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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
一章【出会いの物語】
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5話『鏡よ鏡。この世でもっとも幼いのはだあれ?』

「……すいませんでした」


 異世界リタウテットの治安維持を目的とした組織――《不死鳥(ナイツ・オブ)騎士団(・フェネクス)》。

 中央都市にある騎士団本部の、さらに騎士団長であるアヤメさんの部屋に辿り着いたオレは、早々に頭を下げていた。


「話が見えないのだが……クレハ、とりあえず顔を上げてはくれないか? 何があったというんだ」


 大量の書類を積み上げた机の向こう側で、仕事中らしく髪を一束にまとめているアヤメさんが小首を傾げる。

 そうだよな。いきなり謝られても事情なんか分かるわけがねえ。

 正直に説明するんだ、オレ。

 憧れの人に、こんな自分の失敗を告白するってのはもう冷や汗が止まらねえことだが……ここで隠すほうが余計に悪いからなぁ。


「えっと……オレ、少し経って吸血鬼の力がついてきたみたいで……床とかドアとかいろいろ壊しちまって、まして……ごめんな、さい」


「ああ、そういうことか。気にするな……と言いたいところだがな。まあ、君が力を使いこなせるようになった時に、何らかの形で返してくれたらそれで構わない。それが()()()()()()()()というものだ」


「もちろんっす、はい……」


「よろしい」


 我ながら謝り慣れてないせいで、変にアヤメさんの気に障っちまわないかと心配だったが、貸し一つってことで見逃してもらえたみたいだ。

 怒鳴られたり殴られたり焼き入れられるより、よっぽど大人な対応……やっぱりこの人、女神なんじゃねえかな……。


「さて――お嬢さんはマリア、だね」


「ええ、その通りです。騎士団長様」


 アヤメさんが持っていた羽根を置いた。

 いや、あれはペン……なのか? 

 あんなのでちゃんと書けんのかな。不思議だ。

 そういやオレとアヤメさんは普通に会話できてるけど、本とか紙には何文字を使ってるんだろう。

 まあ日本語でも何でも、オレはロクに読み書きできねえんだけどさ。


 そんなことを考えていたら、今度はアヤメさんがマリアの前に来て、そして深く頭を下げた。


「まずは謝罪を――すまなかった」


「え、えぇ⁉ アヤメさん……⁉」


「君という先客がいたにも関わらず、部屋に彼を案内したのは私の落ち度だ。本当に申し訳ない。クレハにも……」


「結構です。組織は個人じゃありませんから。けれどあなたの誠実な態度は好印象ですし、それに私、そこまで非力じゃありませんので」


 マリアは続けて、その紫色の目で露骨にオレを見ながら、アヤメさんに耳打ちする。


「加えて彼は……女性が苦手なんです」


「……そうなのか?」


 アヤメさんの切れ長の目とオレの目が合う。

 なんだか得した気分だ。


「いや、だからといってだな……」


「何言ったんだよ?」


「別に何も」


「嘘だぁ、ぜってーなんかオレの悪口言ったろ!」


 アヤメさんからの株が下がっちまうのだけは勘弁してほしいぜ……まったく。

 オレが半目で睨んでやると、マリアは自分の髪を撫でながらぼそっと言う。


「子供なんですよ、クレハは」


「はぁ~?」


「せっかく吸血鬼になったんだから、その耳を使えばいいんじゃない?」


「うっせーな。まだ気ぃ抜くと鼓膜破れそうになんだよ……」


「へぇ?」


「――失礼します」


 マリアと軽口を叩き合っていると、部屋に誰かが入ってきた。

 物腰の柔らかそうな顔をした男だ。

 オレより年上っぽくて、多分騎士団の制服なんだろう黒服をきっちり着て。

 そして服と同じ色の髪は、しかし一房だけ赤く染められてる。

 マリア曰くああいうのをメッシュっていうらしいけど、名前なんかどうだっていい。

 あれは……アヤメさんと同じ髪だ。


「来たか。紹介しよう、私の部下のツバサだ」


「こんにちは、マリア。昨日は……いや。君のほうは初めましてだね、僕はツバサだ」


「……クレハっす」


 よろしくと手を出されたので、一応握手に応じておく。

 赤メッシュ……まさか騎士ってヤツは髪の一部を赤くするのが規則なのか、とも思ったがここに来るまでにすれ違ったヤツの髪色は黒、茶、金、銀、赤、青、緑までと本当に多種多様だった。

