XX話『孤独に耐えかねた、寂寞なる地雷乙女』
☆
いつからわたしは、こんなに暗い場所にいたのだろう。
八つ当たりみたいな口論をして、町へ出て、でも夜になると光がどうしても眩しくて。
逃げるように裏路地へ入った。
するとどうだ。
今度は怒りで誤魔化していた孤独が、抱擁してくるじゃあないか。
ああ……自分でも、気分が落ち込んでいることは分かってる。
どうして。愛されるためには努力する必要があるって学んだ。だから必死に愛されようとしてきた。でもやり方が間違ってるのか、本当はできてないのか、それとも相手が悪いのか、結局はいつもこうなる。
わたしは選ばれない側で、その事実に落ち込んで、病んで、沈んで、血の滲む左腕に爪を立てる。
「……ふざけんな」
違う。こうして腕に傷をつけるのは、誰かに構ってほしいからじゃない。
消したい。上書きしたいんだ。無いはずなのに見えてしまう、点滴痕を――。
「ふざけんな。ふざけんな、ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんな――ふざけんな‼」
わたしはもう昔とは違う。もう閉じ込められてなんかいない。
ここは病室の外で、好きな場所に行って、好きな物を食べて、恋も愛も全部思うがままだ。
自由なんだ。自由の、はずなんだ。
それなのにどうして、こんなにも渇きは癒えてくれないの。
ひとりが寂しい。冷たい。もっと温かいものが欲しくてたまらない。
だけど、それだけがどうしても手に入らない……!
「なんでみんな、わたしから離れていくの……ねぇ……誰か教えてよ……」
こうなったらもうおしまい。
あとは時間が経つのを待つだけ。
治るわけじゃない。よくなるわけじゃない。
ただ悪化した状態に、慣れていくだけ。
自己嫌悪の沼に足を取られて、深い闇に溺れて、そして――そんな自分に酔って、誤魔化すんだ。
盲目のフリをして、酩酊のフリをして。
そうやってまた、足を動かし始める。
「もう……捨てちゃいたい……楽になりたいのに……」
いくら本音を吐露しても、別の本音がこう囁く。
お前は自分ひとりじゃ満たされないようにできてるんだ。
誰かが埋めてくれないと心の空洞は消えてくれないんだ。
……う、うう。ううう。誰か教えて。関わる人を傷つけて、傷つけられるしかないわたしは、こんなにも不完全なわたしは、なんでこの世界に生まれたの。
どうして死にたくなるほど苦しいのに、気付いたら手を伸ばしているんだろう――?
うふふ、あはは。バカみたい。
でも大丈夫。きっとあと数分もすれば、こう思い始めるはずだから。
こんなに辛い思いをしても、したからこそ、いつか、いつか、自分を助けてくれる人が現れるよね。見つけることができるよね……ってさ。
次はワガママ言いません。お花畑のような景色もいりません。
わたしに特別な感情を向けてくれるなら、それが愛情じゃなくても、哀情だったとしても。
それで足りないモノが手に入るなら……。
「――哀れな子」
死人の声が聞こえた、気がした。
顔を上げると、裏路地に佇む人影が目に映った。
「蝶よ花よと愛でられないのなら、どれだけ汚くても惨めでもいいから哀が欲しいだなんて。中々どうして、見下し甲斐のある子じゃない」
彼女は嗤っていた。妖艶に。空虚に。あるいは――聖母のように。
「ねえ。もしも、あなたの望みを叶えてくれるモノがあると言ったら、受け取ってくれる?」
……あれ、誰だっけ。
その綺麗な髪、どこかで見た覚えが、ある、ような。
まあいっか。今はどうなったっていい気分なんだ。
わたしに恵んでくれるなら、それがなんだって、よろこんで受け取っちゃう。
「では、孤独に耐えかねた、寂寞なる地雷乙女に授けるわ――我が妖刀を」
まだ――欲しいか。
欲しいなら立ち上がれ。立ち上がらなければ手は届かないぞ。
手を伸ばせ。届かなかったモノに。届くはずのモノに。
諦めることは認めない。何より自分が許さない。
ほら、さあ。
――わたしを救ってくれる王子様は、どこにいるのかな?
目蓋を開けると、女が血を流して死んでいた。
茶髪を短くまとめた髪型で、偉い人みたいにきちっとした服を着ている。
全部、赤い染みが付いちゃって台無しだけど。
んん。あれ。よく見たらこの人、知ってる。
なんだっけ。ついさっきのことが思い出せない。
なら顔を見たら分かるかも。
どうせもう死んでるし、身体をひっくり返すくらい許してくれるよね。
手のひらにべっとりと液体が付いた。
うぇー、ヌメって気持ち悪い。これじゃあうまく掴めないじゃん。
もう、仕方ないなぁ。
丁度よく使えそうな棒を持ってたから、これに引っ掛けて、と。
ふー、女の子には大変な力作業。
でもその甲斐あって、やっと顔が見えた。
もしかして泣きながら死んじゃったのかな。可哀想、ひどい顔。
でも思い出したよ。
この人は――シャーロット。とか呼ばれてた会長様だ。
うん。すっきり。分からないものが分かるとすっきりするなぁ。
じゃあ行こう。こんなにも気分は晴れやかなんだから。
この先には必ず良い出会いがあるはずだよ。
お姫様がいるから、きっと王子様がいる。
王子様がいるから、きっとお姫様がいる。
間違いない。だって昔、来たんだから。王子様。
好みじゃなかったから殺しちゃったけど。
はーあ。
次こそは――わたしを×してくれたら、いいなぁ。
ほら、早速ひとり。靴音が聞こえました。
「南支部所属の騎士ウィリアムだ! そこを動くな! いいか、妙なことをするなら剣を抜くことになる! 理解したな⁉」
うーん、ハズレ。




