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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
一章【出会いの物語】
24/81

番外編『不死鳥のお着替えと銀の弾丸(上)』

「おはようございます」


「…………」


 ノックをして団長室に入ったが、アヤメさんからの返事はない。

 想定の範囲内だ。よくあることだから。


 アヤメさんはリタウテットの治安維持を目的とした組織――《不死鳥(ナイツ・オブ)騎士団(・フェネクス)》の騎士団長(トップ)として日々、数多くの案件を抱えている。


 現場仕事の大半は部下たちで回しているものの、それでも大きな事件が起きれば出張る必要があるし、書類も常に山積み。

 さらには人間と魔族の坩堝であるこの世界で、公正公平を司る機関の顔として、お偉い方との会合だってある。


 そんな常人では到底耐え切れない仕事量をアヤメさんは――当然、常人では不可能な方法でこなしている。


 例えば今。アヤメさんは夕方に予定されている東区での追悼式と、その前にとある知人に会いに行く時間を作るため、何日も徹夜して仕事を消化しているのだが。

 

「――業務、終了」


 疲弊しきった声と表情で羽根ペンを置いたアヤメさんは、代わりに刀を取り――そして己を斬った。

 目にも留まらぬ速さで、一滴の出血もなく、絶命したのだ。

 そして次の一瞬には再誕の炎が灯り、肉体は灰へ、灰は肉体へと再構築される。


 朝十時。不死鳥――オオトリ・アヤメは連日の徹夜で背負った疲労という負債を、その死して生き返る性質を利用することで、強引に帳消しにしてみせた。


 天下の三百六十五連勤。その絡繰りがこれだ。


「相変わらずの力技ですね、アヤメさん」


 とはいえこれでも控えめなほうだ。僕が進言するまでは毎回切腹してたんだから。

 まあ今でもやってることは変わらないけど、でもさすがに腹切りはどうかと思い、せめて流血はナシにしようということになった。


 もちろん倫理的にはどう考えても良くないことだから、この行為は僕たちだけの秘密なんだけどね。


「む、来ていたのかツバサ。すまない、集中していて気付かなかった」


 快眠の経ての目覚め、とでも言わんばかりにすっきりとした顔色になったアヤメさんは、制服のジャケットを脱いで出かける準備を始める。


 インナーの上に着ようとしているのは、部屋の隅のポールハンガーに掛けられたジャージだ。

 ボクはそれを止めるために声を上げた。


「あの」


「なんだ。書類なら机の上にまとめてある。追悼式の前に、私はこれからクレハのところへ――」


「それは知ってます。でもほら、長い間ずっと仕事続きだったんですし、シャワーを浴びたほうがいいんじゃないかと思って」


「問題ない。君だって再誕の性質は理解しているだろう。生き返ったあとの不死鳥(われわれ)の身体の衛生面は完璧だ」


「でも気持ちの切り替えは大事ですよ。ほら、自然と眉間に皺が」


 指摘されたアヤメさんは人差し指と中指をそっと眉間に当てて、短くため息をこぼした。


「……炉心に引っ張られたか。確かに、人と会うのにこの顔はないな。大人しく君の助言に従うとするよ」


「ありがとうございます。これ、どうぞ。中に着替えが入ってます」


 そう言って僕は、片手に提げていたハンドバッグを差し出した。


「なんだと? てっきり書類を入れるためかと」

 

