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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
三章【月下狂乱の物語】
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13話『復讐のレッドレターデイ』


 (あか)い月が浮かぶようになって二週間。

 その時点ではまだ、現在の紅月(あかつき)症候群の症状を指す精神に異常をきたすとか、自死衝動に駆られるとか、そういった現象は存在していなかった。


 あってもせいぜいが、時折耳鳴りがするとか、一瞬誰かに見られたような寒気が走ったとか、そんな程度で。

 当時の私たちは紅い月を恐れるというよりも、まるで台風が訪れる前日のような、危機感を煽られながらもどこか非日常感が与えてくれる胸の高鳴りのようなものを、抱いていたと思う。


 しかしその一週間後。

 月が紅くなる現象にも慣れてきた頃。

 堰を切ったように症状は発露し、そして犠牲者が出た。


 その晩、魔力を持たない人間が二人死に、五人に幻聴や幻覚といった後遺症が残された。

 その明け方、すぐに魔族による結界の構築を行われ、魔力防壁が築かれた。


 不幸中の幸い、とでも言うべきだろうか。

 紅い月。魔力を帯びた月光。症状の出ない、あるいは影響の薄い魔族。

 それらのピースが分かりやすく提示されていたからこそ、因果関係の結び付けとそれによる対策の考案は素早く行われたのだ。

 実際その日からしばらく、毎夜誰かが魔力のガス欠を起こすようなジリ貧に陥るまでは、犠牲者を出すことはなかった。


 ……けれど。どうしたって、間が悪かった。


 水面下で膨張していた対立構造を基盤として。

 魔族はその生命力たる魔力を夜通し消耗することになり、人間もまた、憎むべき相手の庇護下に置かれるという度し難い構図へと変化した状況。


 ヤツはそれを利用したのだ。


 魔族が集会所に籠るようになる一方、人間が庇護を受けるしかない劣等感から余計に憎しみを募らせる一方、集落内唯一の魔法使いにして人間であるシンクは、どちらにも属しながらどちらにも属さなかった彼女は――結界維持のための魔力源として魔族に合流する直前、人間側の後ろ盾になることを求められた。


 それは要は、魔族に命を預けることに対して不平不満が広がっているから、形だけでも保険として、魔法使いであるシンクを側に配置したい――そうすればそれが安心をもたらし、均衡を、共存を守るための線引きになるはずだ、という提案だった。


 この話を誰がシンクに持ちかけたのか、今となっては言うまでもあるまい。


 その話をシンクから相談されたとき、私は当然拒絶したい気持ちに駆られた。

 私たち魔族とシンクの繋がりが一度でも、少しでも隔たってしまえば、それが命取りになるような予感があった。

 集落に人が増え過ぎたことを危惧した、あのときと同じように。


 けれどその流れは、やはり(こじん)などでは止められない。


 シンクが人間の後ろ盾になることを否定すれば、抵抗する力を持たない人間を支配するためだとか何とか、いいように解釈されるかもしれない。それを踏み台に更なる要求が来ることも考えられた。


 それは魔族の全員が望まない展開だ。正直、この非常事態下において、これ以上の面倒事は避けたいというのが本音だった。


 だから、せめて月が元通りになるまでは――と私は、自分に言い聞かせるようにして、シンクを見送った。


 よって最初の犠牲者が出て以降、シンクは魔族に命を預けることを不安がる人間のために、(まじな)いや簡易的な結界を構築してやるなど、役割としてはメンタルケアのようなことを行いながら。

