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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
三章【月下狂乱の物語】
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30話『確かにあの落陽は、水平線に沈むはずで』

☆六月二日午後四時四十六分


「……なんなんだよ、これ……」


 読み終わった手紙を、もう一度最初から読み返した。

 レイラを目覚めさせるための道標になるのだという鍵を握りしめて。

 ――お姫様の謝罪の言葉を。

 存在を返却するだなんて、やけに引っかかる言い回しを頭の中で繰り返して。

 ――オレの中に芽生えた疑惑を見透かしているような文章を。


 でも、何度読んでも意図は、解釈は変わらない。

 ひどいもどかしさだ。真実はもう目の前にあるはずなのに、近づいたつもりが同じ分だけ遠のいたみたいな……いや、実際にお姫様の存在はオレから遠ざかってしまった。


 不死鳥の不在を発端とした都市の混乱への応対――なんて立派な理由を建前に。


「…………っ」


 下唇を噛む。なぜ、どうしてだ。お姫様は明らかに、オレが知りたいこと、知るべきことを理解してこの手紙を書いている。だってのに、どんな理由があってそれを書いてくれない? 話してくれない?


 この城のどこか。同じ屋根の下にいるんだろう。なら、城主の責任や仕事ってのも大事かもしれないけれど、ほんの五分、いや一分でもいいから、言葉を交わせる時間ぐらいあったっていいだろうが……。


 こうなったら天守閣にでも乗り込んで、無理やり話を聞き出すべきか?

 いや、お姫様が本当に姉貴なのか確かめるだけなら、《血識羽衣(アルカードレス)》を使えば済む話じゃないか。そうだ。そうやってあのときと同じ魔弾をオレ自身に撃てば、それできっと、真実は……!


「…………」


 奥歯を噛み締めて、目を伏せる。

 不思議だ。自分でも驚くほど、苛立ちを覚えている。

 すぐ目の前にある答えに手が届かない焦れったさが我慢ならないのか。

 あるいは……もうお姫様のことを家族のように思っているせいで、遠ざかるその存在に、かつてオレを捨てた母親の影を重ねてしまっているのか。


「は」


 かもしれないと思った途端、苛立ちは緩やかに戸惑いへと変化した。

 胸に渦巻くのは、名前も知らない不慣れな感情。それが自分を縛る鎖のように思えたオレは、苦笑を溢しそうになる。

 だってそうだろ。

 捨てられたはずの、持って無いはずのモノに縛られるなんて……クソだ。

 ならばもう、いっそのこと全部忘れてしまおうかと、衝動的に手紙に魔力を籠めようとした。

 でもその瞬間。不意に目に留まったあの声と同じ言葉を見て、踏みとどまる。


 ――ごめんなさい。


「……、――――」


 ……違う。お姫様は、少なくとも道は示してくれた。

 何も言わずに消えた家族(あいつ)とは、違う。

 だとするなら、まだ手放すには早いだろうか。

 いつか諦めて止まってしまった時間。それはもう二度と戻ることはないけれど……その代わりに、新しく何かを始められそうなこの予感を、持ったままでもいいのだろうか。


 あの美しく煌めいていた薄桃色の髪に強く抱いた――真実を明らかにしたいという想いを胸に、この道を突き進んでも。 


「――――――」


 頭の中で、鏡を割るような音がした。冷静さを取り戻した思考が走り出す。


 ……魔弾を使う方法はナシだ。リスクが高すぎる。

 もしもお姫様が本当()()()だったとしたら?

 あの人はまた体調を崩して、城内での立場を悪くしてしまうだろう。それが政治に影響を与えるなら、混乱しているこの中央都市に、更なる悪影響が出ることだって考えられる。

 じゃあ反対にそうじゃなかったとしたら?

