17話『正義を負ったその瞬間』
☆
「――来たか」
午前零時が近い夜更け。
東区にある大きな十字路の中心。
一昨日と同じ場所にして、昨日の妖刀騒ぎによって荒れ果てたこの空間に、二人の騎士が遅れて現れた。
暗闇の中でも目立つ特殊な恰好――ツバサの血から得た記憶によると、あれは不死鳥とその眷属が式典や乾坤一擲、ここ一番の大勝負といった場合にのみ着用する礼服ってヤツらしい。
とはいえ装飾の下地となる制服は普段から使用されており、不死鳥の炎対策に特別な防火処理を施している、と。
なるほど。昨日の戦いでオレの服は燃えたのにツバサのは残ってた。その理由がそれか。
「お待たせしてしまい申し訳ない。ティアーズ卿、クレハ」
特に時間が決まってたわけじゃないが、少なくともオレは知らないが、対戦相手を待たせたということに対してアヤメさんは軽く頭を下げた。
「よい。其方はまず間違いなく、今のリタウテットで最も多忙な存在じゃろう。むしろ東区がこのような状況下で、一日でこの時間を生み出せたことは称賛に値すると思うぞ」
「恐縮です」
「でも大丈夫ですかアヤメさん。顔色すっげ~悪いですけど……」
月明かりに照らされたアヤメさんの顔は、もはや幽霊のそれだぜ。
血走った目。その下のクマ。生気を感じない髪や肌。
見てるこっちが不安になるくらい、今にも倒れちまいそうじゃないか。
「問題はない。私は不死鳥だ。過労死の経験だって何度もあるし、この程度では乱心しないよ。常在戦場。いざという時に全力を出せない、なんてことはないと断言しよう」
アヤメさんが真っすぐにそう言ってみせると、一歩後ろに控えたツバサが苦笑いを浮かべた。
多分だけど、過労死を何度もってのが引っかかったんだろうな……。
「しかし様子が違うということであればクレハ、君も以前とは何かが変わったな。慢心とは別の、心の余裕を感じる。そのジャージを着ているおかげだろうか?」
「あー結構いいですよね、これ」
「本当か⁉ いや疑っているわけではないのだが、否定されないどころか肯定されたのは初めてだ。やはり君には同志としての素質が……聖戦が終わったら是非、君の衣服を見繕うとしよう! 着回しできるようにとりあえず十着――いやいや私としたことが。外出用と部屋着用で倍は必要じゃないか。……ふふふっ、これは腕が鳴る。新たなジャージへの妄想を膨らませる度、胸が高鳴る! 嗚呼、私が以前生きていた時代にもこのようなものがあればと思うばかりで……」
「え、アヤメさんってそんなに昔から生きてるんですか?」
「――――。失礼、今は聖戦に集中するべき時だった。ティアーズ卿、こちらの準備は整っています」
「……では。始めるとしよう」
女に年齢の話はするなとでも言いたげな冷たい目を向けて、レイラは有無を言わさずオレの胸に手を突っ込んだ。
「うぉっ⁉」
胸に灯った光から取り出されたのは、聖剣――《ディレット・クラウン》。
普段はオレの魂に格納されてるから、レイラが使う時はこうしなくちゃいけないってのは分かるけど……何度やっても慣れないもんだぜ、これは。
「幽世、創世――」
地面に突き立てられた聖剣を中心として、空想は現実の侵食を開始する。
あっという間に完成した檻は、まだ建物が綺麗に残っている頃の十字路。
それを見てふと、ツバサが僅かに口角を上げた。
「ん、なに笑ってんの」
「ティアーズ卿の心象風景……ここには元の東区の姿がある。帰るべき景色を再確認できたのが嬉しいのさ」
「ふ~ん」
そんな会話を挟みながら、オレたちは早々に前と同じく椅子とテーブルを用意する。
向かいに二人が座り。
そして今回はこっちも、二人だ。
「おや、本日は貴女も?」
「まあの。ルール違反とは言うまいな」
「まさか。しかしなるほど……そうですか。クレハの心境の変化はそういうことなのですね」
早速見抜かれたな。
オレとレイラの関係が前とは違うってことに。
だからってまあ、なんてことはない。
オレはオレにできることをやるだけ。
この初戦を勝ち抜き、バトンを決戦へ――レイラへ繋げるだけだ。
「さて。状況の再確認から始めようか、クレハ」
「はい」
「まず我々の願い。それは不幸、犯罪、禁忌を否定し、誰もが平等に幸せを掴むことのできる理想郷――それを実現するための絶対的な正義を手にすることだ。対するそちらの願いは、ある一個人の救済。でしたね、ティアーズ卿」