 ()()()()によって空き家となった民家に、半ば軟禁されることになったのだ。


 そしてここから、結界維持のために夜は眠れない魔族(わたし)と、そうではない人間(シンク)との生活リズムは少しずつズレていった。


 互いの声を聴かない日が増えて、互いの顔を見ない日が増えて。

 でも、とは言ってもまだ、状況は深刻という段階ではなかった。

 だって、最初の頃の月が紅くなる頻度はそれほど多くなかったし。そんな日の夜のシンクは、外に出て私たちとお酒を飲むこともできた。


 その機会が減っても、徹夜明けの朝、窓を開いて淡い朝焼けにその赤髪を燃やすシンクに、おはようとおやすみを言い合うことは、日課みたいなもので。


 予感はあれど、隔たりはあれど。

 人間とは時間感覚の違う私にとってはまだ、気分転換に部屋の模様替えをした程度の環境の変化だったのだ。


 そしてそれが明確な違和感、異変へと変わったのは、紅い月が浮かぶようになって二か月が経とうとしていた頃のこと。


 ――ここ三日ほど、朝の窓辺に彼女の姿がなかった。


 不意に、疑問を覚える。

はて、そういえば、彼女が外出している姿を最後に見たのは、一体何週間前のことだっただろうか、と。


 長命による時間間隔のズレか。あるいは体内魔力のガス欠気味がもたらした疲労が原因か。

 とにかくそこで私は、彼女の姿をここ数日見ておらず、現時点で自室どころか集落内にすらいないことに気が付いた。


 普段なら気分転換に出かけたのだろうと思うところだけれど、しかし今のシンクは人間たちにより半ば軟禁されているような状況だ。

 なんだか胸騒ぎがした私は、すぐに手あたり次第、魔族たちに彼女の居場所を尋ねて回ったが、当然返答はどれも曖昧なものばかりで。


 昔は互いが何をしているのか、分からないことなんてなかったはずなのに。

 生まれてしまった空白の時間――そこできっと、何かが起きたに違いない。


 そう考えた私はシンクが今どこにいるのかを探るべく、彼女の部屋に忍び込み、()()に尋ねることにした。


 精霊とは、言ってしまえば大気中に満ちた魔力が生んだ情報の集積体だ。

 たとえば同じ道を何度も何度も歩くと、足跡が付くとか床が傷付くとか、とにかく痕跡が残るだろう。

 それと同じで精霊は、靴の踵ではなく魔力の動きでその情報を記録する。

 魔的情報の吹き溜まりというか、パワースポットのようなものだろうか。


 それが一個体として形成、人格を得ることで精霊は妖精となり、その妖精を祖先とするエルフは、精霊が集積した記録を視ることができるのだ。


 人によってはこれを精霊と対話するなんて言うのだけれど、要は無造作に置かれた監視装置の盗み見――見たくない映像を視てしまうこともあるから、というかその場合がほとんどだから、進んで使いたい力ではなかったが。


 背に腹は代えられないと、私は《精霊詠み》を使った。

 どうか、酒瓶を片手に痴態に走る彼女なんかは映らないようにと願って。

 あるいはむしろ、その程度の映像で済むことを願って。



 ――――――吐いた。



 身の毛がよだつ、光景だった。

 映像はここ最近で一際目に付いた魔力のブレ――魔法魔術の行使や大勢の移動、強いストレスを受けた際に出てくる波形――を辿って再生されたのだが。

 私の網膜に投影されたのは、意識を失いベッドに倒れたシンクに、男たちが群がる光景だった。


 理性を獲得した人間は、本能に支配された獣に変わり果て。

 しかして吐き気を催す地獄の中でただひとり――冷徹な(おんな)が、深紅(シンク)に白い粉末を与えている。

 汚された。穢された。復讐鬼が馬鹿な男と薬を使って、私の大切な友人を凌辱していた。


 それを追体験してしまったことで、私はその時点でもう、正常な判断能力を失っていたのだろう。

 喉の奥からせり上がってきた胃液を床に撒き散らした私は、本来であれば《精霊詠み》を中断し、デヴァやリベリオ、ピルコットを頼るべきところ、そのままシンクに関する記憶投影を続けたのだ。


