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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
一章【出会いの物語】
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4話『プラチナブロンドの聖母』

 扉を開けると、部屋の中はまだ夜みたいに暗かった。カーテンが閉まってるらしい。

 しかしオレの目は暗闇をものともせず、明かりをつけてる時と同じくらい、はっきりと中を見渡せた。


「すげぇ、真っ暗でも目が見えるぜ!」

 

 もしかしなくても吸血鬼になったおかげか?

 だとすりゃあ、やっとそれらしくなってきた。これなら電気代が節約できてエコかもなぁ……いや、そもそもこの世界って電気あるのかな。

 

 見た感じ、奥が広い部屋になってるな。ホテルみたいだ。泊まったことねえけど。これならいい夢が見れそうだぜ。

 土足のまま入るか少しだけ悩み、結局履いてたスニーカーをその場に脱ぎ捨てたオレは、軽い足取りで廊下を抜ける。


 そうして広い空間に出た、不意の一コマ――音もなく何かが首に巻き付いてきた。


「ぐぇっ……⁉ ……ぐ、ぐるじ……⁉」


 あまりにも突然のことでパニックになりかけた瞬間、どくんと心臓が高鳴り途端に頭の中がクリアになっていく。


 どうやらオレは、首を絞められちまってるらしい。

 誰がこんな……まさか、聖戦ってのがもう始まったのか?

 いや、アヤメさんならこんな闇討ちみたいな真似はしないはず。

 分からないことだらけだ。だがしかし、ハッキリしてることだってある。それはとっさに引き剥がそうとして掴んだ相手の腕が、思いのほか細かったことだ。


 オレは直感した。少なくともこいつは、力技でどうとでもなる。


「――ッ」


 わざと膝を曲げることで体勢を崩し、オレはそこから仕掛けに入る。

 まずは体の重心を片側に移動。次に相手の腕と服を両手で引っ張り、そして強引に繰り出すのは背負い投げだ。

 ちゃんとした形にすらなってない我流。それでも相手は、意外にもすんなりと前方に身を投げさせてくれた。


「――――」


 いや……綺麗に受け身を取られたな。もしかしたら仕切り直しという意味で、わざと離れたのかもしれない。


「ご、ごほッ、ごほッ……っはあ、ああ」


 一方でオレは頭を軽く左右に振りながら、何度か浅い呼吸を繰り返した。

 よし、酸素が供給されて砂嵐に近かった視界も元に戻ってきたぞ。


「くそ……誰だァ、いきなりよぉ!」


 こっちは暗いところでも目が見えるんだ。もう不意打ちなんかできないぜ。

 まずはその顔を拝んでやる。

 そう思い構えた束の間、指を鳴らす音が響くのとほぼ同時に、オレの視界は白い光に包まれた。


「……ッ、まぶ……」


 しまった、そう思った時にはもう遅い。オレは相手の体当たりをみぞおちに食らい、背中を壁に打ちつける。

 すかさず喉元には案外柔らかい手の感触。相手は再びオレの首を絞めつけようとして――そしてなぜか、急に力を抜いた。


「あなた……月夜見紅羽(つきよみくれは)?」


「この声、お、女ぁ? てめぇなんでオレん名前知って……!」


 何度か瞬きをして、光に眩んだ目を凝らす。

 まだ花火がはじけてるみたいにチカチカしてよく見えないが、どうやらこの女はオレのことを知っているらしい。


 オレより背が低くて、けど首を絞めるような技を持ってて、髪の色は白……いや、金色っぽいか?

 少なくともオレがこの世界に来てから出会ったヤツじゃあなさそうだけど。


「あら、随分と長い旅路だったみたいね。私のこと忘れるなんて、ちょっと酷いんじゃない?」


「はぁ~?」


 少しずつ光の点滅が消えていき、オレは上目遣いでこっちを見ていた女の顔を確認した。


「あっ、お前……」

 

