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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
二章【地雷乙女の物語】
43/81

17話ciel『オレは、ツキヨミクレハだ』

 五月三十一日、夜。

 メイド喫茶の入った建物の屋上でオレは、夢を見た。

 否。夢を形にした《麗しき夜の涙》と、再会を果たした。


「レイラ……よお」


 風情の無い硬いだけの地面に寝転がりながら、中空に浮かぶ赤い月と目を合わせる。

 夜風に揺れる絹のような白い髪は、月光を纏うオーロラのようで。

 つい、手を伸ばしてしまう。


「ん」


 すると数週間ぶりに姿を見せた相棒は、その手を掴んでオレを引っ張り上げた。

 当然、三十センチ近くある身長差だ。半分以上はオレが自力で起き上がった形。

 それでも小さなご主人様は、満足げに口角を上げた。


「久しぶりじゃの、クレハ。元気だったか?」


「バカ。それはこっちの台詞だっつの。何回か様子見に行ったのに、ずっと眠ってたじゃん」


「む、確かに不甲斐ない姿を見せたことは承知しておるが、バカとまで言われるのは心外じゃな。このようなラブレターを書き残しておいて……素直に心配じゃったと言えばよいのに」


「げっ、そいつぁ……何持って来てんだよ!」


 玉座で眠る相棒に宛てた置き手紙を、どこからともなく取り出して見せつけてくるレイラ。


「えーとなになに、『五月十七日。今日はアネモネが書いた小説を勉強がてらに読んでみた。正直最初は字を見ただけで眠くなったけど、最後まで読んだら結構泣けた。お前がハマる理由も分かった気がする。新刊出たからさっさと目ぇ覚ませ』……となぁ?」


「あーもう……読むなってぇ……」


 顔に手を当てて精一杯の現実逃避。


「『五月二十日――」


「だから読むんじゃねえ! 恥ずかしいだろうが……!」


 狼狽えるオレを見て、きひひと悪そうな笑みを浮かべるレイラ。

 八重歯が露わになったその影は、まさしく吸血鬼そのもの。

 ……ホント、鬼の所業だぜ。


 こんなことになるならやめときゃよかった。仕返しに、今度レイラが寝てる間に変顔させて写真とか撮ってやる――ってそもそも吸血鬼は、写真には映らねえんだった。


 あ……いや待てよ。

 前に南支部の騎士が見せてくれた念写ってのには、オレの姿が映ってたじゃねえか。

 つーことは、手段がないわけじゃないんだ。

 ふふん。それなら、やりようはいくらでもあるぜ。

 覚えとけよな、お子様吸血鬼。いつか必ずこの恨みを晴らして――、


「――嬉しかったぞ、クレハ」

 

「え?」


 いつの間にか、レイラは穏やかな表情で、手紙に目を通していた。

 愛おしいものを見る目。宝物に触れる優しい手つき。

 声には出してないけど、レイラは手紙の内容を心の中で反芻しているようだった。


「ワシが置き去りにならぬようしてくれたのが、嬉しいと言ったんじゃ。……感謝する」


「…………」


「キヒっ、照れたか?」


「……うっせー」


「心配かけて悪かったの」


 クソ。んなこと言われたら、仕返しする気も無くなる。

 もっと素直に言えよな。まったく。

 ……ところで。

 実はさっきからひとつ気になってたことがあるんだけど、そろそろ突っ込んでもいいだろうか。


「あのさ、レイラ」


「なんじゃ」


「いや、よく見ないと分かんねーけどさ。今のレイラって……男だよな?」


 髪は長いままで、服装もいつも通りの白く上品な物。

 体形も、満月の下ならともかく、今の幼い状態なら大きな男女差があるわけではない。

 それでも何となくそう思ったので、オレは思い切って口にしてみた。

 するとレイラのヤツ。


「ああ、そうじゃが」


 なんてことなく肯定しやがった。


「……なんで?」


「別になんでもない。正しい在り方に準じただけじゃよ」


「はぁ……」


 つーことは、戻るんだよな。多分。オレがそうなってたから形を合わせたってだけで。

 ……戻ってくれないと困るぞマジで。

 再会早々、一抹の不安を覚えさせられたが、そこはそれ。

 きぃぃ、と立て付けの悪い扉の開く音が聞こえたので、気合いを入れ直す。


 現れた足音はふたり分。ラフな恰好をした役者兼歌手兼作家兼デザイナーのネオスタァと、黒を基調としたメイド服を可愛く着こなす地雷系女子のものだ。


「こんばんは。ティアーズ、クレハ」


「これはどうも、ネオスタァ殿。色々あったようじゃが、息災で何より」


「あはは、君の相棒にはとてもお世話になったよ。今度何かお礼をできたらと考えているんだけど、何がいいかな?」


「む、であればここはひとつ、新刊のサイン本など頂けると……」


 なんて主人のお二方が話しているのを遠巻きに見ていると、ミアが軽快なステップを披露しながら近づいてくる。


「こん、クレハ♪ 久しぶり~」


「おう。やっと外に出れたみたいで何よりだぜ」


 エレーナが逮捕されてミアの冤罪が立証されてからも、ずっと事情聴取だったり、妖刀を手にして生還した初めての存在ってことで検査させられたり、そもそも妖刀で騎士を斬り付けた罪があったりで、中々檻の外に出してもらえなかったもんなぁ。


 オレも罪はきちんと償われるべきだとは思うが、やっと相互理解の関係を築けたミアとアネモネがまたも引き離されるってのは、見ていてあまり気持ちのいい光景じゃなかった。

 アネモネもアネモネで、例の一件以降忙しそうにしてたし。


 だから、こうしてふたり揃った姿を見ることができて、なんだか嬉しい。


「まあねー。妖刀を掴まされたことプラス人殺しまでいかなかったので情状酌量の余地あり。相手に誠意を籠めてごめんなさいをして。それと最後に、ちょっとした司法取引をしてお勤め完了いたしました。ぶい♪」


