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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
三章【月下狂乱の物語】
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4話『青鈴を鳴らすレッドアイズ』

☆六月一日午前一時半


 ツキヨミクレハに下った視察の依頼。

 その件に対しての説明が八重城の主――桜姫(さき)の口から語られてしばらく。

 馬車に揺られながら出立したオレは、天井から釣り下がった()()()()の光を見上げながら、ぼんやりとした時間を過ごしていた。


 カーテンが閉まっていて外の景色は分からないが、先ほどまで快適だった乗り心地が少しばかり不安定になってきたことから、何となく中央都市の外には出たのだろうと思う。

 ()()の地面を蹴る速度が増し、時折小石でも踏みつけたのかガタンと馬車全体が揺れる。


 オレは隣の席に乗せた物が落ちないように、手を置いて身体を寄せた。

 同時に中身のことを考えてしまい、もう何回目かも分からないほど響いた腹の虫が、再びコンパクトな車内に木霊する。


「……なあ、まだ食べちゃダメ~?」


 向かいの席に座った同行者へと言う。

 すると以前に見た、いかにも上流階級といった質の良いスーツベスト姿から一変、登山にでも行くような装備の上から白衣を羽織るという、アウトドアなんだかインドアなんだか分からない服装の子供はこう答えるのだ。


「辛抱しておくれ。こんな揺れの中で食事をすれば舌を噛んだり、こぼしたりするかもしれないだろう。そういうのはお行儀が悪いと言うんだ。覚えておくといい」


「ちぇ~。せっかくお姫様が用意してくれたってのによ~」


 唇を尖らせながら、オレは待ち焦がれるように風呂敷に包まれた重箱を撫でた。


「聖戦からこっち、休めてないんだろう。ならまずは仮眠からというのはどうだい。休憩地点に到着したらちゃんと起こすけれど」


「そりゃ嫌なことは大抵寝ればやり過ごせるけどな。腹ァ減りすぎると寝たくても眠れねーこともあんだよ」


「ふぅん……その感覚は僕には理解しかねるものだ……」


 灰銀の髪に添えられた、まさしく造り物のように綺麗な碧色の目を細め、考え込むように呟いた同行者に、オレは不躾かなとは思いつつも聞いてみる。


「それって、アンタが人形だから?」


「アンタはよしておくれ。ブルーベルでいい。それかベルとでも」


「……んじゃ、ベルで」


「よろしい。先ほどの質問にはイエスと答えておくよ。僕が《人形(ドール)》の席に就いたのはまさしく、この身が機械仕掛けだからさ」


 そう。今回の依頼の同行者、つまりオレと一緒に中央都市外にある集落へと出向いて、紅月(あかつき)症候群の対策ともなる《支柱》の設置を行う技術者というのは、何とオレと同じ聖戦参加者――《人形(ドール)》の座に就いたブルーベルのことだったのだ。


 ベルとは一度、天使であるアウフィエルの店で顔を合わせたことがあるのだが、その際に眷属であるカグヤと握手をしようとしたら、大声を上げて遮られるという一幕があった。


 そのことからオレはてっきりコイツに嫌われてるもんだと思っていたのだが……馬車に乗り込む直前、八重城の入り口でもうひとりの同行者がツキヨミクレハだと知らされたベルは、特に不満を漏らすこともなく。

 むしろ、お姫様がオレに語った事情をベル自身も把握しているようで、妙な仕事を押し付けられたな、まあお互い様か――なんて茶化してくれた。


「しかしそこまでひっ迫しているなら、休憩地点をひとつ増やして再計算……予定ペースに若干の修正を加えようか。悪いがもう少しだけ我慢しておくれ」


「お、おう……」


 今も行儀はよくしろとは言いつつも、決して話が通じない雰囲気ではないので、なんだか妙な距離感を持つヤツだなという印象だ。


 それに外見は子供ではあるのだが、ちょっとした佇まいや物腰に年上感がある。

 不死鳥のアヤメさんや悪魔のアネモネも外見と実年齢が一致していたわけではないし、人形であるコイツもそうなのだろうか。本当はもう何十年も生きてるとか。

 一方で吸血鬼であるレイラは……ちょっとよく分からなくなってきちまったけど。



「ところで先の聖戦、レイラ抜きでどのようにして悪魔に勝利した?」



「――――、なんでだ」


「それはなぜ僕が知っているのかという意味か。それともレイラを関与させなかったことが悪態のように――」


「なんで知ってんだ、のほうだよ」


 目付きを鋭くして、意識を切り替えていく。

 レイラがいつ目覚めるかも分からない眠りについたことを知っているのは、対戦者であるアネモネとミア、そしてお姫様だけだ。

 結局まだお姫様にバレていた理由も分かってないってのに、今度はコイツもなのか……?