 思わず息を呑んだ。

 この女は、オレの死に際の記憶に映ってた……一緒に雪の中で倒れてたヤツじゃねえか。


「そっか……ここに来たのはオレだけじゃなかったんだな」


 そう、だよな。一緒に倒れてたんだから、この女が――オレの数少ない知り合い、唯一の幼馴染であるこいつがこの世界にいるのは、別に不思議なことでもないのか。

 むしろ気になるのは、死に際の記憶はあっても直接の死因ってヤツがまったく思い出せないことだ。


 まあ思い出したところで生き返れるわけでもないし、そのつもりもないし、気にするだけ無駄なのかもしれねえが……。

 お互いに臨戦態勢を解いたところで、一応質問してみる。


「ここに来る前のこと覚えてるか?」


「いいえ。そういうあなたは?」


「あー、オレもあんまし。雪が降ってて、オレとお前が倒れててさ」


「……本当に、それだけ?」


「それだけ」


 うーん。寒さと空腹でやられちまったのかな。

 でもこいつは金持ちの部類に入るヤツだしな。普段ずっとボロい服のオレよりも全然いいモン着てるし、食べ物だって困ることもないだろうし……。


「ねえ、この世界のことって何か知ってる?」


「ん~? そんな知らねえけど、リタなんとかつって、まあ、死後の世界みたいなところだって」


 車輪とか運命がどうとか言ってたっけな。

 要はあれだ。死んでも死にきれねぇヤツが集まる天国に近い場所ってイメージだな、オレは。


「で、お前は?」


「……その、お前というのはやめてもらえるかしら。上から見られてるみたいで嫌だわ。知ってるでしょ、マリアって名前」


 マリア……言われてみればそんな名前だったっけ。

 こいつとはガキの頃からの知り合いだけど、ただ昔公園で少し遊んで、それからたまにすれ違ったら話をするくらいの仲だったからな。

 名前で呼び合うまでもなく、笑った顔よりも、どっか影のある仏頂面のほうがイメージあるくらいの距離感。

 オレは学校に行かないで一人で、こいつは学校行ってて友達もいて……普通なら関わることもないはずなのに、こうして繋がりが切れることのない妙な関係だ。


「悪かったデスネ。で、マリアは?」


「あなたと同じくらいの知識量かな。ここには連れてこられたの。いかにもって感じの、優しい男の人に」


 そう説明するマリアの声は、なんだか不機嫌そうだった。せっかく透き通ってるのに愛想がない感じはいつもだが、今は余計にだ。

 けどそれもそうか。よく知らない場所で休んでたところに、いきなりオレが入ってきちまったわけだからな。


「……ふぁああ……、疲れちゃった。寝直すことにするわ」


「そういやぁアヤメさんが、昼時に部屋に来たら部下に町を案内させるって言ってたっけ。マリアも来るか?」


「……そっちは大人の女だったのね」


「あ?」


「ええ……一緒に行くから、おやすみ。……あとその髪、似合ってないよ」


「はぁ?」


 マリアは流れるようにベッドに横になり、胸の前で指を組んで目を閉じた。

 お姫様みたいにしちゃってまあ……となると、オレは床で寝なくちゃいけないのか。棘とか刺さらなそうな木の板だから外よりはマシだが、でもせっかくならベッドで寝てみたかったぜ。

 

 にしてもマリア……こいつは無警戒なのかそうじゃないのか。

 レイラのと似たようなお嬢様っぽい服。それをスカートの裾も伸ばさねえで寝るもんだから下着が見えそうなんだけど、でもさっきはオレが部屋に入るなり待ち伏せてアレだもんな。

 別に何もしやしないが、まるで試すみたいによぉ……。


「……ったく、そういう態度は苦手だぜ」


 しかも髪が似合わないって、別に変わってねえよ。

 マリアのよりも少し色味の強い金髪で……何もおかしくない、よな。


 いつからだろう、自分がうなされてることに気づいたのは。

 寝ているのか起きているのかも分からない曖昧な線の上で、目蓋も開けれずに寝返りを繰り返してる。

 息苦しい。熱い。全身の血液がそっくりそのままマグマになっちまったような……触れたらそのまま溶けてしまいそうなほど、明らかに、体が、変だ……!


