『ゼロ地点』
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――神様になれたら、いいのにな。
それは『僕』が、いつからか胸の内に秘めていた夢だった。
お金持ちになりたいとか、スポーツ選手になりたいとか、アイドルになりたいとか、それと同じ類いの他愛ない子供の夢。
目を閉じて、いつも妄想した。
自分はこの世界の誰よりも偉く、この世界の誰よりも愛されて、ついでにこの世界の誰よりもほかの誰かを幸せにすることを。
いつか特別になれる日が来る。
いつかヒーローになれる順番がやってくる。
そんな夢を、暗闇の中に見ていた。
今となっては口にするのも恥ずかしいし、絶対に叶わないことも分かっている。
それでもしかし『僕』は、およそ何者にもなれない自分を慰めているだけだとは理解しつつも、この願いを捨てることはできなかった。
結局、そう――最期まで。
雪のひとひらが、瞳を覆うように舞い落ちる。迫る異物に対して反射的に目蓋を閉じるようなことはない。この体はもう、満足に動いてくれないのだ。
視界は端から徐々に黒くなっていく。まるで舞台の幕が下りるみたいに、ゆっくりと。
そんな中で『僕』が最後まで見ていたのは、ひとりの女の子だった。
コンクリートの地面に雪が積もることでできた純白のベッド。それに横たわる彼女は、遠くにあるマンションの灯りでうっすらと照らされており、赤子のように無垢な寝顔で音もなく涙を流していた。
まったく、泣きたいのはこっちのほうだ。こんな年の瀬に、シーズン最大級となる見込みの降雪の最中、街灯ひとつない土手道に呼び出されたかと思えばこの仕打ちなんだから。
視界の残り少ない光の部分は一秒ごとに滲む。辺りの静寂はよりいっそう濃くなる。
雪のひとひらはやがて桜のはなびらにも見えて――『僕』は孤独に包まれる。
――孤独こそが、この世に存在するありとあらゆる不幸の原因だ。
ふと脳裏に浮かんだそれは、いったい誰の言葉だっただろうか。
孤独は敵だ。
孤独は否定するべきものだ。
孤独があるから人は他者を恨み、妬み、傷をつけ、そして繋がりを求める。
ああ、孤独に耐えかねた寂寞なる君よ。
これが月夜見紅羽という存在の終焉だ。
『僕』は安らかに目を閉じた。
今度暗闇の中に見るものが、夢ではないことを願って――。