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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
二章【地雷乙女の物語】
28/81

3話『オレは、オレだなんて言えないよ。なにせ……』

 翌日の昼。北区にある小さな教会の信者席で目を覚ましたオレは、ぼうっと昨日のことを思い出していた。


 ミア、って言ったか。あの頭のおかしいメイド。

 料理に一服盛られ、(あか)い瞳で心を読まれ、好きになっちゃったとか言われた。

 いきなりにもほどがある女だ。

 その少し前まであのバー天使――いけ好かないアウフィエルの言葉に悩まされてたが、また厄介な問題が増えた。


 どうにもオレは、安定とか平穏ってモンにとことん縁がないらしい。


 こうなりゃ神様にでも祈って運命が変わるか試してみようと考えたが、ふとこの教会の神父のことを思い出した。


教会(うち)に泊まってくれて構わないよ。仕事を失くしたツラさは分かる。実は少女売春を斡旋してたのがバレてしまってね。私は逮捕されてそのうち教会もぶっ壊されるから、好きに使いなさい」


「……やっぱ祈る気も起きねえ」


 オレは祭壇の奥に大きく構えた十字架を見て、いっそのこと燃えちまえとため息を吐き捨てた。



 次の瞬間、教会が爆発した。



「――――――ッッ⁉」


 建物全体を大きく揺らす衝撃。鼓膜を突き破る轟音。皮膚を撫でるように抉っていく熱風。

 飛び散る木材は炎を纏い、レンガは雨のように降り注ぐ。

 宙を舞う身体。時間が止まったように思えた一瞬、粉々に砕けたステンドグラスが陽光と爆炎を反射して輝くその様が――ちょっとだけ綺麗に見えて。


 オレの意識はそこで途切れた。


 あとで聞いた話によると、騎士団が凶悪犯罪に使われていたこの教会を木っ端微塵にする日がちょうど今日だったらしい。

 あの神父は逮捕される腹いせに、無関係なヤツを殺させて、大事に発展させたかったんだそう。


 神様。とりあえず今度からは、タダ飯にもタダ宿にも軽く釣られるのはやめます。

 だからどうか、慈悲があったら――――くれ。


 建物を爆破するところが見たいとかで現場に来ていた騎士団の事務員に救出されたオレは、なぜか見返りを要求された。


 それに対し爆発で死にかけたこと、服がボロボロになったことを訴えると、今度は逆に新品の服がお詫びとして用意され――去り際にこう告げられた。


「お返しは五倍くらいでいいわよぉ」


 そんな経緯があり、今は爆発に巻き込まれた痕跡などは一切なく、当てもなく町をぶらついている。


 とんでもない目にあったが、とにかくだ。

 しばらくはあのメイド喫茶――いや南区そのものに近寄らずに、東区で大人しくしてよう。

 幸い金なら銀行に預けてるのが多少あるし、東区はまだ復興途中な場所が多い。仕事にも困らないはず。


 しばらく待ってれば聖戦が始まる。

 そうすりゃ余計なこと考えずに済むだろうから、今はあの女から逃げるに限るぜ。

 