 一度始まったら終演まで席を立てない劇でも観るように、私は一心不乱に映像を再生した。


 シンクが意識を取り戻した、翌日の夜。

 彼女は自身の身に降りかかった出来事を、正しく認識していなかった。

 気を失う直前のことを思い出せないほどに、身に覚えのない薬の中毒症状に襲われていたからだ。

 喉が渇いて仕方がない。心臓が破裂しそうなほど早鐘を打ち。眼球が今にもこぼれ落ちそう。

 

 このときのシンクは、すぐに自分が何らかの要因で薬を盛られたことに気付いたが、逆を言えば薬を盛られただけだと思い、とにかく中毒症状が治まるまでひたすらに耐えることにした。

 そこに魔法による治療という選択肢はなかった。否、できなかった。


 魔法は万能ではあるが、壊すことと治すこと、性質を付与することと取り除くことでは、前者のほうが容易く、後者のほうがより高度な実力と技術が要求される。


 つまり薬の効果で思考が正常ではなかったシンクは、裂傷や火傷などのある程度治療法が確立されている怪我ならまだしも、薬によって変容しつつある自身の脳を治療することなど到底不可能だったのだ。


 ゆえにシンクはひたすら耐えた。

 ただひとりで。私に助けを求めることすらせず。


 ……当然だ。そんなことすれば、きっと私は衝動のままにアイツらを皆殺しにしてしまって、緊張状態にある魔族と人間は今度こそ決定的に決裂する。

 もしその事実が外に漏れでもしたら、人間優位なあの社会は真実を捻じ曲げてでも、魔族を世界から排斥しようとするだろう。

 実際あの復讐鬼は、それを示唆してシンクの行動を制限していた。


 軟禁はいつの間にか監禁へと変化し、シンクは孤独に包まれた。

 無痛のままに書き換えられていく脳に振り回されながら、中毒症状に苦しみながら、耐えて、耐えて、そうして……たった一時の、波間に辿り着いた。

 シンクは理解していた。これからまた、ともすればこの先ずっと、中毒症状は訪れることになる。

 さらにその果てには、復讐鬼が待ち構えていることも。


 扉の開く音がした。ヤツが来た。かろうじて会話ができる状態になったシンクに、ある取引を持ち掛けた。


 ――この麻薬を、魔族にも効くように魔法で改良してほしいの。そうすればその欲求、渇きを癒してあげる。


 薬を渡すのと引き換えに、それを魔族にも効くほど強力なモノに変異させてほしいと、ヤツが言う。


 ――裏山の、見事に育ててくれたな……?


 シンクが枯れた声で言った。

 それで私も思い至る。復讐鬼がどうやって麻薬という武器を手に入れたのかを。

 結果としてそのとき、シンクは要求を断った。

 魔族にも効くようになった麻薬を武器として、ヤツが復讐を実行することは目に見えていたからだ。


 しかし、その後の更なる監禁と監視、餌のようにぶら下げられた薬の誘惑は一か月にも及び。

 三日前、丁度私がその姿を見失ったあたりで――とうとうシンクは負けてしまったのだ。


 無論それには、復讐鬼の提案に乗るフリをして膠着していた状況を動かせれば、という考えもあっただろうが。

 ……薬への執着か、状況の好転か。一体そのどちらが本心だったのか、どちらも本心だったのかは、記録を視るだけの私には分からない。


 ただ私という観測者は、あの凛と美彩を放っていた紅玉のような彼女が、何者かにその輝きを貶められたという風には、思いたくなかった。


 いずれにしても、復讐鬼の要求を受け入れたシンクは、魔族の目を盗んで裏山の山窟内に連れていかれた。

 精霊が投影した残像を追って、途中、復讐鬼の痕跡を回収しながら私も山へと向かう。

 集落から近すぎず遠くもない山窟、その最奥へと足を踏み入れる。


 そこでは、何年か前からとある花が栽培されていた。

 天井近くに空けられた孔から差し込む優しい陽光が、それを可能にしてくれた。

 ()()()な花畑の中心に垂れた、雲の切れ間に見える天使の梯子のような、その神秘的な光の柱。


 その中に――彼女は居た。


 綺麗だった赤髪は千切れて傷付き、目は充血して、頬には青痣、口の周りには泡を吹いてそれが乾いた跡があって、服は破かれていて、露わになった肌は土や潰れた花弁に塗れ……倒れていた。


