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鏡面のクロノスタシス  作者: 悠葵のんの
一章【出会いの物語】
19/81

18話『キミは夜空が流した麗しの雫』

 空より飛来せし二本の聖剣。

 それらは舞台を整えるように、次なる担い手の眼前に突き刺さった。

 正面。距離にして二十メートル弱。

 人斬りの前世を持つ不死鳥を継ぎし女が、白銀の剣を引き抜いた。

 ワシも対戦相手としてそれに倣う。


 《ディレット・クラウン》。緑と桜の二色が渦巻く淡いオーラを纏い、鍔には王冠をあしらった聖剣。

 その内に宿りし能力は心象風景の具現化。

 形の無いモノに実体を与える能力。


 ワシは剣の後を追って落ちてきた相棒の着地の手助けをと、簡易ながらクッションを具現化する。

 見た目は蜘蛛の糸を何層かに敷いたトランポリン。

 無論本来のそれとは違い、これはただ受け止めるだけのもの。

 反発力により再び跳ねてしまうなんてことはない。


 着地は無事に行われる。

 さて、我が相棒と共に落ちてきた不死鳥の眷属にも用意してやろうかと思ったが、その必要はないか。

 不死鳥の娘の付近に降ったのは、人体ではなく再誕へ至る前の灰そのもの。

 衝撃も何もなさそうじゃし。


 加えて不死鳥の娘、既に戦闘態勢に入っておる。

 そこまで警戒されるとはまったく。

 こんな幼女に成り果てたワシも、案外捨てたもんじゃないということか。

 それとも数々の死合を潜り抜けた末に獲得したあの眼――本物か。


「勝者、クレハ。初戦はこれにて決着とし、聖戦は決戦段階へと移行します」


「敗者、ツバサ。その主である其方(そなた)には聖剣の防衛機構を解放してもらおう」


「……その前に、改めて確認を。

 決戦とは聖剣の所有権を譲渡するための儀式。

 初戦で敗北した眷属の主が聖剣を解き放ち、勝利した眷属の主がこれを討つ。

 それによって所有権は移行され、聖戦は決着となります。

 しかし防衛機構は担い手を守護するための最終手段。中々に狂暴と聞きました。

 もし日が昇るまでに事が果たせなかった場合は試合中断。

 後日に持ち越し、それでも決着が付かないなら、対戦カードが変更となる。

 ――よろしいですね?」


「是非も無し。その長々とした前置きを挟み、其方も覚悟できたであろう」


 そう指摘してやると、不死鳥の娘はわずかに眉をひそめた。


「……解放後は少々お見苦しい姿になると思いますが、どうかお手柔らかに」


「情けないことを言うな。加減してもらって守り抜いた誇りに其方は満足するか? そこを見誤るなよ。其方自身の手で願いを叶えたくば、この《麗しき夜の涙》を討ってみせい」


「――――」


 見え透いた挑発。しかし効果はあった。

 不死鳥の娘は先ほどの眷属(ツバサ)と同じように聖剣を掲げ、目蓋を閉じる。

 その動作に一切の迷いはない。

 内に秘めるは確固たる信念。気高い誇り。絶対なる正義。

 行うは己が存在意義を貫くために、願いを背負うために残された、唯一の抗い。

 そして打ち込むは――それらすべてを台無しにする呪文(コード)


「いざ参ります。《死因概念(ダイイングコード)》――装填(アヤメ)ッ!」


 黒紫が奔る。現れるのは虚無の側面。

 一点の曇りもなかった白銀から漏れ出る黒雲。

 担い手を覆い、隠し、恥も外聞も捨て去り、疑似伽藍への流転が開始。


「う、ッ、ぐぅ――ァァアアア、あああああアアアァァッッッ‼」


 紫紺を内包した(それ)は雷鳴轟く嵐となり、知的生命体(ふしちょう)は絶叫と共に、終末兵器へと祭り上げられる。

 それはまるで、底なし沼に沈んでいく様を劇的に、じっくりと見せつけられているような、吐き気を催す光景よ。


「……なんだ、あれ」


 左斜め、二歩ほど後ろのほうで、わずかな畏れが聞こえた。


「聖剣には、担い手を守る防衛機構が存在しておる」


 会話ができる程度には回復した相棒へ向け、ワシはちょいと語ることにした。

 理解が及ぶとは思わんが、ま、ヤツが完全な変貌を遂げるまでの時間潰しじゃ。


「なんでも昔、すべての聖剣はひとつの種族が保有しておったそうじゃ。そしてその一族は、聖剣を失うとバケモノに堕ちるという欠陥まで抱えておった。憐れな傀儡よろしく、中身を丸ごと聖剣で補っていたんじゃろうな。で、その欠陥をどうにかアップデートした結果がアレ。今のアレは、担い手にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の危機、つまり《死因概念(ダイイングコード)》を感知し、自己承認という段階を経たうえで――バケモノに堕ちる」


