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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
二章【地雷乙女の物語】
33/81

8話『恋は、盲目なんだよ』



 アネモネから突如渡された役――『ジェニファー』。



 舞台に立ってみないかという提案を、何を血迷ったかオレは、引き受けることにした。

 演技どころか人前に立った経験すらない身であることは分かっている。

 しかし吸血によって得た他人の記憶が原因で、自己があやふやになっている現状。


 アネモネの言う()()を理解すれば、それが今を乗り越えるきっかけになると思ったんだ。


 何より、アネモネはプロ。

 ひとりでありながら、ひとりであるからこそ、この舞台の始まりから終わりまでを隅々まで把握している。

 決して悪ふざけでオレのような素人を使うわけじゃあないはずだ。

 だから、悪魔の甘言に惑わされてやることにした。


 それに――自分が何者かになる夢を見る、ってのは得意分野だったしな。


 それはこの世界に来る前のオレが毎晩行っていた、儀式のようなもの。

 過酷で厳しい現実をやり過ごすための……逃避行。

 ジェニファーという女を自分なりに解釈するのは、不可能なことではなかったんだ。

 それが幸なのか不幸なのかは、分からないけど。


 さて、今から立つ舞台のストーリーを大まかにまとめるとこうだ。


 ジェニファーはとある国の王様の妻であり、同時にその臣下のひとりと不貞を働く罪人だった。

 ある時、彼女の過ちは暴かれ、王様は悲嘆し高官は激怒する。

 結果、ふたりは敢え無く処刑されてしまうのでした。


 これはとある国の王様が、間違うことでしか関われなかった妻と臣下の死を悼み、誰もが笑って、幸せでいられる世界を実現するために立ち上がるお話――。

 

 と、ここまでが前半で、物語の表側だ。

 そして舞台の後半には裏側であるジェニファーの内面、動機が語られていくことになる。


 彼女は五歳になった誕生日の夜、夢を見た。

 それは魔法使いが下した予言。


 ――やがて王は、ただひとり、そのちっぽけな背中に世界のすべてを背負うことになる。そしてジェニファーこそが、それを支える妻となるだろう。


 否。それは夢見がちな子供の見た、他愛ない幻だ。

 ジェニファーは自身と歳の近い王子が、王様へと成長していく様に憧れを抱きつつも、そう思っていた。


 しかし運命の歯車は、動き始める。

 ジェニファーが王様の妻として迎えられたのだ。

 きっかけはなんだって構わない。とにかく予言の通りに時間が進み始めた。

 彼女は思う。――このままではいけない、と。

 なぜなら彼女は王様に対して、王子に対してこう感じていたのだから。


 ああ、なんて、哀れなのだろう、と。


 幼い身で将来を定められ。使命を定められ。

 自己を犠牲にして、どこまでも他人のために尽くす、国で一番立派な奴隷。

 そして決められた未来では、王様は世界で一番立派な奴隷になってしまう。


 ジェニファーは恋をした少年を、愛を抱いた男を、その運命から解き放つために殺害することを計画した。


 王様にすべてを背負わせようとする(せかい)を、内側から崩壊させることにしたのだ。


 臣下のひとりと不貞を働き、王様の手腕に懐疑心を抱かせ、自身の処刑をきっかけに反逆が起きるよう準備を整えた。

 どれだけ王様に恋をしていようと、どれだけ王様が自分を愛そうとしても。

 その心を踏みつけ、拒絶し、徹底的に避けた。

 それが王様のためになると信じて。

 