 呼吸が止まった。

 手足の先が急に冷たくなって、思わず膝から崩れ落ちそうになった。

 それでもそうならなかったのは、友人の死に対して気高く気丈に振る舞おうとしたとかではなく、脳が許容量を超えて手足の動かし方を忘れ、電源が切れたように全部がフリーズしていたからだ。


 そう。私は一瞬、理解でも拒絶でもない、まさしく空虚とでも言うべき空白の時間を作ってしまい。


 そしてその一瞬こそ――私が外敵に差し出した、致命的な隙だ。


 突如、背後から奇襲を受けた。

 息を殺し足音を殺し接近してきた男の手には、花が握られていた。

 嬲ることに慣れたゴツゴツとした手が、私の小さな顎を掴み、そのまま力任せに地面へと叩きつける。

 私は後頭部と背中を思いきり打ち付けた衝撃で口を開けてしまい、唇に当たっていた男の手を噛むのと同時に、その手の中にあった花を飲み込んでしまった。


 私はもう、何がなんだか分からなかった。

 現実を持て余し、普段ならできたはずの反撃を忘れ、ただ言い知れない戦慄と焦燥に胸を貫かれて。

 そしてその果てに、声を聴いた。


 ()()()な花畑の中心から響いた、女の声を。


 ――ほら、よくみて。アレが敵。あなたを傷付けるわるいわるいバケモノ。こわいね。こわいね。やりかたはわかってるわね。そう。はやく、あなたの(ここ)からきこえる鼓動(おと)よりはやく、遊び道具(オモチャ)にしちゃおうね。


 刹那。胃に到達した花から、弾けるようにいくつもの何かが飛び出た。

 あまりの激痛。細くて長い管のようなモノが、内臓を破って血管に侵入し、全身に転移していくのが分かる。

 耐え兼ねた私は手足を折り曲げながら、全身を痙攣させながら、自分の身体を確認した。

 ウソだ。出血はない。骨も折れてない。何か、寄生中のようなモノが皮膚の下を這っている様子もない。外傷は一切見当たらない。


 だというのに致命的で不可逆なコトをされた感覚は拭えなくて。

 端から、少しずつ神経を切断されているような乖離感があって。


 自分の身体が自分とは違うモノに支配されていっている気がした。

 それが気のせいではなかったと知ったときにはもう手遅れだった。


 魔法が使えない。意識が上書きされていく。

 死ぬ。たとえこの鼓動が続いても、私という存在は無に還る。

 それは間違いなく死だ。己の消失なんだ。

 怖い。嫌だ。誰か助けて。寒い。冷たい。この先ずっと、永遠にひとりぼっちなのが分かってしまう。帰りたい。帰りたい。いますぐかえって……あったかいおうちで、また……みんなでごはんがたべたいよぉ……。


 折れた心、崩壊していく理性と自我。

 しかし意識が断線するすんでのところで、それを首の皮一枚繋ぎ止める――感情が湧いた。


 駄目だ。自分で自分を殺すな。抗え。抗え。最後まで抗い続けるんだ。身体が犯されたとしても、心までは、魂までは、最後まで手放すな。

 そうすればまだ、私は最後の最後で、何者にも屈することなく散っていけたのだと言える。

 こんな理不尽を受け入れず、否定することができる。

 いつか誰かによって、目の前の邪悪が討ち滅ぼされたとき、この命はきっと報われたことになる。


 もうどこにも力が入らない。

 でも、それでも精一杯、頭だけでも動かして。眼球に意思を籠めて。

 私の存在を刻み付けるように、命を賭して花畑の中心を睨んだ。

 そうして、やっと、私は観測したのだ。


 光の柱の中に居た――傷付いた赤色の髪の、少女を。


 視界にノイズが走る。そうだ。記録は、魔力のブレが一際目立つ地点から再生された。そういう風に設定していた。だからシンクの死という大きなブレに引っ張られ、前後が抜け落ちていた。


