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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
一章【出会いの物語】
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番外編『不死鳥のお着替えと銀の弾丸(下)』

 もうすっかり夜だ。

 あれから本部内を探してみたものの、ソフィアの姿はどこにもなかった。

 そもそも同僚曰く、彼女は今日非番だったらしい。


 となると謎がひとつ。

 ソフィアは非番の日は絶対職場に寄り付かないような子だ。なのになんで今朝は、わざわざ団長室にまで来たのだろうか。

 あのダンスパーティーの計画書にそこまでの価値があったとは思えない。


 ひとまずアヤメさんに明日のことを相談するため団長室に戻ってきた僕は、併設されながらも滅多に使われない仮眠室から、明かりが漏れていることに気付いた。


 一応の警戒を抱き、静かに扉を開ける。


 すると室内には、追悼式後ということもあり普段通りの制服を着たアヤメさんが、部屋の隅の小さな椅子に座っていた。


「アヤメさん……? 珍しいですね、ここを使うなんて」


「私に仮眠は必要ないからな」


「寝る時はいつもの椅子で寝るだけでしょう」


 突然入ってきた僕に驚いた様子もなく、アヤメさんは仕事モードの落ち着いた声音で返事をした。

 それもそうか。アヤメさんがハードワーカー過ぎるのもあって、使われない仮眠室の存在を知ってるのは直属の部下の僕くらいだ。

 知ってるのが僕たちだけなら、入ってくるのも僕たち以外いない。


「しかし普段使わない、あまり知られていない部屋というだけで価値は存在するものだよ」


「そう、ですか? ところで明日のことなんですが――」


 と、不躾にも早速本題に入ろうとした、その瞬間。

 ふとアヤメさんの持ったファイルが目に入った。

 なんだか記憶に新しい、見覚えのある、やけに分厚いファイル。


「あ! そのファイル、ソフィアの……!」


「ああ、ちょうど読み終えたところだ」


「読んだんですか⁉」


「それほど驚くことか?」


 逆になぜそれほど平然としてるんですか、アヤメさん。

 それはソフィアが考えたダンスパーティーの計画書のはず。

 アヤメさんのことだから、くだらないものを見せるなと怒ることはないだろうけど、愉快なジョークとして受け取ってる様子でもない。


 その態度は一体……ソフィアは何を渡したんだ……?


「……失礼、ちょっとお借りします」


 僕は中身を確かめるためにファイルを取って表紙を捲った。

 まず一ページ目。そこには同僚の顔写真とプロフィールなどが記載されていた。


「……?」


 不思議に思っていくつかページを捲ってみるが、どれも同じ形式で、本部に勤務している職員の情報が書かれている。

 最近の動向から交友関係、金銭関係、過去の経歴、ちょっと表に出せないような個人情報まで……。


「なんだこれ……ダンスパーティーの計画書じゃないのか……?」


「ふっ、君が冗談を言うとはな。それとも比喩のつもりかな」


「はい?」


「宿舎で君が写真を撮られた一件があっただろう。そのファイルは、あれを手招きした内通者の調査書――つまりはスパイの容疑者リストだよ」


「っ……なるほど、すごくよく調べられてますね。……ん? まさか、ソフィアがこれを⁉」


「ああ」


「そんな! お、驚きました。彼女はいつも仕事をサボるような子で……」


「そう、極めて優秀な少女だ。……今のは皮肉ではないからな?」


 僕は分かっていますと苦笑しながら頷き、話の続きをお願いする。


「彼女は確かに、気の向かない仕事に関して必要以上のことは絶対行わないが、一方で与えられた仕事は要領よくこなす。楽をするためにな」


「…………」


「そしてあの陽気な性格は敵を作らない円滑な人間関係を生み、結果、極めて自分に都合のいい環境が構築されるのだ。動機は不純かもしれないが、最低最小の努力で理想環境を実現する――こう聞けば、中々優秀だと思わないか? 諸々を考慮すると、彼女は今回の調査に最適な人物だった」