 ――来る運命の日。


 ジェニファーの目論見では、自身と不貞相手の処刑は他の高官、騎士たちによる反逆で有耶無耶になるはずだった。

 死ぬのは王様ただひとり。

 蜂起は、決行された。


 だがしかし――王様はこれを即座に鎮圧。

 命と運命を戦場に落とすはずが、反逆者たちに勝利してしまったのだ。


 その後すぐに不貞相手は、大衆の前で斬首刑に処され、それを見てジェニファーは思う。

 何かがおかしい。

 計画は完璧だったはずなのに。


 すぐに彼女は、何もかもをかなぐり捨てて逃げ出した。


 こうなったらすべてを話して説得するしかない。懇願するしかない。

 世界のために生贄になる必要はないと。

 名も無き誰かとなって自由に生きる道もあるのだと。


 自分の命はどうだっていい。

 ただとにかくもう一度だけ、恋をしたあの人と話をしたかった。


 なのに。

 これが、運命に逆らった罰だとでもいうのか。

 何もかも遅すぎたというのか。


 王様の居る部屋の前には、ひとりの騎士が待ち構えていた。

 騎士の正体は、ジェニファーの不貞相手の家族。

 大切な家族の、愛する者の名誉を守るため、騎士はすべての罪をジェニファーに被せ――刃を突き立てた。


 ――そして王は立ち上がる。

 誰もが笑って、幸せでいられる世界を実現するために。

 その身を理想に捧げることを、己の命の使い道とした。

 

「『――ご観覧ありがとうございました。今宵、皆様に最高の舞台をお届けでき、恐悦至極に存じます。お帰りの際は夢が覚めないよう、どうかお気をつけて。また次の舞台でお待ちしております』」


 盛大な拍手と共に、アネモネがお辞儀をする。

 舞台の幕はすでに下りていた。この喝采を聞くに、成功と言って差し支えないだろう。

 悪くない気分だ。

 これだけ大勢の人を楽しませることができた舞台――それに関われたってのは。

 

 でもなぁ……。

 ボロボロで血塗れのドレスの上から腹をさすり、ため息交じりに舞台上を見る。

 そこにはまだ()()()()()が、バケツを倒したようにぶちまけられていた。

 

 そりゃあプロの演技に負けないために素人ができることと言えば、実際の体験を持ってくるってのが手っ取り早いかつ、真に迫れるんだろうが。いや、迫るっていうか真そのものだったんだが……。

 

 白状すると先ほどの舞台でオレは、アネモネ扮する騎士に正真正銘本物の剣で、本当に身体を貫かれていた。

 ジェニファーが意図せず騎士の剣に貫かれたように――何の報せもなく、な。

 ……そりゃ観客も技量を疑わないはずだぜ。演技じゃないんだから。


「『悪かったね、クレハ。傷のほうは大丈夫かな?』」


「治るって分かってたからやったんだろ……チクショウ、イテーもんはイテーんだからな」


 舞台袖に来たアネモネにオレは抗議する。が、どうにも怒りきれないのが正直なところだ。

 だって。


「『刃をねじ込まれたあの時の君は、紛れもなくジェニファーだった。それは観客にとっても君自身にとっても、価値のあることだったとボクは思う。どうだい?』」


「…………」


 意地の悪い質問だ。オレがどう答えるかを分かってて聞いてる。

 両手を挙げて降参、というポーズを取り、ひとまずオレは訴えを飲み込むことにした。


 実際、観客は満足してくれた。

 それにオレ自身も、他人になりきることで何かが掴めそうな気がしたんだ。


 さらに、もうひとつ。

 舞台袖から見せてくれたアネモネの舞台(ステージ)は、文句のつけようがないくらい素晴らしいものだった。

 そういうのに疎いオレでも楽しめるような仕掛けがいくつもあって、暗いストーリーながらも出てくる発想はまさにおもちゃ箱のそれだ。

 

 だからまあ、魅せてくれたチケット代ってことで、特別に許してやろう。 


「『舞台に立つ喜び――知ってしまったなら、また明日も来るといい』」


「え?」


「『ボクにはそれを叶えられる手腕がある。舞台に立つたび、他人を演じるたび、君は君の理解に一歩ずつ近づいていくだろう。それは素晴らしいことだ。……公演期間はあと二週間。出演してくれるなら報酬は支払うし、あと差し入れでお弁当が貰えるよ』」