「取引ねぇ……? あ、つーかさ。ずっと聞こうと思ってたんだけど」


「ん? なに?」


「妖刀のこと。ミアに妖刀を渡したのが誰だったか、覚えてるか?」


 状況証拠だけなら、当てはある。

 というか、あんなあからさまに姿を見せた後の出来事だ。疑うなってほうが無理な話。

 けど疑うだけならこれまでも散々やってきた。オレとしては、そろそろ確証が欲しいんだ。

 騎士団のヤツによれば、明日マリアは正式に、中央都市中のお尋ね者になっちまう。


 そうなれば突然、思いもよらないタイミングであいつと刃を交えることになるかもしれない。

 そんな状況になる前に、オレは覚悟を決めるだけの材料が欲しい。

 確証という名の、理由が。

 理由という名の、覚悟が。


 ミアはそんなオレを見て、一通り真剣に考えてみてくれたが。


「ごめん。多分妖刀には、その情報をあやふやにする機能がある。ぶっちゃけミャアは覚えてないし、魔眼で記憶を辿っても答えは出ないと思うな」


「……そっか、分かった。んじゃああっちは? なんでミアの自我は妖刀に飲まれなかったんだ」


 そっちもそっちで気になっていたことだ。

 妖刀自体まだ前例が少ないから、単純に個体差があるという可能性も捨てきれないが……シンジョウは存在そのものを奪われ、一方ミアは自我を維持し続けた。

 そこには一体、どんな理由があったというのか。


「うーん……………………メンヘラが最強だから?」


「おい」


「あはは、うーそ。まあ……器の差じゃない? 前は人間で、今回は曲がりなりにも悪魔の眷属だったわけだし」


 確かに強度からして違うわけだからな。納得できないこともない。

 ミアは悪魔の眷属として不死性を持っている。

 それが妖刀を手にしてなお生存できた理由に繋がったと考えると……あれ、なんだかそれって、まるで。



「――妖刀ってさ、聖剣の模造品なんじゃない?」



 夜を見下ろしながら、ミアはおもむろにそう言った。


「妖刀には願いを叶える力、ううん違うな……叶えようとする意志がある、かな。実際使ってたミャアも、分析のために視たアネモネもそう感じたんだ。根本まで見透かしたわけじゃないから分かんないけどね」


「叶えようとする意思……か」


 言われてみりゃ、シンジョウが妖刀に手を出したのは、死んだ娘を蘇らせるという叶えたい願いがあったからだ。

 そして妖刀は、それに応えた。

 方法はどうあれ、真偽はどうあれ、願いを叶えるために行動した。

 大勢の血を生贄に、ひとりの人間を復活させようとしたんだ。


 それが妖刀そのものに備わっていた機能なのか。

 それとも作り手がプログラムしたシステムなのか。

 答えは分からないけど、いずれにしてもひとつ、妖刀に対して理解が深まった気がする。


「まあ、こんな感じかな?」


「……分かった。ありがとな、ミア」


「いいよ。ほかに聞きたいことは?」


「あー……あれだ。幽世(かくりよ)の中と外で時間がズレたの。あれどうやったんだよ」


「んー、それね。別に、できたからやっただけだよ? むしろなんで今までやらなかったの? 便利じゃない?」


「……そう来るかー……」


「次は? まだ聞きたいこと、してほしいことってある?」


 小首を傾げ、可愛らしい仕草で尋ねてくるミア。

 なんかあれだな。やけに素直というか、温和というか。

 別に普段がそうじゃないってわけじゃないけど、前よりも態度が柔らかいように見える。

 オレの怪訝な視線を感じ取ったのか、ミアはアネモネを見ながら言う。


「クレハには色々迷惑かけたでしょ。だからありがとうもごめんなさいも、ちゃんと言っておきたいんだ。言える余裕がある、今のうちにさ」


「そんなこと言ったらオレだって、ミアに嫌な思いさせただろ。だから気にしなくていいぜ?」


「ほんと? でも、さすがに恋愛感情も分からないうちから、仮でも彼女盗られちゃうのは、ちょっとマニアックじゃない?」


「え? あー? 考えてみたらそうなる……のか……?」


 いやでも、オレとミアの関係は恋人以前のモノだったはずだ。

 そのための初戦だったわけだし。

 なら別に、盗られるもなにもないんじゃないだろうか。

 加えてオレは、ミアがアネモネと結ばれることに喜びこそあれ、嫉妬や失恋といった感情は覚えないわけで。


「ん……そういう反応なら大丈夫そうかな。厄介ストーカーにでもなられたら困るから、きっぱり振っとこうと思ってたけど、もう切れてたみたいでよかった。ううん、そもそも最初から繋がってすらいなかったのかな」


「なんかとんでもねえこと言ってねぇ?」


「これはミャアの話でもあるんだよ。変なところで未練があったらアネモネにも失礼だし」


「……はぁ」


「それに、もしもいつかクレハが誰かを好きになった時、そこにミャアが割り込んだりしたら嫌でしょ? だからこれでよかったんだよ。聖戦が終われば対戦相手から他人に戻る、のでさ」


「いや、そいつはどうかな。オレはお前の血を飲んだ。恋愛的なモンはないが、繋がりがないとは言わせねえよ」


「あ、そっか。恋も愛も結びつかなくても、絆は残ったんだ。……よし。なら、クレハに言えることがあるんだけどさ」


 ひらりとスカートを揺らしながら、ミアは再びオレの前に躍り出た。

 それから何やら、メイド服やメイクを自慢するようにポーズを決めてみせるミア。

 そのどれもがふわふわで、ピンクピンクしていて、鳥籠に囚われていた過去のミアと比べると文字通り、本当に生まれ変わったように見える。


「記憶を見たからもう知ってると思うけど……ホントはミャアもね、メイド喫茶とかサブカルとか全然知らなかったんだよ。むしろこの世界に来て初めて、元の世界のことを知った。変な話だよね。でもこの世界で生まれ直して、生き直しているいろんな人が、いろんなことを教えてくれたの」


「……ああ」


「わたしは、やり直せたと思う。元の世界では叶えられなかった夢を、叶えることができた。ここでは神様に敷かれた運命や因果(レール)なんか無くて、どこへ行くにも自分の努力次第なんだよ」