「ああ、それでジャージが着れると思ったんですね。僕がアヤメさんの私服を用意してないわけないじゃないですか」


「それは遠回しに私のファッションセンスを批難しているのかな、ツバサ。確かに君が用意した服のほうが評判は良いが……」


「そうじゃありませんけど、ジャージはラフすぎるんです。顔を気にするなら服だってでしょう?」


「どうにも理解が得られなくて残念だよ。……便利なんだけどなぁ……そんなに変かなぁ……」


 小さくぼやきながら、アヤメさんは団長室備え付けのシャワールームへと入っていった。


「やれやれ」


「――なーにがやれやれよ。笑みがよだれみたいにこぼれてるわよぉ? 気分よさそうじゃないツバサぁ」


 コッ、と小気味よく舌を鳴らす音が聞こえたので横を見ると、僕の目線の少し下に、いつの間にか銀髪の女の子が立っていた。


「誰かと思えば……ソフィアじゃないか」


 ソフィア。ラストネームは確か、えっと、エル……なんだったっけ。

 ともかく、彼女は学生ながらインターンみたいな感じで、非戦闘員の事務員として騎士団(ウチ)に籍を置いている子だ。


 その外見は同年代の子よりも大人びており、いわゆる美少女として持て囃されている。

 しかも困ったことに本人がそれに自覚的で、同僚からも基本甘やかされているものだからこう、能天気になりがちというか。職務を放り投げがちというか。


「まさか、また有給を使って学院の授業を受けたい、なんてふざけた申請書を持ってきたんじゃないだろうね。しかも僕があしらったからってアヤメさんに直接?」


「まっさかー」


 両手を挙げて大げさに驚いてみせるソフィア。心底僕をバカにする表情をしている。

 

「確かにお金を払って通ってる学院でお金を稼げたら面白いとは思うけどぉ」


「そもそも君は有給使えるほど働いてないし、週五で有給なんて聞いたことがない」


 そんな僕の言葉はおかまいなしに、ソフィアはさらに両手を広げて天井を見上げた。


「でも今日持ってきたのはダンスパーティーの計画書よ! 最近委員会で習ったから皆に披露してあげるの! で、美味しいごはんとか高いバッグとか綺麗な指輪とかプレゼントしてもらっちゃったりしてぇ……ふふっ、見る?」


 彼女はいつもこの調子だ。おちゃらけた性格で、とにかく人生を楽しむことがモットーで、どこか常識が通用しないところがある。

 言ってみれば、普通で真面目一辺倒の僕とは真逆の存在。

 そんな僕を玩具にしたいのか、彼女はいつもこうやって絡んでくる。


 たまにはそんな落ち着かない時間も嫌いじゃないけど、今日は夕方に追悼式が控えているし、それに伴ってやることも山済みなのだ。

 僕は頭を抱えながら、差し出されたやけに分厚いファイルを押し返した。


「分かった分かった。そのバカげた計画書は持って帰って真面目に仕事してくれ。優秀な事務員になったら年に一回くらいは有給が出せるようになるからさ」


「ノリ悪いわねぇ。そんなに団長様のお着替えが大事? あの人、見た目は若いけど中身はもう結構なアレでしょ? 自立してるんだし任せておいていいじゃない」


「僕が好きでしてることだ。口出ししないでくれ。それに僕だって、外見は二十歳前後だけど中身はもう二十年くらい歳取ってるよ」


「前は十年って言ってなかった? 大人ぶっちゃってカワイイ」


「……ちょっと間違えただけ。とにかく、意外と外見に引っ張られるものなのさ、内面っていうのは。まあ逆も然りだけど。だから実年齢は関係ない」


「みたいね。でもツバサ、そんなに団長様に惚れてるんだぁ。こんなにも見目麗しい傾国の美女が隣に居るのに、口説き文句すらナシ?」


 ソフィアはさっと優雅な手つきで髪を払い、一歩足を引いてポーズをとり始める。

 しかも三秒ごとに別のポーズに移行して、そのどれもがばっちり決まっていた。


 もし僕がカメラマンだったら、被写体への好悪はともかくその美しさからは一瞬たりとも目を離さず、指が痛くなるまでシャッターを押し続けたんだろうけど、実際はそうじゃない。

 なので適当にあしらう。


「からかってるつもり?」


「ふふん、毎日鏡に向かって練習してるの。でも今朝は鏡が白雪姫を映したから、これは毒リンゴ」


 リズムに乗ったソフィアは妖しげな笑みを浮かべながら、ダンスパーティーの計画書だという分厚いファイルをアヤメさんの机に置いた。

 僕はそれを取って、ソフィアに返す。ただでさえ忙しいんだ。こんなものを見てる余裕はない。

 

「アヤメ騎士団長のことは心の底から尊敬してる。そこに恋愛感情はないよ、今はね。妙な勘違いはやめてくれ」


「尊敬してる人の身支度をするのってどうなの」


「それは……とても光栄な気分になる」


「キモぉ」


 おえ~と軽く舌を出したソフィア。どさくさに紛れてまたファイルを机に置こうとしたので、それを再び阻止。

 僕は暴れ馬(ソフィア)をなだめるようにして、少しずつ部屋から押し出す。


「悪かったね。さあ、出てった出てった」


「……ベ~。もう団長様の服の相談には乗ってあげないんだからぁ~」


「はん、僕はいつも君の先輩のリリーに相談してるんだけどな」


「なんとそのリリーはいつも私にアドバイスを求めてくるのでしたぁ。だからさっき団長様に渡してた服も実は私が選んだ服なの。じゃんじゃじゃーん、天地開闢の真実~、恐れ慄きなさいよね~」