 今にして思えばミアとぶつかる前、オレに体当たりしてきたあの男は、同じようにあの()()みたいなメイドから逃げてたんだろうな。

 悪魔、か……。


「……まさかな」


 まったく、今にも曲がり角からあの女が現れるんじゃないかって考えるだけで、ひやひやするぜ。

 ほんの少しだけ身構えながら、オレは角を曲がる。

 すると身体に触れたものがひとつ。


「――――」


 ぶつかったのは、目を焼くほどに眩しい、夕焼けだった。


 ……何を緊張してるんだか。バカらしい。

 昨日も今日も散々な目にあったし、奮発して高いステーキでも食って、嫌なことは忘れちまうか。


 行動方針を決めると、力が湧いてきた。

 店を探そう。と、その前に金だな。

 それがないと何も始まらない。先に目指すは銀行の、北区にある支店だ。


 リタウテットの銀行システムは、ATMのような機械は使わず、代わりに()()による本人確認をして金の預け入れができるようになっている。

 魔力というのは生命力みたいなもので、どの生物にも多かれ少なかれ存在するものらしい。


 ――どこにあるんだろうな、銀行。中々見つからないな。


 で、中央都市ではその魔力の波形……魔紋(まもん)と呼ばれる、言ってみれば指紋のようなモノを個人の識別に使っているとか。

 まあ詳しいことは分からねえけど、要はどの銀行に行こうと、一度預けた金はどこでも引き出せるようになってるってことだ。


 ――結局北区じゃ見つからなかった。中央の騎士団まで来たけど、ここに用はない。……あっちの町は夜でも明るいし、行ってみよう。


 やっぱり、この辺まで来ると一気に騒がしくなるな。

 夜の帳を下から照らすような町の明かりは、とにかくけばけばしい。

 道行く人々は楽しそうに笑い、吐き出すように怒り、沈むように溺れ、欲望という大きな渦に酔っている。


 ――目蓋が熱い。まるで眼球が発熱しているみたいだ。

 

 耳障りな喧騒。五感を狂わせる混沌。

 ああ、生命はこんなにも、楽しそうにはしゃいでいる。


 ――けたたましい命の足音から逃れるように、一歩、オレは暗い路地に入った。


 まるで耳を塞いだように、通りの喧騒は遠のいていく。

 目の前にあるのは、周囲の建物に反して無骨な石造りの階段。

 それを使ってオレは五階へ向かう。

 この先に銀行がないことぐらい、分かっている、はず、なのに。


「――――」


 こつん。こつん。やけに響く足音は、秒針が刻む音のように空虚で。

 なんだろう。前にもこんなことがあった気がする。


 薄暗い場所でひとり、オレはいつまでもどこまでも、ひたすらに時計の針が進む音を聞いていた。

 できることなら、二度と戻りたくはないあの光景。

 

 逃れるためには、光のあるところへ行かないと。

 あんなのはもう嫌だ。


 そうだよ。オレはもうきっと、あの時のオレじゃないんだ。

 ただ眩しそうに光を見つめていた、暗闇の中に居たオレじゃない。


 だから一刻も早く、ここから抜け出さないと。

 さあ急いで。扉に手を伸ばして。外へ――。



「おかえりなさいませ、クレピ♡」



「ッ――は?」


 ぱちんと、目の前でシャボン玉が弾けたような衝撃。

 取り戻した視界は、一面ピンクの店内とその入り口に立つメイドを捉えている。

 とっさに理解したのは、自分に一秒前までの記憶がないということ。


「ああッ⁉ なんでオレここに⁉」


 ここは昨日来たメイド喫茶。

 そして指ハートを作りながらにへら笑いを浮かべているメイドは、ミアだ。


「今日も来てくれるなんてクレピさいきょ~! ミャアの最高の王子様だよぉ♡」


 危うく卒倒しそうになったが、何とか一歩踏みとどまる。

 だって、どう考えたっておかしいじゃないか。

 オレはついさっき、この店には近づかないと決めたばかりなんだぞ。

 ミアからは逃げるつもりだった。

 それがどうして自分から会いに――。


「なにそれ、ひどくない?」


「えぇ顔怖っ⁉ 声低っ!」


 黒を基調としたメイド服。その上から左腕に強く爪を立てて、ミアはオレを睨む。

 瞳の色は(あか)。込められた感情は怒りというより落胆に近い。

 しかしその表情は、すぐに明るいモノへと切り替わった。


「ま! 来てくれたしいいけど♡」


 起伏の激しいヤツだ。何気なく話してたら急に刺された、みたいな感じがして心臓に悪いぜ。


「……つーか、お前がオレに何かして、ここに来させたんじゃねえの?」


「あ、バレちゃった? てへっ♡」


「てへじゃねえ! 可愛いなクソ! テメー、オレに何しやがった⁉」


「も~、クレピってば、そんな呼び方しないでちゃんとミアてゃって呼んでよぉ」


「話逸らすなよ……」


「まぁ立ち話もなんだし、こっちのお席へどうぞクレピ♡」


 仕方ねえ。このままじゃ埒が明かないし、来ちまった以上は覚悟を決めるか。

 口先を尖らせながらミアの案内を受ける。

 当然だが、昨日のように近くに窓がある席には通されなかった。


 店の一番奥、見事に隅っこ。

 今度は逃がさないぞという意思を感じる席に座らせられると、すかさずストロー付きの缶ジュースが出てきた。

 

「なにこれ」


「ん~、スト缶? 的な?」


「はぁ?」


「ノンアルだよん。ぶい♪」


「それより、オレに何しやがったんだっつー話」


 オレが突き返したスト缶的な何かを、ミアは小動物みたいにちゅーちゅー吸い、喉を潤してから口を開く。


「別に危険なことはしてないよ? ほんとだよ? ただクレピがミャアに抱いてくれた興味と好奇心を、ちょっと増幅させただけ。クレピにはあったんだよ。このお店に来てミャアに会いたい理由が」


 オレの中に理由が……?