 さながら恋や愛に焦がれる乙女のように、精一杯命を燃やして進み続ければ、報われる時が来る。

 それがリタウテットという世界なのだと、少女(ミア)は花のような笑みを浮かべて語ってくれた。


「だからきっと――クレハも掴めるよ」


「……そうだな。オレが前の世界で一体何を掴み損ねたのか、未だにわかんねーけど。やれるだけはやってみる」


 夜も更けてきた。とはいえここは、夜の帳を下から照らし上げる混沌の南区(ねむらないまち)

 戦闘を行うのに邪魔となる人通りが少なくなるのは、むしろ、あらゆる欲望を絞り切った朝方だろう。

 しかし、それはあくまでも現実の話。


 これより先、展開されるは空想の檻。

 変化のない灰色の世界においては昼も夜もなく、またそこは、選ばれた者のみが入場を許される戦場だ。

 そこでは力を出し惜しむ必要などなく、文字通り存在と存在を賭けたぶつかり合いが可能となる。



 オレが魂から引き抜いた聖剣――《ディレット・クラウン》を手に、幼い吸血鬼レイラ・ティアーズが前に出る。



「初戦はオレたちの勝ちってことでいいんだな?」


「ああ。そしてボクたちは既に願いを叶えている。これ以上聖剣に望むことは何もない。感謝するよ、クレハ。君が関わったからこそ因果はこの結末に辿り着いた。……《ナイト・メア・アタラクト》は是非、君たちに譲りたい」


 吸血鬼はそれを受諾した。

 よってこれより、聖戦は初戦から決戦に移行。所有権譲渡の儀式を執り行う。

 舞台に立つのは主人であるレイラ・ティアーズとアネモネ。


 アネモネが聖剣の防衛機構である疑似伽藍を発動し、レイラが見事それを討ち果たすことで、聖剣の譲渡及び今回の聖戦は終わりを迎える。


「ティアーズ、ボクは醜い姿に代わるだろう。今回の主役は君だ。君が一番輝いて、ボクが一番黒く見えるような相応しい舞台を――お願い」


「承知」


 レイラは聖剣を地面に突き立て、現実を侵食する呪文を唱える。


「幽世、そうせ――――」


 ……止まった。

 呪文も、力の行使も途中で。

 ん、どうしたんだ、レイラ。

 何か不都合があったのだろうか。例えば舌を噛んだとか、テンポが噛み合わなかったとか、それとも調子が悪いとか――って、オレはバカか!

 

「おいレイラっ、お前まだ回復しきって……」


「言うな。何でもない。問題などない」


 だけど、そう反論する声すら弱々しくて。説得力なんか微塵もない。

 チクショウ。どういうことなんだ。それほどまでに一戦目で使った力の反動は大きかったのか?

 ほぼ一か月眠ったままでも回復しきらないどころか、むしろ穴の空いたバケツみたいに力が溜まらないようになっているなんて、それは。

 世界が――レイラの消失()を望んでいるみたいじゃないか。


「みたいじゃない。ティアーズの力は確実に弱っている」


「……アネモネ……」


 魔眼を発動したアネモネが、オレとレイラを視てそう言った。


「君も視てみるといい。以前会った際の彼女は、きちんと自分の魂に魔力で防御層を敷いていた。だからその心の内を読むことはできなかった。……けど今は」


 レイラの額には脂汗が滲んでいる。

 もう立っているのもやっとで、服が汚れるのも構わずにその場に膝をついている。

 オレはそんな相棒の姿を、悪魔の目で射抜く。


「――――」


 どこまでも純粋で美しき妖精の中には、沢山の穢れが満ち溢れていた。

 光をひとつひとつ塗り潰していくような黒の群れ。

 星が見えなくなるたび、糸がほつれるように魔力は霧散していく。

 ああ、なんでだよ、クソ。

 今のレイラは幽世を展開するどころか、存在を維持する力さえ微弱じゃないか……!


 ――――あまり女の服の中を覗くでないぞ、変態。


 その声にオレは、焦点を現実へと戻す。


「レイラ、オレはどうしたらいい! 教えてくれ! どうすれば前みたいに戻れる!」


「……今は……どうにもできん」


「じゃあどうすんだよ! お前このまま消えちまうのか⁉」


「……もうちっとばかり無理できると思ったんじゃがな……。目算を誤るにもほどがあった……せめて聖剣を手にし、【物語】が進まないことには……っ……」


 ついに全身の力が抜けて倒れる華奢な身体を、オレは抱き留めた。

 冷たい。今にも消え落ちそうな蝋燭を持っているようだ。

 間違いなく、この先に待っているのは――死。

 苦しそうに息を荒くする灯火は、いずれ呼吸をすることもなくなり。

 弱々しくも光を放とうとする灯火は、いずれ存在(おもさ)そのものが消えてしまう。

 


 それを想像した瞬間――心臓(たましい)が大きく鼓動を打った。

 


 そんなこと、させるか。

 思考は透明な海に沈む。降り注ぐ月光は静謐なる青。

 でもそれじゃあ不完全だ。半分しかない。

 黄金色の眩しいほどの光がオレは欲しい。

 だから。


「幽世、創世――」


 オレが聖剣を手に、空想で現実を侵食する。

 世界は灰色に塗り潰され、内外は割断、それによって()()()()()()()

 ここに組み立てられる箱庭は、ひとつの世界。

 世界がレイラの消失を止めないなら、そのルールが存在しない世界を、文字通り創世するまでだ。

 

「クレ、ハ……其方(そなた)……」


「アネモネ。オレがレイラの代わりに戦う。それで勝ったら聖剣は貰い受ける。いいか?」

 

「な、阿呆ッ……聞けクレハ、決戦が主人のみで戦うのはな、元が人間である眷属では……どう足掻いてもアレに太刀打ちできないからなんじゃぞ……!」


 脳裏に浮かぶのは、一戦目でアヤメさんが見せた、終末兵器へと堕ちた姿。

 分かってる。あの時レイラは、それはもう簡単に勝ってみせたけど、本当はそんなことが許される相手じゃないって、間違ってもオレに同じことはできないって本能が囁いている。