 つーことは、こいつが特別なんだ。

 この優男が……アヤメさんにとって……。


「明日はよろしく」


「はぁ……?」


「今日はツバサに町を案内してもらうといい。二人とも、今後このリタウテットで生きていく以上は、土地の性質やそこでの暮らしについて把握しておいたほうが良いだろう」


 昼時。アヤメさんに言われ、ツバサとかいう男の案内で町を回ることになったオレとマリアは、中央都市の東区とやらを歩いていた。

 ここはほかの北、南、西の地区より広くて人が多いから、その分身近な商売が繁盛してるらしい。

 実際、オレらが今歩いている大通りも左右に出店が並んでて、祭りみたいになっている。

 安く、多く、背伸びしないで、それなりに笑っていける平和な暮らしを――まあ要は、東区は庶民の地区ってことだ。

 古そうなレンガ造りのアパートみたいなのも、ずらっと見えるしな。


「クレハとマリアは苗字はあるのかい?」


 道すがら、オレとマリアの一歩先を歩いてるツバサが、なんとなく話を振ってきた。


「あるけど、借金残して消えちまったヤツとおんなじ苗字なんか思い出したくねえな」


「似たようなものよ」


 マリアの苗字はオレも知らない。というか金持ちの家生まれのマリアがそう答えたこと自体、ちょっと驚きだ。

 ……ま、暮らしが豊かだからつって、絶対に家族円満ってわけでもないのか。


「ご、ごめん……悪気はないんだ。その、僕は家名を捨てていて、そのせいか人の名前が少し気になってしまって。……悪癖だね」


「踏み込んで、言い訳をして……子供じゃないのだから」


 前を歩くツバサに聞こえないよう小さくぼやいたマリアは、やたらと冷たい目を浮かべていた。

 どうも口ぶりとか態度からして、マリアはこの男を嫌ってる感じがする。

 オレもぶっちゃけ、この優男がアヤメさんと浅からぬ関係にありそうなのは納得いってないけど、にしてもだ。

 単純に相性が悪いってやつなのか。


「オレは別に気にしてねえよ。……つーかさあ、ふと思ったんだけど、吸血鬼って普通の食いモン食っても平気なのかな?」


「試してみればいいじゃない」


「あ、それなら食事のできるところに行こう。この通りは様々な店が並んでいるからね。気になるものがあったら言ってくれ。お詫びも兼ねて奢るよ」


「マジか! せっかくなら美味いモン食いてぇよなぁ~」


 人の金で食うメシは美味いって聞いたことがあったけど、とうとう試す時が来たぜ。

 レイラがくれたシチューも美味かったが、ここはやっぱガツンと肉、ステーキとか食ってみたい。

 やべぇ、想像しただけでよだれ出てきた。

 牙から垂れるそれを手の甲で拭くと、それを見ていたマリアが目を細める。


「そういえば元の世界の海外では、八重歯は悪魔の象徴とされているんですって。だから子供のうちから歯を削って綺麗に矯正するとか。……幼さって残酷よね。クレハもその牙を見られたら、削られちゃうんじゃない」


「げっ、脅かすなよ~。つーかこの世界だとニンゲン以外のヤツは珍しくねえんだろ? 大丈夫じゃねぇの~……」


「吸血鬼だけ嫌われてる可能性だってあるかも。ふふ……」


「うげ~……」


 好き勝手言いやがって……ちょっと笑ったと思ったら意地の悪い微笑みだことで。

 念のため口元を手で隠して、周りの状況を探ってみる。

 うーん、今のところ目をつけられた感じはないな。

 うっかり服屋のおばさんと目が合っちまって笑顔を向けられたが、接客的なやつ……だよな?

 

 服ねぇ。慣れてるとはいえいつまでもこんなボロ服着てちゃあ、吸血鬼になって心機一転って感じもない。

 ここじゃあ無限に減らない借金もないことだし、どっかで金稼いで買えればいいな。

 それに一文無しじゃあ、服の前にメシも食えねえし……。


「ん?」


 それは、服屋の前を通り過ぎようとした時のことだ。

 何気なく視線を泳がせながら、店の前に置かれてた姿見にピントを合わせた瞬間、オレは目を見張った。


「えっ……えぇ⁉」


「どうかしたの?」


「いやっ、何か知んねーけどこの鏡、オレだけ映ってねぇ……!」


 驚きながら必死に鏡を指さすと、マリアが確かめるようにオレの前に立つ。

 するとマリアの全身は、きちんとフレームの中に収まった。

 しかもやけに気取ったポーズ付きで。

 ってことは、この鏡がおかしいわけじゃあない。

 オレだ。オレのほうに原因があるんだ……!


「ええ、なんでぇ……⁉」


「そりゃあ、あなたが吸血鬼だからでしょ? 鏡に映らない。流水や十字架、ニンニクが嫌い。瞳が赤い。体温がない。あと日光を浴びると灰になる……は大丈夫みたいだけど」


 そんなの聞いたことねえよ。

 いや、オレが知らないだけかもしれないけど。

 そもそも吸血鬼っていう存在のことだって、昔読んだ絵本に出てきたから、かろうじて知ってただけだし……。


「これも体質みてーなもん……なのか?」


「あの……もしかして本物の吸血鬼、なんですか?」


「えっ……⁉」


 油断した。それもそうだ。

 こんなに大声出して、店先に立ってるおばさんに気づかれないわけがない。

 オレは反射的に口元を手で覆ったが、むしろそれが逆効果だった。


「今――牙、隠しましたよね。やっぱり本当なんですね……! ちょっとこっちにいらしてください!」


 満面の笑みを浮かべたと思ったら、あまりにも素早く両手を握られた。

 しかも振りほどけねぇ……これが主婦の力ってヤツかぁ⁉


 お、オレはこれからどこに連行されるんだ……!

 

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