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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
三章【月下狂乱の物語】
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23話『紅光の雨、銀花の傘』

☆六月一日午後七時十五分


『――――報告します! 東区第一支部にて妖刀所持者出現! 繰り返します! 東区第一支部にて妖刀所持者が現れました! 現在応戦中――支援要請来てます!』


 幾度となく聞いた合図を受けて、俺は寝転がっていたソファーから飛び起きた。

 机に置いていた紫色の布に包まれた()()を背中で固定し、そしてもう一本。

 同じく細長い、赤色の布に包まれたほうを手袋越しに右手で掴み、騎士のように腰元で留める。


 ――とくん、とくんと正確に一定のリズムを刻む鼓動。


 問題ない。タイミングはすべて把握済み。一切のズレはない。

 今から三十秒後、()()の仕掛けた爆弾が爆発する。

 それは比喩ではない。

 月から取り寄せ、誰かから複製した存在の隠匿を行う魔法を行使し、彼女自身が自らこの騎士団本部に設置した、生半可な魔的要素を上回る科学技術の結晶が、実際にこの建物と中に居る命を焼き尽くすことになるのだ。

 その未来を変えるために俺は右腕を使い、既にこの時間を何度も繰り返した。


 ただ全員を助けるだけならば簡単だった。前もって騎士団長であるアヤメに話を通し、適当な理由をつけて本部をもぬけの殻にするか、爆弾を撤去してしまえばいい。

 しかし事はそう単純ではない。


 ――残り二十秒。


 なぜなら今回の騎士団襲撃の首謀者である彼女は――弎本真理亜(さんもとまりあ)は、俺の右腕の能力を知っている。

 ゆえに表面上は向こうの思惑通りに事が進んでいるよう見せないと、彼女は俺の介入に勘付き、本来の計画とは別の手段を講じてしまうのだ。


 毎周回ごとに新たな要素が出現し、その対応に追われるイタチごっこに陥ってしまえば、逆行限界という制限のある俺のほうが先に息切れをする可能性がある。

 少なくとも真理亜は、常にそれを狙って無数の分岐を用意している。


 今回で言えば、人を動かせばその先が狙われるだけだろうし、爆弾を撤去してしまえばどこかからミサイルでも飛んでくるかもしれない。

 つまり、あらかじめ想定されている真理亜の計画を、大きく逸脱することは得策じゃなかった。


 ――残り十秒。


『――ほ、報告! 報告しますッ……! 再び妖刀所持者出現! 場所は北、南、西の各第一支部です! 東西南北の要所に妖刀所持者が出現! 交戦を開始しています!』


 ならば俺がこの六月一日の夜を突破する最低条件は、騎士団本部の破壊を見逃しつつ、建物内の騎士たちの命を保証し、さらに各区へと放たれた妖刀の対策をすること――。


 そのために俺は爆発のタイミングや、騎士たちの位置を寸分違わず記憶し、仲間たちに協力を要請し、さらに本来の目的を果たすための布石を打った。


 ――残り五秒。


 だからもう一度繰り返そう。問題はない、と。

 いくつか開示しない情報があるのは心苦しいが。

 ……どうか飲み込んでくれよ、真理亜。

 俺が裁定者を気取り、傲慢にも設計(デザイン)した、この時間を。


「行こうか。――――《音無き鎮魂歌(レクイエム)》」


 小さく息を吸って、音階を紡ぐ。

 これは遠見桐花(とおみとうか)が《壊れた右腕(ブロークン・ライト)》とは別に有している、己を変革するための法則を呼び起こす呪文。


 本来俺は触れた魔的法則を分解してしまう右腕がくっついている都合上、基本的に魔力の行使は一切できない状態にある。

 だがしかし、この右腕と同格のモノ……神の力が原形となっている聖剣や、神の位置に至るための法則は例外だ。


 そしてこれは魔法とも魔術とも違う。