「然り」
「ふたつの願いは対立するものではない。よって、不死鳥の席に着く私たちはこう提案する。もしも吸血鬼側が己の手で願いを叶えることを諦め、聖剣を譲ってくれるのであれば、私たちが理想郷を実現する際に副次的にそちらの願いも果たす、と」
簡単に言えば、ついでに願いを叶えてやるから聖剣を寄こせってことだな。
この聖戦において叶えられる願いに限度があるのかは分からないが、少なくとも勝者が一人、いや一組なのは確かだ。
やっぱりアヤメさんの提案は、相手を殺せばそれで勝ちとはならないこの初戦において、一番正解な気がするぜ。
「これが不死鳥の最大限の譲歩。そしてクレハ。君は前回、解答をしないことで仕切り直しを狙ったね。つまり現在の状況は、改めて君の解答待ちということになっている」
「そうですね。……ま、用意してきましたよ。昨日の朝はそりゃあ、めちゃくちゃに焦ってましたけど」
今は隣にレイラもいるしな。
間違っても一昨日と同じ展開にはさせないさ。
「では君の用意した解答、心して聞かせてもらおう」
……昼も夜もない空に向けて一度、軽く息を吐いた。
それから。アヤメさんがそうしたように、ツバサがそうしたように、レイラがそうしたように、オレはテーブルの向こう側へと真っすぐな眼差しを向ける。
大丈夫。気持ちは整ってる。
……この世界は分からないことだらけだ。
聖戦も、妖刀も、この世界そのものも。
そんな中にぽんと放り出されたオレがまだ生きてるのは、レイラが必要だと言ってくれたから。
ほかに何もなければ、きっとオレは……。
なのにまだオレは、オレを相棒と認めてくれた吸血鬼に何も返せてない。その信頼に何も応えられてない。
だからこれは、あの時初めて食ったシチューに報うための一歩。
何者にもなれない自分から抜け出すための一歩だ。
「――オレがレイラの願いを叶えるついでに、アヤメさんたちの願いも叶える。だから聖剣をくれ」
ああ。言っちまえば、これはただのオウム返し。
解答とかそんな大したモンじゃあない。
けどアヤメさんの提案をそっくりそのまま返すことが、オレの思いつく唯一の手段なんだよ。
「ほう?」
向かい合った二人の反応は、結構露骨だな。
眉をひそめ、なぜオレがその結論に至ったのかを考えてる。
突飛な思い付きか。
それとも主人の入れ知恵か。
一方で相棒は静かに、続く言葉を待っていた。
それに応えるよう、オレは正義を直視する。
「ぶっちゃけるとオレぁ、アヤメさんたちの願いは叶っていいと思ってますよ。悲しいこととか、あるよりはないほうがいいですから。優先順位っていうんですか? 世界とひとりじゃあ比べるまでもねえ」
で、ついでにレイラの願いも叶えてくれるっていうんだ。
文句なんか付けようがない。
間違いなんてひとつもない。
オレから返せる言葉なんてなかった。
そのはずだったんだ。
けど。
「けど昨日、あの黒塗り野郎……シンジョウってヤツと戦って、あの男の血を吸って、ひとつ思ったことがあるんですよ」
「それは何かな。ぜひ聞かせてくれ」
「あの男は、自分の娘を生き返らせるために正義を敵に回した。そのために人殺しとか色々やっちまったのはクソだが、でもどんなに眉唾でも、自分の娘にもう一度会いたいって思うあいつの想いは本物だった。めちゃくちゃ強かった。結局は中途半端なオレが倒しちまいましたけど――だからって、負けちゃいなかったんだ」
どうしようもなく袋小路で。
仕方ないっていう諦めしかなかったけど。
でも、それでもと立ち上がれたヤツだった。
この気持ちがお前になら分かるはずだぜ、ツバサ。
お前だって、叶わない夢を追い続けてここに来たんだから。
「世界とひとり、比べるまでもねえ。比べられるモンじゃねえ」
願いに大きい小さいはあっても、そこに懸ける想いに差はないんだ。
きっと、な。
「アヤメさん。オレは戦いのあと、ボロボロになっちまった《カランコエ》を見て――」
いつも遠くにいるようで近くにいた幼馴染との、大きな隔たりを経て。
「ガレット・デ・ロワを三等分するより先に、菓子を作ってくれるヤツ、そして切り分けたモンを一緒に食ってくれるヤツが居たほうが……いいなって感じたんです。すいません。だからこれは、順番とか気持ちの問題で、理屈じゃなくて……」