 納得、せざるを得ない。実際こうやって結果を示されてるわけだし。このファイルのおかげで、内通者は判明したも同然だ。


 ああ、そうなると一気に罪悪感が湧いてきた。

 だからソフィアは今朝、非番なのにアヤメさんにファイルを提出しに来たんだ。

 そして僕はそれを精一杯邪魔した。

 きっとポーズを決めていた彼女の目には、とんだ間抜けが映っていたことだろう。


「でも……スパイの調査なんて、一歩間違えば危険なことです。よく引き受けてくれましたね。見返りに何を要求されたんです? まさか週七の有給?」


「何を言っている。……彼女への返礼は、君の裁量で決めてくれ。それが彼女の望みだ」


「え?」


「見返りはツバサに考えさせてツバサに用意させてください、と言っていたよ。それと、今夜は宿舎のほうに泊まるともな」


 まったく、あの子は……。


「……ソフィアのところに行ってきます」


 感謝と返礼を携えて、きちんと謝罪をしないといけない。


「ああ、私も今夜は休む。君もゆっくりしてくるといい」


 夜八時。宿舎の一室の扉をノックし、名を名乗る。

 少しして部屋から出てきたのは、ゆったりと流した銀髪をこれ見よがしに指で弄っているソフィア。

 彼女が何か嫌味を言う前に、僕は用件を伝えた。


「前言撤回にきた。君は優秀な事務員だったよ」


「へぇ~?」


 ソフィアは僕が抱えた瓶ジュースと人気店のテイクアウト商品にちらっと目を向けて、それから綺麗な紫色の瞳で僕を射抜いた。

 にやりと、不敵な笑みを浮かべて。


「いいの。優秀だと思われないようにしてきたから。でもこれから私のことは銀の弾丸と呼んで頂戴」


 いつもの調子に戻ったみたいだ。これで一安心だな。


「ああ、シルバーブレット。週五は無理だけど、月に一回は有給を取れるように交渉してみるよ。それとこれも」


 ポケットに手を突っ込み、小さな木箱を取り出す。

 物で懐柔する、というのが褒められたやり方ではないことは分かっている。

 でも誠意を証明する手段のひとつを、無視していいわけでもない。

 だからこれは僕からの謝意と、ちょっとした心遣いだ。


 僕は箱の蓋を開ける――中身を見たソフィアは、思わず両手で口元を覆った。


「うそ、指輪……⁉」


「ただの指輪じゃないぞ」


「やだ……そんな、こんなところで……ううんでも」


「――これは魔除けの指輪。しかもそこそこ高いヤツだ」


「あー、そう……魔除け? 私の千年に一度の美貌に気付いて求婚してきたのかと思った。千載一遇って言葉は私が語源なの。ありがとう、ツバサ」


「どういたしまして」


 今回、ソフィアが渡ったのは相当危険な橋だった。

 正直彼女が危険な目に遭うという光景はなんだか想像できないけど――何か強運に守られているイメージがあるからかな――それでもこの指輪は、身の安全を一段と保証してくれるはずだ。


