な笑みを浮かべた縁無しメガネの男性。バリスタだろうか。いやそんな訳はない。
「最近、よく眠れますか?」
俺はそこでようやく、あの女の思惑を理解した。
「鷹巣メンタルクリニック」なんて、珍しい名前の喫茶店だと思っていたのだが。
メガネの男は、柔和な笑みで奇異の目を包み隠しながら、優しい口調で諭してくる。
「病状の寛解には、何より人間としての殻を破ることです。それには何か革命的な変化が必要です。
お薬、増やしときましょうか?」
「あいつ、あの悪辣な女、やはり陰謀の糸を引いているに違いない!!絶対に正体を暴いてやる!!」
──────その頃
青梅子はコーヒーを飲みながら待合室で漫画を読んでいた。
「いやあ、精神科の待合室ってほんといいねえ。
不登校の子供の送り迎えとかで、親御さん待たせることが多いから、コーヒーも紅茶も飲み放題。
雑誌も漫画もたくさんあるし。
ほんと手の掛かるやつ…
ほっとくといっつも診察日の約束忘れるんだから…へっくし!!」