「……なるほど。世界を救い個人を整えるのでなく、個人を救い世界を整える。それが君の手段。納得のいく筋道なのだな」
深く頷いたアヤメさんは、それから頭に載せた重い制帽を取り、中心で鈍く輝くエンブレムを見つめた。
それは騎士団という組織の団長である証。
それは民を守る騎士としての誇り。
一度、アヤメさんの口から乾いた笑いがこぼれた。
「……不思議なものだ。かつて人斬りだった私が、今やそれを受ける体制側とはな」
それは瞬きの後、愛おしさを込めた微笑みへと変わり。
「驚嘆だよ、クレハ。この短期間でそこまで成長するとは。今の君なら、以前の私の言葉の意味が正しく理解できているだろう。ああ、ならばここが落としどころ。ゆえに」
そして最後。
聖剣と同じく、責任の象徴に等しい制帽を、再び頭に載せ。
アヤメさんは悲壮な決意を眼差しで示した。
「問おう――君に、正義を背負う覚悟はあるか?」
「――――」
思わず息を呑む。
向けられた切れ長の目。長い睫毛に彩られながら、奥には正義の炎と漆黒の闇を内包した瞳。
刃はない。銃もない。斧も。槌も。槍も。縄も。その他、人を殺すに足り得るありとあらゆる武器はこのテーブル上には存在しない。
にもかかわらず、この問いには生死が懸かっている。
これは分岐点。
決して間違えることのできない運命の選択肢。
誤った道を進めば、生物としての尊厳を失う。
全身全霊が込められた。
全身全霊を込めるべき。
聖戦が聖戦である所以の――一問一答。
思えば……あなたは最初から、対戦相手であるオレに大切なことを教えてくれていた。
願いを懸けて戦うことの意味。力を持つ者の責任。
それらを考え、胸に秘めておくようにと暗に言ってくれていたんだ。
オレが聖戦の参加者として相応しく在るように。
願いを懸ける戦いの相手に相応しく在るように。
そのすべては、この時のため。
ならばオレは相応の意志を持って、これに臨むべきだ。
「オレは――」
「待ってください!」
言葉を遮られた。不意に席を立ったツバサ。
その様子は意外と落ち着いていて、オレの返答が気に食わないとかそういうことではないらしい。
不死鳥の眷属は膝をつき、普段の易しい雰囲気を抑えた精悍な表情で主を見上げる。
「続きは僕が、剣閃にて。それをどうかお許しください。アヤメさん」
「許す。ああ、私が君の頼みを断るものか。加えてこれは聖戦。君は私と共に、並び立っているのだから」
「ありがとうございます……!」
一瞬だけ、少年のような明るい笑顔を浮かべたツバサは、すぐさまオレに視線を向けた。
「言葉は充分。残りは……剣を執れ、クレハ! 願いを背負うに相応しいか見定めるため――君に果し合いを申し込む!」
「ッ…………」
前提として、聖戦の初戦は勝敗を決めるためのものだ。
手段は問わない。ゆえに納得も合意もなく、相手を殺せばそれで勝ちなどといったルールは存在しない。
そこで不死鳥は交渉という手段を選び、互いにこれ以上の手札がなく、その想いに差がないと判断したからこそ、ここを落としどころとした。
結局は戦いという宿命に立ち返る。
他者にはそう見えるかもしれないが、想いを載せて戦う以上、これは分かりやすく儀式だ。
敗者が勝利を託すための、勝者が敗北を背負うための――。
とはいっても、オレが断ればツバサは引かざるを得ないんだろうが。
そんな野暮なこと、できるはずもない。
「いいぜ。前の決着、付いてなかったからなァ」
少なくともアヤメさんとツバサには、そう思わせてくれるだけの誠実さを貰ってしまっている。
「ルールは簡単――文字通りの真剣、一本勝負だ。無論、君は炎を使ってくれて構わない。ただし不死鳥の炎を消し止めるには術者の死をトリガーとするしかない。つまり君の勝利条件は、僕を殺すことになる」
分かっているのか。オレに血を飲んだ相手の能力を借りる能力があることを。
いや、昨日の時点である程度、そういう力があると推測を立てていたのだろう。
そのうえで、自分の炎の使用を許可した。
それ込みでオレの全力であり、それ込みで超える意味があるのだと。
「対する僕は、君の手から聖剣を弾き飛ばすことをゴールとする。何か問題は?」
