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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
一章【出会いの物語】
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6話『シンクと路地裏の汚れはどこも大体一緒』

 とっておきにと残していたステーキの最後の一切れを、オレはじっくりと味わってから飲み込んだ。

 噛むごとに肉汁が出る厚切りの肉。食欲を掻き立てるソース。味を調えるスープに、無限に摘めそうな手のひらサイズのパン。あとおまけ程度の野菜。

 どれもこれも元の世界じゃあ、文字通り死んでも食えなかったもんだ。

 ……美味かった。


「あ~、なんか久々に腹いっぱい食った気がする! 肉ってうめぇなぁ……しかもタダ! この店はオレにとってのパラダイスだぜ!」


「そいつはよかったです!」


 力加減を間違えて先が曲がっちまったフォークを皿に置くと、店の主人だっていうおっさんが豪快な笑顔を浮かべながら食器を片付けてくれた。


「あなたはティアーズ様の眷属なんでしょう? あの方にはお世話になってますからね。これはちょっとした恩返しです。来てくれたらいつだって歓迎しますよ!」


 そう。ここは服屋の隣でやってる飯屋なんだが、オレがこの場所に連行されたのは、吸血鬼であることがバレたせいで牙を削られるため――なんて理由じゃあなかった。

 むしろ歓迎されて、あれやこれやとメシをご馳走されて、おかげでオレは今すげえ幸せな気分だね。

 服屋のおばさんとその旦那だっていうおっさんには感謝だよ、ホント。

 あとレイラにもな。まさか名前出しただけでここまでご威光のある吸血鬼様だったとは、ちょっと驚きだ。


「こちらも、よければどうぞ」


 入れ替わるようにさっきのおばさんが飲み物を持ってくる。オレには茶を、マリアとツバサはコーヒー。そのあとにちょっとしたデザートも続いた。

 王冠の形をした紙が上に載せられた、狐色に焼けたケーキっぽいやつだ。

 昔ながらの定食屋って雰囲気の店が定番で出すモンなのかは分からないが、甘い匂いが美味そうに香ってくる。


「どうも。……ティアーズ卿にはね、血液提供の代わりに検査のようなものをお願いしているんだ。曰く血液を舐めるだけで、その人の健康状態が手に取るようにわかるらしい。おかげで症状が悪化する前に治療できた人は大勢いる」


「血を飲まざるを得ない吸血鬼と、そういう風に共存してるんですね。……ん、このコーヒー」


「へ~、やっぱ気味悪がられたりとかされてねーじゃん。んで、これってなに?」


「これはガレット・デ・ロワかしら。中に小さな陶器が一つ仕込まれていて、切り分けた物からそれが入っているのを引いた人が当たり。上の冠を破ることで幸運を手に入れられるという王様のお菓子……」


 マリアは知ってて当然とばかりにすらすらと知識を披露し、店の主人に目をやる。


「えぇ、博識でらっしゃいますねぇ。とはいってもウチのは単なる運試しのお菓子で、記念日とかに関係なく毎日買ってくれるお客さんもいるんです。中に入ってるのも陶器じゃなくて固めたチョコレートなんで、そのまま食べられますよ」


「丁度いいサイズだね。どっちか、三等分してもらえるかな」


「なら私が」


 オレに任せたらせっかくのモノが台無しになる、そんな予感がしたのかマリアが先にナイフを取った。

 ほんの数秒で綺麗に切り分けられるガレットなんとか。マリアのナイフ捌きは大したもんだったらしく、それを見た店主のおっさんは感心していた。

 オレは早速一切れ手に取って、そのままかじりつく。


「それで、医療技術やほかの文明はどれくらい発達しているんです? 見たところ電力やガスはあるみたいですけど普及しているとは言えない。スマホ……携帯電話のような文明の利器はないですよね?」


「ああ、科学的にはあまり発展してないね。君たちがいた世界の時代との差異がどれほどかは分からないけど、リタウテットには魔法が存在しているから、そっちに依存している部分はあるよ」