「――――」


「なぜ恐れ慄いたような表情をしているのだ、ツバサ」


 隣にはいつの間にか、着替えを済ませたアヤメさんが居た。


 五分後。僕はアヤメさんの髪に櫛を通していた。

 魔力を熱に変換するという技術を応用、ドライヤーのように使うことで、濡れた髪はすでに乾いている。


 だからあとは、丁寧に髪型を作っていくだけ。

 撫でるように優しく櫛を使い、綺麗な黒に垣間見える野生の赤を隠すように髪をまとめていく。


 途中、櫛先がくすぐったかったのかアヤメさんの肩が多少上がっていたが、指摘しようとした次の瞬間には力尽くで元の位置に戻された。

 それを誤魔化すためか、静かな団長室にアヤメさんの声が響く。


「ん、私はそれほど多く髪を触らせた覚えはないが……手馴れているな」


「練習してる、って言ったら笑いますか?」


「いいや、努力は恥ずべきことではないさ。しかしどうしてだ?」


「僕はアヤメさんの部下で、眷属ですから」


 後頭部で束ねた髪を三等分し、それを三つ編みに。その後は毛先も結んで、キツくなりすぎないよう部分的に緩めてから、渦を巻くように丸めていく。

 お次はピンの出番だ。


「……それが答えになっていると思うなら、君は少し浮かれ過ぎだ」


「……否定はできません」


「ふ、冗談だ。ありがとうツバサ。君は私の最高の部下で、眷属で――相棒さ」


 数本のピンを使ってお団子を固定、さらにそこから少しだけ形を崩して自然体を意識。ほんの少し整えて、乱して、バランスを見極めたところで……完成だ。

 さらにそこに伊達眼鏡を付け加えることで、全体の印象が出来上がる。


「…………」


 普段の凛々しさを抑えて、アンニュイな雰囲気をまとうアヤメさん。

 これならぱっと見、中央都市の治安を実質ひとりで維持していると言っても過言ではないお人だと、誰も思わないだろう。

 鏡を渡して確認してもらうと、アヤメさんは感心したように笑みをこぼした。

 

「……自分で言うのもなんだが、普段より幾分雰囲気が柔らかく見えるな。服装も……まあ、私の生きた時代にはなかったものだが、君が選んだものだ。きっと良いに違いない」


「光栄です」


 僕は嘘にならないような返事をするつもりで、ばっちりと嘘を吐いた。本当はソフィアが選んだものだったのだが、見栄を張ってしまった。


「うん、観念したよ。明日の会議に着ていく衣装も任せるとしよう。以前、制服では堅苦しいと桜姫(さき)様に言われてしまったのだ。頼めるな?」


 ……なん、だって?


「もちろんです。任せてください」


 しまった! 口が勝手に即答してしまった!


「助かるよ。では、行ってくる」


「――はい、騎士団長」


 ああ、アヤメさん。すみません。僕は今、最高に薄っぺらい笑みを張り付けて貴女を見送っています。

 そして、団長室にひとり残された僕は、膝から崩れ落ちる。


「ま、ずい……ッ、どんな服を用意したらいいんだ! 八重城のお姫様もご出席になる……となればいつも以上に失敗は許されない……騎士団の威信がかかってると言ってもいい! いや、落ち着け。悲観的になるな。僕ならもう、ひとりでだってコーディネートできるはず……それだけの知識は得てきたはずだ! ……だが、いや、やっぱりソフィアに謝って服を……いやでも彼女は仕事を……くっ、僕はどうすればいい……!」


 とにかくソフィアに会おう。話はそれからだ。

 と、思った矢先。僕はすぐにアヤメさんの代わりに業務を処理することになり。

 それから休む間もなく追悼式の警備に駆り出されて。

 やっとの思いで騎士団本部に帰還できたのは、日が沈んでからのことだった。


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