「はぁ……?」


 結局バケモノになるのかよ、とでも言いたげな我が相棒。


「前までのアレは、不可逆にして見境なく周囲に絶滅をもたらす、まさに世界の破壊者じゃったが。今のアレは担い手にとっての脅威を殲滅する決戦兵器。代行者や守護者と呼べるモノにはなっておるよ。なんであれ、あの装置を討たなければ聖剣は奪えず、また所有権が移れば持ち主も元に戻る仕組みじゃ」


「…………?」


 反応はない。それもそうか。いかに止水の境地にあり、思考が研ぎ澄まされていようと、理解と受容は別のモノ。

 大体ワシも知識として知っているだけであって、一から十まで理解しているわけではないしな。


「ま、細かい授業なら、戦いを終わらせた後にいくらでも――」


「……あれは、妖刀……なのか?」


「なに?」


 そこでワシは、我が相棒の抱いていた困惑が、聖剣の機能に対する疑問や、慕っていた不死鳥の娘がバケモノに堕ちた驚きではなかったことに気付いた。

 それは言うならば、既視感であったに違いない。


 そういえば、()()()()()()()()とか何とか言うておったか。

 妖刀(ようとう)――昨日(さくじつ)突如として現れた、何者かより差し向けられし刺客。

 担い手を狂わせ、破壊衝動に塗れた、呪われた刀。

 それと符合するというのか、今の不死鳥の娘の姿が。


 改めて正面を見た。

 (プラス)(マイナス)かどちらかで言うなら、間違いなく(マイナス)の変貌を遂げた対戦相手を。


「――――」


 纏うは漆黒の炎。深淵に染まった髪。

 肌は血の気を感じさせず、瞳に宿るは吸い込まれるような虚ろ。

 ただそこに在るというだけで周囲に悪寒、恐怖、不吉をもたらす死神の化身。

 誰がどう見たってこの世に在ってはいけないものだと断言するほどの、かろうじて人の姿を保っているバケモノ――なるほど。


 偶然にしては、ちょいと出来すぎかもしれんな。

 妖刀は望みを叶えるなどと嘘吹いて使用されたという話。

 であるならもしや、妖刀とは何者かが聖剣を複製しようとして産まれた物なのではないか――と、思考に身を任せ、僅かに注意を逸らした瞬間。


「――――あ」


 顕現せし災禍が、抜刀した。

 否。正確にはあの滲み出る炎を圧縮、起爆剤として利用し超速の居合を実行、そして既に納刀までを完了していた。

 先ほどの間抜けな声は我が相棒のモノ。

 今では先ほどより少し離れた位置から、ワシと共に()()()()()()()()()()()を見ておる。


「なっ、レイラ……⁉ あっちのオレは……!」


幽世(かくりよ)と同じ要領で生み出した偽物じゃ」


 この身体でも反応速度は上々。

 偽物兼壁役を作り出すのと同時に、我が相棒の首根っこを掴み後退。

 容易いとまでは言わんが、可能なことであった。


「しかしあの居合、まさしく達人の域じゃな。まさか偽物を斬ったという事実、剣閃が本物にまで影響を与えるとは。生物であれ非生物であれ……ありゃあちと斬り過ぎたな」


 ちらりと目を向けた相棒の肩。

 そこには、受けた本人に自覚させない傷があった。

 ワシとしたことが。

 やはり余所見はするものでない。

 妖刀のことは一先ず置き、今は目前の勝利を掴むとしよう。

 そうしたら今度は、出来立てのシチューを二人並んで一緒に……。


「レイラ……、いや……」


 足元で我が相棒が名を呼んだ。

 ふっ、気を使っているのかそうでないのか。

 顔にそれだけ心配と書かれていたら、言葉を呑んだ意味がないぞ、相棒。

 なに。ここはひとつ、余裕たっぷりに告げてやろうか。


「言いたいことは分かっておる。確かに今日は満月の夜ではない。よって本来であれば、ワシは全力を出せんじゃろう。……じゃが、ここでひとつ問おうか。なあクレハよ、あの不死鳥の娘はなぜ、ワシにのみ改まった話し方をするのじゃと思う?」