「アンタがそれでいいなら文句はねえ。けどなぁツバサ。聖剣をオレの手から奪うってんなら、腕の一本斬り落とすぐらいの気持ちで来な。あんま甘く見んなよ!」
「よく言った! これより行われる決闘――その勝敗を以て、初戦の決着とさせてもらう!」
☆
「《開錠承認》――」
聖剣を構えたツバサは、以前見せた騎士の構えと共に、その言葉を口にする。
迸る熱。あいつの周囲の空間は炎のように揺らめき、それはやがて、ツバサという男の在り方をも変えていく。
限られた命。擦り減っていく寿命。
生と死の境界線上を、ゆらゆらと跋扈する陽炎。
対峙するとなると、結構怖いもんだな。
自分の命を遠慮なく賭けてくるヤツはよぉ――だがおかげでこっちも、スイッチが入った。
レイラが言うところの明鏡止水。
生存本能を刺激された時に発揮されるそれは、強制的にオレの思考を冷静にしてくれる。
正直なところ、アヤメさんに覚悟を問われた時にもう、甘くそうなっていたが。
今ので完全に成ったよ。止水の境地というものに。
地面に突き刺さった聖剣の前に立つ。
隣には麗しき夜の涙。
幼い少女の姿をした相棒は、アヤメさんに負けず劣らずの揺るぎない赤眼で、オレを射抜いている。
「クレハ――ひとつ助言をする。言葉にはな、力が宿る。言霊、なんて言うようにな。それで言うと、名称とはその存在を固定化し安定させるための術なのじゃ」
「……?」
「分かりやすく言えば、技名を叫ぶのは大事なことなんじゃよ。なに、現代では詠唱はより短く、あるいは術名そのものに込めるのが流行りと聞いた。今回だけは特別じゃ、ワシが考案した名を使え」
「よく分かんないけどオレ、なんか恥ずかしいことさせられようとしてる?」
「バカ言え。どれほど小さな一手であろうと、それを着実に積み上げた者を好むのが勝利という代物よ。勝つための努力を惜しむほど、余裕を持てる相手ではあるまい」
そう言われてしまったら、返す言葉なんてあるはずない。
ため息ひとつ。
気持ちを切り替えて、胸を張り直す。
「で、オレは何を言えばいいわけ?」
――レイラから預かった言葉を胸に、オレは聖剣を引き抜いた。
重い。吸血鬼としての腕力を使っても、なお重い。
だがこの鈍くなる感覚を常に抱えて、あの二人は戦ってきたに違いない。
それをオレも背負うというのだ。
選ばれない側だったはずのオレが。
誰の特別でもなかったクソなオレが。
しかと地面を踏みしめて、十字路の中心に立つ。
「戦いを終わらせるための戦い――矛盾は承知の上。それでも、しかし。想いだけでは何も守れず。力だけでは何も背負えない。ゆえに。拙なる我が身は幻実揺らめく挽歌を奏でる。往くぞ、《零刻陽炎》!」
ツバサの容姿が完全に変化した。
妖刀戦でも見せた、炎の現身となったその姿。
対するオレも、己が身に刻まれた道へと語り掛ける、聖なる言葉を口にする。
「《血識羽衣》」
刹那、オレを中心として炎の竜巻が現出する。
四肢に原罪を纏い、これを以て朽ちること無き罰の証明とする。
レイラが言うにはそれが、この炎の起源らしい。
熱。温もり。それはこの身を焼き焦がすほどに。けれども痛みはない。
肌には紅炎を。髪には情炎を。瞳には劫火を。刃には烈火を。
多炎多灼を総括し、己が現身には。
「――――《無窮沈淪・煉獄》」
竜巻を斬り裂いて、視界を切り開く。
ツバサは既に構えていた。
腰を深く落とし前傾姿勢を維持。剣は腰部で固定。
それは騎士というよりは武士が行う抜刀の構えだ。
倣ったわけじゃないが、オレも切っ先を地面に向け、いつでも振り上げられるように姿勢を作る。
前座はとっくの昔に済ませた。
ゆえにこの勝負。一撃で決める。
「――――」
舌先で牙を撫でる。自身が吸血鬼であることを再確認。両翼を広げる。足趾で石畳を潰す。要領は陸上のスターティングブロック。じりじりと足場を整え、微調整を施し、固定完了。
この幽世は自身で大気の流れを生み出さない限り、常に無風状態。
どこまでも人工的で無機質な世界だ。
意図して再現しなければ、風に揺れる草木はなく、鳴き声を上げる動物もない。
つまり。
「………………、」
「――――――、」
この場に立った両者の準備が整い、訪れた無音こそが――開戦の合図となる。
