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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
一章【出会いの物語】
3/81

2話『ご契約のサインは首筋にお願いします』

 見たことない町の見たことない路地を上がったり下がったりして、オレはレイラの小さな背中を追った。

 そうして行き着いたのは、町の大半を見下ろせる広場だ。


「……マジで知らねえ景色。日本じゃねえんだな、ここ」


 柵に肘を乗せたオレは、見たまんまの感想を言う。

 夜だから町の端から端まで全部を見れたわけじゃあないが、それでも小さな明かりに照らされてる建物は……文化ってのが違う気がした。

 いや、こういうのは文明っていうのか?

 まあ詳しいことは知らねえが、とにかくだ。ここはオレが元々いた世界、国じゃないことは確かっぽい。

 

 ふと隣にいたレイラが、いつの間にか持ってた紙袋から、器らしきものを取り出してオレに寄こした。


「なんだこれ?」


「シチューじゃよ。味の保証はせんがな」


「へー、食うのはじめて……こんな感じか~、ありがとよ」


 一緒に渡されたスプーンを持って一口。うーん、味が濃くて美味い気がする。

 冷めちまってるが肉も野菜も入ってるしすげえ豪華だ。食えるうちにさっさと食っちまおう。


「……では話の続きじゃ。このリタウテットには、人間以外の、いわゆる幻想的(ファンタジー)とされるモノが多数存在しておる。ワシもそうじゃ。ほれ」


「ん~? ……あっ⁉ どこいった⁉」


 隣にいたレイラが、音もなく消えた。驚いたオレは持ってたスプーンを落とし、同じタイミングであいつの声が降ってくる。 


(そら)を見上げるがよい」


 言われるままに顔を上げたオレが見たのは、レイラが街灯のてっぺんに座ってる光景だった。そしてその背には――体よりもでかいんじゃないかってくらいの真っ赤な羽が広げられている。


「うぇっ……羽、生えてんじゃん……」


「ワシは高貴なる吸血鬼」


「コウキ?」


「……偉いということじゃ」


「へ~、ホントに偉いやつは好きだぜ。仕事とか物とかくれるしよ」


 落としたスプーンを拾って、残ったシチューをかき込む。

 

「まるでイヌじゃな」


「ま、ここに来る前はずっと借金返すのにいろんなことやってたからなぁ」


「そうか。……スプーンなんぞ、いくらでも新しいのをくれてやるというのに」


 そう言いながらレイラは、消えた時と同じく足音一つ立てずに着地した。

 その時、吸血鬼の羽ってのを間近で見たんだが、なんだか思ったより生々しくないなってのが正直な感想だ。

 こう、鳥とかコウモリのものとは違くて、レイラの羽は赤い光が集まっただけっつーか……触れるのかどうかも怪しい感じで。


 実際、地面に足がついたら一瞬で消えちまったし。不思議なもんだ。


「其方、年齢は?」


「え~十五、あれ、十四だっけな……ここってカレンダーとかあんの?」


「あるぞ。今日は四月十三日じゃ」


「ってことは……あ~、どういうことだぁ?」


 オレがこの世界とやらに来る前は、雪が降ってた。となるとその時の季節は冬だったはずだ。

 なのに今は四月だって?

 そりゃ確かにいつものボロいシャツとズボン着てても、過ごしやすい気温だけどさ。


 でも、なら、この季節のズレはどういうことで、結局オレは何歳なんだ?


「ま、難しいことはいいや! お前、オレのことが必要だって言ったよな。メシくれたし、ほかにやることもねえから、頼みごとなら引き受けるけど?」


 つってもオレぁ馬鹿だし、やれることなんて少ねえけどな。と、小さく付け足しといた。

 まあ路地裏に転がってたオレに声かけたんだ。多分オレみたいなヤツのほうが都合がいいってコトなんだろう。


「話が早いのは助かるがの。ワシは別に其方を懐柔するためにシチューを食わせたのではないぞ。打算的に見えることは否定せんが、これは古い友人との約束なのじゃ」


「友人?」


「相棒と言い換えられる。どうか、それだけは覚えておけよ」


「……はぁ」


「うむ――」


 どっか思うところでもあったのか、遠くを見つめて浸っちゃってるレイラ。

 それを横から眺めてると、涼しい風が吹き抜けた。

 風に散らばるレイラの白い髪は、横の隙間からたまに見える赤い目と同じように、まるで月明かりを吸ってるみたいに淡く光っていて……綺麗だと感じた。


 絵本にでも出てきそうな、って言えばいいのか? 