「やるわ‼」


 即答だった。金と飯には逆らえないのが、ツキヨミクレハなのだ。


「おかえり、クレピ♪ どこ行ってたの?」


 メイド喫茶での仕事が終わり、部屋着に着替えたミアに出迎えられる。

 時刻は夜の八時くらい。

 こう見ると、結構時間を忘れて舞台に没頭してたんだな。


「いやぁ、アネモネに誘われてさぁ。いきなり舞台に立たされるわ、本当に剣で貫かれるわでとんでもない数時間だったぜ」


「へぇ……。あっ、ねえクレピ、今日もオムライス作ったの! 食べて食べて♪」


「おっ、ちょうど腹減ってたんだよな! ありがとな、ミア」


「いいよいいよ♪ こういうの、同棲って感じが出てキュンとするし♡」


 相手の帰りを待って、想って、料理を作る。

 それが単純に嬉しかったり、反応を想像して楽しみにしたり、とにかく心が躍るような感覚になるのだとミアは語ってくれた。

 

 なるほど。そういう考え方もあるのか。今までに無かった視点だな。

 これは……もしかして、役作りに使えるんじゃないか?


 自分の視野だけにとどまらず、様々な価値観を知り、理解すれば、解釈の幅を広げて役のリアリティを上げることができるはずだ。


 ああ。一度そういう風に考え始めると、なんだか何も考えず流されるまま生きてきたこれまでの人生が、すごく勿体なく思えてきた。

 どんな成功も、失敗も、憧れも、鬱憤も、自分に降りかかるあらゆる出来事は肥やしになる。

 だから目の前にあるモノを、ただ目の前にあるモノとして流すのは、出された料理を味も名前も知らずに食べるのと一緒だ。


 オレは舞台演技に触れたことで、そんなことを――思うようになっていた。


 翌日。朝七時。ミアがメイド喫茶に出勤するよりも早く、オレは起きて身支度を整えていた。

 顔を洗い、髪を整え、映らない鏡を見て気合いを入れる。


「あれ……クレピお出かけの準備? どこか行くの?」


 ミアがベッドの上から、気怠そうに声をかけてくる。


「あー、アネモネの舞台、今日も行ってみようかなーって」


「え?」


「ん?」


 謎のやり取り。少しの間を開けてミアは、寝ぐせの付いた頭で笑顔を浮かべた。


「なんでもないよ……♪ 頑張ってきてねクレピ」


「おう」


 そうしてオレは――舞台というものへ傾倒していく。

 今の自分に必要なもの。

 今の自分がやらなくてはいけないもの。

 