「それは……礼儀とかだろ?」


「否。よいか、アレはな――ワシに挑めば必ず殺されると本能で理解しておる」


 キッヒヒ、と無遠慮な笑いが思わずこぼれた。

 久々じゃなあ、こうして笑うのは。


「ふん、悲しき飼い犬の性よな。力の差が分かってしまう。ゆえに下手に出るしかない。人斬り《剣客殺女》の傲慢の一端、見透かしてしもうたな。では重ねて問おうクレハ。――ヤツは今なにゆえ、悠長に話しておるワシらの首を落とさんのじゃろうな?」


 我が相棒は、小動物のように細かく首を振った。


「それはヤツが、月に見惚れておるからじゃ」


 クレハ。

 ワシと同じ寂寞を抱えた、切なきものよ。

 他者との繋がりを求める、優しきものよ。

 案外ロマンチストである、初しきものよ。

 我が相棒と同じ名を持つ、愛しきものよ。


「――――(そら)を見上げよ」


「え――あっ、……⁉」


 主人だった吸血鬼、飼い主だった幼子の言葉を聞き、灰色の天蓋を見上げた。

 そして言葉を失った。

 だって、そこに、在ったんだ。

 本来ないはずのモノが。

 まるで墓場で幽霊でも視たような感覚。


 中空。宙の天蓋というにはもう少し手近で、本当に、手を伸ばせば届きそうな位置に。

 けれどもどうしたって、この手には収まりきらないほどの黄金色。



 綺麗な満月が――夜空に、輝いていた。



「無いのなら創ればよい。空も。夜も。そして満月も」


 幽世と同じ要領で。先ほどのレイラの言葉が蘇る。

 まさか、そんな反則な話があるもんか。

 なあ、そうだろ。


「レイ、ラ……?」


 その名を呼んで、オレは再び言葉を失った。

 なんていうか、こう。

 とても酷く、とても柔らかく、胸を打つ郷愁。

 それが、オレと満月との間に佇んでいたのだ。

 昔好きだった御伽噺の世界に入り込んだような。

 逆に御伽噺そのものが形を成して会いに来てくれたような、不思議な感覚。

 

 そうだ。思い出した。

 オレは一度、その姿を見ている。

 どうしてか記憶が曖昧だったけど、最初にレイラの館に行った時に、あの玉座のある部屋で、確かにユメを見たじゃないか。


 蒼穹を宿した瞳。銀河を宿した黒髪。虹を宿した純白。鮮赤を宿した高踵靴。

 天地人。神秘を体現した外見は、得てして神秘なる内側の写し鏡。

 この世すべての愛、善、美、慈、眩、純、夢、儚を結集したような、罪と業を背負いしこの世界に居てはいけないはずの存在。

 誰もが羨み。誰もが手を伸ばし。

 誰にも穢せず。誰にも穢されず。


 泡沫の幻で在り続けなければならない――妖精。

 


挿絵(By みてみん)



「月より出で、夜空が流した、麗しの雫――レイラ・ティアーズ。

 見惚れたか。これがワシの真の姿」 


 たおやかな仕草で笑ってみせた彼女は、華やかに髪を靡かせた。

 浮き彫りになる細く優美な四肢。

 それらを最適なバランスでまとめる、すらりと伸びた背丈。

 ふわりと宙に広がる銀河には自然と目を奪われる、が、そこで気付く。


 それは脅威の証だ。

 だって幽世は基本的には無風状態なのだから。

 誰かが風を起こすほどの行動を起こさなければ、それは生まれない。

 つまり今のは――アヤメさんの、アヤメさんとは似て非なる存在からの攻撃なのだ。


 だというのに、幼い吸血鬼から麗人へと成長を遂げたレイラは、涼しげな顔で微笑んでいる。


「効かんよ、人斬り。《幼子の傍に(ヴァージン・)絵本在りて(ファンタズム)》――出自は控えるが、どこまでも純潔な幼子が抱く夢想は何物にも代えがたい宝であり、そこに一切の傷はつけられず血は決して流れない。これはそういった概念防壁じゃ。と言っても、今は分からんじゃろうが」


「■◆□◆◇■■◈■――――ッッッ‼‼」


「ああ、其方の持つ一太刀であれば、概念以て概念を斬れたやもしれんな。それもこの魔力差の前には意味を成さんが。しかし、ゼロがイチだったというだけで存分に誇るがよい」


