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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
三章【月下狂乱の物語】
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6話『ヴァーミリオンのロケット』

☆六月一日午前二時


 いつの間にか、ベルが焚火を完成させていた。

 それから最後の仕上げだと言って、天井に吊るされたランタンに手を伸ばすベル。

 幼い子供の指先が、ランタンを囲うように取り付けられた珍しい装飾――銀でできたみっつの輪っか(リング)のうちの、ひとつをなぞった。


 すると次の瞬間、囲いの中の、火や電球ではないがきちんと光源となっている()()()()()の光が、若干だが輝きを増した。

 明かりの調節をしたのだろうか。


「そういえば言い忘れていた。これが(くだん)の《支柱》だ。……ま、こんなの見れば分かるだろうけれど、一応」


 目を逸らす。


「……ウン。ワカッテタワカッテタ」


「そうか。出力調整を施したから、もう外に出て大丈夫だ。食事の時間にしよう」


「おっ。よっしゃ! あんがとよ~!」


 ちょっとしたハプニングもあったが、やっと食い物にありつけるぜ。

 重箱を持って外に出る。《支柱》の出力を調整したおかげだろう。今度は月の下に身体を出しても、異変らしい異変は起きなかった。


 魔眼の共鳴もすっかり落ち着いたので、ピクニック気分で温かい焚火の近くに寄る。

 テーブルに見立てて設置された平たい石を使い、いざ、重箱の開帳だ。

 

「お――おぉぉぉぉ……」


 感嘆の声が漏れる。

 好物という好物を決められなかったので結局中身はお任せとお願いしたのだが……完璧だ。

 おにぎり、卵焼き、から揚げなど手で摘める王道のモノから、煮物、野菜の和え物などバランス良くおかずが散りばめられている。まさしくご馳走だ。


「やべぇ、よだれが……」


 そんなに時間なかっただろうに、こんなに沢山……感謝して食べるよお姫様……。


「いただきます‼」


 ……思えば、長い一日だった。

 聖戦を勝ち抜き、レイラを寝かせて、お姫様と会い、今はこうしてベルと中央都市の外に視察に向かってるなんてなぁ。

 やっとのことでありつけた食事を堪能しつつ、隣に腰下ろしたベルに目をやる。


「なんか食う?」


 なんだかんだこの短時間で世話になりっぱなしだし、ちょっとくらいなら分けてやらんこともないぜ。

 と、思ったのも束の間、口に出してから自分で気が付いた。


「あ、《人形(ドール)》っつーことは普通のメシはいらねえのか……?」


「その通り。気遣いだけで充分だよ、ありがとう」


 遠慮することはないと、焚火に微笑みながらベルは、そう言ってくれた。


 ――紅い月明りだけが世界を照らす、仄暗い草原。


 そこで小さくも力強く灯った炎の幼子に、食事でも与えるようにベルが小枝を放る。

 すると時折、ばちばちと弾けるような音が聞こえて。ゆらゆらと炎が揺れて。


 それらを目や耳や肌、つまりは五感で感じていると、自然と穏やかな気分になってきた。


「焚火ってなんか癒されんなぁ……不思議だ」


 二列目の卵焼きを口に放り込んで言う。

 ん、こっちはだし巻きだ。普段のオレはどちらかというと味の濃い甘いのを食べることが多いけど、焚火を見ながら野外でってシチュエーションだと、このじんわりと沁みるような薄味も悪くない。


「同感だよ。木の中の水分が蒸発した結果起きた音が、なぜ心地良く感じるのか。文明の象徴でありながら破壊の化身でもある火というものに、なぜ安心感を覚えるのか。それは個人の感性だけでは説明できない、もっと大いなる命の流れが作用しているようで――それを傍から見ているだけでも、人の心は摩訶不思議だと僕は思う」