 ……うーん、なんだろうな。いい感じの言葉が見つからねえ……。

 けど、綺麗なモンを綺麗だと思える情緒がオレにもあったことは、なんとなく嬉しかった。

 

「……太陽が……そうじゃのう」


 遠くの空が明るくなってるのを見て、レイラがそう呟いた。

 そういや最初に夜明けがどうとかって言ってたからな。吸血鬼に日差しはダメなのかもしれない。


「もったいぶったな、本題に入るぞ。其方にはワシの眷属となり()()に参加してほしい」


「ああ、いいぜ。で、けんぞくって?」


「ワシのお手伝いさんのようなものじゃ」


「じゃあセイセンってのは?」


 レイラが片手を構える。すると次の瞬間、どこからともなく剣が現れた。

 素人目にも分かるほどオーラのある……というか実際、透明に近い緑と桜色のオーラに包まれてる剣だ。

 いかにも高そうっていうか、貴重って意味で値段がつかなそうなモンだな。持ち手と刃の間に王冠がついてる。


 つか今、絶対何もないところから出てきたな……吸血鬼特有の手品か?

 オレはワクワクしながらタネ明かしを待った。が、どうやらレイラの話の本題は手品じゃなく剣そのものにあるらしかった。


「これは聖剣と呼ばれる特別な(つるぎ)。名は《ディレットクラウン》――これと同格の物がほかに六本存在しており、聖戦とはそれを巡る争いじゃ。戦いを勝ち抜いてすべての剣を揃えた者は、世界を変革する力を手にするとされている」


「なるほど……?」


「……要は、剣を巡る大会の優勝者が、どんな願いでも叶えられる権利を得られるということじゃ」


「なるほど! すげえな!」


「聖戦の参加者は限られておる。まずは聖剣を所持している七種族じゃ。吸血鬼、不死鳥、人形、ゴースト、天使、悪魔、そして神。そこに人間が各種族の眷属として参加するのじゃが、これはいかに私利私欲の戦いであるとはいえ、リタウテット内における種族の力関係上、人間を参加させないのは体裁が悪いとのことで――って、おい」


「……わり、寝てた」


「やれやれ……、できれば説明は先に済ませておきたいのじゃが……」


 そう言われてもこっちは、長い話は右から左に流れちまう性質なんでね。一応聞く努力はするけどさ。

 その後もレイラは何かを言いたそうにしてたが、それをぐっと飲みこんで結論を口にした。


「結局のところ、ワシが其方に問いたいのは一つじゃ。人を捨て吸血鬼となり、戦いに身を投じる覚悟はあるか――?」


 なるほどね。どうにも話が入ってこない理由が分かったぜ。

 人間を捨てるとか戦うだとか、オレはそんな覚悟、もうとっくに決まってんだ。

 気持ちが決まってんのにそれを再確認するなんてこと、ちまちまやってられるわけがねえ。


「もう全然いいよ」


「……どうして其方はそう即答する」


「まぁ別に、叶えたいこととか、立派な考えがあるわけじゃあねえけどさ。……ふとこれまでの人生をふり返ってみるとだな。オレはこれまで、いろんなヤツに見下されて生きてきた。クソみてぇなヤツらに散々こき使われて、明日のことなんか考えられねぇクソな日々を送り、そんで――そっから抜け出せねぇオレが、一番クソだった」


 もしかしたらオレは、なんも考えないまま楽なほうに流されてるだけで、肩書きがレイラの犬になるだけで、またこき使われるクソな人生になるのかもしれねぇ。


 けど何となくの直感だが……こいつは、ほかのヤツとは何かが違う気がするんだ。

 変な喋り方や光ってる髪と目、背中から生えてた羽はごっこ遊びってわけじゃねえだろうし、本当にオレは剣を持って戦うのかもな。

 でもこいつはオレを必要だって言った。


 オレはずっと自分のことを、クジでいうところのハズレだと思って生きてきたんだぜ?

 店のメニューで目に入っても頼まれない人気のない商品みたいに、選ばれない側の人間だってさ。


 ……だから、嘘だろうが、本当だろうが、それは。

 行くところのないオレがレイラについていくのには充分すぎる理由なんだ。


「オレはやるぜ、本気で」


「……そうか。ならばその身、その命、ワシに預けてもらおう」


「おう。夢、見してくれよな」


 オレは膝をついて目線を合わせてから、右手を出した。


「――クレハ。名前、まだ言ってなかっただろ? よろしく」


「ああ……そう、じゃったな。よろしく頼むぞ」


 レイラはどこか悲しそうに笑いながらも握手に応じて、口元に鋭い牙をチラつかせた。数十秒後のことだ。その牙はオレの首筋に立てられ、薄い皮膚を突き破った。


 行われたのは血と痛みと快楽を伴った儀式――そうしてオレという存在は、吸血鬼へと結びつけられた。

 

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