 過去、現在、未来が交錯し、進行するのと同時に停滞し逆行している世界をこの瞳に収め。幾度となく時の間を解き、縫ってきた器と魂だからこそ可能となった新たな法則。


 ――主観時間への新解釈。

 俺は世界でただ一人、進行と逆行の差し引きをすることで、時と時の間を認識し、静止した世界の中を動けるようになった。


 それは見方を変えれば、言い方を変えれば――()()()()()()()、ということだ。


 ただしタイムリープに逆行限界が存在するように、これも無制限に行えるものではない。

 時間の檻を突破することは本来、人に許されない行為。

 かつてバベルの塔が崩壊したように、人の身で神の位に到達しようとすれば代償が伴う。

 そして《壊れた幻想(ブロークン・ライト)》が生み出すエトランゼ粒子の影響で、既に魂が変革を許容している俺に訪れる代償は、破滅ではなく完成――。


 ややこしい言い方だが、俺は主観時間で一秒時を止めると味覚を失い、六秒で色彩を、十秒で眠ることをといった具合に、徐々に人間を構成する要素を欠落していく。生命の枠組みから外れていくことになるのだ。


 すべてが書き換えられてしまうまでの時間は――十三秒。それが生命限界。


 天上へ到達するための十三階段を昇りきった瞬間、俺という存在は右腕無しで扉を開き、強制的にここよりも()()()()へと昇華してしまう。

 

 無論その()()()()では、ピンさえ打っていればタイムリープができるから、扉が開かれる前のタイミングに戻ってくることは可能だ。

 が、しかし、あくまでも俺自身で変革を成したこの昇華は、例えそれ以前に戻ったとしても、一度失った人としての機能は取り戻せない。


 これは俺のタイムリープが現在の意識、魂の情報を過去の自分に上書きして行うものであり、要するに未来の記憶と一緒に、人としての機能を失った魂を受け取ってしまうから。


 普段のタイムリープであれば、外付けの右腕に魂の情報が保存されるため、そのようなことは起きないのだが……いや、理屈が合わないのは《壊れた右腕(ブロークン・ライト)》のほうだろうな……。


 右腕(コイツ)に関しては正直、なぜエトランゼ粒子を生み出すのか、そもそもエトランゼ粒子と仮に呼んでいるあの虹色の光は何なのか、分からないことのほうが多い。

 《音無き鎮魂歌(レクイエム)》後のタイムリープで失ったモノが戻らないと知っているのも、実際にこの身を以て経験したからだし……。


 まあ、何はともあれ、だ。

 つまるところ、まだ人としてやるべきことを残している俺としては、この不可逆はまさしく諸刃の剣。

 できれば使うに越したことはない切り札なのだが、しかし一秒分、どうしても必要になった。


「――――」


 爆発の一秒前。音を忘れた世界。静止した時の中で俺は、腰元で留めていた()()を左手で引き抜いた。


 瞬間。全体を包んでいた赤布が風を受けた軍旗のように広がり、隠されていた純白の刀身が露わになる。

 それは目にするだけで前へと進む力――勇気が身体の底から湧いてくるような、戦場に咲く一輪の花。

 宙舞う赤布はすぐさまリボンのように左腕に結い付けられ、同時に俺はこの聖なる剣を振り下ろした。


「拓け――《ヴィクトリア・ローズ》!」


 名を呼ばれ、宿した固有の能力が目を覚ます。

 ――《ディレット・クラウン》は心象風景の具現化。

 ――《オース・オブ・シルヴァライズ》は潜在能力の解放。

 ――《ナイト・メア・アタラクト》は位置の入れ替え。

 そしてこの《ヴィクトリア・ローズ》に与えられた神秘は――()()()()()


 穢れることなきこの刃は空間を斬り拓き、隣り合わせの世界への(みち)を創り出すことができる。

 今回はその能力の一部を使い、現在この騎士団本部内に待機している人物、計二十七人の足場と俺が今立っているこの場所に、事前に落とし穴を仕込んでおいた。


 たった今遠隔起動させたその穴は、世界と世界を繋ぐ路――《界廊(かいろう)》という異空間に繋がっており、入り口さえ閉じてしまえばそこはどの世界からも隔絶された、緊急用の避難場所(エアポケット)となるのだ。