「……。難しく言われると眠くなってくるんだけど」


「なら、役に立つかもしれないことを話そう。クレハ、《傘》と《支柱》の仕組みは知っているかい?」


「ああ? 《傘》はアレだろ。アヤメさんの魔力を燃料にして、月の魔力を遮るバリアを張ってるやつ」


「そうだ。《傘》の本体は騎士団本部に設置され、今も不死鳥の炎を燃料として魔力防壁を展開している。吸血鬼との《決戦》時は、さすがに用心して代理を立てたようだが、基本的にはあの子ひとりで賄っているものだ。言ってしまえば《傘》は発電所直通の設備。対して《支柱》は、モバイルバッテリーのようなイメージか」


「はあ」


 ツバサの前世の記憶からモバイルバッテリーの情報を拾い上げつつ、話半分で耳を傾ける。


「《支柱》の中には、()()と呼ばれるモノが組み込まれている。魔石とは非常に純度の高い鉱物で、許容量を超えない限りはどんな魔力も長期間内部に滞留し続ける性質を持っているんだ。ゆえに魔力のバックアップとして使用したり、新たな法則を書き加え術者好みの魔道具にチューニングすることができる。《支柱》はその性質を使い、書き加えた《傘》の法則を、あらかじめ充電しておいた誰かの魔力――今回の場合は設置先の住民の魔力――で発動させるという装置なんだ。そんな風に魔石は、使用用途の幅広さが特徴だ」


「魔法とか魔術的に、色々便利ってことか」


「その通り。誰だって自分で自転車を漕いで電力を生み出すより、バッテリーや電池に頼りたいだろう? だから魔術師は言うに及ばず、大気中から魔力を抽出できる魔法使いや魔族だって、持っていて損のない代物だ。おかげで一昔前にリタウテット中の魔石は掘り尽くされてしまい、今後数十年は淀みのない環境を維持しつつ、自然生成を待つという状況になっている」


「へー。んじゃオレらが今使ってる《支柱》も、結構貴重なモンなんだ?」


「そう……だな」


 僅かに、ベルの声が低くなった。

 それはオレの質問に対し、肯定しながらもどこか思うところがあるような含みのある返事だ。

 何かあるのかとオレが、脂の乗った魚のほぐし身入りのおにぎりをかじりながら、じっと視線を向けていると。


「……ふん」


 ため息と共にベルは続きを話し始める。


「実のところな、《支柱》に使用されている魔石はすべて人工的に生成されたモノと耳にした。それは……にわかには信じがたいことだ。人工魔石などせいぜい、学院の生徒が課題に行き詰って賢者の石の失敗作を作り出す程度で、本物と遜色ない代物が作れるなどという話を僕は聞いたことがない」


「でも実際に目の前にあるんだろ?」


「……そう言われては、返す言葉もないが。事実ではなく過程を重視するべきこともある。例えば君が口にしている食材だって、見た目を似せても、同じ名前を付けても、元の世界と完全に合致しているわけではないだろう。元の世界にはなかった毒などが含まれているかもしれない。だが今、それを気にせずに食事ができているということは、この世界にもそれらを最初に毒見をした存在がいるんだ。自らが今どのようにして安心と安寧を享受できているのか、知らないままでいるのは……残酷だと僕は考える」


「なるほどなぁ。確かにこのメシも、誰かのおかげで安心して食えてるって考えると、感謝のひとつも言いたくなるね」


「……そうか」


 どことなく嬉しそうに、ベルは短く言った。

 