 シンクと少女。それらを結び付ける記録の流れは、確かに存在している。

 それを認識したことで、()()()()()()()()()()()()()記録の投影が再開された。


 まずはこの場所に連れてこられたシンクの痕跡だ。

 復讐鬼は確かにこの場所で、シンクに薬の生成を要求した。魔族にも効く、武器の生成を。


 そしてシンクはその要求を受け入れようとした。そのつもりでここまで来た。

 だがその直前で、不意に訪れた吐き気に思わず、膝を崩してしまった。

 それを見た復讐鬼は、計画の方針を切り替えることに決めた。


 理由はふたつ。

 ひとつは、最後の最後で自らの提案に乗ってきたシンクを、復讐鬼は信用しなかったのだ。

 いかに麻薬への誘惑を植え付けたところで、この魔法使いは自分よりずっと強い存在だ。心の底ではきっと反撃の機会を探っているに違いない――厳重な監視と監禁を一か月も耐え抜いた魔法使いを、そう判断したのだろう。


 一か月。その期間は充分すぎるほどの疑心を復讐鬼にもたらした。

 しかしそれと同時に、新たな手札をも生み出してくれていたのだ。


 それがふたつ目の理由。今しがた目撃した嘔吐。

 以前から持っていたのだろう疑いが、確信に変わった瞬間だった。


 そう。復讐鬼は――()()()は、裏切る可能性のあるシンク本人ではなく。

 その()()()宿()()()()()を利用することに決めたのだ。


 魔族と人間のパワーバランスとか、麻薬への誘惑とか、そういったシンクの覚悟次第で突如として無意味になりかねない理由ではなく、子供を人質とする完璧な脅迫にすることに。

 あるいは、たとえ計画の遂行が数日後から数年後になったとしても。

 ツユリは赤子を母体から取り上げ、自らの道具(ぶき)として都合のいいように育て上げることを決めた。


 そう決めて、行動に移した。


 一方でシンクも、自身の身体の変化について、その原因となった悪魔の行為について、ある程度予想を立てていたのだろう。

 一か月。医師による検査や診断がなかったとしても、そうであると判断できるようになるまで、それだけあれば充分だったはず。


 これからの自分を待つのは予期せぬ出産と、経緯はどうあれ、愛される権利のある我が子との離別。

 最悪の未来は、すぐそこに鎮座している。

 人質となり、盾となり、この身はもうどうあっても集落破滅の起点となってしまう。


 ならば――と、思ったのだろうか。


 シンクは這いつくばったまま口を大きく広げ、舌を伸ばし、花を食べた。

 一本、二本、五本、十本と。致死量の毒が体内に巡るように、それよりも簡単に、喉に詰まって窒息死できるように。


 ツユリは、周りの男たちは、必死にそれを止めようとした。

 後先を考えず、あるいは背に腹は代えられないと。顔を殴り、背中を蹴り、花を吐き出すように怒鳴った。

 それでもシンクは諦めなかった。死を、諦めなかった。


 ……はっきり言って私には、シンクがどのような意図で自死を選んだのか分からない。


 もはや、すべてを諦めて終わらせることが最善だと思ったのか。

 あるいは、未来へと繋がるわずかな可能性に手を伸ばしたのか。


 どちらにせよシンクはその日、そのとき、絶命した。

 

 終わった。ひとつの命が終わった。

 そして始まった。母の心の臓が止まるのと同時に。

 新たな命がここから始まったのだ。


 覚束ない意識が観測した映像はそこで最後。

 瞬きをして取り戻した現在。

 花畑の中心に居る少女が、シンクの忘れ形見であると()ったのを最後に。

 私の自我は。


 花に宿った魔法によって、摘み取られた――。


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