 言葉ですらない。叫びとすら認識できないノイズ。

 それを、男女問わず聞き惚れるような、透き通った声で軽く受け流し。

 その場から動かない、動くことを許されていないバケモノの前に。

 《麗しき夜の涙》が立つ――。


「――――、」


 小さく息を吸ったレイラ。

 それはこの戦いを終わらせるための前準備。


 けど、土壇場になって気付く。

 ()()はやっちゃいけないことだ。

 だって勝利を手にするというコトは、戦いを行ってしまうというコトは、どうしようもなく何かを踏みにじってしまう行為で。

 それはきっと。

 レイラをレイラたらしめている神秘、尊厳を損なう振舞いだから。


 止めないといけない。そう思った。

 その虹色の輝きが失われるのは、世界にとっての損失だ。


 なのにいざ手を伸ばしてみると。

 オレの心を支配したのは、醜い羨望だった。

 

 レイラは真白のキャンバスそのもので。

 今から始まるのは、今から終わるのは。

 そこに黒い沁みを落とす行為。

 もちろん、良いも悪いもない。

 それはレイラ自身が決めたことなのだから。


 だけど、あんなにも綺麗な眩しさを躊躇いなく手放せるなんて。

 自分では決して手の届かないモノを持った彼女が。

 そこまで大切に想われている最初の眷属とやらが。


 ああ――オレには羨ましくて、仕方がなかった。

 


「『()()()()()()()()()()――』」



 刹那。バケモノの肉体が、血飛沫をあげながら壊れた。

 レイラが聖剣で攻撃を仕掛けたわけでも、何らかの技、魔法を使ったわけでもない。

 ただ言の葉を紡いだだけ。

 それだけでバケモノは内側から破裂したのだ。


 かつん、かつん。ヒールの音が鳴り響く。

 血の雨が降るところへ、レイラは歩き出す。

 一滴。赤い液体がドレスに飛んできたけど、それはすぐさま、星屑に変わった。

 麗人を濡らそうと降ってくる雫も次々に、甘い匂いのする星の欠片に、あるいはキラキラと役者を照らすステージのライトに、変換されていく。


 ――そこに一切の傷はつけられず、血は決して流れない。


 王冠の剣を片手に、優雅に歩く彼女は、どこまでも鮮烈だ。

 曇ってなどいない。失墜などしていない。

 むしろあの輝きは増していくばかりで。


 思わず、呆れた笑いがこぼれる。


 どうやらオレにとってのレイラの輝きは、何を踏みにじったところで、消えるものではないらしい。

 眼前で主人を木っ端微塵にされたツバサは、どこまでも自分のペースで近づいてくるレイラを、儚美の殻を被った惨酷そのものだと睨んでいるのにな。

 我ながら、恐ろしい惚れ方だ。


 そんなオレの自嘲、そして安堵を余所に、レイラは聖剣を構えた。

 すると、血を流しきったバケモノの遺体のちょうど胸の辺りから、白銀の剣が姿を見せた。

 担い手もなくふわりと浮かび上がったそれは、一枚のカードに形を変えて。

 半透明で、青白い粒子を纏い、うっすら《Ⅺ》というエンブレムが描かれたそれを――《ディレット・クラウン》の切っ先が貫く。


「――その聖剣(せきにん)、確かに譲り受けたぞ」


 音もなく砕けたカードは、レイラの魂に沈んだ。

 力尽きたバケモノは灰となり、灯るは再誕の炎。

 踵を返したレイラの全身は白く薄い霧に包まれ、同時に空想の満月は溶けだす。

 瞬きひとつ。霧のヴェールを脱いだ彼女は、夜の麗人から幼い吸血鬼に戻っていた。


「……勝ったんだな」


 また仮の外面に戻ってしまったレイラには悪いことかもしれないが、この世界に来てようやく見慣れた相棒の姿に、オレは漠然と戦いの終わりを感じた。


 束の間、熱の息吹が肌を掠めた。

 おもむろに視線を、灰の山へと向ける。

 そういや初めてだ。不死鳥が生き返るところを見るのは。


 火花が散った。

 地面にこぼれた灰は焔によって束ねられ、積み上げられた塵が棺を構築する。

 とはいえあれは、役割としては窯に近い。

 あの中で行われるのは、命を鍛え直し、再び生み出すということ。

 不死鳥にとってはあの灰ひとつひとつが細胞みたいなもので、それに火をつけることでエネルギーを凝縮し、生命を形にするのだとか。

 で、燃料となった細胞は再誕した命とは別だから、不死鳥の炎のルールには反さず燃え尽き、結果として元のまっさらな状態で復活は果たされる、と。

 

