5. 思い出の香り
ジャーーーッ!
勢いよく蛇口をひねって水を出し、顔を洗った。
「やべ、気持ちわる…やっぱ寝てれば良かったか」
濡れた顔が写った鏡を見ると、なんだか青ざめているようで、外に出たことを後悔した。具合は悪かったのだが、寝ていても落ち着かなくて、気分転換に外に出ようと思ったのだった。
もう、平気だと思っていた。だけど、実際は違った。
生番組の朝、事前の打ち合わせで、前日に起こった事故の映像を見せられてから、気持ちが揺れて吐き気が止まらない。
「美咲…」
思わず名前を口にして、目頭が熱くなった。
「美咲…」
涙がこぼれそうになった。
「ぜんっぜんダメだな、俺…」
右手で目元を覆って、天を仰いだ。
あの日のことが、まぶたの裏によみがえった。
少し時間が経って、なんとか気持ちが落ち着いたところで、トイレを出ることにした。
「あ…れ…?」
記憶を駆け巡った。かすかに香る、この香りは確か…確か美咲が着けていた香水の…何て言ったっけな…。
思い出せないままトイレのドアを開けると、当然美咲ではない、別の女性が立っていた。それなのに、ダメダメな俺の口からは、つい、この言葉が出てしまった。
「美咲…」