 でも、それでも譲れないモノがあるから、オレは剣を執るのだ。


「――安心しろって、レイラ。オレは勝つ。勝って、聖剣を手に入れて、願いを叶えて、お前を救う」


 アネモネに目配せして、了承を取り付ける。

 それじゃあ、開演の準備に取り掛かろうか。

 構想は問題ない。最初に作るべきは観客席だな。


 月光のように軽いレイラを抱えて、オレは付近で一番高い建物の屋上に移動する。

 そこで聖剣の力を行使。心象風景の具現化。形にするのは、レイラにぴったりの玉座(ベッド)


「おい……本気でやるつもりなのか、其方……」


「当たり前だろ。いいか、恥ずかしいから一度しか言わねえ。聞き逃すなよ」


 月や夢に触れるほど丁寧に、優しく座らせてあげて、オレは玉座の前に跪く。

 

「オレはきっと、まだ何か大切なことを忘れてる。でも確かに思い出したんだ。レイラ、《麗しき夜の涙(レイラ・ティアーズ)》。オレが子供の頃に読んだ絵本から生まれた妖精――お姫様。遠い昔、たったひとりで夜を過ごすお前の手を取る王子様になると誓った。それがオレの位置。誰にも譲れない夢――」


 一言告げるごとに、背中にかかった髪が短くなっていくのを感じた。

 おかしいよな。あれだけ鬱陶しく思ってた髪なのに、短くなっていくのはなんだか惜しい気持ちだ。

 でも同時に、緩んだネジを締め直すような安心感もあった。

 背丈は伸び、胸は均され、筋肉は引き締まっていく。

 身体の変化は、微睡みに沈もうとしている相棒も同様だ。

 光と闇、陰と陽、太陽と月……その辺りのことはよく分からないけど、とにかく今やっと。

 どこかでズレたお互いの位置が、元に戻った。


 ふと、いけ好かない天使の問いかけが頭に浮かぶ。

 ――さて、君は一体、誰なんだろうね?


「オレはレイラ・ティアーズのもう片方。オレはレイラ・ティアーズの王子様。そして――」


 今なら胸を張って言えるさ。



「オレは、ツキヨミクレハだ」



 お姫様は目蓋を閉じて、涙を流していた。

 それを掬い上げて奮い立つ。

 聖剣を手に。誓いを胸に。戦場(ぶたい)へと足を向ける。


「ま、そこで見てな。バチコーンとやってやるからよ」


 それは、気持ちを誤魔化すための軽口。

 ああ……ぶっちゃけビビってるよ。

 聖剣の防衛機構。あんなに黒くて虚ろなモノを相手にしなくちゃいけないんだ。

 きっと怖くないヤツなんていない。

 だからレイラも、精一杯かき消されないよう、輝いてみせたんだと思う。


 なら、オレも――。


「……確か、言葉には力が宿るんだったよな」


 どれほど小さな一手であろうと、それを積み上げた者が勝利を手にする。

 始まる前から全身全霊を籠めろ。ツキヨミクレハ。

 己の知恵、力、精神を塵ひとつ残さずかき集めて、掴み取ってみせるんだ。


「《血識羽衣(アルカードレス)》――《鮮紅残視・郷愁(センコウノマガンデ)》」


 アネモネの血を媒介にして借り受けた魔眼。

 聖剣の刃を眼前に構え、(あか)い熱視線を鏡のように自分へと反射させる。

 さあ、あらゆる可能性を想定し、分岐点(ルート)を設定しろ。仕掛けを張り巡らせ。

 勝敗とは、戦いが始まる前に決められるモノだ。


 ――血液記憶、解析。対象をアネモネに。

 ――聖剣情報、取得。《心無き者(ホロウサイド)》のページを閲覧。

 ――工程設計、開始。ツキヨミクレハの内側へ潜入(ダイブ)


 敵はアネモネを素体として顕現する。常時解放される魔眼。相手の魔力量に応じて出力が調整される機能。なるほど、兵器らしい。エネルギー効率を優先した殲滅か。定められた法則は敵を常に上回ること。そしてもうひとつ。魔力消耗以外の理由で規定値以下の性能にならないこと。当然だな。でないと一般人を目の前に置くだけで出力が低下し、認識範囲外からの長距離狙撃で勝負は簡単に決まる。楽に勝たせてはくれないようだ。魔力総量は向こうが上回る計算。ただしそれをさらに上回る切り札が、こちらには存在している。そして出力調整にはタイムラグ発生の見込みあり。突き崩すならそこだな。注意すべきは、最初から全力を出せば最後、それごと圧し潰されるということ。タイミングはあくまでも敵の出力が一度固定された瞬間。その後、刹那を以て絶殺を実現する。となればこれは魔力放出量、即ち蛇口の勝負になるだろう。求められるは即断即決。しかし、この戦いに思考が挟まる余地はない。そんなもの魔眼で読まれて対応されるだけ。算段など容易く水泡に帰す。よってこれらの行動を反射として設定。()()()()。これよりツキヨミクレハは、勝利を掴み取るまで走り続けるだけの兵器へと成り下がる。設定終了。以降、己に下した命令のすべてを忘却。勝利工程(オートドライブ)開始(スタート)――。


