9. 俺が、泣いた
「おい大樹、ふたりで赤くなって、何かあった?」
通りに面したドアを開けて、カズさんがニヤニヤ笑いながら声を掛けてきた。
「加納さん、ですよね? わざわざ申し訳ないです。先日は、本当にありがとうございました。立ち話もなんだし、少し話したいこともあるので、良かったら中へどうぞ。美味いコーヒー淹れますよ。それとも、もうちょっとコイツと外で話します?」
「あ、中に入ります。また倒れられたら困るので」
「確かに。大樹、お前も入れ。コーヒー買ってきてないんだろ? 一緒に飲もう」
彼女を先に事務所のオフィスに案内し、カズさんが振り返って言った。
「倒れた理由は、俺から話しておくから。加納さん、電話くれた時めちゃめちゃ心配してたぞ」
それから30分くらい、経っただろうか。
次の収録の台本を読んでいて、気付いた時には『失礼します』と、会釈をして彼女がオフィスを後にしていた。
「嘘だろ!?」
慌てて後を追いかけた。
「あ、おい大樹、待て…」
背中からカズさんの声がしたけれど、彼女を追うのが先だった。
「加納さん、待って…」
声が聞こえたのか、彼女が立ち止まった。
ようやく追いついた彼女の肩が、震えていた。
もしかして、泣いてる…?
「加納さん…?」
「松島さん、こないだ倒れる前に呼んだ名前は『ミサキ』…だったんですね。さっき山下さんに、ミサキさんのこと聞きました」
「……」
ふうっ。
ため息をついて彼女は言った。
「恋愛って、ほんっっっとしんどいですよね。どうして私だけこんな思いしなきゃいけないんだろうって、本当に嫌になって。どこかに穏やかな恋は落ちてないのかって、真剣に考えちゃいますよねー」
アハハと、半分泣きながら声を出して笑う彼女に向かって、
「…何言ってんの加納さん、そんなの落ちてるわけないじゃん…」
「やっぱり無いのかなー」
そう言って俺の顔を見た、彼女の動きが止まった。
今度は俺が、泣いていたから。