 それでもオレはきっと、魔弾の対策がされていただけだとか適当な理由を付けて、その結果に納得しないだろう。


 だったら、ああ、そうだ。やるべきことはひとつ。

 確かめるんだ。ここに書かれている通り、オレが、自分の眼で。

 お姫様は伝えたいことを精一杯、できるかぎり伝えようとしてくれたのだと信じて――海へ行こう。

 一度も見たことのない、あの陽が沈むはずの水平線へと。


 それがどう真実に関わってくるのか、今のところはまったく想像もつかないけれど、だからこそ、サンモトマリア、ツキヨミクレハ、そして()()()()サキ――絡み合っているかもしれないそれぞれの糸を手繰り寄せるために。

 まずはその足場を、このリタウテットという世界についてちゃんと知るんだ。


「――――、――」


 手紙に魔力を籠める。瞬時にインクは夕陽を吸ったように茜色に発光し、綺麗な文字たちがマッチを擦ったように燃え始めた。

 揺れる炎に、繋がりを絶たれてしまった不死鳥のことを想う。


 そうすればまた、オレたちの道が、運命が交わって――取り戻せるかもしれない。

 この夕陽よりもずっと暖かくて、灼ける、あの幽玄なる炎を。


 欠片ほどの大きさになった手紙を手放す。

 するとそれは空中で跡形もなく燃え尽きた。

 お手伝いさんのほうに、向き直る。


「お姫様に……いつか、そのうち、答えを持って会いに行くって伝えてくれ」


「必ず、お伝えいたします」


 頷いた。ひとまずの方針は決まった。なら、この話はここまでだ。

 オレは畳の上に置かれたもう一通、ごく普通の洋封筒のほうを手に取った。


「……そんで、これは?」


 お姫様の手紙のほうに、特に言及はなかった。

 こうして渡されたってことは、オレ宛ての物であることは確かなんだろうが。


「そちらは騎士団のソフィア・ヴィレ・エルネストという方から預かったものになります」


「ソフィア?」


「アリステラ学院の制服を着用した、綺麗な銀色の髪と紫色の瞳を持つ方でした」


「…………」


 学院の制服の部分にはさっぱり心当たりはないが、しかし銀髪紫眼という容姿に、過去が引っかかる感触があった。

 中に書かれていることを見ればきっと思い出せるだろう。そんな直感に従って、封筒を開ける。

 入っていたのはメッセージカードだった。


 ――四月十日。夜の七時。体育館。徹夜のできない大人たちの代わりに星を目指す若人よ、集いたまえ。なんちゃって。Sは礼節を重んじている皆々様のご参加を心よりお待ちしています。XOXO


 全然思い出せない内容だった。意味不明にもほどがある。嫌がらせか?

 まあでも、わざわざお手伝いさんを通してきたんだろ、これ。

 悪戯にしては度胸があるというか、手が込み過ぎている気もする。


 念のために裏面を見てみると、案の定、別のインクで書かれた文章があった。


 ――《カランコエ》にて待つ。五倍のお返しチャラにしてあげるから、私が待ちくたびれないうちに来てね。


「……騎士団、銀髪、五倍のお返し……コイツ、いつかオレごと教会を爆破しやがったヤツか……?」


 いや確か、爆破の見物に来てて、むしろオレを助けてくれたんだったっけ?

 だったら真逆にもほどがある記憶だけど……弁償した服のお返しとかいう意味不明なもんを請求されたせいで、良い印象は全く残ってないんだよな……。

 つーかこれだってパーティーの招待状の使い回しっぽいし。チラシの裏かよ。

 