 これならば爆発を見過ごしても、全員の命が保証されるわけだな。


 ただ、思わぬ伏兵とでも言うべきか、さすが騎士団の本丸。

 突如として足元に出現した空間の裂け目を、何者かによる攻撃と判断し反射的に回避してしまう騎士が何人かいた。

 これはアヤメにすら伝えていない作戦だ。

 爆弾の存在さえ知らない彼らからすれば、それは間違いなく正しい判断だろう。


 だからこそ、一秒欲しかった。

 指向や行動の隙さえない、気が付いたときにはもう《界廊》に落ちざるを得ない、そんな不可避に誘う一瞬が。


 ――体感時間、一秒経過。


「《中断(ブレイク)》――ッ」


 足場が抜け、浮遊感を覚えた俺はすぐさま主観時間を元に戻した。

 遠見桐花と世界の境界が消失し、時の流れに身を任せる。


 すると、ずん――と身体の芯にまで響く轟音が走り出した。

 爆弾の一つが起爆したのだ。さらにそれは連鎖し、朱色の閃光が瞬く間に騎士団本部を容赦なく蹂躙していく――だがその光景に、《ヴィクトリア・ローズ》が幕を下ろす。


「ふ!」


 《界廊》――果てのない黒が広がる、上も下も分からない異空間。

 そこに入ったのと同時に再び刃を振るい、先ほど拓いたすべての裂け目を結ぶ。

 ほどなくして地面、と呼べるのかは分からないが、見えない足場に着地。

 よし、これでひとまず、外からも内からも干渉できない密室が完成した。


 ほかの騎士たちの様子はここからでは確認できないが、失敗を積み重ねた上で辿り着いた答えがこれだ。

 間違っていることはないだろう。俺は自信をもって、騎士たちの命は保証されたと断言する。


 そして外では計画通り、唯一爆発を享受し、《傘》の燃料を絶やすことになったアヤメが再誕を始める頃。

 時を同じくして中央都市全域に紅い月光が降り注ぎ始め、真理亜は付近に妖刀を三本射出し、不死鳥を墜とすために行動を開始する。


 俺は《ヴィクトリア・ローズ》を構え直した。

 これから真理亜はアヤメの炎の無効化を行いつつ、戦闘に突入する。

 そこで彼女には気付いてもらうとしよう。自身の計画が綻んでいるのと同時に、補完されていることに――。


☆六月一日午後七時十六分


「あれくらいの爆発、守ってもらわなくても問題なかったんですが……まったく」


 前後不覚の一秒。

 建物を蹴散らしていく爆風とすれ違う形で落ちた空間の裂け目。

 あのヴィクトリア……なんでしたっけ。

 まあ、あの派手な聖剣の力で拓かれ、閉じられた世界の狭間。

 そこに再び、路が拓かれる。


 出口は私が先ほどまで待機していた騎士団本部の地下――《傘》の目の前。


「……出番、というわけですか。トオミトウカ」


 マフラーに手を掛け――私は裂け目の向こうへと踏み出した。

 伊達眼鏡は既に外した。爪の銀朱はたった今剥がれた。私の体内からはもう、巨大な冷凍庫を開け放ったように、冷気が流出している。

 そして最後の手綱。首元に巻いた季節外れのマフラーを(ほど)いた、そのとき――凝縮された寒波が第二の爆弾となってこの地に轟く。


「――――」


 爆発で木っ端微塵となり、地下に降り注いだ建物の残骸。そんな無数の瓦礫などは魔の奔流によって容易く吹き飛ばされ、どこからともなく発生した吹雪に飲み込まれた。

 肌を刺し、血液を凝固させる風。熱を奪い、生命を停止させる絶対零度。


 それは五年前、朝霧雪乃(あさぎりゆきの)という存在に降り注いだ呪い。

 自分自身さえ内側から凍り付いて、そっと小さく、ほんの一息吐くだけで砕けてしまいそうな氷結。

 これは魔法魔術の類いではない。

 ひたすら私の内側から溢れ出しているだけの、ただの魔力だ。