「魔法――現代では聞かなくなった言葉ね。でも誰もが使えるわけではない」


「その通り」


「お、チョコ味ってこれだよな? ってことはオレが当たりか! これで幸運はオレのモンだぜ!」


 三等分にした中の一つから見事当たりを引いたオレは、最後の一口を飲み込んで自慢げに王冠を破いた。すると二人から返ってきたのは、はしゃぐ子供を見つめるような、生暖かくも冷たい視線だった。


「…………」


「えっと、割合で言うなら人間の中で魔法が使えるのは一割前後ってところかな。一方で、人ではない存在はほとんど魔法が使える。ファンタジーな存在のほうが、ファンタジーを許容しやすいというべきか」


「ですがそれでは、人とそれ以外の存在との力の均衡が保てないのでは? どうしているんです?」


「吸血鬼やゴースト、天使などといったファンタジーな存在は、人間の認知がなければ存在の力が弱くなってしまうんだよ。だからリタウテットにとって人間は不可欠な存在なのさ」


「……あーあ、難しい話しちまってよぉ……」


 デザートも食べ終えて眠くなってきたオレは何度か欠伸をしたあと、二人の話が終わるまで寝ることにした。

 好きな時に食って、好きな時に寝る。

 これができるオレは世界で一番自由ってわけよ。

 でもなんだろうな。久しぶりに満腹になってんのに、このどうにも満たされない感じは……。


 結局、二人の話し合いは小一時間ほど続いた。

 その内容に関しちゃオレもぼんやりした意識の中で聞いてたんだが、あれはまさに、ツバサによるこの世界についての勉強会だったな。


 オレたちが元々住んでた世界と違う部分、暮らしのあれこれや法律とかの細かいところまでマリアが質問して、ツバサがそれに答える。それの繰り返しだ。


 結論としちゃあ、ここは異世界だが住んでる人間の大半が前世の知識を持ってるってことで、なるべく元の世界に近い形を心がけてるらしい。

 暦は太陽暦とかっていうので、家畜の飼育や野菜の品種改良とかで食事を、服や建物なんかで文化をってな具合。資源の関係で、まだまだ前世と同じ便利な世の中には遠いらしいが、再現は今なお頑張ってるんだと。


 あらゆる種族、文化を許容する世界。

 大いなる車輪に圧し潰されし者たちの、復活の場所。

 この世界で必死に生き抜いて死んだ人の魂は、いつかどこかで幸せな未来を手にする。


 それがこのリタウテットなのだと、ツバサは優しく話してた。


「ごちそうさん。この店気に入ったぜ。また来るよ」


「ええ、お待ちしております! ……そちらのお嬢さんも、よろしければいつかリベンジをさせてください」


「心意気は素敵よ、職人さん」


 マリアは軽く手を振って、一足先に通りへ出た。オレとツバサもそれに続く。

 次の目的地は決まっていないが、腹ごなしも兼ねて適当に町を見て回るというのが、店を出る前に決めた予定だ。


 再びツバサを先頭にして雑踏の中に入ったところで、オレはふとさっきの会話を思い出し、隣を歩くマリアに質問してみる。


「なあ、リベンジって何のことだよ」


 オレの知らないところで大食いの勝負でもしてたのだろうか。いや、それにしてはマリアは小食で、上品そうにナイフとフォークでちまちま食ってたけど。

 どうなんだと首を傾げると、マリアは説明するのが面倒だとでも言いたげな顔をしてから、しぶしぶ話し始めた。


「ん……まあ。……クレハはさっき食べたステーキ、どうだった?」


「どうって、フツーにうまかったけど?」


「そ、私は……そうでもなかったな。臭みを消すために味付けが大雑把で、そのせいで全体の質を落としていた。でもアレはきっと、この世界の環境や文明が生み出したオーソドックスな味なのよ」