「――――ぁ」


 記憶に五秒間の空白を確認。構わない、無視だ。

 まずは己の持ち物を確認しろ。

 借り受けた能力の起源となる属性は雷。

 アレの内側を覗くことに意味はない。よって魅了幻惑(ファシネーション)を分解。用途を再設定。

 魔眼実行中の魔力流動を、体外から体内へ。


 紫色の稲妻を纏い、全身の細胞を活性化させる。

 生体電気を操り、脳のリミッターを外せ。限界まで出し切った程度で勝てると思うな。その先の先まで走り続けてやるんだ。

 余計な思考は削ぎ落し自動化。伝達速度を最高速へ。

 バチッ――、脳の奥で回路の焼き切れる音がした。

 構うものか。放っておけば勝手に治る。


 金色の髪。鮮紅の魔眼。紫電の体躯。緋光の翼。蒼白の精神。淡い緑と()の二色が螺旋を織りなす聖剣。

 漆黒に相対する七つの色彩。

 極光を以て今――ツキヨミクレハの準備は整った。


 妖精の微睡みを邪魔しないよう、数百メートル離れた建物の屋上へ移動する。

 そこで再び《ディレット・クラウン》の能力を使用。

 悪魔(アネモネ)に空中へと続く階段を用意し、その先で待つ吸血鬼(オレ)の足場に、天空の舞台を構築。

 夢には遠く及ばないけれど。

 これなら空を見上げた時、ちょっとくらいは星の輝きと見間違えてくれるだろう。

 一度だけ大きく息を吸い上げ、共演者に出番を報せる。



「来な、アネモネ――ここがステージだッ!」



 待ち侘びたその言葉。

 身体ひとつで受け止めたネオスタァは、その硝子の煌めきを地に堕とす呪いを紡ぐ。


「《死因概念(ダイイングコード)》――装填(ミア)


 同時に眷属であり愛し合う者である少女は、己の頭部に向けて銃弾を放つ。

 案ずることはない。

 あれは魔術の一種。使われた引き金は親指。発揮される効果は被弾者を仮死状態にするモノ。時が来れば術者は自動的に蘇生する。


 しかしそれでも、アネモネにとって、聖剣にとって、それが愛する者の死であることに変わりはない。

 その喪失に耐えられない心は、疑似伽藍へと流転する。


「ゥ、あ、ヴアァァァァアアアアアアアアッッッッ――――‼‼‼」


 瞬間、世界の軋む音を聞いた。

 すべての角度で輝いていた煌めきは、紫紺の嵐に包まれて反転する。

 落雷が炸裂したような衝撃は大気を揺らし。

 恥も外聞も信念も尊厳も根こそぎ剥奪され。

 両性の花は、あらゆる生命を蹂躙する終末兵器へと変貌を遂げる――。


「■◆□◆◇■■◈■」


 コールタールを被ったようなその姿。深淵世界の住人。漆黒の現身。

 境界からはみ出さないように何とか人の形を留めているが、内側はもう手の尽くしようがないほどドロドロに溶け落ちていて、滲み出る魔力が漆黒のヴェールとなり全身を包んでいる。

 アレが同じ空間に在るだけで大気は汚染され、呼吸するたびにジリジリと内側が焦げ付くような感覚に襲われる。


 確かに似ているな、妖刀と。

 アネモネの記憶にある聖剣のページに目を通すと、それがより理解できる。


 どちらも性質は根源でなく、あくまでも充電端末(バッテリー)

 供給できる魔力には限界があり、それが無くなれば活動を停止するしかない。


 違いがあるとするならば――そこが致命的な差でもあるのだが――内部容量だ。

 妖刀は人の世界に生きる刀鍛冶が作り上げた物。

 対する聖剣は正真正銘、本物の神様が創造した装置だ。

 溜め込める魔力の総量には何桁もの差があるだろう。


 そしてその中身は、質だって変わってくる。


 仮に人と神の魔力が同じ数値、一が使われたとしよう。

 すると人は、火を灯すことが可能となる。マッチやライターを使わずとも、しかし同じ法則が実行されたことにできる。


 だが神の起こす火は、世界そのものを照らす炎となる。

 既存の法則を捻じ曲げ、新たな事象を構築し、それが概念として固定される。

 夜が消え、闇が消え、本来見えないはずの未来が照らし出される、なんてこともあるだろう。


 とはいえ、普段の聖剣の力は固有能力にのみ使われるものであり、加えてあの兵器には神の力を正しく使う資格(こころ)がない。

 ゆえに最上級の質を持つ最大級の貯蔵魔力を、勿体ないことにアレはただの燃料としか扱えない。

 だからといって、格の違う魔力を転用した純粋な暴力が弱いなんてことは、全くもって無いのだが。


 まともに戦えば死ぬのは当たり前。

 神により産み落とされ、神殺しも、惑星殺しもやってのける、文字通り終末をもたらす兵器。

 オレが今から相手をするのは、そういうモノだ。


 ああ。そんな兵器に代わってしまった存在を、生命に戻す手段があるのなら、やらないとな。

 死を以て聖剣は分離、疑似伽藍は解除される。

 ならば狙うは核――つまり脳か心臓。

 兵器は壊すモノだが生命は殺すモノ。

 オレがお前を殺して、命の証明をしてやる。

 漆黒を眼下に収め、聖剣を握る手に力を込め直した。


 次の瞬間、オレは舞台の遥か後方まで吹き飛ばされていた。


「、    ――――ッッ⁉」


 シャボン玉が弾けたような閃光の後、反射を行ってから思考が追い付く。

 コンマ数秒前。放たれたのは黒の一閃。

 その正体はアネモネだったモノが階段を駆け上がり、外敵に向けて圧倒的質量による鉄槌(ただの右ストレート)を解き放った結果。

 三百メートル近くあった空白を一歩で詰められ、向こうにとって最高条件の射程で攻撃されたのだ。


 対するオレの防衛行動は、最善で完璧だった。

 目視できない攻撃を思考よりも速い直感で捉え、反射で聖剣を前方に構えた。

 それに加えて繰り出された攻撃には、持ちうる魔力の全部を注ぎ込む勢いで鉄壁を敷いたつもりだ。


 が、しかし――ツキヨミクレハはその上から押し潰された。


「ぐ、ぅぅぅぅぅぅ――――ッッ‼‼‼」


 腕が折れる。肘が曲がり肩が歪む。打ち出されたボールのように身体が宙を舞う。

 暴風は鼓膜を裂き。重力加速度は手足の自由を奪う。 

 想定外なんてレベルじゃない。

 この一撃で既に勝敗は決したようなもの。

 どうあっても半分人間で半分吸血鬼程度の存在では勝てない、天と地ほど格差。

 対抗するなんて概念そのものが消失する。


 それでも幸いなことに、オレは殺されたわけでも――殺し続けられているワケでもない。

 だったらまだ、戦える。

 