 興味、好奇心。つまりオレが、この女の何かを知りたいと思ったってことか?

 首を傾げると、ミアは切り揃えた前髪の奥にある瞳を、より一層紅く光らせた。


「クレピって不思議ちゃんなとこあるよね。答えがちゃんと表層に出てるのに、まるで深層にあるみたいに見えてない。自分から見ないようにしてるのかな?」


「はぁ……?」


「だからさぁ。クレピは確認したかったんだよ」


 艶やかな唇に指先を当て、ミアは得意げな笑みを浮かべた。


「ミャアが()()で、聖戦の参加者なのかって」


 ――この悪魔の力を使う時は、あの月みたいに紅くなっちゃうの。


 確かに昨日、ミアはそう言っていた。

 ただ物の例えとして言った可能性もあるが、そうでなかった場合は――ああ思ったさ。

 ミアが悪魔の座に就いたヤツで、次の聖戦でオレたちと戦うヤツなんじゃないかって、ちょっと気になった。


 でもそんなの、根拠のない直感みたいなものだったのに。


「その思考をトリガーとして、増幅するようにミャアがしてあげたの。これが悪魔の力。心を読むのはあくまでも力のひとつで、その本質は心という形の無いモノの指向性を認識し、干渉すること」


「じゃあやっぱりお前は……」


「そ、クレピと一緒。悪魔の眷属でぇ……聖戦の参加者、だよ」


 獲物を見定める不敵な眼差しで、ミアは指を銃の形にしてオレに向ける。


「バンっ――なんちゃって。かっこよかった? 惚れちゃったぁ?」


「…………」


 妙に様になってたのは認めるよ。

 それはそれとしてだ。

 ミアがオレとレイラの次の対戦相手なら、色々話が変わってくるんじゃないか?

 そんなタイミングで知り合って、いきなり惚れたってのは、いくらなんでも出来過ぎた話だ。

 もしかして聖戦に勝つための作戦じゃあ――、


「偶然だよ?」


「んっ?」


「この好きは聖戦に勝つための作戦とかじゃないの。ミャアだけの誰にもあげられない感情。出会ったのも偶然。好きになったのも偶然。ただ本当に、運命だったんだぁ♡」


「ふ、ぅ~ん……」


 ミアの気持ちは本気だ。嘘を吐いている風には見えない。

 何よりオレ自身、ミアの心を覗いたから誤魔化しようがない。


 ……なのにそれを疑ったってのは、もしかしたら、とんでもなく酷いことをしちまったのかも。

 そう考えると、一気に自分が情けなく思えてきた。

 

「……優しいんだね、クレピ」


「わりーんだけど心読むの、やめてくれねぇ?」


「分かった。あんまり深いところまでは見ないようにするね! ミャア、人付き合いうまくないから距離感バグってるってよく言われるけど……クレピのこと好きだから。面倒だと思われないように頑張るね♪」


 結局、ミアのところでメシをご馳走になってしまった。

 しかもこれは多分、明日も店に行く流れだよ。

 

 参った……どうすりゃいいんだろうな。

 バシッとミアの気持ちは迷惑だ、って断れればいいんだろうが。

 実際のとこ、ミアの料理は美味いし、直球に好きって言われるのは悪い気分じゃない。

 少し変なところもあるけど、悪人ではなさそうだしな。


 だから。ってのもおかしいけど、わざわざ傷つけるようなことはしたくないと思ってしまう。


 クソな考えだけど、どうにかミアの気持ちを自然に冷めさせることはできないだろうか。

 かっこ悪い姿を見せるとか。

 あとはなんだろうな……オレがそういうのの対象として見れないのだと……まあ男には興味ない、か?

 ってことはオレが女になれば、ミアも諦めるか?


 けどミアもそうだとは限らないし……そもそも、女になるのなんて無理な話か。

 人間、追い詰められると変なことを考えるもんだぜ。


 いや……半分吸血鬼の人間、か。


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