「んだよ、文句言うくらいならくれりゃあよかったのに」


「礼儀くらい弁えていますもの。出されたものは頂くわ。……でもあの人は、自分の料理が私に合ってないことを見抜いていた」


 だからリベンジってことか。次こそは美味いと言わせてやる、みたいな。

 まさか会話もなく、そんな駆け引きしてたなんてな。


「あの店のご主人は、その人の好みに合わせた料理を提供してくれることで評判なんだよ。たとえ一度失敗しようと、二度目には完璧なものを作ってくれる」


 長年の経験から人を見る目を養い、ある程度好みの味を分析しているんだろう……とツバサは付け足した。


「うぇ~、それって最初の失敗をずっと覚えてるっつーことだろ? 情熱だねぇ」


「リタウテットは安住の地だ。だったら人の生活に必要な残りの衣と食を精一杯提供する。それが誰かと誰かを繋ぎ、幸せに成ったら――そんな思いがあの夫婦の根底だよ」


「ん、最後に出してくれたコーヒーは……美味しかったな」


 珍しく浸るような声で言ったマリアは――その紫色の目は、ぱちりとカメラのシャッターを切るように瞬いて……どこか遠くを見つめていた。


 それに釣られてか、オレもなんとなく風景を見ちまう。

 具体的な何かじゃない。ただ自分がいる場所、このリタウテットって箱を外側から眺めてるような感じだ。

 並ぶ建物。その向こうに立つ巨大な山。そして、それらを包み込むような空は、見てると吸い込まれそうなほどに青い。

 きっと芝生にでも寝っ転がって昼寝したら、いい夢が見れるだろうな。


 オレたちは当てもなく、ただ好奇心のままに道を歩いた。

 住宅街。ちょっとした公園。図書館。学校。医者。教会。川の上に架かった橋を渡り、また別の出店通りがあって……それらを見て思ったことが一つある。


 この町にはいろんなヤツがいる。いろんな人種だったり、犬や猫、そのほかの動物がそのまま人になったような存在も。

 商売する大人がいて。無邪気に走り回る子供がいて。それを見守る老人がいて。

 すれ違う人々の顔はどれも生きる力ってのに溢れてるもんだから、歩いているだけでオレまで元気を貰ってる気がする。


 賑わいがありつつ、暮らしの中を流れる、どことなくゆったりとした雰囲気。

 そういうのを感じるごとに、ここはいろんな願いが詰まった世界なんだなって思うよ。

 叶えられなかった夢とか、忘れられない辛い思い出とか、そういうのがあるから誰かに優しくなれて、今度こそはって温かい世界を作ろうとしてんだろうな。この世界で生きてるヤツは。

 

「……ん」


 だけどまあ、そうだよな。前世で上手くいかなかったヤツが、次こそは上手くやれるなんて保証はどこにもねえ。

 多分現実ってのはそう上手くいかないから、だからオレたちは必死になってんだ。


 オレが足を止めると、マリアとツバサも同じようにした。

 なんつーか、こういうところに目が行っちまうのは、オレの根っこがあっち側だからってことなのかな。


 オレたちの目の先。日の当たらない路地には、人がいた。

 身も心も泥を被っちまったような、そんな汚れた男が。

 職を失くしたか。家族に捨てられたか。どっちかは分からねえが、日陰ってのはどの世界も同じようなもんみたいだ。

 

「あれはまさか、シンジョウさん……?」


「お知り合いですか?」


「あ、ああ……」


 狼狽えたツバサは腰に下げた剣の持ち手をやるせなさそうに握りながら、マリアの質問に答える。


「あの方は先日、娘さんを亡くして……自暴自棄になっているのかもしれない。すまないが僕は様子を見に行くよ」


 黒い制服を翻し、ツバサは路地裏へ走って行った。

 オレはこれからどうするよ、とマリアに目をやったが、その時すでにあいつは歩き出していた。ツバサのあとを追うように、暗い場所へと。


「え、おい、マリア……?」


 大きく揺れる白金の髪。その隙間から一瞬だけ見えたあいつの顔は、なんだか思い詰めたように真剣な表情だった。

 

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