7. 彼女の声と香りと
「カズ、例の女性から連絡あったのか?」
「社長、まだですね…何回も念押ししたんですけど…掛かってこないですかねー」
俺を助けてくれた人。
名前も知らないし、顔も、ほとんど覚えていない。ただ、美咲と同じ香りがして、懐かしさと苦しさが入り混じっていた。
♬♪♬〜
カズさんのスマホが鳴った。
「はい、はい、加納さん…ですね。大樹のマネージャーの山下です。先日は、ありがとうございました。はい、そうですね、こちらにお越しいただきたいのですが、場所わかりますか? はい、じゃ18時に。お待ちしています」
「カズ、今の電話…」
「はい、加納さんとおっしゃるそうです」
「そうか、よろしく頼むな。おい大樹、ちゃんとお礼言うんだぞ」
「…はい」
お礼を言うのに、何の問題もない。あの時、頭をテーブルの角にぶつけずに済んだのは、本当に彼女のおかげだ。
ただ、また苦しくなるんじゃないか、それで嫌な思いをさせるんじゃないか、そう考えると、あまり乗り気になれなかった。
18時まで、あと…15分。
「カズさん、ちょっとコーヒー買ってきます」
気持ちを落ち着かせようと、財布を持って外に出た。ふぅっと一呼吸した時、ひとりの女性が俺の横を通り過ぎた。
「近くまで来てるはずなんだけどな…」
手にしたスマホと、周りの景色を何度も確認しながら、行ったり来たりしていた女性が、俺に気付いて近づいてきた。
「もう、大丈夫なんですか?」
そう言って、ニコリと笑った女性の声に聞き覚えがあった。そうだ、この声だ。
「もしかして……。加納さん…ですか?」
頷いたその女性からは、美咲を思い出させたものとは別の香りがした。爽やかで、でもどこか優しい香りで、あの時のような苦しさは、少しも感じなかった。
「いい香り…ですね」
思わず口から出ていた。
そして、自分で言っておきながら猛烈に恥ずかしくなって、彼女の視界から消えたくなった。