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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
四章【儚恋の物語】
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1話『月の沈む砂浜』


 ――アリステラ魔法魔術学院。


 初等部から大学部までで千を超える生徒を、併設された研究院に所属する職員を含めれば二千近い『魔の探究者』を擁する、リタウテット中央都市随一の学び舎。

 北区の三分の一を占める広大な敷地の中心部。ゴシック様式にて中等部と抱き合うように建設された高等部校舎の、その一室。

 そこでオレ――ツキヨミクレハは、人を待っていた。


「……落ち着かね~……」


 二階の応接室に案内されて五分ほど。

 目の前のテーブルに置かれたカップを湯飲みのように掴んで、紅茶をぐっと飲み干し、気を紛らわせるためにソファーから立ち上がる。


 ブラインドの隙間から差し込んでくる陽射し。それが輝かせるゆらゆらと宙を漂う埃の中、あてもなく窓の外や本棚、ホワイトボードに貼られたポスターなどを見て回る。


「……創立九十九年記念祭、ねぇ」


 目に留まった張り紙の一つを、何となく読み上げてみた。

 どうやら外部にも門戸を開く学院祭とは違って、学内だけで行うイベントがあるようだ。

 開催日は七月十四日。だいだい一か月後か。

 予定表には《青春履行委員会》発案のイベント、特別生である《親愛なる光輝(ディア・シリウス)》との対決交流会、豪奢な夜会等々が書かれている。


「『我らがアリステラのひとつの区切りと新たな始まりに繋がる一年。百周年の前座で終わらない、二桁の歴史(トゥーディジット)の善き終末を出迎えましょう』……ふーん……」


 楽しそうかもな、と思うのと同時に楽しめるだろうか、と冷めた感情が浮かぶ。

 どうだろう。初めての集団生活だ。一歩踏み出せば案外楽しく、上手くやっていけるような気もするし。反対に全く馴染めず、多くの笑い声を遠くから眺めているだけという光景も想像できる。


 それでも、建前でも学生をやるからにはオレは、きっとこの善き終末とやらを、取りこぼすべきではないのだろう。


 オレの寿命はもう残り一年を切っているんだ。

 来年の参加が難しい以上、これが多分、最初で最後の機会になる。


 でも……自信がなかった。

 目蓋を閉じればいつだって聞こえる、あの不安になるほど穏やかにさざめく波の音――今のオレは、コンパスを失った漂流者のようなものだ。


 多分だけどオレはもう、一度、逃してはいけないチャンスを逃してしまった。

 果たしてそんなオレに、成せることがあるのか?

 無計画に風に吹かれ、流され続けているだけでも、最後に報いは訪れるのか?

 そもそもオレの航海は始まっているのか?

 いつかの夜。一夜だけの夏の夜の夢。確かな決別を告げられたあの頃から、新たな船出を切ることは、できているのだろうか――?


 不意に、短いノックが響いて、部屋の扉が開かれた。

 とん、と自らの存在を知らしめるように足音を刻み、男が入ってくる。


「失礼する」


 分からない。あれから多くのことが変わったけれど、でも本当は、オレはまだ、あの砂浜で足踏みをしているだけなのかもしれない。

 今と同じように……すっかり、始められた気になっていただけでさ。


「副学院長のレイヴンだ。学院長が不在ゆえ、私が君の――ツキヨミクレハの面接を担当する」


 ……ああそうだ。

 来年とか、あの頃だとか、今ではない時ばかりに目を向けているが。実際のところオレはまだ、今年の祭りに参加できるかだって、決まっちゃいない――。


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