「ま、分からないことは分からないで今はいい。話が逸れたな。本題に入ろう」


「ええ……まだなんかあるわけ? ぶっちゃけ魔石がどうのとか、オレに関係ない気がするんだけど……」


「関係はある。それが有用かどうかはクレハが決めることだ」


 またワケの分からないことを。

 オレは最後に残しておいたから揚げを口に放り、ごちそうさまと手を合わせる。

 それを準備完了の合図だと解釈したのか、ベルはいよいよオレの胸元を指差して、本題とやらを切り出した。


「――君が首から提げているヴァーミリオンのロケット。それ、魔石だよ」


「えっ、マジで……⁉」


 長々と魔石が貴重なものであると前説された以上、驚かざるを得ない。

 ベルはそんなオレの反応を見ては満足そうに笑みを漏らし、言葉を続ける。


「色と質量からして、魔石としてのランクは低いが……それでも性能は期待できるぞ。どこで手に入れた物だ?」


「あー……と、南区の古物屋で買った」


「ふむ、なるほど。南区は治安の都合上、真面目なアリステラの生徒は近づかない。掘り出し物を見つける可能性はあるというわけだ。君、いい買い物をしたじゃないか」


「お、おう……アンタがそういうなら、そうなんだろうな」


 なんだろう。そんなにすごい物だと分かると、選んでくれた恩と渡せなかった後悔が余計に重みを増したような気がするぜ。


「ああ。でだ。それをそのまま装飾品として使ってもいいが、クレハが望むなら魔石としての使い方を手解きしてやってもいい。そうだな……クレハは魔力を身体の周囲に纏い、外的干渉から身を守ることはできるか?」


「あ? ああ、《傘》みたいなこと、だろ? できるぜ。前にユキノに教えてもらった。普通はそんな非効率なことしないって言ってたけど」


「的確な意見だ。高位の魔法使いや魔術師は、自身の眼や脳、魂など干渉されやすい部分にのみ効率よく防御層を敷いている。常に全身の隅から隅まで守ることを意識するのは、肉体的にも精神的にも無駄な消耗が多いからな。とはいえその一部分だけの場合でも、誰もがずっと続けられるわけじゃない。消耗時や睡眠中などの無意識下では、どうしても無防備になってしまう瞬間がある。ゆえに大抵の魔導探究者は、それをマジックアイテムに肩代わりさせているんだ」


「マジックアイテムぅ?」


「杖、箒、本、剣、帽子、服などに魔的法則を書き加えた物のことだ。大体は元々持つ性質の都合で可不可が別れるが、魔石はそのあたり、白いキャンバスのように自由が効く。炎のルーン文字でも仕込めば湯を沸かすのにちょうどいいし、水系統なら泥水を浄化して飲めるようにするとか。そして貯蔵魔力を展開し身に纏うという法則を書き加えれば――《支柱》と同じ効果を発揮できる」


「《支柱》と同じ効果……魔力を充電しとけば、首から提げてるだけで勝手にバリアが展開されるってことか」


「大正解」


 へえ。そいつは便利だ。自分で言うのもなんだが、さっきみたいに月の下に出ちまうなんて間抜けやらかしても平気ってことだろ。

 ユキノから教えてもらった方法は、普段生活してるときはうっかり忘れちまうしな……何なら戦闘中でも、そんな余裕がないことがほとんどだし……。


 なんか痒い所に手が届いたような気分だ。これなら使わない手はないだろう。

 ただ問題があるとするなら――。


「その法則を書き加えるっての、オレにもできるわけ?」


「手解きすると言っただろう。初めてならそれは面倒もあるだろうけれど……出力する魔力量にもよるが、防御層は身体だけでなく衣服にも機能するから、選りすぐりの一着とでも言うべき礼装を持っていない君の場合、覚えておいて損はないとおも――」


「――服⁉ もしかして戦ってるときに服がボロボロにならなくて済むのか⁉」


「あ、ああ……魔的な干渉に限るが。ずいぶんな食い付きようだな?」


 そりゃそうだぜ。オレがこれまでの戦いで、一体何度、服を無駄にしてきたことか!

 

「ベル……いや、ブルーベル先生! オレにその法則の書き加えってのを教えてくれ! 頼む!」


「せ、先生? ……ふむ、中々いい響き……この外見だと子ども扱いされることも多いからな。それにしても、いい響きじゃないか……」


 どうやらだいぶご満悦の様子だ。

 その後もオレはさりげなく先生呼びを仕込み、やっぱり少し過剰なくらい先生呼びを繰り返し、すっかり口角の上がったベル先生は、馬車内で魔石に関する授業を行うと約束してくれた。


 ――空には相も変わらず紅い月。赤い夜の中。朱い焚き火が照らし出すベル先生の表情は、出会ってから今まで、一度も見たことのない心の底からの笑顔で。

 先生と呼ばれて嬉しそうにするにしては……いや、だからこそ。


 それは子供のように、あどけない表情だった。


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