「はぁ、はぁ……ッ‼ はぁ……はぁ……ッ、はぁ……クソッ、なんだァ⁉」


 飛び起きると、額から何かが流れてきた。手で拭ったそれは気持ち悪いほどの脂汗だ。

 異常はそれだけじゃなかった。


平気?(平気?) 大変だった(大変だった)みたいだけど(みたいだけど)


「ッ、あぁ……⁉ なん、だッ、耳がいてぇ……し!」


 ベッドの隅に座ってるマリアの声が、何重も耳の奥で響いてる。まるで巨大な鐘を横で鳴らされてるような……それだけじゃなくて、一定間隔で聞こえるこれは……まさか心臓の音か⁉ 

 知らないヤツの話し声に、数えきれねえくらいの足音まで、ずっとどこまでも無限に……音が頭の中にねじ込まれる!


どうしたの?(どうしたの?)


「ぐあああ‼ ッ、みみ、み、耳がァ……はぁ、はぁ……。光も……クソっ、眩しい……!」


 光……カーテンが開いてるのか……!

 お、落ち着け。起きる前までは何ともなかったんだ。つーことはこれは、頑張れば抑えられるはず……そう思わねえと気ぃ失っちまいそうだ……!


「……み、みず……水飲みたい……」


 オレが頼むと、マリアは静かにガラスのコップに水を注いでくれた。その様子は、もう少しくらい心配してくれてもいいんじゃないかってくらいに落ち着いてる。


「はい」


「……ッ、……!」


 震える手をゆっくり動かし、落とさないように底面から掴んだ――その時、コップはまるで張り詰めた風船のように容易く砕け散った。


ちょっと!(ちょっと!ちょっと!)


「あぁあああッ‼ で、でけぇ声はッ、痛ッてーなァ……あ~……⁉」


 力の加減までバカになってんのはよく分かった。だったら次は、次の変化はなんだ。

 その答えはすぐに分かった。いつの間にか、口の中には血の味が充満している。切れてたんだ、下唇の裏側……ちょうど、そう。八重歯の当たる部分が。


「こんふぉはふひのふぉ~はよ……!」


「あなた、さっきから何をして――それ、牙?」


「ああふぉう……へんふぁってほういう……こ、こと、かぉッ」


「ヴァンパイアになっちゃったんだ」


「ッ、はぁはぁ……はぁ~……。わ、分かったら……あぁ、何となく慣れてきたぜ……。クソ、マ~ジでひでぇ目に遭った……」


 目は半目で、耳は気持ち全身を強張らせる感じ、だけど手足の先は力を抜いて。それでようやくいつも通りの感覚に近い状態だ。

 こんなんでまともに生活できるのかは知らないが、少なくともこれでオレは、吸血鬼としての身体を手に入れたってことなんだろうな。半分だけど。半分でこれかよ。


「大丈夫そうなら行こうよ、アヤメって人のところ。あと(それ)、あんまり壊さないほうがいいんじゃない?」


「は?」


 指をさされたので辺りの床を見てみると、小さな穴がいくつもできていた。

 位置的には、オレの肘のあたり。ああ、なんか想像ついたぜ……うなされたオレが寝返りの時にでも肘鉄を食らわせたんだ。


「……」


 息を深く吸い込んで、唇を震わせながら吐き出した。

 まずはこれ以上被害を大きくしないよう、慎重に立ち上がる……あとのことはあとで考えるってのは楽に生きる秘訣だ。もちろん、その分のしわ寄せはちゃんと来るんだけどな。


「さ、運転手さん。まずはどこへ?」


「えーっと、まず外に出て……」


 団長室って言ったっけ。アヤメさんがいるってことは、向かいのデカい建物の、それなりにいい部屋だろうな。

 とりあえずはこっから出て――と、考えごとをしていたのがまずかったのか、何気なく掴んだドアノブがポロっと取れた。


「あ⁉」


 罪が重くなっちまった……ひ、ひとまず扉を……。


「ああっ⁉」


 ちょっと押したつもりが……扉はそのまま外れて倒れた。張りぼてみたいに。ばんなそかな。

 オレはこの最低な現実から逃げるために、後ろにいたマリアに目を向ける。だが、相も変わらず仏頂面のあいつが優しい言葉のひとつやふたつもかけてくれるはずもなく。


「直せるわけないじゃない。あーあ、弁償かなぁ」


「金なんか持ってねーよ……」


「どうするの?」


「ったく……オレはよぉ~、都合の悪いことは綺麗さっぱり隠しちまったほうが殴られねぇところで生きてきたんだぜ?」


 だったら、やることは決まってるじゃねえか。


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