 それはやがて。


 今の自分が欲するもの。

 今の自分がやりたいものになっていった。


「そんじゃ、行ってくるぜ」

「いってらっしゃいクレピ♪ しごがんば!」


 ――その日は、恋する乙女を演じた。


「んじゃ、夕飯の時間には帰ってくるからよ」

「おっけ~。今日のクレピ、ビジュ天才だから見せつけてきて♪」


 ――その日は、愛を求める女を演じた。


「今日は少し遅くなるかもな。前より厚い資料貰うようになってさ」

「うんうん。大丈夫だよん♪ ミャア待ってるから」


 ――その日は、恋に尽くした少女を演じた。


「昨日初めてお客さんに挨拶されちゃってよぉ。嬉しいもんだな! ああいうのって!」

「えーいいじゃん♪ クレピもどんどん人気者って感じ?」


 ――その日は、愛に捨てられた娘を演じた。


「今度、短いけどセリフ言えるみたいなんだよ。舞台に立つのもかなり楽しくなってきてさぁ!」

「……そっかぁ。よかったね。頑張ってね、クレピ」


 ――その日は、恋も愛も求めず欲に溺れる女を演じた。


「んで焦って台詞が飛んじまったんだけど、アネモネが機転聞かせてくれて、すごかったんだぜー」

「クレピのほうがすごいよ。朝も昼も夜もずっと舞台のこと考えてて……」


 ――その日は、恋も愛も知らないのに欲しがる女を演じた。


「今日は町中のいろんな劇を見て来いってさ。見分を広めるってやつ?」

「じゃあ今度のお休みは……ううん。行ってらっしゃい、クレピ」


 ――その日は、アネモネの舞台の凄さを改めて実感した。


 さらに痛感したのだ。

 公演中の舞台が終わるまで、一週間を切った。

 なのにオレはまだ何も掴めていない、と。


 だから。


 もっと、もっと――今後もアネモネの舞台に立ち続けるために、実力をつけないと。

 いつまでも脚本と演出におんぶに抱っこじゃダメだ。

 そのせいでアネモネの選択肢の幅を、狭めてしまっている。


 まずは、今以上に役を理解して、入り込まなければ。

 

 貰った明日の台本には設定――いや、ひとりの女の人生と、その存在証明となる言葉が二、三言書き連ねてある。

 聖仙が残したアガスティアの葉のように。過去、現在、未来のすべてはここにあるのだ。

 この黒いインクに従え。この黒いインクの外側を想像しろ。


 オレは、この女だ。

 この女は、オレだ。


 器を空っぽに。自我を空っぽに。

 すべてを役に置き換えてしまえ。

 言葉遣いも、価値観も、身体も、心も、台詞も。


「ねえクレピ、またオムライス作ったんだ。一緒に食べよ~?」



「『――()()()()()()()()()()()()』」



 この言葉をきっかけに女の運命の歯車は狂い始め、――パリンッ。


 皿の割れる音で、オレの意識は引き戻される。

 

「――――?」

 

 顔を上げると、両手で顔を覆ったミアが、少し離れたところで立ち尽くしているのが見えた。

 足元には陶器の破片と、ぐしゃぐしゃになったオムライス。

 しんとした空気は、今にも決壊しそうなダムのような緊張感を漂わせており。

 ミアの呼吸に応じて上下する指の隙間からは、(あか)色の光が漏れている。


「ミ、ア……?」


 直前までの記憶はない。

 役に入り込みすぎたせいだ。

 ただ何か、ミアの気に障ることをしてしまったのは分かる。

 謝らないと――そう思った瞬間、ミアは部屋の明かりを消して、オレをベッドに押し倒した。


「ッ――な、⁉」


 躊躇なくオレの身体に馬乗りになり、身動きを封じるミア。

 闇の中で妖しく光を放つ紅い瞳――その眼差しがオレの眼球を射抜いて、呼応するように《血識羽衣(アルカードレス)》が発動した。


「ん、――――ぐ」


 悪魔の目は射抜いたモノの心に干渉する。

 ミアがオレにそうしているのか。オレがミアにそうしているのか。

 彼女の心に強く浮かぶ情景が、脳内に流れ込んでくる。


 目蓋の裏側に投影されたのは――路地だ。

 月の光を遮り、大通りの喧騒から一歩引き、誰も目を向けない、向けられても気にされない場所。

 そこで、いつかの夜。

 苛立ちを隠すつもりもない自らの眷属に、悪魔は無感情に説明している。


「『クレハは恋愛感情というものを理解していない。だからまず、君から向けられる好意がどういうものかを勉強させるんだよ。舞台と演技を使って主観的、客観的にね。そうすれば勝負の土台に乗せられる。君の望みは叶うよ』」


「……あっそ。分かった、アンタの口車に乗ってあげる。でもちゃんと覚えといて。もしまたミャアの気持ちを裏切ったら……死ぬまで殺してやるから」


 そこで映像が途切れ、風景は現在に立ち返る。

 お互いの瞳だけが淡く発光し、お互いの呼吸音だけが鼓膜を撫でるこの空間。

 だというのにお互いの心は、あまりにも、すれ違っている。


「ミャアはね、クレピのこと、好きだよ。だから大嫌いなアイツの提案を受けて、クレピに行ってらっしゃいって言ったの。本当はずっと一緒に居たかったし、お休みの日はおでかけとかしたかった。でもたくさん我慢した」


