プロローグ
「これは、持つ者故の余裕に醜く噛みつく持たざる者達の物語」
史上最悪の環境テロリスト、通称・青梅子の遺稿『杉の根絶』より引用
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「Ah-ah-ah-achoo! 」
暗闇に、定期的に弾けるような轟音が響いていた。
青年はその音に急き立てられるように、真っ暗な洞窟の奥へ奥へと進んでいく。
そんな獲物を追い立てる猟犬役は、黄色のハンカチで鼻を拭う少女だ。
「待ちなよ!『ああああ』!!!」
少女の勝気な、甲高い声は洞窟内によく響き、『ああああ』と呼ばれた青年は、実際の距離以上に追い詰められているような錯覚を覚える。
そして次の瞬間、またもや轟音が鳴る。
「Ah-ah-ah-achoo!!!」
音は青年の鼓膜を震わせ、脳を揺さぶり、意識を失わせかける。その症状を引き起こしたのは、狭い洞内を反響した彼女の「くしゃみ」
またもや黄色いハンカチで鼻を拭う彼女は、重度の、病的な、いや末期的な「花粉症」であった。
洞内にわずかに生育したひとひらの苔でさえ、彼女の鼻腔を刺激するには十分だ。
揺れの収まらない頭を抱え、青年はこのまま逃げ続けるのは得策ではないと悟る。ちょうど洞窟の最奥まで行き当たり、もはや覚悟を決めて少女に向き直る。
「おいお前、どうして俺を追い回す」
少女はハンカチをポケットに仕舞い込みながら、キョトンとした顔をした。
「え?いや、いきなり洞窟に入りだしたのは貴方でしょ?
私はそれを追いかけて…」
「いや、お前一人じゃないな、仲間がいるはずだ。」
「だ!か!ら!こんな空気も悪くて真っ暗で危ない場所からは早く出ましょうって…」
「知ってるぞ!!お前は俺の思考の中の逃げ道をすべて盗聴して、その手に持ったその手帳にそれをそう書き記しているんだろ!!そうだろ!そうに決まってる!
俺には全部わかるんだ!!」
青年はそう叫びながら、手に持った鉄製の下駄で少女を滅多打ちにしかかった。
そう、『ああああ』と呼ばれたこの青年─名前を「金合歓 亜細亜」という─は、すこし特異な精神構造をしており、有り体に言えばいわゆる統合失調症だったのだ…