 何の因果があって、それまでごく平凡であった私にこんな、無尽蔵の魔力を生み出す炉心が埋め込まれたのだろう――と今でも疑問に思う。

 ええ、だから。私はそのために、ここに立っている。


「――――」


 地下から地上へと変貌を遂げた場所。足元に転がっている《傘》の本体。

 さすがは中央都市の英知の結晶。中の炎と魔力を空に投影する術式が消えてしまっただけで、装置自体は砂埃で汚れた程度ですかね。

 

 失われた燃料――不死鳥の炎から抽出されていた魔力は、とっくに私という源泉から垂れ流されている魔力(れいき)で保管されている。

 ならばあとは、と私は適当に魔法陣を描き、元の術式を再現。

 すると視界を白く黒く覆う吹雪の中で、《傘》は瞬時に宙へと光の線を引き、中央都市の空に魔力防壁を再展開した。


 それはまるで、夜の海に一筋の標を与える、灯台のよう。


 これで紅い月光は防がれ、月と地上は分断された。が……都合のいい電池じゃあるまいし、このまま大人しくしているわけにもいきませんね。

 際限のない魔力と私が生来持つ雪の属性が重なって生まれる吹雪――この凍結領域は、時間と共に拡大し、やがては市街地をも飲み込んでしまう。


 認めるのは本当に癪ですが、私はまだこの膨大すぎる魔力を自分で制御できないので、結界を構築して囲いを作らなければ。

 加えて――あの男だけに手を貸したことになってしまうのは、少し困るので。

 よって私は手印を結び、小さく口を開いた。


「――月のウサギ、宙天に跳び。雪のカササギ、氷上に(はばた)く」


 魔力を奔らせる必要などない。

 現実に干渉する絵の具はこの身から絶え間なく流出している。

 外縁の把握は問題ない。

 雪の一片一片が私の感覚器官となり情報をくれる。


「墜ちる空。逆巻く大地。加霜・回帰・牡丹――」


 ゆえに私は、大気と溶け合うように。息を吸うように。

 半径一キロ圏内の空間すべてを手中に収め、雪の白棺を構築する。



「――(とざ)せ、《千年銀花(せんねんぎんか)》」



 詠唱を終えた刹那。言霊に紐づけられた魔的法則が目覚め、白い閃光が拡散。

 私を中心に放たれていた吹雪が一際舞い上がり、しかし次には降り注ぐ。

 地上からは追い風を。外縁には向かい風を。

 そうして雪は巡り、巡って。迷子になって出られない。

 ここは自由に羽を広げて飛び回れる小さな鳥籠。


 吹雪を編み、そして閉じた――騎士団本部跡地をすっぽりと囲う六角柱の結界の完成だ。


 とはいえ壁らしい壁もないので、はたから見れば雪の竜巻が発生したようにしか見えないでしょうが。

 ……まあ、吹雪の柱を貫く閃光、その先に展開された魔力防壁――案外今のほうが《傘》っぽくていいじゃないですか。

 これだけ高度を稼げば、《傘》を開く都合上で天井を省いても、一日ぐらい大丈夫でしょうし。


「舞台は整えてあげました。ので……成り行きだけ、見届けさせてもらいますよ」


 誰に言うでもなく呟いた私は瓦礫の上に座り、欠伸をしながら、両腕をぐっと伸ばして寝転んだ。

 舞い上がる銀花。降り注ぐ六花。吐く息は白く、風はどこまでも熱を攫い。

 頭がすっきりして、身体がどこまでも軽くなっていく。


 ……ああ。やがて身を滅ぼす呪いとはいえ、やはり(さが)ですかね。

 肌に触れても溶けない結晶を見るたび、感じるたびに。

 何も飾らないありのままの、生まれたままの無垢なる自分に戻ったような感じがして。


 上手く言えないけれど――本当に、とても気分がいいなぁ。


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