 けど、待ってるってんなら早めに行ったほうがいいか。

 騎士団の人からの呼び出し。用件は分からないが、オレとしても、アヤメさんとツバサがいない騎士団がどうなってるのか、聞けそうなら聞きたい。


 街を、人を、命を守るために剣を振るう――聖戦で背負った不死鳥の願いは、今でもオレの原動力だからな。

 身体は充分休まった。魔力もある程度回復してる。

 行ける。なら行こう――と、立ち上がる。


「出立なさるのでしたら、どうぞこちらを。勝手ながらお着替えを用意いたしました」


「あざす。助かります」


「ほかにも何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」 


「それじゃあ――」


 お言葉に甘えて、オレはお手伝いさんにいくつか質問をした。

 それはあの夢を見たおかげで、つい置き去りになってしまった、大切なこと。

 ベル先生とリオン、それに集落の連中のことだ。


 訊いたあとで一瞬、手紙を届けに来ただけのお手伝いさんが知っていることかなとも思ったが、返ってきた言葉はオレの知りたい情報を的確に埋めてくれた。

 どうもお姫様から予め、落ち着いたタイミングで説明するように言われていたみたいだ。


 新しいシャツに袖を通しながら、聞いた内容を整理する。


 まず、この城に運び込まれたリオンと集落の住民たちは、すぐに政府直轄の医療施設へと移送されたそうだ。付き添いとしてベル先生も一緒にな。


 ツユリが飲み込んだ魔石の摘出手術、住民たちの身体を蝕んでいた毒素の除去、特殊な環境で生まれ急成長を遂げたリオンという魔法使いの精密検査――すべてはオレが目覚めるまでの間に終わっており、今は何事もなく全員が安静状態にあるとのこと。


 特にリオンは、今後も継続的に検査が必要なようだが、ひとまずは健康そのものらしく、明日にでも退院するそうだ。

 退院後は、本人の希望もあって後見人となったベル先生の持ち家で、静かに暮らすことが決定している。さらに希望すればオレも同居できるように手続きしてくれると言われたので、即答でお願いした。


 リオンと一緒に暮らせるなんて願ってもない話だ。

 元々どんなことをしてでもオレが面倒見るつもりだったが、ベル先生の家っていう土台があるのは心強い。

 まあ……一緒に来いよなんて言っておいて、こんなおんぶにだっこじゃあ全然カッコがつかないけどさ。けどベル先生が許してくれるなら、リオンが必要としてくれるなら、これが一番いい形なんだろうと思った。


 そういえば、詳しいことは分からないが、お手伝いさんが言うにはどうも、ベル先生が後見人の監査役としてあの天使――アウフィエルのおっさんの名を挙げているらしい。

 監査役ってのが何なのか、ベル先生に必要なのかは分からないが、意外な話だ。

 聖戦仲間の繋がりってことなんだろうけど、機会があったら聞いておきたい。それがリオンの未来に関わることなら、オレだって責任を持ちたいし、持たなくちゃいけないから。


 ……何はともあれ、リオン関連の話はそんな風に落ち着いた。

 集落の連中については、一度を出奔した立場とはいえ、本人の意思次第でまたこの都市で暮らせるようになるそうだ。

 そして最大の懸案事項であるツユリの存在だが、都市が混乱状態にある今は裁判を先送りにせざるを得ないらしく、一定期間の療養の後に、長い拘置所生活が始まるだろうとお手伝いさんは話した。


「――――」


 着替えを終える。

 最後に、どうしてオレだけがこの部屋に寝かされていたのかを訊いた。

 吸血鬼だから必要ないと言えばそうだが、それでもリオンたちと一緒に病院に運ぶという選択肢だってあったはずだ。

 なのにどうして、オレだけがここに。細かなことかもしれないが、そんなことが気になった。

 するとお手伝いさんは、少しだけ表情を柔らかくして、こう答えてくれた。


「姫様が、そうしたかったのだと思います。それがたとえ我が儘だとしても。この部屋は姫様の憩いの場所ですから。たとえ現在で重なることはない、異なる時間でも、同じ場所で過ごせたらと――そう、お考えになったのではないでしょうか」


「そっか」


 それを聞いたからか。あるいは単純に慣れたからだろうか。

 物の少ない、さして広くもない、秘密基地にもならない普通の部屋だけれど。

 この部屋を出ていくとき、それまで微かにオレの心に纏わりついていた、どこか拠り所のない感覚は、綺麗さっぱり消え去っていた。


 ……次に来るときも、こうだといいな。


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