 なんか変な感じだな。

 見るのは初めてなのに、ツバサの記憶から知識を得ちまっててさ。


 金槌で薄氷を割るような気持ちのいい音が響いて、雛というには逞しい大鳳が目を覚ます。

 その直前。


「あびね……!」


 自分でも驚くぐらいの瞬発力で目を瞑り、後ろを向いた。急ぎ過ぎてちょっと噛んだ。

 アヤメさんたちの制服は特別な防火性能を持ち、復活後もそのまま着れるらしいけど、今回は別だ。

 何せレイラの一言でボロボロになっちまってたからな。

 さっきは血塗れでよく分からなかったが、ある意味入浴後よりも綺麗な今の状態だと、その……色々と見えてしまう。


「なんじゃ。見られたところで気にせんと思うぞ、不死鳥の娘は」


「うるせー……」


「其方も存外初心じゃのう」


「……うるせ~!」


 茶化すように浮かれた声のレイラを一喝。

 とにかくこれでいいんだ。

 つーか大体、も、ってなんだよ、も、って……。


「アヤメさん、これ羽織ってください」


「……すまない、ツバサ。この様子を見る限り、どうも派手にやられてしまったようだな。不甲斐ない」


「それを言うなら僕が、初戦で負けなければ……」


「言うな。ティアーズ卿を戦わせないため、勝ちの目をゼロからイチにするために初戦と決戦というルールを採用し、交渉という建前で共に初戦に臨んだ。それがこのザマだ。……しかし、あの少年が勝ったのはまぐれではないよ。ティアーズ卿に選ばれるだけの理由を、きちんと持っていた」


「ええ、そうでしたね。悔いを残してしまうとは、やっぱり僕はまだ未熟です」


 ……ちらりと、オレは隣に座ったレイラに視線を送る。

 幽世では音がよく響く。アヤメさんとツバサの会話はほぼ丸聞こえなんだ。

 こういうの、普通他人が聞いちゃいけないだろ。しかもちょっと褒められてるっぽくて恥ずいし。

 だからさっさと二人だけにしてやろう、という無言の訴えだったのだが。


「黙って聞け」


「えぇっ……」


 却下されてしまった。

 仕方なくオレは、身体を揺らしながら胡坐を続ける。

 参ったな。こんな盗み聞きみたいなモンに何の意味があるって――、


「しかしな。これで良かったのかもしれない、と私は思うのだ」


「…………」


「正義とは誰かが敷くものではなく、己が内から湧き出るもの。強いるものではなく、胸に秘めるものだ。それを知りながら愚行を目指した私たちが、ほんの僅かでも誰かに影響を与えられたなら、その影響がまた別の誰かに繋がったなら、それで充分だと思う」


 ……そういうことか。

 もう一度レイラを見る。

 隣に座った、華奢な子供の姿の相棒は、真剣な表情で対戦相手(アヤメさん)の言葉を受け取っていた。


 願いを背負う。想いを背負うっていうのはこういうことなんだな。

 レイラはこれをオレに……まったく、言葉に力が宿るってのはまさにこのことか。

 また荷物が増えちまったみたいだ。

 なに、元々何も持ってなかったんだから。

 鞄なんて少し重いくらいが丁度いい――。


「往くぞ」


「ああ」


 灰色の雪が降る。それは幽世が閉じる時の合図。

 戦いは終わった。あるいは始まったのかもしれないが、始まりが終わった。

 勝負自体は文字通り一瞬だったが、でもその一瞬には信念とか気合いとか色々込めることができた。

 後悔は微塵も残ってない。

 結果的に死傷者ゼロ。失われた願いも無し。

 探り探りの円満解決で、聖戦の一戦目――これにて終了!


「クレハ!」


 立ち上がったところで名前を呼ばれ、振り返る。


「縁があるならば――また明日」


 二人は手を振っていた。

 さっきまで殺し合ってた相手に、主従揃って笑ってみせた。

 オレは慣れない笑顔に、慣れない手ぶりを合わせて。

 ぎこちない別れの挨拶を返した。


 ――聖戦。

 それは互いの願いを尊重し、互いの願いを殺し合う聖なる戦争。

 本来であれば、命よりも先に失われるはずの願い。

 生きながらにして死ぬことを余儀なくされる戦い。

 けど、もしも、それを誰かに託すことができたのなら。


 笑顔で手を振って送り出せる結末が、お似合いの物語らしい。


Illsut/Y子様(@Yko_Novel)


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