「…………」


「クレピは恋愛感情が分からないんだよね? それでもいつか、きっと……ミャアの気持ちに答えてくれる時が来るって信じて待ってた。なのに、アネモネは……またッ! クレピの相手はミャアなのに‼」

 

「待てよミア……もう少しでオレは、何かが分かりそうな気がしてて……」


 ――それ以上やっても意味ないよ。あとはアイツと同じになるだけ。

 本当の自分が分からないなんて嘘。

 目を逸らしてるだけ。見ないフリしてるだけ。自分を出すのが怖いだけ!


「誰の話だよ、それは……」

 

誰だってそうじゃん(言わなくても分かって)()


「――ッ、ぁ………」


 思わず歯を食いしばった。

 外と内の両方で同時に叫ばれて、言いようのない不快感を覚えたせいだ。

 そしてその感情はミアに筒抜けだし、それを受けたミアの悲しみも自己嫌悪も、すべてオレに返ってくる。


「やな思いさせて悪かったよ。オレは、ただ……」


 そこまで言うと、ミアはオレの両肩をぐっと掴み、垂れた髪が触れるほどの距離で叫んだ。


「優しくすんな! 何が()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ! 何も返してくれないくせにそれで自己肯定してさァ! 恋も愛も分からないとかふざけんな‼ 嬉しいならわたしのことも好きになれよクソが……ッ‼」


 言葉が出ない。

 圧倒されたのもそうだけど、ミアの言うことは多分、何も間違ってないから。

 

「めんどくさいんだよ……好きって言ってんだから抱きしめてよ……。……わたしだけを見ててよぉ……」


 ミアはオレの胸に顔を埋めて、悔しそうに嗚咽を漏らす。

 寒い。冷たい。温もりが欲しい。

 そう思って縋りついたオレの身体もまた、きっと望んでいた温度ではなかったのだろう。

 

 顔を上げたミアは、手のひらでオレの両目を覆う。

 視界から外れたことで心の声は聞こえなくなり、代わりにミアの疲れきった声が囁かれる。


「……お前だって同類なんだ。寂しくて切なくて、誰かと繋がりたくて仕方がない。でもそれができないから必死に自分で自分を慰めてる。その心の隙間、わたしと埋め合おうよ。こういうのだって、恋愛でしょ――」


 ――ほら、身体戻してあげる。目、開けてみて。


「そんな……………………え」


 声が、声が男のものに戻っていた。

 それだけじゃない。髪も、腕の太さも、筋肉も。

 全部この十日間見失い続けた、元の男の身体だ。


「なんで……なんでだよ、わけわかんねぇ……」


「だってなりたいって思ったから女になってたんでしょ。だったら簡単だよ。この悪魔の目で、意識の方向性を変えてあげれば、ほーら元通り」


 淡々とミアは語る。

 その一方で、身体が元に戻った驚きと喜びをまだ掴めていないオレは、すっかり暴走気味のミアを押しのけることを忘れていて――気付くのに遅れた。

 

 ミアが服をはだけさせながら、その真っ赤な唇を近づけていることに。


「気持ちよくしてね」


「なッ、ダメだろ! ――いいのか⁉」


 ミアの手が自分の胸元から、オレの腹、そしてその下へと伸ばされる。

 ……まずい。これはまずい状況だ。

 ともすれば剣で貫かれるよりも、ずっと。


「恋は、盲目なんだよ。だから覚めるかどうか試さないとね」


 可愛らしく小首を傾げたミアを見て、オレは自身の内側に、形容できない想いが込み上げてくるのを感じた。


 今から行われることを、オレは知っている。


 今から行われることを、オレは想像できる。


 ああ……さっきまで何とも思わなかったミアの柔らかい肌。艶めかしい吐息。潤んだ瞳。さらさらの髪。そのすべてがオレは、オレは、オレは、オレ、は――――――反吐が出そうで仕方がない。


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