「ッ――――、」


 天と地が逆転する中で両翼を大きく展開。

 極光は弧を描きながら、大地への着陸体勢に入る。

 当然、敵は容赦なく追撃に出た。

 助走もなしに自身が殴り飛ばした相手へと肉薄する、終末兵器。


「■◆□◆◇■■◈■――」


 そこには外敵に抱く憎しみも、殺害に抱く快楽も存在しない。

 まだ目の前に存在しているから――抹消する。そうプログラムされているだけ。

 見逃してはくれない。こちらが見ている限り、向こうもこちらを見続ける。

 だからこそ、行動予測は可能。

 自身で手を下さなければ敵を抹消できない時点で、迎え撃つことは可能なのだ。


 瞬きを終える前には既に攻撃を放っている敵に向け、再び聖剣を構える。


 一撃目――迎撃失敗、右腕が千切れて取れた。

 落下する聖剣を即座に消失させ、左手に再出現。

 二撃目――迎撃失敗、左腕どころか左半身そのものが消し炭にされる。

 しかし紫電により活性化した細胞が、光の速さで肉体の再構築を開始。

 生命のストックを惜しみなく注ぎこみ、次。

 三撃目――惜しい、神速に追い付きかけたが上半身と下半身が分裂する。

 一瞬だけ、どちらを軸に再生するか迷って……その思考が浮かんだ時には既に復活は完了している。

 並行してリソースの最適化を進行。拍数(リズム)を合わせ、焦点(ピント)を調整し、感覚(じこ)を削っていく。


「――――眩しいな」


 世界は灰色なのに、光が眼球を刺して仕方がない。

 よって色彩はカット。

 中身は空洞なのに、眼下に広がる町の構成材質一粒一粒まで見えて仕方がない。

 よって静止視力はカット。

 全体に惜しみなく振り分けたリソースを、攻撃のみに再分配。

 生命ではアレには勝てない。それはよく理解した。

 ならば。向こうが兵器であるなら、こちらもまた、それに対特化した兵器に成り下がるのみ。


 来る四撃目――神速で解き放たれた拳に、神速を以て聖剣を衝突させる。

 芯を捉えた。威力は充分。反動で両腕が破壊されたがライムラグ零点以下で再生完了。

 結果は……傷ひとつ与えられていない。


 まずい。今のは屠るだけの威力を持っていたはず。

 にも関わらずこの結果。理由は、終末兵器のリソース移動だ。


 オレが防御を捨てて攻撃に魔力を再分配したように、ヤツもまた攻撃の威力を同程度まで落とし防御力を強化した。

 つまり先ほどの衝突は敵の隙を突いたのではなく、むしろ逆。

 オレに一撃撃たせ、それを完璧に防御したところで、無防備になった懐に最小限の力で入り込むための――、


「 、ッ――――ァ、  ――⁉」


 計八回の殺害。

 傷の再生は即座に実行される。まだ絶死を引き連れた滑空(あいのり)は可能。


 しかし、かなり絶望的な状況だ。

 魔眼が読むのは思考だけではなかった。

 相手の魔力の流れ、リソースの再分配を見切るなど、アレにとっては容易いことなのだろう。


 それにより、攻撃と防御に割り振った魔力。攻撃速度。着弾位置。迎え撃つタイミング。すべてを計算し、確実に屠るだけの反撃装置をオレが構築したところで、向こうはそれを読み取り、一度導き出した解をひっくり返してくる。

 それは、回答欄に記入する前に問題文が書き換わるようなものだ。


「――――」


 このままでは効率よく、最小最低限の力で殺し続けられるだけ。


 殺されるたびに魔力は消耗する。既にもう、オレが今ある魔力をすべて攻撃に割り振ったところで、あの漆黒のヴェールは、膨大な魔力が編み上げた鎧は突破できないだろう。

 

 あの鎧に刃を通して核を破壊するには、火力を一点集中して装甲ごと貫くか、堅牢さの元になっている貯蔵魔力を消耗させるしかないというのに。


 魔力の総量で負けている以上、どちらも実行は不可能。

 言うまでもなく勝ち筋が見えない。

 どれだけ突き詰めたとしても、あの漆黒の鎧に刃を通すことは、不可能と断言する他ない、のか――?


「く、そッ――――、」


 墜ちる。落下する。

 そう、これまでの戦いは天空の舞台から叩き落とされ、地上に墜落するまでのほんの束の間。

 秒数換算して二十七秒の出来事。だというのにオレはそのたった二十七秒で、完膚なきまでに叩き潰され、捻じ伏せられ、中身まで見切られた。


 それでも、まだ身体は動く。

 背中に発現した一対の羽は自動操縦で体勢を操作し、反転する上下を整え、優雅な墜落へ。


 ――ああ、チクショウ。

 遠くに見える漆黒の兵器。世界に在ってはならない虚無。

 おそらくこの瞬きが終わり、再び目蓋を開いた時、アレは既にオレの脳を頭蓋ごと打ち砕いていることだろう。

 ここがツキヨミクレハの到達点。限界を超えた果てに待つ結末。


 ほら。いつの間にか(ソレ)は目と鼻の先に在って、何でもない災害(こぶし)は、ひとつの存在をこの世から抹消せんと迫り来る。全力には程遠い出力で、あくまでも今のオレを殺害するのに最適な出力で――、



「――――《開錠承認(チェック)》」



 《Count Start. existence compression is from ×××××××》


 脳内に無機質な電子音声が降り注いだ。

 ()()()()――到達点という名の通過点(ルート)を突破したことにより、鮮紅の魔眼によって認識を抹消されていた白銀が顕現する。


 その名は《オース・オブ・シルヴァライズ》。


 先の聖戦にて不死鳥より受け継ぎし、気高き責任の刃。

 その固有能力は生命の圧縮。あるいは未来の前借り。

 寿命という定められた旅路でこの先手にする力を代価に、同等の輝きを今この現在へと上乗せすること――!