 しかもブルーベルは今後聖戦で戦うかもしれない相手。もし主人の不在を理由に、聖戦を棄権させられるなんてことになったら困るどころの話じゃない。


 オレには背負った願いがあるし、何よりもレイラのために聖剣を揃えないといけないのだから。


 さて、この事態にどう対応するべきか……と、あからさまなほどに警戒心を露わにすると、ブルーベルは。


「なんでと言われてもな。年長者が幼子のことを気に掛けるのは当然だろう?」


 場の緊張を緩めるように無邪気な声色でそう言う。


「大丈夫、冷静に。僕の予測が当たってしまったことは残念だ。しかしだからと言って君の不利益になるようなことはしない。約束しよう」


「はぁ~? へぇ~?」


 その優位に立っているような言い分もそうだが、オレは特に年長者の下りが気になって訝しげな視線を向ける。

 しかしブルーベルは、これもまた躱すように笑うのだ。


「くふふ、レイラは果報者だ。君がこんなにも献身的なパートナーだったなんて。いや失敬。年月とは怖いものだ。僕も例に漏れず思考が凝り固まっていたよ」


「なんだか知らねーけど、ひとりで勝手に話してんじゃねぇよ。ったく……」


「そう不貞腐れるな。僕は褒めているんだぜ? だからこそ訊かせてほしい。これからの君がどうやって、レイラ抜きで聖戦を勝ち進むつもりなのかを」


「……別に。その時にならないと分かんねーだろ」


「それもそうだ。他者の願いを殺すのでないなら、方法はいくらでもある。けれどそれは初戦の話だろう。僕が言ってるのは決戦――《死因概念(ダイイング・コード)》のほうさ。クレハ。君は一体、何をどれぐらい支払ってアレを斃したんだい?」


「…………」


 真っすぐに見つめられるものだから、目を逸らした。

 別に断固として言いたくないわけじゃない。無論言う必要があるとも思えないが、とにかく正直に言って妙な反応をされるのが面倒なのだ。

 オレが支払った代償――それは寿命であり、結果としてツキヨミクレハはあと一年しか生きられないことになっちまった。


 まあアネモネ曰く、完全に人間を辞めてしまえば生きていける道はあるらしいが……未来について、自分の命については、オレ自身まだ考え中なんだ。

 で、考えることはほかにも色々沢山、星の数ほどあって。

 もう、何も考えずに生きていた頃には戻れそうもなくて。


 だから、いつもなら受け流せる言葉に過敏になっている今は、誰にも何も言われたくなかった。


「ふむ。なるほど」


 ベルはそんなオレを見て深追いするべきではないと感じたのか、再び張り詰めていた空気を入れ替えるように、降参と両手を上げた。

 

「いいんだ、開き直ってないのなら。それならまだ、あの子と一緒に迷ってあげることができるから」


「あの子ぉ?」


「こっちの話だよ。つい、老婆心というものがね。悪かったよ。お詫びと言っては何だけれど……この辺りで食事の許可を出すとしよう」


 そう言いながらベルは、何かを描くように人差し指を動かす。その直後のことだ。馬車は急に、けれども乗客に負荷がかからない程度に減速を始めた。

 

「え、マジで? いいのかよ。まだ休憩地点ってのには着いてないだろ?」


 話に夢中になっていたとはいえ、先ほど食事を却下されてから数分しか経っていないはずだ。

 ベルの口ぶりからしてあと一、二時間は覚悟していたのだが……しかし馬車は緩やかに、そして確かにその速度を落とし、じきに余韻のような足音を響かせて停車した。


「なに、再計算の結果だよ」


 ベルは一度カーテンの隙間から外を確認し、それから扉に手を掛けた。


「だがもう少しだけ待っていておくれ。この時期でも夜は寒いし、魔物や虫なんかの心配もある。準備をしないと」


「ふーん?」


 白衣を棚引かせ、そそくさと外に出ていったベル。その小さいながらも謎の包容力がある背中を眺めながら、見える範囲で辺りを一瞥する。


 時刻は深夜。周囲に建物ひとつ見えない草原にある明かりは、それこそ空に浮かぶ真っ赤なお月様ぐらいなもので。

 どうやら焚火のための石と木の枝を集めているらしいベルが、少し心配になる。


 オレには吸血鬼の夜目があるから、夜道で石に躓いて転ぶなんてことはないが、ベルはどうだ。

 見た感じ不自由はしてないっぽいが、そもそもとしてオレの我が儘に気を遣ってくれたアイツにばかり仕事をさせるのは、よくない気がする。


 火――は、消えないのしか出せないから無理だけど、木の枝を集めるのはオレでも出来そうだしな。


 やることもないし手伝うか、と馬車の外に一歩足を踏み出した。

 その、瞬間。

 視界の端で動いたオレに反応したのか、ベルと目が合った。

 重なる視線。見開かれる碧い眼。その口は静かに開かれて、



「――紅い瞳、魔眼か――?」



 ベルはオレを見て、そう呟いた。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに、はっと気付いたように声を荒げる。


「ッ、たわけ! 早く戻れ!」


 手伝おうと思ったのになんで怒鳴られなくちゃいけねえんだ、と思った時にはもう遅かった。


 オレは、忘れていたんだ。

 今のリタウテットの空には紅い月なんてのが浮かんでいて。

 それが放つ毒電波には人を狂わせる力があって。

 普段はアヤメさんの魔力を燃料とした《傘》によって守られているが、今はそうじゃないってことを。

 馬車を下りるということは、簡易設置された《支柱》の効果範囲外に出るのだということを。

 忘れていた。そして、思い出したが最後。


 月の毒電波はもう――《傘》を差し忘れたツキヨミクレハに、容赦なく降り注いでいた。


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