「――――ッ‼」
「――――ッ‼」
光の如く解き放たれた身体。
眼球を抉ろうとする風圧も、鼓膜を貫く風切り音も関係ない。
重力の鎖は既に機能を失い、速度そのものから解脱せんばかりの存在は、たった一秒の断片である須臾の内側にて互いの距離をゼロにする。
両者。共に刃の射程圏内。
眼前。数センチ先に迫ったツバサの持つ聖剣――《オース・オブ・シルヴァライズ》の刃。
やはり純粋な速度では向こうが一枚上手。
鞘もなく繰り出された居合切りは、しかして神速。
まさしく世界を変革せし力のひとかけら。
その狙いはオレの右腕。
ツバサの野郎、本気で腕を落としに来やがった。
だがいい。全力だからこそ――何より、その全力をツバサ自身が飼い慣らしているからこそ、オレの小さき一手が通じてしまう。
オレは即座に両翼を使い体勢を切り替え、ブレーキ代わりに踵で大地を抉りながら、不死鳥騎士の抜刀――それを掻い潜るべく身を仰け反った。
「ぐ――――ッ⁉」
その時、一瞬だけ、ツバサの動きが止まった。
気付いたな。そうさ、オレはアンタの居合切りの射程外へと移動した。
それによって何が起きるか。
答えは斬撃が空ぶる、だ。
ツバサの強烈無比なる一刀は大気を裂いて、そして受け止める者のない衝撃、その余波はすべて――レイラが創世したこの原風景へと刻まれる。
そんなこと、アンタにはできないだろう。
特別に手を伸ばし続け、その一方で普通の優しさを捨てきれないアンタは、二度もこの町が崩れていく様など見たくないはずだ。
だからこそ、ツバサはツバサ自身の手でその絶死の一刀を止めてしまう。
それがたとえ一秒にも満たない須臾を、さらに切り分けた虚空だとしても、オレを前にすれば致命的な隙に変わりない!
「しまッ――」
切っ先が石畳を撫で、舞い散る火花が咲き終える前に軌道上のモノは悉く融解する。
不死鳥の炎を宿しているのが。
極限まで刃を研ぎ澄ませていたのが。
自分だけだと思ったら、それは大間違いだ。
「――――ッッッ‼」
全力全開。全身全霊を込めて、オレは烈火を振り上げる。
ツバサはそれに対し、生命の圧縮を行うことで身体性能を突き詰め、何とか受け止めてみせた。が、これ以上はさせるものか!
「飛べよおおおぉォォォ――ッ‼‼」
聖剣同士が交差した状態のまま、両翼を羽撃かせ上昇開始。
これは地に墜ちる流星とは違う。
これは空へ届き天を穿つための鳳翼。
紅蓮の煌めきは一直線に月亡き天蓋を目指し、大地を離れ、町並みを超え、そして今――憂いの及ばぬ舞台へ到達した。
「うぉぉぉおおおおおおおお‼‼‼」
音が聞こえる。耳をつんざく甲高い音。
それは聖剣の刃の擦れ合いから生じたモノであり。
同時に、生誕を祝福するさえずりだ。
ただしいずれも未完成。
なればこそ、この一刀を振り切ることで完成に至ろうではないか。
ツバサ。今なお必死に、オレの一撃を受け止めてくれているアンタ。
最初はなんてことない優男だと思ったが、その実、誰にも曲げられない信念を持った紛れもない騎士だった。
アヤメさんとアンタが抱いた、どこまでも果てのない理想。その正義をぶち壊し、再構築して、オレなりに背負ってみせるよ。
自信はないけれど。それでも。
町を焼き、命を奪い、願いを利用する。
そんな悪党の悉くを打ち払うと誓おう。
生命を侵害するためにではなく、生命を守るために剣を振るうと誓おう。
これがその証だ。受け取れ。
聖戦の初戦。これにて終幕也。
――啼け、不死鳥。
「――――――――――――――――」
交差したまま止められていた刃を振り切る。
剣撃を奏で、白銀を走る我刃。
烈火の奔流は完膚なきまでに騎士を貫いた。
塞き止めていたものが決壊し、炎はどこまでもどこまでも散華する。
中空に八重咲くその姿は、まさしく空高く翼を広げた火の鳥であり。
中空に残響するその音は、さながら大鳳の上げた歓声のようだった。
束の間。それらは一息にして消えてなくなる。
ああ。その意味、正しく理解しているとも。
「……オレの、勝ちだ……」
今度は、服が燃え尽きなくて、良かった。
灰と共に、堕ちていく。帰還を待つ主人の元へ。
一足先に辿り着いた聖剣を手に、両者は既に相対していた。
吸血鬼対不死鳥。
これでようやく――決戦の幕が上がる。