 際限なく上昇していく魔力。

 今を超えるだけでは足りないのなら、未来さえ焼き払いこの闇を打ち滅ぼそう。

 消費(ベット)する寿命(チップ)に糸目なんかつけるもんか。

 一生に一度あるだけで儲け物の、お互いの存在そのものを賭けた力比べをしようぜ――バケモノ。


 一振りでダメなら二振りで。右手に《ディレット・クラウン》を、左手に《オース・オブ・シルヴァライズ》を掲げ、終末兵器を迎え撃つ。


「――――ッ‼‼‼」


 放たれた右ストレートと緩急をつけた左フック。その両方を完全に受け止める。

 漆黒を受ける極光。極光を受ける漆黒。

 それは相手の出力を常に上回るよう設定された終末兵器にとって、ありえない拮抗状態。


 どうやら――さすがの終末兵器も、額縁の中に描き切ったはずの絵がいきなり枠を飛び越えたら、出力調整(しゅうせい)に時間がかかるらしい。


 ぶつかり合う魔力の奔流は周囲に拡散。

 あらゆる物理法則が適応され、眼下の建物を切断し溶解し破壊し尽くしていく。

 その光景はさながら、文明を飲み込む超新星爆発。

 けれど惑星のルールはまだ機能している。重力に引っ張られた両者は大地を削りながら着地。


「――――、ッ」


 いいぞ。莫大な魔力増加による計算式の書き直しは、アレに致命的なタイムラグを起こしている。


 勝負を決めるなら今、この一瞬しかない――!


 リソースを再分配。眼前の終末を瞳に収め、今度はこちらが測定を完了。

 命を燃やせ、命を振り絞れ。体内で発生する魔力の爆発。間に合いかけた機械仕掛けの計算は再び引き離され、創世の極光が今――終末の漆黒を追い越していく!


「グ、うぉォオオオオオオォォォッッッ――‼‼‼‼」


 双剣による切り返し。それは深淵など容易く跳ね除ける。

 瞬間、オレは即座に大地を強く蹴り飛ばした。

 一度退けただけで終わり? 冗談。この勝負はどちらかが消滅するまで終わらない殺し合いだぜ。


 ゆえに、周りの建物を足場に移動を開始。着地して跳躍するのと同時に加速。確実に殺しきるための速度まで――それは不可能だ、極光を受け止めるには幽世の建築物は張りぼてに等しい――ならばそれに足り得るモノを新しく創造し具現化すれば問題ない――立体的に足場を組み上げ、点と点を閃で結び、星座を描くように空へと舞い上がったオレは、思わず笑みをこぼした。


「――――はは」


 気分は最高だ。徒競走で先頭を走っているような、誰にも譲れない清々しさ。

 ここでしか見れない情景(けしき)がある。ここでしか味わえない絶頂(かんかく)がある。

 風、光、速度そのものと一体化し、溶けていくような意識と身体。


 助走は充分。見せてやるよ――流星を。

 いつか見上げて憧れた光が、この手のひら向けて墜ちてくるということが、どういうことなのかを。

 そいつは結構、虚ろな兵器にも心が宿っちまうような衝撃かもだぜ。


 最後の足場を幽世内最硬として設定、中空に具現化。

 天蓋を蹴り上げて、地上の深淵めがけ最高速で墜ちていく――‼


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおッッッ――――‼‼‼‼」


 咆哮。極光一閃。鮮紅の魔眼がオレの姿を見上げた瞬間。墜ちた流星は終末兵器の心臓目掛け、確かに、その剣先を炸裂させた。

 天体衝突。その衝撃に耐えられず、世界が割れる。

 余波だけで建物は粉々になり、大地は口を開けるように崩落、その狭間に極光と漆黒も等しく飲み込まれる。


「な――ッ⁉」


 漆黒は極光を真正面から食らった。

 しかしその足場が、先に音を上げて融解。最終的な威力の確定までいかず、ヴェールを溶かすにも剣先が貫通するにも辿り着かない。

 それでも奔流は収まらず。舞台は地表を貫いて地下へ、なおも勢いは衰えない。


「――――」


 不意に、とある疑問が思い浮かんだ。

 不必要な思考ならば切り捨てたが、これはこの殺し合いの決着に関わると判断された。

 よって止水の境地にある思考が走り出す。


 幽世とは、言ってみれば結界だ。現実に上書きした箱庭だ。

 しかし、実際にそう設計したならばともかく、少なくとも今回は地下を掘削し続ければ世界の反対側に辿り着くなんてことはない。同時に惑星の核も、マントルすら存在しないし、深度につれて発生する温度や圧力の上昇だってない。


 ならば、果てはどこに設定されるのだろうか。どのような法則が規定されているのだろうか。

 内外の境界線に到達した時、どのような現象が発生する――?


 この手で初めて幽世を展開した際は、透明な壁が活動可能範囲を区切るように設定されていた。

 けれど前回と今回とでは、構造が違うんだ。

 オレは今回の幽世を、時間の流れを外と分離することで、ひとつの世界として成立するように構築した。

 そのような使い方があるとミアを見て学んだ。


 ならば知識として知らないはずの、いわゆる世界の果てに踏み込んだことで起きる現象とは。一体この先に、何が待ち構えているというのか。

 その答えは、地殻を数キロぶち抜いたところで、唐突に示された。



 ――空にいた。いつの間にか、空から墜ちていた。



「――、ッ――」


 オレは確かに上から下に墜ちて、墜ち続けていたというのに。

 気付いた時にはまた上空から落下していた。

 どういう理屈が働いたのか理解できない。が、そこはどうでもよかった。


 結局のところ、欲しかったのは壁だ。

 オレ自身が放つ魔力の奔流に負けない地盤。敵を固定して逃さない断頭台。


 それが何者をも通さない幽世の境界線であれば、適任なのではと考えていた。

 まあ、目論見は失敗に終わったのだが。

 まさか下の限界地点に到達したら、上の限界地点からワープして出てくるなんて予想できるものか。


 しかし、それでも――結果は上々。

 だから理屈なんてどうでもいいんだ。


 だって地下を経て、上空から墜ちているということは。

 先ほど具現化した、天と地の間にある最硬のアレに辿り着くということで。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――終末兵器を圧し潰すだけの断頭台として、充分すぎる!