「ああそれと、これを売ってくれた魔法使いから伝言。ソフィア、君は絶望の運命を超えた未来で生まれた希望の子――」


「それ以上言わなくていいわよぉ、そんなのとっくに知ってるから。私はソフィア――選ばれし者」


「いや、その希望の子と同じ名前と髪色をしてるから、この指輪をつけておけば二回ぐらい死を回避できるってさ」


「それも知ってる。母親が占い好きで前世でもそう言われたから。で、その結果がコレ」


「あー……それは……」


 リタウテットは大いなる車輪に圧し潰されし者が行き着く世界、つまり一回は回避できなかったわけだ。生前の彼女は。

 自嘲気味のソフィアに戸惑いつつも、それでも僕は何とか言葉を手繰り寄せる。


「……とにかくだ。今回のことは助かったけど君はまだ子供なんだし、あまり危ないことしちゃダメだよ。これはお守りにしておいて」


「相変わらず一言多いけど、でも本当に嬉しいわ。私を心配してくれてるんでしょう?」


「……まあね。それでさ、その……アヤメさんの服の件なんだけど」


「分かってる。今後もあなたの相談に乗るわ。ああ、あなたじゃなくてリリーのね」


「いいのかい? 助かるよ。実は早速、明日必要になっちゃってさ。ああでもその前に、改めて……今朝は本当にすまなかった」


「だーめ。私はごめんよりありがとう派なの。誰かに謝られるより感謝されたほうが、自分を善人だと思えるから。だからそれはナシ」


「――――」


 ソフィアの価値観は、ズレているようで的を射ているようにも思えて……たまに殴られた気分になる。

 そういえば、前にもこんなことがあったっけ。


 ――私この世界の月は嫌いよ。月は冥府なんでしょう? 空に浮かぶ地獄を綺麗だって思っちゃうのは、なんかちょっと詩的すぎじゃない。

 

 まあ月の冥府は死した魂を正しく昇華させる場所だから、地獄とは少し違うんだけどね。

 ゆえにリタウテットでは火葬をして、その高く昇った煙が月まで届くことを祈るんだ。


 でも確かに、死を必要以上に美化するのは、少し浸りすぎなのかも。


 ……いけない。つい考えが逸れてしまった。


 ごめんよりありがとう、か。

 うん、悪くない考え方だ。またひとつ、学ばせてもらった。

 

「……ソフィア、ありがとう」


 僕は改めて紫色の瞳と視線を重ね、心の底から感謝を伝えた。

 それを受け取ったソフィアは、僕の手から指輪と瓶ジュースを奪い取って気持ちのいい笑みを浮かべてくれた。


「うん、いいわよ~。ふふ、ツバサにありがとうって言われちゃった! ええ! 気分は最高!」


 早速瓶に口を付けて、ソフィアは再びポーズを決めてくれた。

 今度はミュージカルで見るようなヤツだ。


「喜んでもらえて嬉しいよ」


「えへへ~、幸せのお裾分けをするわ! 明日のコーディネートは私がやってあげる! 実はもう団長様に頼まれてコーデを考えてあるのよ~」


「なんだって? はぁ……アヤメさんにはお見通しってわけか……」


「たまにはゆっくりとした朝を過ごして、ツバサ。ほ~ら私って超イイ人」


「ああ、君は超イイ人で信頼できる優秀な銀の弾丸――ソフィアだよ」


 その後、僕たちは部屋で持ち寄った料理を食べて、お互いの苦労を笑い合うなどした。

 時にはしゃぎ。時に歌い。時に語らい。


 時に、白い煙が月へと昇っていく光景を――窓外に眺めながら。

 

 翌日。ソフィアにゆっくり朝を過ごすよう言われた僕ではあったが、なんとなく様子が気になって団長室の前まで来てしまっていた。


 服のコーディネートをほぼソフィアがやっていたことをアヤメさんは見抜いていたとはいえ、頼まれたのは一応僕もだ。

 僕がその場にいないというのはこう、バツが悪いというのもあった。


 昨日と同じく扉をノックする。

 返事はあまり期待していなかったけど、次の瞬間。



「きゃあああああああああ!!!!!!!」



 僕の予想とは裏腹に、分厚い扉を貫通する甲高い声が耳に届いた。

 

「なんだ⁉」


 緊急事態かと思い部屋に飛び入ると、仮眠室の前でへたり込んだソフィアを見つけた。

 周りには彼女が持ってきたのであろう服が散乱しているが……。


「ソフィア!」


 近寄って様子を確認したが、とりあえず怪我はないみたいだ。

 仮眠室の中にはベッドの傍にうつ伏せで倒れているアヤメさんの姿。

 なんだ、いまいち状況が読めないぞ……!


「一体何があったんだい?」


 そう問いかけると、ソフィアは軽いパニック状態で大声を上げた。


「寝ぼけた団長様にママって呼ばれちゃった! もう最悪!」


「……………………ソフィア」


「でもぉ……ちょっと可愛かったかも」


 以降、アヤメさんのギャップを気に入ったソフィアは、僕に次いでお着替えを手伝う係に就任したのだった。


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