「おおおおおおおお――ッッッ‼‼‼‼」

 

 足場として使った天蓋へ落着。そして炸裂。

 ついに魔力の奔流は逃げ道を失い、終末兵器を捉えて離さない。


「■◆□◆◇■■◈■――⁉」


 眩しい。色彩はカットしたはずなのに目が潰れる。

 鼓膜は既に破れ、侵入する暴風が脳を揺さぶる。

 全身の血液は沸騰し体内は膨張、破裂寸前の風船のよう。


 それでも、暴れ狂うこの身体を必死に制御し、固定し、敵を討つために全身全霊を賭ける……!


「ぐ、ッ――ぎ、……ッ‼」


 けれど、衝突はまだ終わらない。

 けれど、剣先は未だ阻まれている。

 それは一体、何に?

 見れば、聖剣の貫通を拒む終末兵器の手には、漆黒の剣が握られていた。


「――――――――――」


 それを見て、すべてを理解する。

 終末兵器は、再調整を完了していた――。


 極光。二振りの聖剣。未来を代価にした現在の上乗せ。

 それらを使い、オレが漆黒の鎧を一点突破しようとしたがゆえに、向こうも自らのリソースを一点に集約する手段を取ったのだ。

 その結果があの剣。漆黒のヴェールが一点に押し固められた姿。

 オレという存在の未来をも受け止めてしまう、最強の(つるぎ)――。

 

「……ッ、ぐ、ぉおおおおおおおォォォ――‼‼‼‼」


 チクショウ……ッ!

 兵器を兵器たらしめている核。それさえ破壊すれば試合終了の判定が下りるフラッグへ、あと数センチ、あと数ミリだけ……どうしても剣先が届かねぇ――!


 魔力総量ではオレが勝っている。実際、あの盾の下に隠れた核以外の部分にはダメージが入っている。

 だが、しかし――範囲が広すぎるのだ、オレの力は。

 これは魔力量ではなく魔力放出量、即ち蛇口の問題。

 オレはこの膨大な魔力の柱を、一点に収束するだけの技術を持っていない。だからいかに断頭台を用意したところで、より精密により高い放出量で形成される盾を、押し流せないのだ。


 例えるなら、相手の人差し指を机に付けることが勝利条件の腕相撲。

 ほかの指や手の甲、腕そのものを倒したところで、人差し指さえ健在なら勝負はまだ付かない。

 無論、指一本で相手に勝てる可能性はゼロだろう。

 けれど、それでも試合が継続するなら、それは持久力の勝負となる。

 そしてその場合、寿命を燃料としているオレのほうが、圧倒的に分が悪い。


 断言できる。このままでは、オレが先に息切れする――。


「――――」


 その時、終末兵器の魔眼が妖しく煌めいた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()

 オレにあとどのくらい燃料が残っていて、それはどの程度の魔力を生み出せるのか。

 防御は可能か。耐え切ることは、逃げ切ることは可能か。

 この状況をさらにひっくり返すような手段を持ち合わせているか、その可能性に繋がるような思考をしているか――そのすべてを紅い瞳で射抜いて、勝利を確信した終末兵器は、深淵の向こう側で微かに口の端を吊り上げた。

 

 そうか。

 探し物は見つからなかったみたいだな、バケモノ。






































 ――――――――――――――――――――――――――――――()()()()





































 すべての記憶を取り戻したオレは、思わず苦笑をこぼした。

 まったく。我ながら子供っぽい部分があるというか、まあ実際上手いコト決まって気分がいいというか。

 思考封印の上から設定していた決め台詞を叩きつけ、オレは身体を一本のネジのように捻り、終末兵器を薙ぎ払う。


 無論、防御は突破できていない。

 ならばこれは断頭台を手放す愚策。

 敵はさぞ、オレの意図を測り損ねているだろう。

 なにせ壁に叩きつけられたかと思いきや、再び宙に放り出されたのだから。

 しかも唯一残された手段である、持久戦という勝負を放棄して。


 ああ、でも仕方ないだろ。

 だってこのままじゃあ手が足りない。


 ゆえにこれは、聖剣を手放すための一手だ。


「ッ――――‼」


 薙ぎ払いが終了するのと同時に、オレは二振りの聖剣をブーメランのように投擲。

 左右から挟み込むように向かい来る刃を、終末兵器は当然迎撃する。

 突如として解禁された思考を読み取るタイミングを、逃したまま。

 

 並行してオレは、開示されたプログラム通りに身体を動かす。



「《血識羽衣(アルカードレス)》――《魔弾八達・澪標(ヒソウノマダンニ)》――ッ‼」



 血の繋がりを辿って悪魔の、その最愛の眷属の力を身に纏う。

 同時に無力化されたばかりの《ディレット・クラウン》を左手に出現。具現化を実行。

 既に固定台(みぎて)は構えてある。

 残りは砲身、ただそれのみ。


 創造するは手にした瞬間(とき)からみな等しく力を振るうことのできる、自由。

 剣に担い手の信念が宿るように、冷たい機械にも命の重みは宿る。時には愛が宿ることだって――多分。

 愛ゆえの盲目。酩酊。そして来る黎明。


 魔力という名の弾丸を装填。

 引き金にかける指は右の中指。

 それは、現存する魔力のすべてを注ぐことで可能となる一射。

 余力を残さない性質上、撃ったあとは戦闘不能になるため、この力の元の持ち主は自爆技と形容していたが。

 これは己の総力を一点に収束し、確実に目標を撃ち抜く必殺の絶技――!



「《熾条の魔弾(インペリアルトリガー)》――――、オレの勝ちだ」



 引き金を引いたその時。

 幽世の空。星も月も見えない灰色の天井に、逆さまの流星が煌めいた。

 一条の光は漆黒に潜む心臓(かく)を貫き、その後どこまでも上昇を続ける。

 空を超え、天を撃ち抜き、そしてまた地下より出でて再度、空へ。

 赤く、紅く、燃えるように輝きを放ちながら。

 それを繰り返して、繰り返して、繰り返して。


 けれどもお願い事を三回言い終えるより少し早く、星は満足そうに燃え尽きたのだった。


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